彼女が俺を責めてくれない   作:散髪どっこいしょ野郎

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原罪

「おはよう二旅。コーヒー飲むか?」

 

「では、目覚めの一杯をお願いします」

 

 

 俺は同居人の『二旅(にたび) (ふるい)』にマグカップを差し出す。既に盥漱(かんそう)*1は済ませていたのか、湯気の上がるコーヒーをちびちびと啜っていた。

 

 二旅とは小学生時代からの付き合いだ。と言っても、恋人関係に至ったのは高三辺りからだが。

 

 

「定期よし、筆記用具よし、ノートパソコンよし……」

 

「加賀山さん、ハンカチもお忘れなく」

 

「ああ、助かる」

 

 

 加賀山。『加賀山(かがやま) 青彩(あおさい)』。それが俺の名前だ。

 

 食事や歯磨きなどは済ませ、後は俺たちの通う大学に出発するのみとなる。

 

 

「補助いるか?」

 

「いえ、お気遣いなく」

 

 

 二旅が立ち上がると、コツ、コツと、俺を糾弾する音が部屋に響く。

 

 それは松葉杖をつく音。俺の彼女は、左足を失っていた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 大学には電車で通学している。車の免許は取得しているが肝心の車両が無い。いわゆるペーパードライバーだった。

 

 駅からは徒歩二十分。二旅の歩行速度に合わせてもさほど遠くない場所に大学はある。さて、今日の講義は……

 

 

「それでは、また後ほど」

 

「ああ。何かあったらすぐに呼んでくれ」

 

 

 俺は経済学部、二旅は法学部ということでキャンパス内では昼食時を除き離れている。サークルは同じだが……まあ、それは今考えなくてもいい。

 

 

「あ、いた」

 

 

 講義室内にいるのは中学時代からの同級生。ソイツは退屈げにパソコンを弄くっていたが、俺を見つけると僅かに目を剥いて手招きした。

 

 

「よう、坂口」

 

 

 『坂口(さかぐち) (ともえ)』。名前だけ聞くと勘違いされがちだが男だ。

 

 

「今日は早いんだな」

 

 

 時間ギリギリにやってきたりするかと思えば今日のように一番乗りしていることもある。坂口の行動を把握できる者は世界広しと言えど()はしないだろう。

 

 

「最近ペペロンチーノに凝ってるんだよ。やっぱ時代はカツカレーだよな」

 

 

 そう言いながらマインスイーパをプレイしている。相変わらずコイツは読めない。

 

 奇天烈な言動しかしないが坂口は折り紙付きの天才だ。全国模試で一位になった過去もある。その頭脳ならより偏差値の高い大学にだって受かるだろうに、俺と同じ国立大学(名前は伏せる)を選んだ。

 

 

「頼んどいた過去問あるか?」

 

「やるよ。使ったら返せよ」

 

「どっちだよ」

 

 

 どこにそんなコネがあるのか知らないが、坂口はどんな講義の過去問も所持していた。定期試験期間は重宝する。しかし貰ってばかりの俺ではない。

 

 

「はい、一ヶ月分の日記。読んだら捨てるなり燃やすなりなんなりしてくれ。他の人には見せるなよ」

 

「これこれぇ!感想文は二十枚でいいか?いやそんな書くの面倒くせぇよ」

 

「過去問と引き換えだから要らないっつってんだろ……」

 

 

 コイツは、俺を注視している。いつからかは覚えてないが徹底的に俺の生活を知ろうとしてきたのだ。ちょっと……いや、かなり気持ち悪い。

 

 そんなわけだから日記と交換する条件付きで過去問をゲットできていた。俺を知って何が楽しいのやら……。

 

 

「加賀山」

 

「なんだよ。そろそろ講義始まるぞ」

 

「あー、愛は罰の類義語だ。よく覚えておけ」

 

「……肝に銘じるよ」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「さーて、飯だ飯だ。二旅と合流するぞ。誰よその女!」

 

「二旅って分かってんじゃねぇか……」

 

 

 ここの学食は特別安いわけでも量が多いわけでもないため、俺と二旅は弁当を持参していた。

 

 

「よーう、二旅!サ店って知ってっか?地獄にいい紅茶を出す蛇口があるんだが──」

 

「ふふ、ご健勝でなによりです、坂口さん」

 

坂口(コイツ)元気すぎるんだよ。講義中も無駄に構ってくるし」

 

