かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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かぐや様は愛されたい(5)

僕は総合病院の薄暗いロビーの長椅子に崩れ落ち、頭を抱えていた。

 

これまでの出来事が、脳内で無限ループしている。

 

「……とりあえず、一度家に帰って作戦を練り直そう。早坂さんにも連絡を……あれ?」

 

ポケットを探っていた僕の手がピタリと止まった。

 

ない。

 

スマホはあるが、今日一日、早坂さんとの通信やデータ処理に使っていた『AIスマートグラス』がどこにもない。

 

あれは、四宮副会長から参謀就任記念で持つことを義務付け(おく)られたものだ。失くすと大変な事になる。

 

ーー個人情報漏洩。盗聴。盗撮。

 

ドクンッ! 見つかった場合の罪状がよぎり、心臓が跳ねる。

 

それほど有能なデバイスなのだ。

 

「嘘だろ……どこで落とした!?」

 

僕は慌ててスマホを取り出し、連携アプリを開いてGPS検索をかけた。

 

画面に表示されたピンは、ここから数十メートル上の階――先ほどまで僕がいた、白銀会長のVIP特別病室を正確に指し示していた。

 

「……あ」

 

その瞬間、僕の脳裏に「忘れた理由」が鮮明に蘇った。

 

「……最悪だ。パイプ椅子の上に置きっぱなしにしてきた……仕方ない、遠隔で電源だけ落としておこう」

 

誰かに拾われてデータを見られる前に、僕はスマホからスマートグラスの管理画面にアクセスした。

 

その時、不意にスマホのスピーカーから、微かな「音声」が漏れ聞こえてきた。

 

スマートグラスの高感度マイクが拾う音が、病室内のスマホへと転送される。

 

思わず電源を落とす手が止まる。

 

『まったく、いつかやるとは思っていた』これは白銀父だろうか?

 

『ごめん…』と続いたのは白銀会長だ。目を覚ましたようだ。

 

『ま、2日間程度の入院で良かったじゃないか』

 

『…クソ。奉心祭があるっていうのに…! みんなに会わす顔がない…』

 

『おいおい、熱心なのもほどほどにしておけよ。医師からは精神的なものと聞いた。何か悩みでもあるのか?』

 

しばしの沈黙。

 

『ある女の子と喧嘩していて…わかってもらいたいのに、全然うまく伝わらなくて…拒絶されたかと思えば、急に接近されたり、そいつの考えている事がわからなくて…』

 

白銀会長の言葉の後、白銀父は思考を巡らせるように間を置いてやがて返答する。

 

『ふむ。それはな、御行。生ー』

 

『ちょっとお兄!! 2人との関係をはっきりさせないとダメだよ!?』少女のような声。これは白銀会長の妹、圭ちゃんだろう。

 

『……っ、圭ちゃん、お前何を……』

 

『しらばっくれないで! 私、この目で見たんだから。あの雨の日の翌朝、お兄のジャージを着てうちから出てきた、あの『ゆう』さんのことを!!』

 

『圭ちゃん、あれはだな、あいつの事情があって……』

 

『事情なんて聞き飽きたよ! 秀知院じゃ、お兄は四宮先輩がいるのに日替わりで弄んでる絶倫クズ男だって噂になってるんだよ!? 2人の女性の間で心がボロボロになって倒れるなんて、情けなさすぎるよ……っ!』

 

『……圭ちゃん。親父。心配しなくていい。俺は、不誠実な真似なんてしていない。俺が『ゆう』との関係を明かせないのは、あいつのプライドと過去を守るためだ』

 

白銀会長の言葉を、二人は黙って聞いているようだ。

 

『そして四宮を不安にさせているのは、俺がまだ……あいつの隣に立つのに相応しい『本物』になれていないからだ。……だから、俺はこれくらいの修羅場で折れるようなタマじゃない。奉心祭までには、全てを完璧に解決してみせる』

 

『…………』

 

重い沈黙が流れる。白銀父と圭ちゃんは、その言葉を「二人の女性への責任を取り、泥を被り続ける命懸けの覚悟」と受け取ったようだった。

 

『……分かった。これ以上は何も言わん。だが御行、最後には自分の心にだけは嘘をつくなよ』

 

そこへドアをノックする音が響く。

 

『――白銀くん、目を覚ましたようだね』中年男性の声。医師の回診のようだ。

 

『田沼先生、お世話になってます。それでは御行をよろしく頼みます』

 

そう言い残し、二人は静かに病室を去る音が聞こえる。

 

『――白銀くん、調子はどうだい?』

 

『先生! 頼みます、明日の朝には退院させてください! 奉心祭が……俺がいなきゃ、生徒会の奴らが......! 四宮が一人で……!』

 

