廃墟に潜む道化師人形は、ひっそり静かに暮らしたい   作:糸守ものち

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八話目です。「ネル」にとって、初めての「仕事」が始まります。




序章 第八話「初めての、仕事」

 

 日の出と同時に、ボクはアウラを森へ向かわせた。

 

 ミネルバの依頼はシンプルだ。討伐区域の周辺を見回り、一般人がいないかを確認する。もし人がいたら、アウラを通じてミネルバに知らせる。それだけでいい。

 

――(索敵の補助、か……ボクにできることがあるとは思わなかった)

 

 廃墟の中央に鎮座したまま、ボクはアウラの視界に意識を集中させた。アウラが森の中をゆっくりと歩いている。朝の森は静かで、鳥の声だけが響いていた。

 

 ミネルバはすでに討伐区域へ向かっているはずだ。ボクはアウラを迂回させながら、区域の外縁をぐるりと確認していく。

 

――(……誰もいない。猟師も旅人も、この時間はまだ動いていないか)

 

 安堵しながら確認を続けていると、アウラの視界の端に何かが映った。

 

 木の影に、人影。

 

――(え)

 

 ボクは意識を集中させた。人影は小さい……子どもだ。男の子が一人、木の幹に背中を預けて座り込んでいる。

 

――(なんでこんな朝早くに子どもが……)

 

 よく見ると、膝を抱えて俯いていた。泥だらけの服。泣いているのかもしれない。

 

――(迷子……? それとも別の何かか)

 

 ボクは迷った。ミネルバへの知らせを優先すべきか、子どもに近づくべきか。

 

 でも答えはすぐに出た。

 

――(どちらも、だ)

 

 ボクはアウラを子どものそばに向かわせた。アウラが木の影の男の子の前に立つ。男の子がはっと顔を上げた。目が真っ赤だ。やはり泣いていた。

 

「……だれ?」

 

 男の子が掠れた声で言った。アウラを見て、怯える様子はない。ただ驚いている。

 

「……あの、大丈夫ですか……?」

 

「……うん」明らかに大丈夫ではない顔で、男の子は頷いた。「まいごに、なった」

 

――(やっぱり迷子か……)

 

 ボクはアウラに「ここで待っていろ」という仕草をさせながら、同時にミネルバへの伝達方法を考えた。アウラが迷子の子どもそばにいる間、どうやってミネルバに知らせるか。

 

 そのとき、森の奥から大きな音がした。魔物の鳴き声だ。討伐が始まったらしい。

 

――(ミネルバ、もう動いてる……)

 

 ボクは決断した。この場所は討伐区域から離れている。子どもがここにいる限り、直接の危険はない。ならばアウラに子どもを廃墟まで誘導させて、ミネルバが戻ってから報告する方が安全だ。

 

「……あの、一緒に、来ますか……? 怖くない、ですから……」

 

 アウラが消え入りそうな声で言った。男の子がアウラを見て、少し考えて、頷いた。

 

「……うん。いく」

 

――(よし)

 

 アウラが男の子を連れて廃墟へ戻ってきたのは、それから十分ほど後のことだった。

 

 

   *   *   *

 

 

 男の子の名前はリクといった。八歳で、近くの村の子だという。早起きして森に入ったら道に迷ったらしい。

 

 廃墟の中で、リクはきょろきょろと辺りを見回していた。怖がる様子はない。むしろ好奇心旺盛な目をしている。

 

「ここ、おばけやしきみたい」

 

――(ロイドも同じことを言っていたな……)

 

「でも、おはながある」リクが窓際の花を見た。「きれいだね」

 

「……ありがとう、ございます……」アウラがぺこりと頭を下げた。

 

 リクがボクを見た。ボクは廃墟の中央で静かに座っている。

 

「にんぎょう、ずっとそこにいるの?」

 

 頷く。

 

「うごかないの?」

 

 首を横に振る。動ける、という意味で。

 

「じゃあなんでそこにいるの?」

 

――(それはボクの定位置だからですよ……)

 

 ボクが答えに困っていると、廃墟の外から足音が聞こえた。

 

 ミネルバだった。

 

 討伐を終えたのだろう、斧に返り血が付いている。廃墟に入ってきて、リクを見て、ボクを見た。

 

「……また子どもが増えてる」

 

――(今回はボクのせいじゃないです)

 

「……森で、迷子に、なっていたので……わたしが、連れてきました……」

 

 アウラが説明した。ミネルバがため息をついて、リクの前にしゃがんだ。

 

「村はどこだ」

 

「……東の村」

 

「わかった。送ってやる」ミネルバが立ち上がった。それからボクを見る。「……お前、ちゃんと索敵してたのか。迷子を見つけるとは思わなかったが」

 

――(結果的に役に立ちましたよ……?)

 

 ボクは頷いた。ミネルバが小さく鼻を鳴らした。

 

「……まあ、悪くない働きだ」

 

――(褒められた……!)

 

 ボクの内心が、じんわりと温かくなった。

 

「リク、行くぞ」ミネルバが言った。「……ネルに礼を言え」

 

「ネルっていうんだね!」リクが嬉しそうにボクを見た。「ありがとう、ネル! またくるね!」

 

――(ネルって、すぐ馴染んだな……)

 

 ミネルバとリクが廃墟を出ていった。足音が遠ざかっていく。

 

 廃墟に静寂が戻った。

 

――(……悪くない働き、か)

 

 ミネルバの言葉を、ボクは頭の中で繰り返した。

 

 初めて誰かの役に立てた。ただ廃墟に引きこもって平穏を望んでいただけのボクが、今日は確かに誰かのために動いた。

 

――(平穏を守るために動くのも……悪くないかもしれない)

 

 アウラが静かにボクの隣に立っていた。

 

 白い瞳が、穏やかにボクを見ていた。

 

 まるで「よくできました」と言うように。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。「悪くない働きだ」……ミネルバの一言、ネルに届いたでしょうか。
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