かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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かぐや様は愛されたい(2)

次の日の木曜日、四宮副会長の様子は昨日と変わらず、文字通り触れたものを凍らせるような絶対零度の冷気が漂っていた。 一年前の再来に恐怖する者すらいた。

 

生徒会室では、皆それぞれの業務に打ち込んでいた。そんな中ー

 

「棺が78基…棺が79基…」

 

白銀会長は、四宮副会長から拒絶されたショックからか、重症のゾンビのまま、羊ではなく棺を数えてしまう始末であった。

 

「棺!? 会長、何を数えているんですか!?」

 

石上書記が悲鳴をあげる。

 

「何って、羊を数えているんだよ…。最近眠れなくてな…」

 

「いや、そんなかわいらしい動物には聞こえませんでしたよ!? いつにも増して顔色悪すぎて、そこに入る準備をしているのかと思われますよ!?」

 

白銀会長は、自身に向けられた驚きの声を意に介さず 焦点の合わない目で虚空を見つめていた。

 

無理もない。 ただでさえ激務の奉心祭直前。

 

そこに加え、月曜日からの「謎の女の愛人疑惑」「四股クソ野郎」という歯止めの効かない噂を受け続けている。

 

その弁明すら耳に届かず氷のかぐや姫と化した四宮副会長からの、「意気地無しとは付き合えない」という決定的なすれ違い。

 

彼の精神と肉体は限界まで削り取られているのだろう。

 

「奉心祭もいよいよ明後日…あと三日寝なくても俺は戦える……ハハハ…」

 

死に急ぐような発言をする白銀会長に、石上は「帰って休んだ方がいいんじゃないですか?」と心配そうに見つめていた。

 

そこに、四宮副会長と藤原書記が生徒会室に現れる。

 

「四宮先輩、髪ストレートだ。化粧してくれた時以来ですね」

 

「そんなこともありましたね。今日もしてみますか?」

 

「いやぁ、勘弁っす」

 

石上会計は苦笑いで返す。

 

「あら、残念ですわね。お似合いでしたのに」

 

そのやりとりの後に、氷の中に隠れた意地悪な表情を僕に向ける。

 

後者の言葉は僕への当てつけのように向けられているようにも思えた。

 

「し、四宮、お疲れ。昨日は…」

 

白銀会長の挨拶を、つーんと平然と無視する四宮副会長。

 

「…っ!」

 

白銀会長はたまらず肩を落とす。昨日のやりとりを知っている身としては、気の毒でならない。

 

「な、なぁ、四宮の雰囲気、違わないか…? 」

 

白銀会長は、ひっそりと僕と石上会計に心配そうな顔で訴えかける。

 

その悲壮感溢れる表情に、僕は心臓をキュッと掴まれるような感覚になる。

 

僕のキーボードを叩くスピードが加速する。

 

「いや、僕には普通で…藤原先輩にも普通に接していますし…」

 

そう言って石上会計は、先ほど来た二人を見やる。

 

「 雰囲気と言えば、月曜日のかぐやちゃんの方がよっぽど変でしたよ…」

 

おそらく、一定の関係性を気づいた人に見せる、深層部分が大きな変化であろう。

 

石上会計には、氷化した四宮副会長の雰囲気の変化に気づいていないようだ。

 

表層上はいつもと同じだし、何より石上会計も伊井野監査も、去年の氷のかぐや姫を知らない。

 

「やっぱり噂の影響ですかね…?」

 

「ああ…。だが、噂を立て、真実を語らない俺にも非がある。理解してもらえるように、真摯に向き合うしかない…」

 

疲れた表情を隠すように、白銀会長は苦笑いを浮かべた。

 

男気とプライドが、彼を追い詰めている。僕は顔を強張らせる。

 

「さて、弁当でも食べて、午後から頑張ろう…。眠れないから久しぶりに弁当を作る始末さ」

 

気を取り直すように、白銀会長は自嘲気味に笑いながら、自身手製の弁当を広げる。

 

その様子を食い入るように見つめる四宮副会長。

 

その横で、藤原書記が何やらスンスンと鼻を動かす。

 

「あれ? かぐやさん、今日いいにお」

 

「あーお腹が空きましたわー」

 

藤原書記を遮るように、突然の空腹アピール。

 

これは、白銀会長の弁当を食べたいのだろうか?

