廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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四十八話目です。
廃墟に帰ってきたネル。……ようやく、静かな日々。
そう思っていたら、森の入り口に、いつのまにかとんでもないものが建ち始めていて…。


一章 第四十八話「知らないあいだに」

 

 

【ネル視点】

 

 廃墟に帰ってきた。

 

 丸一日の旅路は、ボクにはあまりに遠かった。それでもようやく……森の奥の静かな場所へ。

 

 扉をくぐると、アウラが出迎えてくれた。

 

「……おかえりなさいネル様、ミネルバ様」

 

 消え入りそうな声。でも、その顔はぱっとほころんでいる。

 

――(……ただいま、アウラ)

 

 ボクはほっとした。ここだ……ここが、ボクの場所だ。埃の匂いや差し込む細い光。誰にも邪魔されない静けさ。

 

 ……いろいろあった。女王に見抜かれて……引きずり出されて、褒美までもらって。……でも、終わったんだ。帰ってこれたんだ。

 

――(これで……また静かに暮らせる)

 

 そう思った。

 

 ……その静けさが、長くは続かないなんて。この時はまだ、知らなかった。

 

 

   *   *   *

 

 

 それから、二~三日ほど経っただろうか?

 

 ボクは廃墟の奥で、また人形作りに戻った。紫の糸を紡いで、素材を選んで。……ようやくいつもの日々が戻ってきた。

 

 ミネルバは、王都でもらった薬を嬉しそうに眺めていた。「これで次の依頼も安心だ」なんて言いながら。

 

 ウェイブは……あの日以来、姿を見ていない。「準備が整い次第、すぐ向かう」とか言っていたけど。

 

――(……まあ……来ないなら、それはそれでいい)

 

 正直ほっとしていた。あのうるさいのが来ないなら……平穏なものだ。

 

 ……そう、油断していた。

 

 

   *   *   *

 

 

 その日の昼過ぎ。

 

 人形作りをしていたボクの手が、ふと止まった。

 

――(……なんだろう? この音…)

 

 遠くから…森の入り口のほうから……音がする。

 

 こつん、こつん。かあん、かあん。

 

 ……木を打つ音?

 

 それに――人の声。何人もの声がざわざわと。

 

 アウラも手を止めて、森のほうを見ていた。

 

「ネル様……あれは……」

 

――(……行ってみよう)

 

 嫌な予感がした。胸の奥が、ざわざわする。ボクはアウラと一緒に、そっと森の入り口のほうへ向かった。

 

 

   *   *   *

 

 

 木々の隙間から。

 

 ボクは、それを見た。

 

 ……森の入り口。ぎりぎり外側の開けた場所…そこに――建ちかけていた。

 

 木の、砦?

 

 まだ途中だ…組まれた丸太、打ち込まれる杭。積み上げられていく板……何人もの人が、それを作っている。

 

――(な……なに、これ)

 

 汗を流して木を運ぶ大人たち。金槌を振るう若者……その中には、見覚えのある顔もあった。ロイドたちの村の人たちだ。

 

 そして――その真ん中で。

 

 偉そうに腕を組んで、指示を出している男が一人。

 

「そこ、もっとしっかり打て! ふぅん、俺の砦だぞ! 手を抜くな!」

 

 ……ウェイブ、だった。

 

 

   *   *   *

 

 

 ――と。

 

 ウェイブが、こっちを見た。

 

「お? ……おお! ネル! ネルじゃないか!」

 

 ぱっと顔を輝かせて、こっちに駆け寄ってくる。

 

「見てくれ! 砦だ! お前を守るための砦だ! そして――この俺が、隊長だ!」

 

 どん、と。ウェイブは自分の胸を叩いた。

 

「女王陛下から正式に任されたんだ! お前の警護をな! だが、俺一人じゃ心もとないだろう? だから――村の連中に声をかけた! ちゃんと国から給金も出る! みんな、喜んで集まってくれたぞ!」

 

 どん、と。ウェイブは、もう一度、胸を叩いた。

 

「それに、安心してくれ! この砦はな――森のぎりぎり外に建ててある! 女王陛下も『許しなく立ち入るな』と仰っただろう? 俺は別にしても、他の者も常駐するからな。ふぅん……つまり、一歩もお前の領地に踏み込んじゃいない! 抜かりは一切ないぞ!」

 

 ……。

 

――(……い、意外と、ちゃんと考えてる……?)

 

 あのウェイブが…この一点だけはなぜか、しっかりとした計画を立てていた。

 

 ……。

 

 ボクは。

 

 建ちかけの砦を見上げた。

 

――(……砦)

 

 ボクの廃墟の…ボクの森の、その入り口に。

 

――(……こんなに大きなものが)

 

 ひっそりと誰にも知られず。……そう暮らしたかったのに。

 

 この砦は――正反対だ…「ここに何かがある」と。「守る価値のある、何かがいる」と。……世界中に、大声で叫んでいるみたいな。

 

――(……ボクの、静かな世界が……)

 

 また。

 

 また、遠のいていく。

 

 

   *   *   *

 

 

「あ! ネルだ!」

 

 甲高い声。

 

 見ると――子どもたちが駆けてくる、ロイドだ。それに…リクやほかの子たちも。

 

「ネル! 見た!? すごいよ! ネルのお城だぞ!」

 

――(お、お城じゃ、ないと思うけど……)

 

「父ちゃんたちが作ってるんだ! ネルを守るんだって!」

 

 ロイドは、得意げに胸を張った。

 

 そのとき――木を運んでいた大人の一人が手を止めて、こっちを見た。ロイドの父親らしい。

 

 その人は――少し照れくさそうに、頭をかいた。

 

「よお。……その、なんだ…うちのガキが、いつも世話になってるからな」

 

 ……。

 

「気味が悪いって言う奴も、いるにはいる。……けど、俺はそうは思わねえ。うちの子があんたに懐いてる。子どもってのは悪いもんには懐かねえ……だからまあ、守らせてくれや」

 

 

   *   *   *

 

 

 ……ボクは。

 

 何も言えなかった。声も出せないし……でも、それだけじゃなくて。

 

 胸の奥が……なんだか変な感じだった。

 

 確かに平穏は遠のいた。ひっそり暮らすなんて、もう無理なんだと思う。この砦がある限り。

 

 でも。

 

 ……この人たちは、ボクを気味悪がらずに…ボクのために汗を流して「守らせてくれ」と言ってくれた。

 

――(……ボクは)

 

 ずっと一人だと思っていた。廃墟の奥でアウラと二人きりで、人間とは関わらないように。争わないように。

 

 なのに。

 

 いつのまにか……こんなにもたくさんの人が、ボクの周りにいる。

 

――(……知らないあいだに)

 

 ボクの平穏は、ボクの与り知らぬところで……崩れていって。

 

 そして――ボクの与り知らぬところで。

 

 ……こんなにも、あたたかい何かに変わっていた。

 

 金槌の音が響く…子どもたちの笑い声が響く。

 

 ……嫌だった、はずなのに。

 

 どうしてだろう…? 少しだけ……ほんの少しだけ。

 

 嫌じゃなかった。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
一章も、残りわずかです。
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