かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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白銀御行は働きたい(2)

話は先週は金曜日に遡る。

 

「……悪かったね、白銀会長。本当に助かったよ」

 

雨に濡れた上澤を放っておけず、白銀は強引に傘を差し掛け、自らのアパートへと彼を招き入れた。

 

浴室でシャワーを借りた上澤は、白銀から借りた少し大きめのジャージに着替えていた。

 

雨よけのために被っていた『クラスの出し物のメイド服』をハンガーに掛け乾かしてもらっている。

 

「気にするな。風邪を引くよりマシだ。幸い、親父も妹も留守だからな。温かいものでも飲むか?」

 

「ありがとう……」

 

白銀がキッチンへ向かった隙に、上澤はタオルで濡れた髪を拭きながら、小さく息を吐いた。

 

もう、隠し通すのは限界かもしれない。

 

今日一日、白銀の隣で不毛な恋愛頭脳戦をサポートし、極度の疲労と雨の冷たさに削られた上澤の精神は、これ以上「冴えないモブ」のペルソナを維持する余力を失っていた。

 

白銀との衝突時に破損してしまった、顔の半分を覆っていた分厚い黒縁眼鏡は、テーブルの上に置かれていた。

 

「ほら、麦茶だ」

 

コトリ、と。戻ってきた白銀会長は、テーブルに二つのグラスを置いたまま、上澤の顔を見やる。

 

「……驚いたよ。お前の素顔を見るのは初めてだが、その、普段とのギャップが、な」

 

白銀の三白眼が見開かれている。 無理もない。眼鏡と前髪という拘束具を外した上澤の顔は、今をときめく天才若手女優『KANA』と瓜二つなのだから。

 

「……消したい過去なんだよ」

 

上澤は、温かい麦茶のグラスを両手で包み込みながら、自嘲気味に笑った。

 

これまでの生徒会活動で、白銀御行という人物が理解できた。

 

彼になら、この消したい過去を話しても問題はないだろう。

 

上澤はすがる様に思いを吐露していく。

 

「……僕は昔、芸能プロ関係者だった母親の操り人形でね。この『KANAに似ている』というだけの理由で、子役の世界に放り込まれた」

 

「子役……」

 

「そう。でも、僕は本物の天才(KANA)にはなれなかった。いつだって彼女の(アンダースタディ)で、代役として端のほうで大人の期待に応えるためだけに笑ってた。……結局、自分の才能の限界と、プレッシャーに耐えきれず逃げ出した、ただの敗北者だ。それがきっかけで両親は離婚して、僕は父親と北海道のど田舎に引っ込んだ」

 

グラスを持つ上澤の手が、微かに震える。

 

「……この顔を見るたびに、僕は嫌で嫌でたまらない。あの頃の、大人の顔色を窺って、不安に押し潰されそうになりながら必死に『完璧な笑顔』『究極の嘘』を作っていた自分を思い出すから。……だから、秀知院では絶対に目立たないように、ダサい眼鏡と重い前髪で顔を隠して、ただの一般生徒(モブ)して息を潜めて生きてるんだ」

 

一気に吐き出した上澤の告白は、ひどく惨めで、後ろ向きなものだった。

 

努力で学園の頂点に立ったこの生徒会長からすれば、困難から逃げ出しただけの弱者の言い訳にしか聞こえないだろう。

 

しかし。 白銀は、静かに麦茶を一口飲むと、鋭い三白眼で真っ直ぐに上澤を見据えた。

 

「……そうか。だが、お前がそうやって逃げて、必死に平穏を守ろうとした結果…培ったその能力に、俺は今、心底救われているんだぞ」

 

「……え?」

 

「生徒会での、お前のあの異常な実務処理スピードとアドリブ力だ」

 

白銀は、ふっと優しく微笑み続ける。

 

「一ヶ月前に四宮が『彼が適任ですわ』と無名のお前を推薦してきた時は驚いたがな。だが、お前の話を聞いて合点がいった。『大人の顔色を読んで、先回りして完璧に処理する能力』が、どれだけ俺の…いや生徒会の助けになっているか……。お前自身が一番よく分かっているはずだ」

 

(実は四宮副会長と早坂さんに利用されてるだけなんだけど…)

 

生徒会に加入した真相は、流石に今でも言えない。

 

上澤が内心を飲み込み言葉に迷っていると、白銀はドン、と自分の胸を強く叩いた。

 

「逃げたっていいじゃないか。自分の弱さを知って、平穏を選ぶことの何が悪い」

 

「白銀会長……」

 

「俺たちは、このエリートだらけの秀知院で、泥水をすするようにして必死に立っている『外部入学』だ。持たざる者だからこそ、他人の痛みが分かる」

 

