「ほうほう……いいね。加賀山くんの文章力、日に日に増してるよ」
「ありがとうございます」
創作活動を始めて二年目ともなればある程度要領が得られてくる。俺は俺なりの物語を形作れるようになっていた。
アクセス数は依然として二旅が上。それでも比べるのはやめた。俺の場合、他人と比較したところで何か良くなるわけでもない。無駄な劣等感に駆られるだけだ。
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「お疲れ加賀山くん。はい、ホットドッグ」
「ありがとうございます」
バイトにも慣れた。店長との交流を通じてコミュニケーション能力も向上してきている。
「加賀山くん、もうハタチでしょ?お酒は飲まないの?」
「酒、ですか……」
そういえば今年で俺は二十歳になる。酒、煙草、賭博等々、大人ならではの妙味を味わえる。
「……特に惹かれないですね」
何事も、のめり込みすぎると害になる。自分を引き留められる確証を持てないため、飲む打つ買うとは距離を置く気でいた。
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「お誕生日おめでとうございます加賀山さん。では、乾杯」
「……乾杯」
距離を置く気でいたのだが、結局付き合いで飲むことになった。
酒を何本か買った。二旅は俺より生まれが早く、既にアルコールの味を知っている。そのアドバンテージによるものか、彼女はどんどん缶を開けていった。
「そんだけ飲んでよく酔わないな」
「体質が合っているのでしょうね。しかし体が少々熱く……。っ、ふう。失礼します」
上着を脱いで二旅はラフな格好になった。美人はどんな風体でも絵になるものだな、と火照った頭の片隅で考える。
俺はアテが無ければ飲酒する気は湧かないようで、どちらかというとつまみを多く食べていた。口寂しさは微塵もないが、二旅を見る度にあの雨と急ブレーキの音が蘇る。
「……」
「加賀山さん?いかがなさいましたか?」
「いや……なんでもない」
いつになったらこの関係に終わりは来るのだろう。俺は出来る限り責任を取るつもりだが、健全とは言い難い間柄だ。
二旅は幸せになるべきだ。少なくとも俺はそう望んでいる。こんな煤けた交際を続けていても、ハッピーエンドは訪れない。
そのためにも知る必要がある。二旅は、俺のどこに惹かれたのか。
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「はい、二ヶ月分の日記」
「やっぱこれだよな~」
気色悪い。しかし背に腹はかえられない。
「そろそろ夏休みだな」
「カツサンドが収穫時だな。天狗の檻もちょうどいい」
「お前は何を言っているんだ」
コイツは、坂口は基本頓珍漢な言動しかしない。しかし時折妙に芯を突くような、心に挟み込んでくるようなことがある。
「加賀山」
「なんだ」
「あー、よく眠れてるか?」
「……まあ、それなりに」
長らく関係を持って分かったことがある。コイツが
だが、バカ正直に答えてやる義理はない。俺ははぐらかした。
「加賀山」
「……お前講義中なんだからあんま話しかけてくんなって──」
「夏休み、二旅連れてどっか出かけないか?」
「……なんだと?」
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レンタカーに傷がつかないよう、細心の注意を払ってアクセルを踏む。ハンドル捌きはやや拙い。
「ふー!涼しー!」
「坂口さん、窓から顔を出すと危ないですよ」
「なんで俺が運転なんだ……」
冗談かと思っていたら本気だった。そして何故か運転手は俺。
……まあでも、そうだな。あのアパートで燻るよりか、こうして外出でもした方が二旅にもいいか。
「駐車料金とレンタカー代は
「まかせとけって。あー、今日のために特殊詐欺グループを壊滅させたんだ。資金は潤沢にある」
「因果関係が結びつかないが……」
「ふふふ、坂口さんらしいですね」
そういえばコイツはそういうヤツだった。俺が逆立ちしてもできない″善″を、スキップするような感覚でこなしてみせる。確か投資もやってたんだっけ。資金はそこから出てるのか。そう考えれば納得がいく。