 

白銀会長もその言葉を間に受け、どう動けば正解となるか悩んでいるような顔をしている。

 

「あれ、ミコちゃんも、四宮さんと同じにお」

 

「今日は料理番が帰省中なのを忘れていましたわー」

 

今度は伊井野監査の匂いを嗅いだ藤原書記の言葉を、再度遮る。

 

さっきからこの人は、人の匂いを嗅いで何をしているのだろう。

 

「あ、いえ、これは違うんです! おばさんくさいのは気のせいです!」

 

伊井野監査の言葉に、何故か四宮副会長がギョッとした表情を覗かせていた。美しい顔が、若干怒りで歪んでいた。

 

話をすり替えるように、伊井野監査は、四宮副会長へ自身の弁当を広げてみせる。

 

「あ、四宮先輩! お腹空いていたら、よければ半分食べませんか?」

 

「結構です。私は少食なので、その量だと少し…」

 

四宮副会長は冷たくあしらった。伊井野監査の顔がかーっと赤く染まる。

 

「…っ! じゃあこの倍食べている私はデブまっしぐらって事ですか!?」

 

「そんな事言ってないじゃない。その量食べて太らないのは不思議だと思ってはいるけれど」

 

「…っっ! 四宮先輩の人でなしー! 」

 

伊井野監査は、たまらず駆け出して生徒会室を出て行ってしまった。

 

そのやりとりを見て、石上は伊井野監査へのフォローを入れる。

 

「四宮先輩、女子に太るは流石に言いすぎじゃ…」

 

「思ったことを言ったまでです」

 

その返答に苦笑する石上会計だったが、何かに気づいたように鼻をひくつかせている。

 

「…? あれ? 四宮先輩、もしかして香」

 

「あー空腹のあまりお腹がくっつきそうですわー」

 

また遮るように別の話題? 何かを悟られないようしているのか?

 

「さっきからかぐやさん、お腹減っているんですか? 仕方ないですねー! 私のお弁当を少しわけてあげますっ! 」

 

藤原書記は満面の笑みで弁当の蓋を開け、四宮副会長へ見て見てと言わんばかりに近づける。

 

「この卵焼き、砂糖たっぷり入っていて美味しいですよー!」

 

「遠慮しておきます。私、甘い物は控えておりますので。というか貴女、自称ロカボガールでしたよね。糖質ばかりに偏っているし…そんなものばかり食べていたら、本当に太るわよ?」

 

過去の発言をも論理的に分析された発言を並べられ、藤原書記は涙ぐむ。

 

「かぐやさんのいじわる! 糖質の分走ってくればいいんでしょー!」

 

そう言い残し、藤原書記は伊井野監査を追うように生徒会室を出ていってしまった。

 

先ほどと同じような光景に、石上会計はたまらず声をかける。

 

「四宮先輩…」

 

「本当の事じゃない」

 

気まずい雰囲気が生徒会に漂う。

 

「…伊井野と藤原先輩、見てきます」

 

石上会計は、そっと立ち上がり、生徒会室のドアを開けてその場を後にした。

 

残されたのは、四宮副会長、白銀会長、そして僕。

 

僕は思考を巡らせる。今この二人を、二人きりにするのは得策ではない。

 

金曜日の噂の隠し事をきっかけとし、『コンインノキズナ』に聞き間違い、そして氷かぐやの不器用なアタック…。

 

嘘と真実が何重にもなり、最悪の状況で仲違いをするような流れの中、白銀会長はきっと何度でも向き合い、四宮副会長に理解してもらいたいと思っているだろう。

 

四宮副会長は、また強引にキスを迫るのだろうか。

 

考えがまとまらない中、四宮副会長からのアイコンタクトを受ける。まさか、ここで仕掛けるというのか…?

 

僕の脳裏に、あの時のモニタリングの状況が過ぎる。

 

今の会長に貴女を受け入れられる許容量があるわけがない…!

 

僕は躊躇い、目線を背ける。思わずタイピングを止めてしまう。

 

しかしー

 

「上澤さん? お仕事は順調ですか? 」

 

その絶対零度の視線、氷の君主たる圧倒的なオーラに、気圧される。

 

その表情と言葉の裏に隠された真意を理解する。

 

「…はい。文化祭実行委員との打ち合わせがあったので、少々抜けます」

 

僕は適当な口実を伝え、生徒会室を後にした。

 

軽く胃の痛みを感じ、ドアに持たれながら、タブレットを口にする。

 

一度深呼吸で心を落ち着かせる。ゆっくりと廊下を歩きながら、メガネのボタンを押し、早坂さんと通信する。

 

