かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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白銀御行は守護りたい(5)

水曜日の放課後の生徒会室は、いつになくどんよりと重く、息苦しい空気に包まれていた。

 

白銀会長が漂わせる過労死寸前のドブのようなオーラと、四宮副会長から放たれる絶対零度の冷気。さらには学園を覆う「浮気疑惑」という最悪のノイズが重なり、部屋の酸素濃度は極限まで薄くなっているように感じられた。

 

カオス理論の体現者である藤原書記ですら言葉少なに息を潜め、石上会計や伊井野監査も、針のむしろに座らされているように気まずそうに視線を彷徨わせている。

 

そんな限界の空気の中、書類を整理する僕の隣を通り過ぎるついでに、四宮副会長が周囲には聞こえないほど小さな、けれど退路を断ったような声で命じた。

 

「……上澤さん。後ほど生徒会室で白銀会長と二人きりになれるよう、人払いをお願いします」

 

四宮副会長…ここで仕掛けるというのか。

 

僕は無言で頷き、ポケットの中のタブレットを噛み砕きながら、参謀としての頭脳をフル回転させた。

 

この気まずい空間から、白銀会長に怪しまれることなく、不自然にならずに他の3人を同時に連れ出す完璧な口実……!

 

もっとも、流石の白銀会長もいつものように仕事ができていない様子だった。昨日の四宮副会長の拒絶がよっぽど堪えているのだろう。

 

なら、容易いことだ。僕はスマホを確認し、生徒会メンバーと生徒会担当の仕事に関するスケジュールを確認する。

 

「――石上会計と伊井野監査。今手をつけた仕事に目処がつけば、文化祭実行委員に合流していいよ。体育館の音響機材の最終チェック、僕じゃ分からない配線があるから手伝ってくれないか?」

 

「えっ? ああ、まぁいいですけど……」

 

「体育館の機材チェックですね。分かりました。石上! あんたのいい加減な作業でスピーカーをショートさせないでよ?」

 

この地獄の空気から逃げられるなら何でもいいと思っているだろう、石上会計の『逃避願望』を即座に確保。

 

そして、伊井野監査を監督させる事で自然に文化祭実行委員への仕事に行ってもらえる、我ながら後輩に優しい配慮だ。

 

「うるせーな」「何よ!」「なんだよ!」と言い合いながら、二人は生徒会室を後にした。…この二人は仲が良いんだか悪いんだか…。

 

「あと、藤原書記は僕と正門アーチの装飾確認。あと、買い出しに行こうと思うんだけど、お願いできるかな? 予算が少し余ってるんで、ちょっと良いお茶菓子を経費で落としていいので」

 

「お茶菓子!? 行きます行きますぅ! 上澤くん、最高です! 正義です! 私のラブ探偵アンテナが、今すぐあのお店の新作ケーキを買いに行くべきだと激しく告げています! 行きましょう上澤くん!」

 

目を輝かせて食いついた! 度々ロカボガールなどと口にしていたが、果たして本気で取り組んでいるかは疑問だ。

 

藤原書記に「経費で落ちる良いお茶菓子」という最強の餌を提示することで、彼女の「ラブ探偵」としての好奇心を一時的に封じ込めつつ生徒会室から排除する事に成功した。

 

「じゃあ会長、副会長。僕たちは4人で別仕事に赴きますので、ここはお願いしますね」

 

「あ、ああ。すまないが頼む。上澤」

 

「ええ、お疲れ様です。上澤さん」

 

僕は参謀としての完璧な仕事に内心でガッツポーズを決め、そそくさと立ち上がった彼らの後ろに続いて、この居心地の悪い空間からフェードアウトしようとした。

 

――しかし。

 

「あーっ! 上澤く〜ん! ちょうどよかったぁ!」

 

廊下に出ようとした僕の前に、いつの間にかルーズな着こなしのギャル――早坂さんが立ちはだかっていた。

 

「あのねあのね、ちょっと給湯室のポットが壊れちゃったみたいでぇ、男手貸してほしーなーって!」

 

「えっ? いや、僕はこれから藤原書記と一緒に装飾確認を……」

 

「いいじゃんいいじゃ〜ん! チョチャッとすぐ終わるからぁ! ねっ?」

 

早坂さんは明るい声で強引に僕の腕を引く。

 

「上澤くん! 私は一人でも大丈夫ですよぉ! とりあえず先に校門前の装飾確認して、買い出しに行ってくるのでぇ!」

 

藤原書記の瞳が余計に緩む。お菓子独り占めにしたいって顔に書いてある。

 

「あ、ああ。すまないね」

 

廊下の角を曲がる石上会計と伊井野監査。その後を追う藤原書記。僕の引き攣った笑顔とは対照的に、早坂さんは満面の笑みで彼らを見送っていた。

 

