彼女が俺を責めてくれない   作:散髪どっこいしょ野郎

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贖罪

「加賀山さん、起きてください」

 

「うぁー、あと五分だけ……」

 

「今日は小説を呈示する日ですよ。このままでは遅れてしまいます」

 

「あー畜生、なんで今日なんだ……」

 

 

 毒づきながら起き上がる。

 

 俺はあの夜がトラウマになっているのか、熟睡することが苦手だった。そうして蓄積された眠気を発露する日が、たまたま今日だったりするわけだ。

 

 

「どうぞ」

 

「ああ。ありがとう」

 

 

 寝起き眼を擦り目覚めの一杯。いつだってコーヒーは俺を現世に戻してくれる。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「しっかしなんで手書き小説じゃないといけないんだろうな」

 

「やはり、紙に触れる感触があってこそ小説を読んでいるという実感が持てる、ということではないでしょうか」

 

 

 電車に揺られ、大学の部室に向かう間も俺はああだのこうだの文句を垂れていた。このインターネット社会でわざわざ手書きにこだわる意味が分からなかった。

 

 そんなことをぼやいている内に目的の駅に到着。ここからは徒歩となる。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「おー、よく来てくれたね二人とも。ここまで疲れたでしょ。ささ、座って座って」

 

「失礼します」

 

「……では」

 

 

 二旅はかなり容姿が優れている。部屋に入っただけで空気が一変する程に。

 

 魔性と言うべきか、二旅は同性にも惚れられていた。故に中学、高校時代は二旅への好感度を稼ぎたい奴らに群がられたものだ。

 

 何故俺に注目が集まっていたのかというと、彼女はどういうわけか俺によく構った。その弊害として、『加賀山青彩に近づけば二旅篩と接触できるチャンスを得られる』、と勘違いした奴らに偽りの友情を築かされていたということだ。

 

 本当に目障りだった──って、そんな後ろ向きの思考して気分が良くなるわけがない。切り替えろ。

 

 

「これが俺の作品です」

 

「ありがとう。どれどれ……」

 

 

 部室内の空気は俺たちの介入により少し湿る。二旅篩への微かな懸想が、彼氏である俺の存在で霧散していくからだ。

 

 幸いにもサークル長の意識は小説にしか向いていない。その姿勢の良さは目を見張るものがある。

 

 

「……なるほどなるほど。加賀山くんの小説は少し難しい単語を多用してるね。もっと砕けた言葉を使ってみるのもいいかもね。あとキャラがちょっと説明口調すぎるかな?」

 

「ありがとうございます」

 

 

 推敲に必要な事柄を簡潔に示してくれるため会長は俺の脳内順位でかなり上の方に座している。

 

 そして、会長はあくまで個人のアドバイスということで直すか直さないかは各々に決めさせている。そうして出来上がった文章をネットの小説サイトにアップして反応を見る、という手法をとっていた。……ますます手書きの意味が分からなくなるな。

 

 

「……会長。過ぎた言葉ですが、わざわざ手書きにこだわるよりデータでやりとりする方が効率的ではないですか?」

 

「うん、ウチもそう思うけど……前のサークル長曰くね、『情報化社会だからこそ、手書きの温もりが輝きを放つ』だとかで卒業しても未だに自筆執筆を強制させてくるんだよ。迷惑な話だよねー」

 

「……そんな理由が」

 

「いやー悪いね。さて、二旅さんの小説も見せてもらうよ」

 

「はい、どうぞ」

 

 

 ちなみにだが、ネットに投稿した小説はアクセス数でも評価数でも二旅が上回っている。正直自信を無くした。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ふー、辺りすっかり暗くなったな」

 

「楽しい時間はあっという間ですね」

 

 

 楽しい時間。俺はともかく、二旅はあのひとときを喜ばしく思っている。湿度の高い部室、椅子の軋む音、周囲の嫉視。気づいていない筈がない。その上で楽しいと言ってのける強かさには、思わず舌を巻く。

 

 

「晩メシどうする。どこかで済ますか」

 

「もう自炊するには遅い時間帯ですからね。加賀山さんが働いている居酒屋にでも伺いましょうか?」

 

「俺らまだ大学一年生(みせいねん)だぞ」

 

「ふふ、冗談です」

 

