かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜 作:おたっきー
「ーーっていうのが金曜日の真相だよ」
上澤の真相の告白に、生徒会室は水を打ったように静まり返っていた。
その顛末を耳にし、三人はジッと上澤の顔を見つめた。
石上が息を呑み、伊井野と藤原も目の前の人物から放たれる異様な「オーラ」に言葉を失っていた。
眼鏡を外した上澤有智の顔立ちは、先ほどまでの冴えない「ジャガイモ」のような面影を完全に消し去っていた。
少し長めの前髪の奥から覗く、吸い込まれるような虚ろな瞳。
性別はおろか、年齢すらも曖昧に錯覚させるような、圧倒的に中性的で、作り物のように整った素顔。
それは今話題のドラマ『小町angel〜メイド服の殉教者』の主演ーー今をときめく天才若手女優の『KANA』に瓜二つの顔であった。
「僕が自分の素顔を極端に嫌悪しているのを知って、会長は『お前のプライドは俺が守る。名前は絶対に出さない』って。あんな無茶な男気を出してくれたんだ。土日も女を連れ込んだなんて、ただの悪意あるデマだよ」
「そ、そんな……」
伊井野が、へナヘナとその場に座り込む。
「『コンインノキズナ』も、ただの友情……外部入学の話だったんだ。それを四宮副会長が聞き間違えて、あんなに絶望して……。一年前の氷の仮面まで被らせてしまった…」
上澤の美しい瞳が、悔しそうに歪む。
「そして、『ゆう』って名前は、僕が自ら広めた噂だ。ちょうど掲示板にBL妄想説が上がっていた時にね…。石上会計、君を一部のBLファンのスケープゴートにするために…。藤原書記が何故か『ゆう』の名前を知っていた事に乗じてね…」
「ちなみに『ゆう』は昔の芸名。『有澤ゆう』から。皮肉なもんだよね、撹乱のために使った名前だけど、結果的に自分に刺さっている」
上澤は自嘲気味に笑って見せた。
彼はどこかで、自分自身が答えられない真相と逃げたい過去、それを暴いてほしいという願いも込めてその名を使った。
その事は、そっと胸に仕舞い込んだ。
石上と藤原は黙って上澤の話を聞いていた。
その場の沈黙が落ちた。
藤原のBL妄想も、 石上の悲劇のヒロイン妄想も、伊井野の浮気のスケープゴート妄想も、全てが氷解していく。
残されたのは、不器用すぎる天才達の空回り。仲間との絆を守るために自らの傷を抉った少年の、あまりにも重い『真実』だけだった。
上澤は、その場で深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ない! 特に石上会計には、なんてお詫びをするべきか…」
「……上澤先輩」
石上が、立ち上がった。その顔からは、先ほどの軽薄な探偵気取りは完全に消え失せている。
「大丈夫っすよ。それを僕たちに言うのがどれだけしんどい事か……僕にも少しだけ分かります。会長ってそういうところありますからね」
藤原も、ポロポロと涙をこぼしながら上澤の肩を抱いた。
「ごめんなさい……私、面白半分で変な妄想ばっかり……会長の本当の優しさにも気づけないで……」
「……私、風紀委員失格です……。会長のこと、最低のクズだなんて……」
伊井野も、ポロポロと泣き出している。
上澤は、三人の涙を見て、ふっと憑き物が落ちたように微笑んだ。
眼鏡を外した上澤有智の、美しくも悲壮な決意。
かつての『天才子役の影』と呼ばれたオーラを纏った彼の言葉に、藤原が、石上が、伊井野が、涙を拭って力強く頷いた。
感動の波が生徒会室を包み込む。
これでようやく、上澤は己のトラウマを乗り越え、真の仲間を得たのだ――。
「……ぶっ」
静寂の中、不意に、藤原書記の口から奇妙な音が漏れた。 「え?」 上澤が目を瞬かせる。
「ふふっ……くくくっ……」
「ぷっ……あははっ……」
藤原だけでなく、石上も、あろうことか伊井野までもが、口元を抑えて肩を震わせ始めたのだ。
「ちょ、ちょっと待て。何笑ってるんだよ…!」
上澤の顔に焦りと、少しばかりの怒気が浮かぶ。
「あーっはっはっは!! ご、ごめんなさい上澤くん!!」
ついに耐えきれなくなった藤原が、腹を抱えて爆笑し始めた。
「もう無理ですぅ! 上澤くんが、あまりにも悲劇の主人公みたいな顔で語るからぁ!!」
「ちょっ、藤原先輩、笑いすぎ……ふふっ、でも確かに、真相を話す時の語り口調は、完全に舞台俳優のそれでしたね」
