廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
廃墟に帰ってきたネル。……ようやく、静かな日々。
そう思っていたら、森の入り口に、いつのまにかとんでもないものが建ち始めていて…。
【ネル視点】
廃墟に帰ってきた。
丸一日の旅路は、ボクにはあまりに遠かった。それでもようやく……森の奥の静かな場所へ。
扉をくぐると、アウラが出迎えてくれた。
「……おかえりなさいネル様、ミネルバ様」
消え入りそうな声。でも、その顔はぱっとほころんでいる。
――(……ただいま、アウラ)
ボクはほっとした。ここだ……ここが、ボクの場所だ。埃の匂いや差し込む細い光。誰にも邪魔されない静けさ。
……いろいろあった。女王に見抜かれて……引きずり出されて、褒美までもらって。……でも、終わったんだ。帰ってこれたんだ。
――(これで……また静かに暮らせる)
そう思った。
……その静けさが、長くは続かないなんて。この時はまだ、知らなかった。
* * *
それから、二~三日ほど経っただろうか?
ボクは廃墟の奥で、また人形作りに戻った。紫の糸を紡いで、素材を選んで。……ようやくいつもの日々が戻ってきた。
ミネルバは、王都でもらった薬を嬉しそうに眺めていた。「これで次の依頼も安心だ」なんて言いながら。
ウェイブは……あの日以来、姿を見ていない。「準備が整い次第、すぐ向かう」とか言っていたけど。
――(……まあ……来ないなら、それはそれでいい)
正直ほっとしていた。あのうるさいのが来ないなら……平穏なものだ。
……そう、油断していた。
* * *
その日の昼過ぎ。
人形作りをしていたボクの手が、ふと止まった。
――(……なんだろう? この音…)
遠くから…森の入り口のほうから……音がする。
こつん、こつん。かあん、かあん。
……木を打つ音?
それに――人の声。何人もの声がざわざわと。
アウラも手を止めて、森のほうを見ていた。
「ネル様……あれは……」
――(……行ってみよう)
嫌な予感がした。胸の奥が、ざわざわする。ボクはアウラと一緒に、そっと森の入り口のほうへ向かった。
* * *
木々の隙間から。
ボクは、それを見た。
……森の入り口。ぎりぎり外側の開けた場所…そこに――建ちかけていた。
木の、砦?
まだ途中だ…組まれた丸太、打ち込まれる杭。積み上げられていく板……何人もの人が、それを作っている。
――(な……なに、これ)
汗を流して木を運ぶ大人たち。金槌を振るう若者……その中には、見覚えのある顔もあった。ロイドたちの村の人たちだ。
そして――その真ん中で。
偉そうに腕を組んで、指示を出している男が一人。
「そこ、もっとしっかり打て! ふぅん、俺の砦だぞ! 手を抜くな!」
……ウェイブ、だった。
* * *
――と。
ウェイブが、こっちを見た。
「お? ……おお! ネル! ネルじゃないか!」
ぱっと顔を輝かせて、こっちに駆け寄ってくる。
「見てくれ! 砦だ! お前を守るための砦だ! そして――この俺が、隊長だ!」
どん、と。ウェイブは自分の胸を叩いた。
「女王陛下から正式に任されたんだ! お前の警護をな! だが、俺一人じゃ心もとないだろう? だから――村の連中に声をかけた! ちゃんと国から給金も出る! みんな、喜んで集まってくれたぞ!」
どん、と。ウェイブは、もう一度、胸を叩いた。
「それに、安心してくれ! この砦はな――森のぎりぎり外に建ててある! 女王陛下も『許しなく立ち入るな』と仰っただろう? 俺は別にしても、他の者も常駐するからな。ふぅん……つまり、一歩もお前の領地に踏み込んじゃいない! 抜かりは一切ないぞ!」
……。
――(……い、意外と、ちゃんと考えてる……?)
あのウェイブが…この一点だけはなぜか、しっかりとした計画を立てていた。
……。
ボクは。
建ちかけの砦を見上げた。
――(……砦)
ボクの廃墟の…ボクの森の、その入り口に。
――(……こんなに大きなものが)
ひっそりと誰にも知られず。……そう暮らしたかったのに。
この砦は――正反対だ…「ここに何かがある」と。「守る価値のある、何かがいる」と。……世界中に、大声で叫んでいるみたいな。
――(……ボクの、静かな世界が……)
また。
また、遠のいていく。
* * *
「あ! ネルだ!」
甲高い声。
見ると――子どもたちが駆けてくる、ロイドだ。それに…リクやほかの子たちも。
「ネル! 見た!? すごいよ! ネルのお城だぞ!」
――(お、お城じゃ、ないと思うけど……)
「父ちゃんたちが作ってるんだ! ネルを守るんだって!」
ロイドは、得意げに胸を張った。
そのとき――木を運んでいた大人の一人が手を止めて、こっちを見た。ロイドの父親らしい。
その人は――少し照れくさそうに、頭をかいた。
「よお。……その、なんだ…うちのガキが、いつも世話になってるからな」
……。
「気味が悪いって言う奴も、いるにはいる。……けど、俺はそうは思わねえ。うちの子があんたに懐いてる。子どもってのは悪いもんには懐かねえ……だからまあ、守らせてくれや」
* * *
……ボクは。
何も言えなかった。声も出せないし……でも、それだけじゃなくて。
胸の奥が……なんだか変な感じだった。
確かに平穏は遠のいた。ひっそり暮らすなんて、もう無理なんだと思う。この砦がある限り。
でも。
……この人たちは、ボクを気味悪がらずに…ボクのために汗を流して「守らせてくれ」と言ってくれた。
――(……ボクは)
ずっと一人だと思っていた。廃墟の奥でアウラと二人きりで、人間とは関わらないように。争わないように。
なのに。
いつのまにか……こんなにもたくさんの人が、ボクの周りにいる。
――(……知らないあいだに)
ボクの平穏は、ボクの与り知らぬところで……崩れていって。
そして――ボクの与り知らぬところで。
……こんなにも、あたたかい何かに変わっていた。
金槌の音が響く…子どもたちの笑い声が響く。
……嫌だった、はずなのに。
どうしてだろう…? 少しだけ……ほんの少しだけ。
嫌じゃなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
一章も、残りわずかです。