医師の一句が出るや否や、弾かれたように身を起こしたであろう白銀会長の焦燥しきった声が響く。

 

『馬鹿を言うな。君の血液検査の結果を見たか? カフェイン中毒一歩手前に、栄養失調だ。……君は自分の体を、使い捨ての機械か何かと勘違いしているのか?』

 

『それは……っ』

 

会長が言葉に詰まる気配が、マイク越しにも伝わってくる。

 

『それに……君が倒れた時、ポケットの中でこれを強く握りしめていてね。……見れば、自分自身のタスクだけでなく、四宮くんの負担を減らすための作業の割り振りや、彼女が休むためのタイムテーブルまで、秒単位で計算されているじゃないか』

 

『……っ!』

 

『白銀くん。君は、誰の目から見ても「非の打ち所のない完璧な優等生」だ。だが、ここまで自らの命を削る必要があるのかね?』

 

医師の静かで、けれど鋭い問いかけが、スピーカーから静かに響く。 沈黙が落ちた。

 

『とにかく、君は気負いすぎだ。これは心の問題でもある。精神的な負担が消えなければ、また君は倒れるかもしれない』

 

やがて、白銀会長は、震える声で口を開いた。

 

『大丈夫ですよ』

 

『…人に話すだけで心は軽くなるものだよ?』

 

『大丈夫ですってば!』

 

その強い言葉とは裏腹に、その後1時間ほど、白銀会長の独白が続いた。

 

『……演じないと、ダメなんです。『俺は……何の才能もない、「持たざる者」だから…』

 

いつも自信に満ち溢れ、学園の頂点に君臨している男の口から出たとは思えない、あまりにも脆く、痛切な弱音だった。

 

『俺は、泥水をすするような努力をして、睡眠時間を削って、テストで一位を取り続けて……『完璧な白銀御行』というペルソナを被り続けないと……あの、本物の天才である四宮の「隣」に立つ資格なんてないんです』

 

マイクが、微かな嗚咽の音を拾う。 会長が、泣いている。

 

『俺が少しでも気を抜いて、ただの「凡人」に戻ってしまえば、あいつは俺を見放して、どこか遠くへ行ってしまう。……だから、俺は立ち止まれない。倒れている場合じゃないんです。あいつに幻滅される前に……俺は、俺の足で、あいつの隣に戻らなきゃいけないんだ……っ!』

 

『…………』

 

やがて医師が口を開く。

 

『なるほど、君が無茶をして、ここにいる理由が少し見えてきたよ。話してくれてありがとう。しかし、まずは今夜一晩、泥のように眠りなさい。今は眠る事が君の仕事だ』

 

静かに告げて退室する音が聞こえ、病室には再び静寂が戻った。

 

僕は、スマホを握りしめたまま、熱くなった目頭をそっと拭った。

 

「……ペルソナか。」

 

僕は、スマホの画面越しに映る、さえないジャガイモのような自分に向けて、そう言い放つ。

 

置き忘れたデバイスがもたらした偶然は、僕の決意をこれ以上ないほど強固なものにしてくれたのだった。

 

『仮面はそう簡単には外せません。…臆病なのはお互い様のようですね』

 

スマホから突然馴染みのある声が聞こえ、悲鳴をあげそうになった。

 

「は、早坂さん!?」

 

『おっと、失礼。あなたが思わぬ盗聴(じこ)を起こしてくれたおかげで、かぐや様のお気持ちも少し楽になったようです』

 

早坂さんの発言に、数テンポ遅れてその意図に気づいた。

 

AIスマートグラス! 四宮グループ製のもので参謀としての任務遂行に与えられたものだが、繋がっているデバイスは僕のスマホだけではなかったということか!

 

「はぁ、心臓に悪い。まさか、常時聴いているわけじゃないよね?」

 

『まさか。かぐや様も私もそこまで良心がないとでも? …それに事故の共犯者がいて良かったじゃないですか』

 

「散々人の事を脅しまくっている癖によく言うよ」

 

思わず本音を漏らす。だが、今は白銀会長と四宮副会長の本音を聞いてしまい、僕の心はキャパオーバーしている。

 

それくらいこぼさせて欲しい心境なのだ。

 

『ふふっ、随分と頼もしくなりましたね。…』

 

期待通り、こちらの意に介さずへらず口が返ってくる。

 

「それはもう、参謀として鍛えられてるからね」

 

フッと笑い声が微かに聞こえた。

 

「置き忘れには今後は気をつけるようにお願いしますよ。では」

 

「うん、気をつけるよ」

 

今度こそAIスマートグラスの電源をオフにした。

 

「さて、まずはみんなに謝らないとな………」

 

僕は決意を新たに、総合病院を後にした。

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