 

 ああ。コイツは。コツコツと松葉杖を突きながら、笑ってみせる。信じられないぐらい顔がいいが、それに対する好感より『何故俺なのか』という意識が大きく存在している。

 

 そりゃあ俺だって付き合うなら美人の方がいい。気立ての良い女なら尚更だ。

 

 でも俺は、罪に汚れすぎた。世俗の人々のような営みは、本来なら送ってはいけない。

 

 だから二旅と付き合っているのは、贖罪の一つでもある。それにしても疑問だ。俺のどこが彼女に刺さったのか。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 

「キノコのペペロンチーノのお客様ー」

 

「あ、はい。俺です」

 

 

 店員の方が彼に料理をサーブする。私はそれを笑顔で見つめていました。

 

 

「……」

 

「召し上がらないのですか?」

 

 

 加賀山さんはどこか困ったように両手を迷わせる。理由は概ね予想できていたけれど、私は敢えて踏み入りました。

 

 

「……食事は、一緒にする方がいいだろ」

 

「……ふふふ」

 

 

 ああ。やはりこの人はいつだってそうだ。

 

 

「では一緒にいただきましょうか」

 

「……ああ」

 

「オムライスご注文のお客様ー」

 

「はい。私です」

 

 

 全てが整えられたタイミング。私と彼は手を合わせ、決まりきった号令を発した。

 

 

「「いただきます」」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「やっと帰って来られた……今日はなんだか疲れたな……」

 

「お疲れさまです。お背中流しましょうか」

 

「……じゃあ、頼む」

 

 

 加賀山さんは基本湯船に浸かろうとはしません。いつもシャワーだけでした。節約するために大量の水は使わないようにしている、というのが主な理由。

 

 浴室は二人だけでもう狭隘を告げています。私は左足が不自由なため、自然と加賀山さんに助力を借りて服を脱ぐようになりました。

 

 

「くすぐったくないですか?」

 

「いや……ちょうどいい」

 

 

 ……私は、容姿だけは優れている自覚があるのですが、彼には響かないのでしょうか。加賀山さんは一度も照れたり鼻の下を伸ばしたりするようなことはしませんでした。

 

 それが加賀山さんの気性と呼ぶならそうなのですが……少し自信を無くします。

 

 

「加賀山さん」

 

「なんだ」

 

 

 だから、少しでも彼の心に近づけるように。

 

 

「明日、デートしませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 出先は何の変哲もない、ただのショッピングモールだった。

 

 

「加賀山さん、楽しめていますか?」

 

「……まあ、ほどほどに」

 

 

 嘘を吐く。隣で松葉杖を突く音が聞こえる度、罪の意識が爪の先から滲み出す。

 

 何百回、何千回、何万回と繰り返してもこの後悔は消える気がしなかった。

 

 俺は赦しよりも罰が欲しい。こんなぬるま湯の毎日は、俺にはそぐわない。

 

 神に罰されたい?敬虔な宗教家にでもなったつもりか?ある人はそう嗤うだろう。しかし自意識というのはどうあっても後ろについてくるものだ。

 

 

「腹減ったな」

 

「ここのフードコートにはクレープがありますよ。ご一緒に、いかがですか?」

 

「二旅が食べたいだけだろ」

 

「ふふ、バレましたか」

 

 

 二旅はいつも笑っている。心の底から幸福そうに。

 

 そんな彼女の笑顔を見る度に、あの病室の匂いが思い返されるのだった。

 

 

『私と付き合ってください』

 

『は……?……え?いや、え?え、なんて?』

 

『私と、付き合ってください。恋愛の方で、ですよ』

 

 

 淑やかに笑う二旅。ベッドの白さ。消毒液の香り。

 

 

「加賀山さん……加賀山さん?」

 

「……ああ悪い。少し考え事をしていた」

 

「そうですか」

 

 

 そうこうしている内にフードコートへ到着。俺はラーメン、二旅はオムライスとクレープの店へ向かった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「お前いつもオムライス食ってないか」

 

「好物なので。今日お誘いした理由の半分はここのオムライスを食べたかったからなのですよ?」

 

「胸を張って言うことか……」

 

 

 湯気の上がる麺を啜りながら談笑を交わす。周囲から見れば立派な『恋人関係』なのだろう。

 