石上も、先ほどまでの感動の涙を指で拭い去り、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
伊井野までが「ふふっ」と小悪魔のような笑みを漏らしながら、上澤を煽る。
「でもさすがに、会長を入院させた! 四宮先輩に氷の仮面を被せた! っていうのは、あまりにも突飛ですよっ!」
先ほどまでの感動的な空気は、一体どこへ消えたのか。
上澤は、ヒクヒクと引き攣らせながら、後ずさった。
「君達……まさか、最初から」
「はい! ラブ探偵チカの目を誤魔化せると思いましたか!」
藤原は探偵帽を被り直し、ビシッと上澤を指差す。
「実はですねぇ、私たちが貴方の正体に気づいたタイミング、バラバラなんですけど……全員、とっくに知ってたんですよ!」
彼女の言葉に頷き、石上がスマホを手に取りながらニヤリと笑った。
「僕が確信したのは、火曜日の朝っすね。ネットの噂で『金曜のメイドはKANAにそっくり』って出た時、先輩、死にそうな顔してキーボード叩いてたじゃないですか。しかも『ゆう』の名前が出たタイミングで、藤原先輩のせいにしようとしていた。あれでピンときた」
石上会計はスマホの画面を上澤に向ける。
「これっす。先輩が子役時代、歌舞伎の女型として舞台に立ったり、スマイルアップルズJr.として活動していた超レア画像。……この時の芸名が『ゆう』。これだけ材料が揃ってて気づかないほど、僕は鈍感じゃありませんよ」
「そこまで調べ上げるなんて、大した奴だよ、君は」
上澤は観念したように、オーバーなリアクションで頭と手を振った。
伊井野が石上に続く。
「私は…前にこばちゃん…同じ風紀委員の大仏さんに指摘されたんです。『上澤先輩を不純だ不純だと言って睨んでるけど、あの人の顔立ち、ダサい眼鏡で隠していても骨格の黄金比が完璧にKANAと同じだよ』って。……彼女、観察眼にたけてますので…」
「そっか。大仏さんにはすでにバレていた気はしたんだよね…」
「はい。だから、真相を確かめる為に、不適切な風気指導をしてしまいました。その点に関しては謝ります! ごめんなさい」
伊井野は頭を深々と下げる。
どおりでまつ毛が長いから切り揃えろなんて、理不尽な事を言うわけだ。
上澤は今週の伊井野と大仏とのやりとりを振り返り、彼女の言葉を理解する。
「あと、どこかで見覚えあるなって思ったら、これ…」
伊井野はノートに挟めていた写真を取り出す。
「これ、先輩ですよね? 石上の言う、スマイルアップルズJr.時代の…」
差し出されたのは、キメ顔が写る横に『有澤ゆう』のサインが書かれた写真。
「……っ!? 」
「偶然持っていたんですよね…」
上澤は、当時の黒歴史を掘り出された様な気持ちに染まり、言い表しようも無い感情で顔を赤く染める。
そんな彼を察してたか、伊井野は「ごめんなさい…」と再度頭を下げる。
「いや、いいんだよ。風気指導のことも。そして、その写真のことも…。間違いなく僕だから」
振り返りたくない過去。だが、今は逃げてはいけない。彼は目をその写真と向き合った。
ふっふっふ、と藤原は、いつもの様子で「ラブ探偵」帽子を被り直す。
「そして真打の私のターンっ」
「真打て」石上が軽くぼやく。
「私は実は先週の土曜日には気づいていましたよぉ! 仮説程度ですけどねっ! 会長の妹の圭ちゃんから連絡があった時にビビっと! 」
「そんなに前から!?」
上澤は驚愕する。
「はい! 圭ちゃんから、ゆうっていうすごいクールビューティな女の人をお持ち帰りした疑惑と、そのゆうちゃんがメイド服を持ってきていた事を聞いていたので!」
「そ、それだけで?」
「んー、まず会長が女の子を連れ込むわけがないので、雨という状況から、あの日残っていた石上くんか、上澤くんどちらかなって。大方帰れなくなって会長の家に泊まったんですよね? 圭ちゃんも家に来てましたし、状況的にも集まりやすいっ!」
その愛らしい口調とは裏腹に鋭く独自の情報網から編み出された分析に、上澤はただただ聞き入った。
「んで、2年A組のクラスの出し物は『メイド喫茶』…ってところを推測すると、とりあえず上澤くん説が濃厚って事になりました! あとは、その後の裏取りに少々動いた暗いですねぇ」
おそらく、1週間で膨れ上がったであろう、「白銀と金曜日のメイド」の噂。
このラブ探偵は、生徒会どころか学園ないで最速で辿り着いていたのであろう。