着いた先は有名な観光地。坂口主催ということで食べ歩きが主な目的だった。
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「じゃあオレ勝手に食ってるから。二人はネジ巻き散歩でもなんでもしててくれ」
「?????」
「ふふっ」
ますます俺たちを誘った理由が分からない。一人で食ってるなら一人で来ればいいものを。
「それでは行きましょうか、加賀山さん」
「……ああ。おい、坂口。今日の宿泊先はあそこのビジネスホテルだったよな。夜はそこで落ち合おう」
それだけ言い残して俺と二旅は場を後にした。
▫▫▫▫▫
「ったく坂口は……本当に何を考えているんだ……」
「それでも今日こうしてお誘いくださったことは嬉しく思います。加賀山さんがいるのであればなおのこと」
「……」
そうだ。二旅もそういうヤツだった。好意を隠そうともしない。
「こんなところに遊園地が……」
「はい。是非加賀山さんと一緒にと思い」
……たまの休日だ。財布の紐を緩めるのも悪くない。
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「ふぅ、すっかり夕暮れだな」
「ふふ……とても濃密な時間でした」
「そうか。お前がそう感じられたなら、良かった」
松葉杖を使用する以上乗れる遊具も限られていたがスタッフの対応がよく、俺たちは日が暮れるまで童心に帰っていた。
──罪の意識が心臓に絡みつく。
俺は、楽しんでいたのか?彼女から足を奪っておいて、好意を袖にし続けて。そんな権利が、俺にあるのか?
「加賀山さん」
「……なんだ」
「今日は、
「……ハァ。降参だ」
なんとなくだが、俺は将来誰と結ばれても尻に敷かれるタイプだと思う。グズグズ悩んでばかりで、ちっとも大人になりきれない。
▫▫▫▫▫
「なんで俺と二旅が同部屋なんだよ」
「あん?お前ら冥々の誓いで付き合ってるんだろ?」
「(冥々の誓い……?)いや普通分けるだろ男女」
「加賀山さんはお嫌でしたか?」
「……嫌とは言ってない」
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一泊二日の旅ということで明日にはあの狭いアパートに帰る。ホテルの一室はそんな俺たちに不相応な程広く、望外の自由空間を早くも俺は持て余していた。
そんな広い一室だったが、二旅は何故か。
「……一応言うが、ベッド二つあるぞ」
「いつも貴方がお傍におりますから、一人では……少々寂しく」
同衾を決め込まれた。エアコンが効いているため暑さは無いが、何故そこまでして俺の傍で寝ようとするのか。
「……そろそろ寝るか。電気消すぞ」
「はい」
いつもと同じだ。変わることは無い。そう考えても緊張感は拭えなかった。
「加賀山さん」
「なんだ」
「どうして私が義足を受け取らなかったのか、知りたいですか?」
声が出なかった。出す勇気すら持てなかった。
「加賀山さん」
衣擦れの音。そして背中に彼女の感触を確かめる。二旅から目をそらすように背を向けていたため、自然と後ろから抱きしめられる形になっていた。
「私、貴方が好きです。この気持ちはいつも揺るぎません」
「…………」
何故俺なんだ。俺は──
「お前の左足を奪ってしまったのに、ですか?」
「…………」
息が、くるしい。背後のプレッシャーで心臓が不規則に鳴る。
「加賀山さんはお優しいですから、私と付き合ってくれているのですよね。だから私を拒まないでいてくださるのですよね」
「…………」
俺は優しくなんかない。ただ自己満足のためにしか生きられない、面倒なだけの男だ。お前のような″善″には、相応しくない。
「ふふふ……加賀山さん。もう一度言いますね。私、貴方が好きです。とっても。たとえ、貴方に拒まれたとしても」
「…………」
それは、間違っている。俺と関わっていたら、お前は腐ってしまう。
──それは別として、俺はどうなんだ?
……え?
──ああだのこうだの、二旅を遠ざける口実ばかり探して。俺は、二旅をどう思っているんだ?