周囲から完全に人が消え、廊下が静寂に包まれた……その瞬間。

 

彼女の纏っていたぽわぽわとしたギャルのオーラはスッと霧散し、ひどく冷たく、抑揚のない声が僕の耳元に落ちた。

 

「……どこへ逃げるつもりですか、上澤さん」

 

「ひっ、早坂さん!?」

 

ガシッ、と。僕の首根っこが身動き取れないほどの強靭な力で掴まれる。

 

「貴方が撒いた種です。この後、かぐや様がどう動くか……最後まで見届けなさい」

 

「ちょ、まっ、痛い痛い痛い!! 首がもげる!!」

 

かくして、僕と早坂さんの二人は、生徒会室のドア越しに、二人の「決戦」をモニタリングすることになったのだ。

 

 

***

 

 

生徒会室には、夕日が差し込んでいた。

 

ドアからは、長テーブルを挟んで向かい合う、四宮副会長の表情と、白銀会長の後ろ姿が見える。

 

「……四宮。昨日から、俺を避けていたな」

 

「……」

 

「世間で流れている、俺が『ゆう』だの『メイド』だの、女を連れ込んだとか、美少年を囲っているとか、そういう噂の事だろう? ……あれは、完全に誤解だ!」

 

白銀会長が、身を乗り出して叫ぶ。 僕は会長の知るありのままの事実を言ってくれて丸く収まる事を願う中、白銀会長はやはり「男気」を発揮した。

 

「確かに、俺は家に『あいつ』を泊めた! だが、やましい事は一切ない! 一晩、濡れた服を乾かしてやっただけだ!」

 

「泊めた……? 服を、乾かした?」

 

四宮副会長は、右手を左頬に添える。その声が、一段階低くなる。

 

「では、その『ゆう』という方が何者なのか、私に教えていただけますか? やましい事がないのなら、隠す必要はありませんよね?」

 

四宮副会長は、白銀会長を睨みつけ言い放つ。

 

「それは……っ! できない!」

 

白銀会長が、苦渋に満ちた顔で顔を背ける。

 

「あいつの『素顔』と『過去』は、とても繊細なものなんだ。俺は、あいつのプライドを守ると誓った。……だから、誰が相手でも、絶対に名前は言えない!」

 

生徒会室の温度が、急激に下がり始めていた。 四宮副会長の右手が、震えながら再度左頬へと添えられる。だが、もはやルーティンで抑えきれる感情ではなかった。

 

「……会長。……貴方は、私よりも……その、どこの馬の骨とも分からない女の『秘密』を、優先するというのですか」

 

「違う! 四宮、なぜそう極端な解釈になるんだ! 俺が一番大切に思っているのは、お前なんだ!」

 

「嘘です!!」

 

四宮副会長が、悲鳴のように叫んだ。その目には、大粒の涙が浮かんでいる。

 

「私にそんな甘い言葉を吐きながら……裏では、その『ゆう』という方を大切に囲っているのでしょう!? ……教えてください。貴方と、その方の間にあるものは……一体、何なのですか!」

 

白銀会長は、泣きそうなかぐやの顔を見て、焦燥感から最大のカードを切った。 四宮副会長に安心してもらうためだろう。その関係性が、色恋などというチャチなものではないと証明するために。

 

「……四宮。俺とあいつを繋いでいるのは……決して不潔なものじゃない。同じ『持たざる者』として痛みを分かち合った、魂の誓い……『コンインノキズナ』なんだ!!」

 

「――――ッ!!」

 

白銀の熱い友情の宣言は、かぐやの耳のフィルターを通った瞬間、最も残酷な婚姻=結婚の誓いへと変換された。

 

「……コンインノ、キズナ…? 婚姻…?」

 

四宮副会長の唇が、カタカタと震える。

 

「貴方たち、は……もう、そこまで……っ」

 

「そうだ。俺たちが『混院』である事実は、この学園において変えようのない宿命だ。あいつの素顔(かこ)を知った以上…『混院の絆』を曲げるわけにはいかない。それが俺のアイデンティティそのものなんだ!」

 

四宮副会長の脳の処理能力が、完全に許容量を超えた。 プツン、と。 彼女の中で、張り詰めていた何かが切れる音がした。

 

「……なるほど、そうですのね。……よく分かりましたわ、会長」

 

四宮副会長の瞳から、スッと熱が失われていく。左頬に添えられていた右手は、震えながら膝の上へと力なく落とされた。

 

「四宮! わかってくれるか!」

 

白銀会長が焦って手を伸ばすが、四宮副会長はそれを冷たい視線で撥ね除けた。

 

「……気安く触らないでくださる?」

 

ピシャリと。 叩きつけるような、けれど一切の感情を排した冷徹な声が、白銀会長の動きをピタリと止めた。

 

氷のかぐや姫が、再び現世に現れた瞬間だった。

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