 だがしかし。俺たちの関係はあの夜に始まった、罪人の贖罪譚だ。

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「明日、俺バイトあるから」

 

「はい、私も家庭教師のバイトで出払っていますので」

 

「ん、じゃあメシは各々個別で済ますか」

 

 

 たしか家には冷凍食品の買い溜めがあった筈だ。昼間はいつも通り弁当でも作って腹を満たすか。しかし夜が悩む。賄い食えればいいんだが。

 

 そんなありきたりな日常の悩みに興じながらショッピングモール内を歩いていると耳障りな声が遠方から聞こえてきた。これは──子供の泣き声。

 

 

「二旅、行くぞ」

 

「はい。お供します」

 

 

 声の主まで辿り着くのに、そう時間はかからなかった。

 

 気に入らなかった。幼さに身を任せて泣き喚く子供も、それを遠巻きに見つめる群衆も。……俺は怒ってばかりだな。

 

 泣き声を上げているのは案の定子供だった。親とはぐれたのか、一人きりだ。本当に面倒な話だが、しゃがんで視線を合わせる。

 

 

「どうした少年」

 

「ママが、ママがあああ!」

 

「ママがいないのか。じゃあ俺らと探すか」

 

 

 それからはスムーズに事が運ばれていった。迷子センターに送り届け、店内放送で親を呼び出してもらう。保護者が来るまでの間、二旅が子供の相手をしていた。俺は雰囲気が堅すぎる故に干渉はしなかった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ふー、面倒な少年だった」

 

「加賀山さんはお優しいですね」

 

「俺は自己満足でそうしてるだけだ。感謝される謂われも賞賛される謂われもない」

 

「面倒なことだと思いながらも手を差し伸べられるのは立派な美徳ですよ。私が保証します」

 

「……」

 

 

 そう言われると口をつぐむ他なかった。

 

 我ながら不器用な生き方だと思う。『放っておけない』。それが今日まで俺を在らしめていた。

 

 感謝を受けても喜べなかった。人として当然のことをしただけでどうして報謝を貰うのか。ずっと不思議だった。

 

 疑問は更に深まる。そんな、ありがとうの言葉すら素直に受け取れない俺の、どこに二旅は惹かれたのか。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ってなわけで一輪の薔薇か高級水鉄砲かで悩んでるんだよ。加賀山はどう思う?」

 

「何が『ってなわけで』だよ。主語を言え主語を」

 

 

 俺と坂口はよく話すが、仲が良いのかと聞かれれば否である。まず親睦を深める以前の問題だ。相互理解が全く成立しないのだから。

 

 

「そら、そろそろ講義が始まるぞ。無駄話は止めておけ」

 

「そら豆もいいな。グーテンモルゲンってか?」

 

「……坂口お前酔ってんのか?」

 

「よし、決定。……そうだ、加賀山」

 

「なんだよ。そろそろ始まるって──」

 

「あー、デートは楽しかったか?」

 

 

 瞬間、怖気が立った。何故コイツは昨日の俺たちの行動を把握している?

 

 ドン引きとフリーズを繰り返していると坂口は興味を無くしたかのように教授へ視線を向けた。俺はあまりのインパクトにしばらく動けなかった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「あら、坂口さん。今日は少食なのですね」

 

「膝に矢を受けてしまってな……」

 

「何言ってんだお前」

 

 

 二旅が問いかけ、坂口が答え、俺がツッコむ。大学一年にしてこの流れが定型になりつつあった……わけでもないか。

 

 俺と二旅は弁当、坂口は学食。これはテンプレ。

 

 

「加賀山さん、今日は飲茶サークルの方いかがいたしましょう」

 

「あんまサボってばかりだと印象悪いしな……今日は顔出すか……。バイトあるからあんま長居できねぇけど」

 

 

 飲茶サークル。茶をしばき、菓子をつまみ、映画を見たりチェスやオセロなどもする、そんな集まり。

 

 会費は割とするが羽を休めるにはもってこいだ。とはいえ開催頻度はそこまでないのがネックだが。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「口ん中が甘ったるいな……」

 

「ふふ、お菓子、美味しかったですものね」

 

 

 俺はコミュ力に乏しい、という自覚があった。だから交流を楽しむというより咀嚼に口を使っていた。

 