『早坂さん、時間があれば生徒会室に来てもらえる?。四宮副会長と白銀会長が生徒会室で二人きり。四宮副会長がまた仕掛ける。悪い予感がします』

 

イヤホンから、「りょ」とだけ、ギャルモードの早坂さんの声が返ってくる。

 

僕は生徒会室近い別室で、別の仕事に手をつけるが捗らない。

 

気が休まらない時間を過ごす中、早坂さんから通信が入る。

 

『生徒会室へ来ましたが、誰もいませんでした。心当たりは?』

 

「えっ!?」

 

その言葉に、背筋が凍る。

 

「……いない? そんな、僕が出てからまだそんなに時間は…」

 

僕は早坂さんと合流するため、廊下を駆ける。周囲を警戒しながら待っていた早坂さんと落ち合った。彼女の瞳の奥には、隠しきれない焦燥の色が混じっていた。僕と同じ心境なのかもしれない。

 

『かぐや様も会長も、持ち物はそのままでした。暖かいティーカップが残されており、急に席を立ったように伺えます』

 

早坂さんの冷静な報告に、僕は最悪のシナリオを想像する。

 

再度密室で衝突した結果、何かが決壊してしまったのではないか。

 

廊下を駆ける中、どこか切なさを誘う「甘い香り」に気づく。

 

僕がその匂いの強さに足を止めそうになった時、早坂さんが合流する。

 

小さく鼻を鳴らし、苦々しげに呟く。

 

「……この匂い、やはりあの香水ですね」

 

「あの香水?」

 

僕の問いに、早坂さんは前を見据えたまま、早口で説明を続けました。

 

「かぐや様が義姉上(あねうえ)から贈られたものです。『殿方を本気にさせる、とっておきの香り』だとか」

 

「そうか、伊井野監査が『おばさんくさい』なんて言っていたのは…」

 

「それが非常に高価で、成熟した女性が纏うような深みのある調香だからですよ」

 

その言葉を聞いて、僕は得心する。

 

四宮副会長は、「絶対零度」の氷のような態度を取りながら、白銀会長を自分に振り向かせるために、義理の姉から託された「恋の切り札」をその身に忍ばせていたのだ。

 

先の生徒会室で藤原書記や石上会計が指摘しようとして、四宮副会長が必死に遮っていたのはーー

 

「かぐや様は、奉心祭当日にこの『ハートノート(香りの中心)』が会長に届くよう、時間の経過まで計算して調整していたはずですが……まさか、今日お使いになられるとは…」

 

早坂さんの声には、主人のあまりの不器用さと、計算が狂ってしまったことへの嘆きが混じっていた。

 

本来なら二人の仲を決定づけるはずだったその香りは、今や「死に急ぐような発言」を繰り返していた白銀会長を、さらに追い詰めるプレッシャーへと変わってしまっていたのだ。

 

「……皮肉なものだね。義姉上の助言通り、会長は確かに『本気』で彼女を助けようとした。その結果が、これだ」

 

早坂さんは一瞬間を置く。そして「行きましょう」と短く切り出した。

 

僕はその促しに頷き、二人の行方を追って校舎を走る。

 

やがてその香りに導かれ辿り着いたのは、屋上へと続く人通りの少ない階段。

 

そこには、昼間の喧騒が嘘のように静まり返った空間が広がっていた。

 

しかし、僕の鼻腔をくすぐったのは、先ほどよりも確かな、そして悲壮感の中で漂う甘い香り。

 

「もうこれ以上私に近づかないで!」

 

四宮副会長の大声が木霊する。

 

大変な事になりそうな予感。

 

息をあげて階段を駆け上がる。

 

「待ちなさい! どこへ行くの?」

 

「だって、あっち行ってって…!」

 

今度は白銀会長の、困惑しきった掠れた声が聞こえてくる。

 

「きゃっ…」

 

「四宮!」

 

短い悲鳴と、必死の叫びが重なる。

 

直後、何かが階段を転げ落ちるような、鈍く重い衝撃音が静かな階段室に不気味に響き渡った。

 

僕と早坂さんはその音を聞くや否や、一気に階段を駆け上る。

 

僕たちが辿り着いた時、そこにはボロボロの体で四宮副会長を抱きしめるようにしてうずくまる、意識を失った白銀会長の姿があった。

 

あれほど鋭かった四宮副会長の「氷」はどこへ行ったのか。

 

ただただ呆然と彼の顔を見つめる彼女の傍らで、あの甘い香りだけが、いつまでも静かに漂い続けていた。

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