廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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四十九話でネルは、前へ進む決意をしました。
……そして今回、視点は遠い聖王国へ。長かった一章、ついに完結です。
最後は、少しだけ不穏な影をどうぞ


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一章 第五十話「退屈しのぎ」

 

 

 ――ネルが強くなろうと決意した、同時刻。

 

 ここから遠く離れた聖王国で。

 

 

【???視点】

 

 ……はぁ。

 

 わたくしは装飾の施された豪華なイスの背に、深く身を沈めた…頬杖をついて、豪奢な天井をぼんやりと眺める。

 

 つまらない。

 

 ……本当に、つまらないですわ。

 

 聖王国…神々しい白亜の都。清らかで、高潔で……そして、退屈。ここで遊ぶのにも、そろそろ飽きてきましたわねぇ。

 

 わたくしの周りには。

 

 むさ苦しい男たちが控えている。荒くれ者、ならず者。……本来なら、聖王国になんて足を踏み入れられない、汚れた者たち。

 

 でも、今はみんなうっとりとわたくしを見上げている。

 

「ボス。……なんなりとお命じを」

 

 ふふ…かわいいこと。

 

 この者たちは、心からわたくしに心酔していますの。……ええ、心から。それがわたくしの力で、そう「させた」ものなのか…それとも本物なのか。……わたくしにももう、わからないくらい。

 

 

   *   *   *

 

 

 わたくしの足元には。

 

 一人の男が跪いている。

 

 白い司祭服。かつては、この聖王国で名の知れた高潔な司祭でしたわ。神に仕え、民に慕われ、何ものにも決して屈しない。……そういう立派な人。

 

 でも、今は。

 

 その目はうつろ…焦点も合わない。よだれを垂らして……ただ、ぶつぶつと意味のない祈りの言葉を繰り返している。

 

 あたり一帯には――黄緑色の魔力が、もやのようにうっすらと立ちこめていた。

 

 わたくしの…わたくしだけの色。

 

 この黄緑の魔力の中にいると…人はみんな、わたくしの玩具になる。あのお方のように絶対的ではないかもしれないけれど…。

 

「……ねえ、司祭さま?」わたくしは、そのうつろな顔を覗き込んだ。「あんなにご立派だったのに。もう、こんなになっちゃって…」

 

 ……返事はない。

 

 高潔な人ほど、壊すのが楽しいんですの。誇り高い人が少しずつ崩れていく。神への祈りが意味を失って、ただのうわ言になっていく。……その様を見るのが…ふふ。たまらなく面白い。

 

 ……でも。

 

 もう、飽きましたわ。

 

「はい、おしまい」

 

 わたくしは、ぱちん、と指を鳴らした。

 

 司祭を覆っていた黄緑のもやが……すっ、と消える。

 

 その瞬間。

 

 男は――糸の切れた人形みたいにぐらり、と崩れ落ちた。ぴくりとも動かない。

 

 ……ふぁ。

 

 わたくしは、小さくあくびをした。

 

 ……もうこの人には興味がない。壊れた玩具に、用はありませんもの。

 

 

   *   *   *

 

 

 「片付けておいて」と、手を振る。荒くれの一人が、司祭をずるずると引きずっていく。

 

 ……はぁ。

 

 やっぱりつまらない。

 

 高潔な司祭や修道女、堅物な聖騎士も……この国の玩具は、もう、あらかた遊び尽くしてしまいましたわ。どれも同じ、壊れ方まで同じ。

 

 何か。何か、面白いことはないのかしら?

 

 わたくしを、退屈させない何か……新しい、玩具。

 

 そう思っていたら…。

 

「……ボス」

 

 荒くれの一人が、そっと口を開いた。

 

「そういえば……妙な噂を聞きやしたぜ。隣の……ベルンハルト王国の話でさ」

 

「あら。……なあに?」

 

「蒼雷魔法師団のザガンってやべぇ奴が、国相手に反乱を起こしたそうで。……まあ、そいつは冒険者と、謎の剣士に、あっさり討ち取られたらしいんですがね」

 

 ……ザガン?

 

 ああ。……そういえば、そんな名前の強い男がいたような。会ったことはありませんけれど。

 

「で……そのザガンが討たれる少し前に、妙なことをしてたって話でしてね」荒くれは声をひそめた。「……森の奥の古い廃墟。そこに、"変な力を持った化け物"が棲みついてるって噂があるんですが……ザガンの野郎、わざわざそこに手を出してたらしいんで」

 

 ……。

 

 わたくしの指先が。

 

 止まった。

 

 ……あら。

 

 ……国を相手に反乱を起こそうという男が。よりにもよって、その大事なときに…わざわざ、辺境の廃墟の"化け物"にちょっかいを?

 

 ふふ。……おかしいですわねぇ。そんな寄り道をする余裕が? ……いいえ。逆ですわ。

 

 きっと――そこに、"あった"んですの。反乱を成功させられるだけの……その男が、危険を冒してでも欲しがるほどの"なにか"が。

 

 

   *   *   *

 

 

 わたくしは、豪華なイスからゆっくりと立ち上がった。

 

 変な力を持った、化け物。……ザガンほどの男が、目をつけた廃墟。

 

 ふふ……気になりますわねぇ。とっても。

 

 それが、わたくしの新しい玩具なのか……それとも、玩具にならない、"本物"なのか。

 

 ――どんな風に壊れるのか…見てみたいですわ。

 

「……ねえ、あなたたち?」

 

 わたくしは、うっとりと微笑んだ。

 

「ベルンハルト王国に……面白そうなのがいるみたいねぇ」

 

 ――こうして。

 

 ネルの知らないところで。

 

 新しい脅威の目がゆっくりと、あの廃墟のほうへ向けられた。

 

 

                  (一章 完)

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
序章から五十話、ついに一章が完結しました。
ここまでお付き合いくださって、本当に感謝しかありません。
……物語は、まだ半分も進んでいません。ネルの『ひっそり静かに暮らしたい』という願いは、これからどうなるのか。二章もどうかお付き合いください
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