 

「じゃあ、また後でな」

 

「はい。ご武運を祈ります」

 

「武運って。バイトするだけだぞ」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「店長ー!肉味噌キャベツひとつー!」

 

 

 今日は客足が少ない。これなら賄いを食う時間も確保できるな、と内心舌なめずりをしながら仕事に身を投じていった。

 

 

「お疲れ加賀山くん。今日はカレーうどんにしようか」

 

「ありがとうございます」

 

 

 店長は気まぐれだ。おにぎり一個の日があればホルモン鍋の日もある。今日は当たりの部類だ。

 

 客は一通り捌ききったため、ゆっくり食事に集中できる。……来客が来たら対応はしないといけないが。

 

 

「加賀山くん、普段大学で何してるの?」

 

「ありきたりなものですよ。講義出て、サークルの活動に勤しむぐらいです」

 

「へー、いいじゃんサークル。どんな活動してるの?」

 

「例えば──」

 

 

 繰り返すが、俺はコミュ力が無い。この口下手は就活までに治しておきたい……と、思っているのだが、店長相手には何故か物怖じせず話せる。それもこの人の人徳の成せる技なのだろうか。

 

 

「そういえば前彼女いるって言ってたよね。どう?仲は深まった?」

 

「……黙秘で」

 

「あはは、ごめんごめん。これじゃ何かのハラスメントになっちゃうね」

 

 

 悪い人ではないし比較的話しやすい相手でもある。しかしやたらめったら踏み込もうとしてくるのは勘弁願いたかった。

 

 ……彼女。二旅は俺の彼女だ。そして俺は二旅の彼氏だ。

 

 なら、それらしいこともすべきなのだろうか。愛の言葉を伝えたりだとか、笑顔を見せたりだとか。

 

 罪の意識。俺が彼女に感じるものは、果たしてそれだけなのか?

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「お帰りなさい、二旅さん」

 

 

 バイトの日はいつもお疲れのご様子で帰る加賀山さんですが、今日はそこはかとなく体力が残っているようでした。

 

 

「今日は客あんまりいなくて助かった……起きている内にレポート作成しないと」

 

「ではホットミルクをご用意しましょうか。少々お待ちください」

 

「ああ、悪いな」

 

 

 大学の学部が違うため課題の話はできません。しかし勤勉で真面目な彼なら、心配はご無用でしょう。

 

 賞味期限が近かったのでちょうどよい機会でした。鍋を火にかけ、牛乳を注ぎます。ちょうどワンカップ程の量が確保できました。

 

 

「どうぞ」

 

「助かる。さてと、もうちょっと頑張るか……」

 

 

 それからはホットミルクを啜りながらレポート作成に励む加賀山さんを見つめていました。本当に、本当に……愛らしいお姿でした。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 深夜。私たちは同じベッドで就寝しておりました。しかし異変が生じようとしています。

 

 私は左足を失いました。その弊害となるのが、その症状。

 

 

「っ……」

 

「どうした」

 

「あ、申し訳、ありません。……起こしてしまいましたか」

 

 

 私の身に起きた異常を気取ったのか、加賀山さんが身を起こします。

 

 幻肢痛。失った患部に生じる痛み。不慮の事故でこの身になった以上、もちろんあります。誰かに心配されたところで楽にはならない──と、思っていたけれど。

 

 

「……大丈夫……じゃ、ないよな」

 

 

 今、彼の頭は私だけで占められている。私のことで貴方の思考は染められる。それがどれだけ、救いになることか。

 

 

「手を、握っていてください」

 

「分かった」

 

 

 冷たい両手が私の右手を包みます。その意識が、私を現世に縛りつけました。

 

 私には忘れてはいけない罪過があります。加賀山さんと関わったことで多くの勘違いを招いてしまったことです。私の所為で、彼を深く傷つけてしまいました。

 

 人として正しい道を選ぶなら、加賀山さんと交際を続けない方がいいのでしょう。ですが、初恋という蜜は私を溶かす程に甘く。

 

 失った左足が彼と私を繋ぐ。だから加賀山さんは私を拒めず、私は恋心を捨てきれない。

 

 そんな歪で、饐えた関係が、今の私たちでした。

 

 

 

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