廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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七話目です。廃墟に、また新しい顔が増えます。


序章 第七話「増える来客と、頼まれごと」

 

 

 その日、ロイドは一人ではなかった。

 

「ネルー! ともだち、つれてきたよ!」

 

 廃墟の入り口から飛び込んできたロイドの後ろに、もじもじした様子の子どもが二人いた。一人は赤毛のおさげの女の子、もう一人はぽっちゃりした男の子だ。どちらもロイドと同じくらいの年齢に見える。

 

――(ともだち……?)

 

 ボクは固まった。

 

――(来客が増えた。増えてしまった。ロイドだけでも十分手一杯なのに……!)

 

「ネル、すごいんだよ! うごくにんぎょうなんだよ!」

 

 ロイドが得意げに説明している。二人の子どもがおそるおそる廃墟の中を覗き込んだ。

 

「……ほんとうに、うごいてる」赤毛の女の子が目を丸くした。「こわい……けど、かわいい」

 

――(かわいい……?)

 

「ぼく、にんぎょうこわい」ぽっちゃりした男の子が半歩後退した。

 

――(正直でよろしい。でも来ないでほしかった……)

 

「こわくないよ! ネルはやさしいから!」

 

 ロイドが胸を張って言い切った。

 

――(ロイド……ボクのことをそんなふうに……)

 

 胸の奥がじんわりした。人形の体に胸などないはずだが。

 

「ねえ、ネルって言うんだよね? かわいいなまえ! わたしはマリー!」

 

――(マリー……か)

 

「ぼくはトム……」ぽっちゃりの男の子がおずおずと名乗った。「にんぎょう、ほんとにこわくない……?」

 

 ボクはゆっくりと頷いた。怖くない、という意味で。

 

「……じゃあ、ちょっとだけ、ちかづいてみる」

 

 トムがそろりそろりと近づいてきた。ボクの前で立ち止まって、じっと見つめる。

 

「……おっきい」

 

――(そうですよ。君たちよりは大きい人形ですよ)

 

「……あったかい?」

 

――(人形なので……どうだろう)

 

 ボクは首を傾けた。「わからない」という意味で。

 

「トム、さわってみればいいじゃん!」

 

「やだ! こわい!」

 

「こわくないって言ったじゃん!」

 

「ちかづくのとさわるのはちがう!」

 

 マリーとトムが言い合いを始めた。ロイドがボクを見て、困ったように笑う。

 

「ごめんね、ネル。にぎやかで」

 

――(いや、まあ……うん)

 

 ボクは首を横に振った。気にしていない、という意味で。

 

 それは……半分本当で、半分は嘘だった。

 

 確かに賑やかすぎる。ボクが望む平穏とは少し違う。でも、子どもたちの声が廃墟に響いているこの光景は……悪くない、とも思う。

 

――(悪くない。本当に、悪くない)

 

 アウラが子どもたちにそっと近づいて、窓際の花を指し示した。マリーが目を輝かせる。

 

「わあ! おはな! きれい!」

 

「おねえちゃんが、うえてるの?」

 

「……はい……すこし、だけ……」

 

「じょうずだね!」

 

 アウラがぺこりと頭を下げた。その白い頬が、わずかに……いや、気のせいだろう。人形の頬は色づかない。

 

 そのとき、廃墟の外から重い足音が聞こえてきた。

 

――(あ)

 

 ミネルバだった。入り口に立って、子どもたちを見て、ボクを見て……大きなため息をついた。

 

「……増えてる」

 

――(そうなんです……)

 

「ロイド、また来たのか?」

 

「ミネルバおねえさん! ともだちつれてきたよ!」

 

「見りゃわかる」

 

 ミネルバがどかりと廃墟の隅に腰を落ち着けた。子どもたちがミネルバを見て、その大きさに目を丸くする。

 

「おねえさん、おおきい!」マリーが言った。

 

「……そうだな」

 

「つよそう!」

 

「強いぞ」

 

「すごーい!」

 

 ミネルバが珍しく、ほんの少し口の端を上げた。

 

――(子どもには弱いな……)

 

 

   *   *   *

 

 

 子どもたちが帰っていったのは、夕暮れ前のことだった。

 

 ミネルバが帰り道を確認しながら送り出して、廃墟に戻ってくる。それからボクの前に立って、少し言いにくそうに口を開いた。

 

「……ネル、一つ頼みがある」

 

――(頼み?)

 

「明日、森の奥で魔物の群れを討伐する依頼がある。単独でこなせる規模だが……念のため、アウラに周辺の様子を見ておいてほしい。人間がいたら教えてくれ」

 

――(索敵の補助、か……)

 

 ボクは少し考えた。アウラを使った索敵なら、ボクの能力の範囲内だ。ミネルバを危険にさらすわけでもないし、人間を傷つけるわけでもない。むしろアウラが周辺を確認することで、無関係の人が巻き込まれるのを防げる。

 

――(平穏のためなら……悪くない判断だ)

 

 ボクはゆっくりと頷いた。

 

「……助かる」

 

 ミネルバがそれだけ言って、視線を外した。お礼を言うのが照れくさいのか、少し耳が赤い。

 

――(耳が赤い……)

 

――(気のせい、かな)

 

「あと」ミネルバが続けた。「子どもたちが来るのを止める気はないが……あまり広めるなよ。お前の存在が知れ渡ると面倒なことになる」

 

――(それはボクが一番よくわかってます……)

 

 ボクは力強く頷いた。

 

「……ならいい」

 

 ミネルバが立ち上がって、廃墟の出口へ向かった。去り際に振り返る。

 

「明日、日の出と同時に頼む」

 

 頷く。

 

「……じゃあな、ネル」

 

 大きな背中が廃墟の外へ消えた。

 

 ボクはしばらく、その場に立ったままでいた。

 

――(頼まれた)

 

――(ボクが、ミネルバに、頼まれた)

 

 それはつまり、ミネルバがボクを……少し、信頼してくれているということだ。たぶん。おそらく。

 

 廃墟の窓際で、アウラが花に水をやっていた。その動きが、今日もどこか自分の意志で動いているように見える。

 

――(信頼……か)

 

 ボクは空を見上げた。夕暮れの空が橙色に染まっていた。

 

 平穏を望む道化師の人形は、少しずつ、確かに、この世界に居場所を作り始めていた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。ミネルバからの頼まれごと、ネルにとってどんな意味を持つのでしょうか。
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