廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい 作:糸守ものち
――ネルが強くなろうと決意した、同時刻。
ここから遠く離れた聖王国で。
【???視点】
……はぁ。
わたくしは装飾の施された豪華なイスの背に、深く身を沈めた…頬杖をついて、豪奢な天井をぼんやりと眺める。
つまらない。
……本当に、つまらないですわ。
聖王国…神々しい白亜の都。清らかで、高潔で……そして、退屈。ここで遊ぶのにも、そろそろ飽きてきましたわねぇ。
わたくしの周りには。
むさ苦しい男たちが控えている。荒くれ者、ならず者。……本来なら、聖王国になんて足を踏み入れられない、汚れた者たち。
でも、今はみんなうっとりとわたくしを見上げている。
「ボス。……なんなりとお命じを」
ふふ…かわいいこと。
この者たちは、心からわたくしに心酔していますの。……ええ、心から。それがわたくしの力で、そう「させた」ものなのか…それとも本物なのか。……わたくしにももう、わからないくらい。
* * *
わたくしの足元には。
一人の男が跪いている。
白い司祭服。かつては、この聖王国で名の知れた高潔な司祭でしたわ。神に仕え、民に慕われ、何ものにも決して屈しない。……そういう立派な人。
でも、今は。
その目はうつろ…焦点も合わない。よだれを垂らして……ただ、ぶつぶつと意味のない祈りの言葉を繰り返している。
あたり一帯には――黄緑色の魔力が、もやのようにうっすらと立ちこめていた。
わたくしの…わたくしだけの色。
この黄緑の魔力の中にいると…人はみんな、わたくしの玩具になる。あのお方のように絶対的ではないかもしれないけれど…。
「……ねえ、司祭さま?」わたくしは、そのうつろな顔を覗き込んだ。「あんなにご立派だったのに。もう、こんなになっちゃって…」
……返事はない。
高潔な人ほど、壊すのが楽しいんですの。誇り高い人が少しずつ崩れていく。神への祈りが意味を失って、ただのうわ言になっていく。……その様を見るのが…ふふ。たまらなく面白い。
……でも。
もう、飽きましたわ。
「はい、おしまい」
わたくしは、ぱちん、と指を鳴らした。
司祭を覆っていた黄緑のもやが……すっ、と消える。
その瞬間。
男は――糸の切れた人形みたいにぐらり、と崩れ落ちた。ぴくりとも動かない。
……ふぁ。
わたくしは、小さくあくびをした。
……もうこの人には興味がない。壊れた玩具に、用はありませんもの。
* * *
「片付けておいて」と、手を振る。荒くれの一人が、司祭をずるずると引きずっていく。
……はぁ。
やっぱりつまらない。
高潔な司祭や修道女、堅物な聖騎士も……この国の玩具は、もう、あらかた遊び尽くしてしまいましたわ。どれも同じ、壊れ方まで同じ。
何か。何か、面白いことはないのかしら?
わたくしを、退屈させない何か……新しい、玩具。
そう思っていたら…。
「……ボス」
荒くれの一人が、そっと口を開いた。
「そういえば……妙な噂を聞きやしたぜ。隣の……ベルンハルト王国の話でさ」
「あら。……なあに?」
「蒼雷魔法師団のザガンってやべぇ奴が、国相手に反乱を起こしたそうで。……まあ、そいつは冒険者と、謎の剣士に、あっさり討ち取られたらしいんですがね」
……ザガン?
ああ。……そういえば、そんな名前の強い男がいたような。会ったことはありませんけれど。
「で……そのザガンが討たれる少し前に、妙なことをしてたって話でしてね」荒くれは声をひそめた。「……森の奥の古い廃墟。そこに、"変な力を持った化け物"が棲みついてるって噂があるんですが……ザガンの野郎、わざわざそこに手を出してたらしいんで」
……。
わたくしの指先が。
止まった。
……あら。
……国を相手に反乱を起こそうという男が。よりにもよって、その大事なときに…わざわざ、辺境の廃墟の"化け物"にちょっかいを?
ふふ。……おかしいですわねぇ。そんな寄り道をする余裕が? ……いいえ。逆ですわ。
きっと――そこに、"あった"んですの。反乱を成功させられるだけの……その男が、危険を冒してでも欲しがるほどの"なにか"が。
* * *
わたくしは、豪華なイスからゆっくりと立ち上がった。
変な力を持った、化け物。……ザガンほどの男が、目をつけた廃墟。
ふふ……気になりますわねぇ。とっても。
それが、わたくしの新しい玩具なのか……それとも、玩具にならない、"本物"なのか。
――どんな風に壊れるのか…見てみたいですわ。
「……ねえ、あなたたち?」
わたくしは、うっとりと微笑んだ。
「ベルンハルト王国に……面白そうなのがいるみたいねぇ」
――こうして。
ネルの知らないところで。
新しい脅威の目がゆっくりと、あの廃墟のほうへ向けられた。
(一章 完)
最後まで読んでいただきありがとうございます。
序章から五十話、ついに一章が完結しました。
ここまでお付き合いくださって、本当に感謝しかありません。
……物語は、まだ半分も進んでいません。ネルの『ひっそり静かに暮らしたい』という願いは、これからどうなるのか。二章もどうかお付き合いください