「ハンバーガーと蕎麦だな!今日はもうその舌だ」

 

 

 行くぞー、と繰り出していく坂口を見送りながら三人分の席を確保。リュックから弁当を取り出した。

 

 

「加賀山さん、少し寝不足ですか?」

 

「……なんでそう思った」

 

「目の隈が少し濃いように見受けられます」

 

「んー……俺はお前らとは違って優秀じゃないからな。睡眠時間削りでもしないと追いつけない」

 

「それでも、どうか、ご自愛ください」

 

「……分かった、分かったよ。今日はゆっくり眠る」

 

 

 そう言い伝えると、二旅は満足したような笑みを見せた。ちなみにこの後坂口はハンバーガーを三つと蕎麦三杯を胃に収める大食漢ぶりを発揮した。アイツどっからそんな金出せるんだ?

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「俺今日はバイトのシフト入ってるから先に帰っててくれ。くれぐれも気をつけてな」

 

「お気遣い、痛み入ります。それでは」

 

 

 いつも通りコツ、コツと松葉杖を鳴らし二旅は帰っていく。彼女は左足が不自由だが現状俺より稼いでいる。塾講師+家庭教師アルバイターとして評判がいいらしい。

 

 らしい、というのは直接見に行ったことが無いからだ。いくら付き合ってるとは言っても『彼女の仕事ぶりが見たいので見学します』などという理由で乗り込めるのはそれこそ坂口ぐらいしかいない。

 

 ちなみに俺は個人事業主の酒屋アルバイトに勤しんでいる。たまに賄いを食べられるため食費の節約としてちょうど良かった。

 

 大学から徒歩五分。一見寂れているようで客はそこそこに入っている職住一体建物が、俺の稼ぎ所だ。

 

 

「お、来たね加賀山くん。今日も頑張ってね」

 

「はい。今日もよろしくお願いします」

 

 

 店長はほっそりとした容貌で、快活な女性だ。どこからそんな力が湧き上がるのかと疑問に思うぐらいバイタリティに溢れている。

 

 エプロンとバンダナを巻き、伝票整理から始める。さて、仕事の時間だ。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ただいま……」

 

「お帰りなさい、加賀山さん」

 

 

 俺の業務は終電までに終わる。逆を言えば終電まではこき使われるということだ。

 

 重い体を引きずりアパートの一室に帰ると、満面の笑みで二旅が迎えた。

 

 

「明日のサークル活動はいかがなさいますか」

 

「ぅー、悪い、俺はパスで……」

 

 

 飲茶サークル。文字通り茶をしばいて菓子をつまむだけのサークルだが、そのシンプルさ故にメンバーは多い。ちなみに掛け持ちOK。

 

 ガクチカ用に入っているもう一つのサークルは小説執筆を旨とする文芸活動群。明後日までに現在四万文字程度の書きかけ作品を仕上げなければならない。九割八部終わっているが残りを書く気力が中々湧かない。

 

 

「悪い、白湯だけ貰えるか」

 

「飲酒なさったのですか?」

 

「なわけ。ちょっと疲れた時に白湯って飲みたくなるだろ」

 

「ふふ、失礼しました。すぐにご用意しますね」

 

 

 うぁー……シャワー浴びねぇと。でもかったりぃなぁ……。あー、ソファ柔らけぇー……。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「加賀山さん、加賀山さん」

 

 

 ん……白湯できたか……にしてもねみぃ……。

 

 

「その体勢ではお身体が痛みます、起きてください」

 

「んー……ん……。あ、悪い。寝てたのか俺」

 

「よほどお疲れだったのですね。今日はシャワーを浴びたらすぐに就寝しましょうか。お背中流しましょうか?」

 

「いや……いい……一人で……やる……」

 

 

 ふらふらとした足取りでシャワールームに向かう。もちろん白湯はありがたくいただいた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「じゃあ俺眠るわ……おやすみ……」

 

「おやすみなさい、加賀山さん。どうか良い夢を」

 

 

 このアパートはちょっと狭い。シャワーやトイレが完備してあるのはありがたいが、寝室のベッドスペースはどう切り詰めても一人分しか確保できない。ということで俺たちは同衾していた。

 

 俺たちは付き合っている。だからといって特に何か行動を起こすことはない。少なくとも俺にその意志は無い。全てはあの夜、償いきれない罪過を背負った日から、俺たちの関係は始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 加賀山さんとの関係は小学生時代から始まっていました。恐らくその頃から、私は彼に惹かれていたのでしょう。