「おやすみなさい、加賀山さん。今日一緒に過ごせて、幸せでした」
「…………」
さっきまであんなに暴れていた心臓が、大人しく通常稼働している。その可否を確かめる術もなく、俺は意識を落とした。
▫▫▫▫▫
加賀山青彩さん。私がこの世界の誰よりも愛おしく思う相手。父も愛していますが、家族は別に考えるとしましょう。
付き合い始めて二年程経ちました。私は私なりに努力しているつもりですが……未だに達成できないことが一つあります。
加賀山さんの笑顔を見たことが、無いのです。
小学生時代から、彼は鉄仮面。人助けに勤しみながら、彼は一度も笑えていないのです。
とはいえ、無理に笑わせようとは思いません。風に詩を作る人がいるように、笑えない人もこの世界にはいるのでしょう。
私は、加賀山さんが好きです。たとえ笑顔になれなくとも、彼には幸せでいてほしい。
私は加賀山さんと出会えて幸せでした。たとえ罪悪感から始まった関係だとしても、こんなにも満たされた毎日を送れて。明日死ぬことになったとしても笑って逝けます。
彼はずっと苦しんでいます。『放っておけない』。そんな美徳が私の失った左足の責任を取らせようと彼を苦しめています。
時に、思うことがあります。私がいなくなった方が、加賀山さんは幸せになれるのではないかと。
心から想うのであれば、この関係は解消して新しい道を探すべき──と、考えなくもありません。
ですが、それは逃げの一手。
罪悪感すら超える程に愛してもらう。それを目指す方が、私らしい。
どうも私はワガママなようで、私が笑う傍に加賀山さんがいてくれなければ心から幸せを感じられないと、この二年間で悟りました。
大好きです。加賀山さん。たとえその瞳に私以外が映るとしても。
▫▫▫▫▫
「加賀山さん、加賀山さん。朝ですよ。……ふふ、私よりお眠りになる貴方を見るのは珍しいですね」
「……んん……」
夢を見ていた。あの雨の日──ではなく、二旅に包まれる夢を。
二旅はいつも微笑んでいる。仏頂面な俺とは到底似つかわしくない。
微睡んでいた。まだ眠りたいと思っていた。だからなのか、俺は俺の肩を揺する二旅を──
「きゃっ……」
「……もう少し、眠りたい」
「……うふふ、ダメですよ、加賀山さん。坂口さんがお待ちです」
半ば無意識でベッドに引きずり込み、眠気に身を任せようとした。その行動の異常性に気づくのはそう遅くなく。
「(……ん、なんだこれ、柔らかい)」
「加賀山さん、起きてください」
「……に、たび?」
「はい。貴方の二旅篩です」
「──あ、ああ?俺は、何を──」
自分のしでかした行動に脳は急激な覚醒を促す。そして理解する。俺は起こそうとした二旅を抱きしめるようにして二度寝を慣行しようとしていた。
「……ぁ、すまない」
「ふふ、貴方のこのような姿を見るのは珍しいですね」
俺は平静を装っていたが内心動揺と狼狽の渦に吞まれていた。
俺には彼女を求める権利なんて無い。何度も確認してきたことなのだが、その温もりを手放すことを『惜しい』と思ってしまっていた。
「おはようございます、加賀山さん」
「……おはよう、二旅」
近頃、おかしい。二旅によく分からない感情を持つことが増えている。この旅でその頻度は更に増加した。
「おー、遅かったな二人とも」
「すまない。少し起きるのに時間かかった」
坂口は既に朝食バイキングを楽しんでいた。朝からよくもまあ胃に入るものだ。
「なあ、二旅」
問いかけたのは坂口。俺は先程の行動を思い返し、酷く動揺していたため言葉を交わす気になれなかった。
「加賀山とは、どうだ?」
「いつも通りですよ、坂口さん」
……?なんだこの違和感。坂口の言動もそうだが、俺はこの旅行で何か得がたい何かを獲得したような気がする。
「……いただきます」
その疑念を押し殺すようにして、目の前の朝食に集中する。そんな、夏のひとときだった。