ストーブの火に照らされた白銀の顔は、いつもの『完璧な生徒会長』のそれではなく、ただの不器用で真っ直ぐな一人の少年だった。

 

「……俺も、同じなんだよ」

 

白銀会長はポツリとこぼし、その目を自室に向けていた。

 

「…………」

 

上澤は、息を呑んだ。『俺も同じ』その言葉を噛み締める。

 

この人は、学園の頂点に君臨しながら、自分と同じように「天才への劣等感」と戦い、ペルソナを被って泥臭く足掻き続けていた一人である事を、自ら打ち明けたのだ。

 

四宮かぐやが隣に立つ事を認め、許した存在である彼が、完璧なまでの振る舞いとは想像できない、弱音にも似た本心と捉えた。

 

「だから、安心しろ、上澤。お前の過去は、俺が絶対に守り抜いてやる。学園の連中に、お前のそのトラウマを暴かせるような真似は絶対にさせない!」

 

「……!」

 

「俺とお前は、同じ場所から這い上がってきた仲間だ。これは、俺たちだけの**『混院(こんいん)の絆』**だ!」

 

その言葉には、一切の打算も、裏もなかった。

 

ただ純粋に、傷ついた友人の尊厳を守るという、愚直なまでの騎士道精神。

 

四宮かぐやの気持ちも、参謀として動いたこの1ヶ月、今なら痛いほどよく分かる。

 

「……ありがとう、白銀会長」

 

上澤は、込み上げる熱いものを堪えながら、ただ深く、深く頷いた。

 

その後、二人は、生徒会での苦労話、互いの家庭の事情など、混院であるが故の話で盛り上がった。

 

気づけば日を跨いでる事に気づいた白銀は、その語らいを一旦お開きとした。

 

「すっかり話し込んでしまったな。さて、もう遅いし寝るとしよう。ゆっくり休んでくれ。おやすみ、上澤」

 

「うん。おやすみ、会長」

 

白銀はリビングの電気を消し、自室へ向かった。

 

上澤は彼がリビングに敷いてくれた布団に潜り込む。

 

雨音の消えた静かなリビングで、見知らぬ天井の染みをぼんやりと見上げながら、僕の頭の中ではここ数週間の出来事がぐるぐると渦を巻いていた。

 

やがて上澤が眠りに落ちる。

 

しかし深夜、ふと目を覚ました彼のの耳に、隣の部屋――白銀の自室から、苦しげな声が聞こえてきた。

 

「……うぅん……だめだ、まだ……」

 

微かな、けれどひどく(うな)されているような声。 今日一日、奉心祭の準備で限界まで働き詰めだった上に、雨の中で自分を庇ってくれたのだ。体調を崩したのではないか。

 

「……会長? 大丈夫?」

 

心配になった上澤は、布団から這い出し、そっと白銀の自室のドアを開けた。

 

「――――っ」

 

ドアの隙間から中を覗き込んだ瞬間、上澤は息を呑んで硬直した。

 

そこは、学園の頂点に君臨する『完璧な生徒会長』の部屋とは、到底思えない空間だった。

 

無機質で、殺風景。

 

生活感など微塵もない。

 

だが、何より上澤を絶句させたのは――壁一面に、狂気的なまでの隙間でびっしりと貼り付けられた、無数の「書き初め(半紙)」だった。

 

『寝たら殺す』 『満点以外は無価値』 『死ぬ気でやれ、死なないから』

 

自らを過激に煽り立てる、呪いのような言葉の羅列。 そして、その中でも一番目立つ机の真正面の壁に、ひときわ力強い筆致で書かれた一枚の半紙があった。

 

『四宮の横に立てる男になる』

 

「……」

 

上澤は言葉を失い、視線を机の上へと下ろした。 そこには、カフェイン錠剤の空き瓶の山と、ボロボロになるまで読み込まれた単語帳。

 

そして――『海外大学 入学案内』『アメリカ大学のススメ』などと書かれた、海外の分厚い資料が置かれていた。

 

なかには、スタンフォード大学の入学案内まであた。

 

なんで、日本のエリートの頂点にいる会長が、海外の大学なんて……。

 

上澤は言葉にならないほどの衝撃を受けていた。

 

不眠不休のサイボーグだ、マフィアと繋がりがあるだ、とんでもない守銭奴だ。などと、彼の一部分を切り取って、噂は噂を呼ぶ。

 

だが真相は、不屈の努力家であり、お人好しで家族思いの苦労人。それが白銀御行という男なのだ。

 

そして、四宮かぐやに対する想いも、学園が噂する様なもの以上に深い深いものなのだと察するのであった。

 

 

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