 

 きっかけは至極単純です。私がクラスでミスを犯した時、みなさまは笑っていたのに彼だけは笑わずにそれを止めてくれたから。

 

 初めは気になる男の子、程度の懸想だったけれど、その思いが本格的に開花したのは中学一年生の時。

 

 私は容姿が人並み以上に整っていたようで、連日様々な方々からの告白を受けていました。ある日、加賀山さんから呼び出された私は『彼も私に告白してくださるのですか。加賀山さんならお付き合いする程度なら……』などと、浮ついたことを考えていました。

 

 けれど彼の口から出た言葉は想定の範囲外に及んでいて。

 

 

『二旅、お前アレルギーあるだろ。一回病院行くぞ。付き添うから』

 

 

 私が体調不良を起こしやすいことは周知の事実でした。だけどそれを案じて、更に調べてくれるのは彼だけでした。

 

 アレルギーというセンは的中しており、父親よりも加賀山さんは私を慮ってくれていたことを知りました。

 

 いえ、こう言ってしまっては語弊がありますね。父はシングルファザーで毎日忙しく、私に構う暇がありませんでした。アレルギーに気づけないのも仕方のないことです。それに、父からの愛情は十二分に受け取っていましたから、不満はありませんでした。

 

 とにかく、その時から彼を目で追うようになりました。

 

 ですがそれはあくまで片思い。あの夜の出来事がなければ、伝えることすらできなかったでしょう。

 

 仮にあの夜をやり直せるとしても、私は同じ行動をとります。加賀山さんと繋がれた、最初の記録ですから。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 昔から誰かをほっとけない性分だった。

 

 誰かが泣いてたり、苦しんでたりするのを見るのが嫌だった。だから好きな奴嫌いな奴問わず手を差し伸べてきた。だから中学で坂口の相手役を押しつけられても我慢してきた。

 

 別に良い奴になりたかったわけじゃない。所詮他人だ。感謝が欲しいわけでもない。だから助けた奴にとやかく言われようが恨まれようが構わなかった。

 

 結局俺は自分のためにしか生きられない。全てが自己満足だった。

 

 そんな中生き甲斐となったのが高校でのバンド活動。俺はギターボーカルだった。

 

 忘れもしないあの夜。雨が降る中、傘も差さずに俺は走っていた。バンドを続けるか否か、親と喧嘩する毎日に嫌気がさして。

 

 

『加賀山さん……』

 

『……二旅』

 

 

 たまたま外に出ていた二旅と遭遇した。俺は……それはもう、酷いツラをしていただろう。

 

 二旅は拒絶する俺にも負けず食い下がってきた。傘をお貸しします、温かい食べ物を摂りましょう、私の家でシャワーを等々……

 

 

『……俺のことは放っておいてくれ』

    

『いえ、看過いたしかねます。とりあえず温まれる場所へ──』

 

『ほっといてくれよ!』

 

 

 タイミング、そして俺が悪かった。

 

 かけた手を振り払われ彼女はバランスを崩す。雨が降っている夜。車の行き来も激しい。そんな中、二旅の体は無防備に車線へ投げ出された。

 

 結果、左足下腿欠損。

 

 二旅は俺の所為で轢かれたことを誰にも伝えなかった。『私が勝手に轢かれただけ』。それだけしか言わなかった。俺はそれに甘えて、黙っていた。クズだ。最低の人間だ。

 

 病室に向かうと、彼女は罰を待ち望む俺にこう言った。

 

 

『私と付き合ってください』

 

 

 耳を疑った。何度も再確認した。

 

 バイト代を全額投入して義足を買い与えようとしたが、二旅は頑として受け取らなかった。そんな彼女が、俺と付き合いたいなどと言い出したのだ。衝撃は相応に強かった。

 

 理由は分からないが俺は惚れられている。だから二旅にとって良い相手が見つかるその日まで、責任は取る。

 

 

「……っ、朝、か」

 

 

 あの夜の夢を何度も見る。過ちは消せないのに。

 

 

「おはようございます、加賀山さん」

 

「……おはよう、二旅」

 

 

 ああ神様、どうか俺を罰してください。そして二旅を幸せにしてやれる誰かと出会わせてください。

 

 

 

 

*1
手を洗い口をすすぐこと

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