流石腐っていても秀知院学園の生徒会書記。普段の仕事でこの推理力をはっきしてくれれば、もう少し生徒会も楽なのにと、上澤は思わずにいられなかった。
「いや、真相に辿り着くの早すぎない!? じゃあ月曜日にはすでに僕は泳がされていたってこと!?」
上澤の悲鳴を上げるようなその反応に、藤原はますますしたり顔で続ける。
「もっちろんですよぉ! ちなみに皆さん、念の為言っておきますけどぉ、私はどこにもこの話を拡散してませんからねー? 会長とゆうちゃんの真相は、私が突き止めるって、圭ちゃんと約束しましたからねっ!」
藤原は、ウインクしながらのドヤ顔を見せて、実の潔白を主張した。
上澤はまんまと手のひらの上であった事に、絶望感と悔しさを感じた。石上になら
「う、嘘だろ…? カオスメーカーの藤原先輩が…? そんな聖人ムーブを?」
石上は、そのカオスの権化の意外すぎる回答に震え出す。その姿を見て、藤原は圧倒的なドヤ顔を披露する。
数秒の間を置いて、上澤は違和感を覚えたため、ピンクのカオスへ問いかける。
「…でも、そのわりには、白銀会長の妹さんと病院で会った時、僕の事を男装しているって…」
「そうなんですよねぇ…。いたいけな少女の瞳には、そう映るみたいですねぇ…。真相を話そうと思った時、『ゆうお義姉ちゃんはね、すごい健気なんだよ』って言われたら…ねぇ?」
哀れみの瞳から、イヒヒっとイタズラ好きな小悪魔のような笑顔を浮かべて、藤原は返答する。
「とても壊す気にはなれませんよー!」とニパーっと満面の笑みに変わる。
「いや、そこは真相話してあげてよ!? 約束したんでしょ!?」
「前言撤回。やっぱりあんた、カオスの権化だわ」
「先輩、悪魔すぎる…」
上澤、石上、伊井野は、三者三様に白銀圭を憐れむ事しかできなかった。
「あと、上澤くんの素顔については、実はもっと前、上澤くんが生徒会に入る直前に、かぐやさんから釘を刺されてたんですよぉ!」
「え……四宮副会長が?」
上澤の目が、驚きに見開かれる。
藤原書記は、かぐやの真似をして上品に微笑んでみせた。
「 『――藤原さん。上澤さんの過去の詮索は、決してしないでくださいね。あの方は、自分の素顔に深い傷を抱えています。とても繊細な子ですから……間違っても、イジメちゃダメですよ?』って!」
「……っ」
上澤の胸が、ドクンと大きく鳴った。 四宮かぐや。あの誇り高く、他人を寄せ付けない氷のような少女が。裏では、自分のくだらないトラウマをそんな風に気遣い、守ってくれようとしていたのか。
「……で、藤原先輩がその話を僕と伊井野にも共有してくれたってわけです」
石上はやれやれと肩をすくめる。
「ちょっと待て」 上澤の顔から、感動がスッと消え失せた。
「四宮副会長は『イジメちゃダメですよ』って言ったんだよね? なのに僕を背徳のBLだの、悲劇のヒロインだのって、まつ毛が長すぎるだのって…。わかっていて、みんな僕を泳がせていたの!?」
上澤の言葉に、 石上がニヤリと笑う。
「決まってるじゃないですか。先輩の口から、
眉毛を逆ハの字にして、いかにも「怒ってますよっ」と言わんばかりの表情を見せそれに続く。
「金曜日の事、ずっと黙っていたんですから! これくらいのお仕置き、当然の報いですっ」
伊井野は、上澤の覚悟を賞賛するように、フォローを入れる。
「……ごめんなさい。でも先輩の、会長と四宮先輩を想う『覚悟』は、ちゃんと伝わりましたから」
彼らは『金曜日のメイドの正体』『上澤の素顔』も知っていたのだ。
しかし、上澤が過去から逃げず、自分自身の口で「助けてくれ」と言えるように……あえて最悪の角度からプレッシャーをかけ続け、彼が自ら眼鏡を外す(素顔を晒す)瞬間を待っていたのである。
一気に力が抜けていく感覚に襲われ、上澤は近くにあったイスに座り込む。
腰を抜かすくらい、気が抜けた様子を見せ、ため息を吐く。
「はぁ……全く、君たちは。性格悪いぞ……!」
しかし、上澤の顔に浮かんでいたのは、怒りではなく、憑き物が落ちたような安堵の笑みだった。
四宮かぐやの不器用で深い優しさ。そして、悪魔のような手口で自分を救い上げてくれた、生徒会の仲間たち。
さすが四宮かぐやが認める白銀会長が指名した人たちだ。
「……あーあ。まんまと乗せられたよ」
久しぶりに自分以外の世界に晒したらその素顔は、どこか満足げであった。
上澤は、黒縁眼鏡を手に取り、再び自分の顔へと装着した。