かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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コンインノキズナ(1)

奉心祭前日、僕は結局、一睡もできなかった。

 

ーー雨音の消えた静かなリビングで、見知らぬ天井の染みをぼんやりと見上げながら、僕の頭の中ではここ数週間の出来事がぐるぐると渦を巻いていた。

 

そんなあの日と重なる。

 

……そもそも、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 

僕は思考を巡らせ状況を整理する。

 

始まりは、旧校舎の備品庫だった。 偶然、四宮副会長の「私は会長に告らせたいの!」という、重すぎる恋バナを聞いてしまったあの日。

 

四宮副会長と早坂さんに脅され、実家のジャガイモ農園と母親のキャリアを人質に取られ、悪魔の契約を突きつけられた。

 

ただ平穏なモブとして生きたかった僕は、極度の恐怖とストレスで「目の前の事務処理を爆速で片付ける」という悲しい防衛本能を発動させ、結果的に白銀会長にまで見込まれて『臨時総務』として表舞台に引きずり出されてしまった。

 

……最初は本当に、面倒くさい天才たちだと思っていた。

 

自分のプライドを守るために、いかに相手から告白させるかという宇宙一不毛なドロドロの恋愛頭脳戦。 僕はただ、四宮副会長の恐ろしい圧と、実家のジャガイモのために仕方なく彼らの間を取り持つ「手駒」として動いていたに過ぎなかった。

 

全てが順調にうまく行っていた。

 

しかし、先週の金曜日。

 

白銀会長の好意で雨宿りさせてもらった僕が、『メイド少女』に間違われた事が発端として、全てが一変した。

 

今週の月曜日には、なぜか白銀会長は「金曜日のメイド」「土曜日の少女の手を離さない」「日曜日の金髪の少女」を、家に連れ込んだ『絶倫四股野郎』という不名誉な(男としては名誉?)噂が流されていた。

 

当の本人は、僕の明かしたくない素顔と過去を守るため、他の女の子たちへの飛び火を防ぐため、真相の発端である金曜日をあえて語らない男気を見せ、全ての噂を受け止めて泥をかぶった。

 

しまいには、その噂を聞いた四宮副会長との関係すら悪化させて、『混院(こんいん)の絆』を『婚姻(こんいん)の誓い』と聞き間違えるという、最強最悪のアンジャッシュが起きる始末。

 

そんな聞き間違いを皮切りに、四宮副会長は氷の仮面という見せたくない一面を表出させ、『心を隠さない関係性』を求めて白銀会長に迫った。

 

結果的に、過労と栄養失調が常態化していた白銀会長は、いわば『恋の病』をトリガーとして、一時病床に伏してしまった。

 

こうまで拗れる原因として、どうして二人は素直になれず、氷のかぐや姫と完璧で究極な貴公子を演じているのかとなるのだが。

 

それは、ドアの隙間から見てしまった会長の殺伐とした部屋、そして、病院で溢れた本音と崩れ落ちた氷の仮面にヒントがあった。

 

ーー四宮の横に立てる男になる。

 

壁に貼られた呪いのような多数の書き初めと、スタンフォード大学の入学案内。

 

白銀会長は、四宮副会長に相応しい男になるためだけに、血を吐くような努力で『完璧な白銀御行』というペルソナを自らの血肉に縫い付けているのかもしれない。

 

……そうか。だから会長は、自分から告白できないんだ。だから素直になれないのだ。

 

自分から告白してしまえば、泥水をすする『持たざる者』である等身大の自分を晒すことになる。

 

本物の天才である彼女に見限られ、隣に立つ資格を失ってしまうと恐れているのだろう。 だからこそ、彼の方から想いを伝えることはできず、彼女の方から『完璧な生徒会長』である自分を求めさせ、告白させようとしているのだ。

 

弱さを見せられない彼の本心だ。

 

そしてそれは、四宮副会長も同じだ。

 

彼女を演じて少しわかった。四宮かぐやが抱える複雑な感情と言うものを。

 

ーー私の隣に立つのなら、それに相応しい品格と覚悟を持った男でなければならない……だからこそ、彼の方から跪かせなければならないのよ!

 

備品庫で聞いた彼女のあの言葉。 あれは決して、相手を見下して支配したいわけじゃない。 彼女は「四宮家の令嬢」という高すぎるプライドと、愛されることへの臆病さから、自分から想いを伝えて拒絶されることを極端に恐れているのだ。

 

倒れた白銀会長を前に、涙をこぼした彼女は人知れず素直になれず、他人を傷つける自身を責めていた。

 

それを代弁するような、早坂さんの言葉。

 

ーー氷の仮面とはかぐや様の見せたくない姿でもあるのです。『弱さと言う素顔を見せてほしい』と言うのが本心です。

 

四宮副会長は、シミュレーションの時、『弱さを見せてほしい』といっていたようだ。

 

あの氷のような態度は、『彼女の強さ』と見せかけて『彼女の弱さ』でもあるのだ。

 

『弱さ』を受け入れてもらいたいからこそ、あんな態度で白銀会長に迫ったのだ。

 

バラバラだった点と点が、全て線として繋がった。

 

二人とも、本当にお互いのことしか見てない。

 

かたや相手にふさわしい自分であろうとし、かたや相手に全てを受け入れてもらいたいとするあまり、致命的にすれ違って、勝手に傷つき合っている。

 

恋愛頭脳戦なんて、ただの強がりだ。

 

あの二人の本質は「今のままの自分では、相手に愛される資格がない」あるいは「今のままの自分を、相手に愛されたい」という、痛切なまでの恐怖と純情の裏返しなのだろう。

 

ーー似たもの同士のバカップルですよ。

 

早坂さんの言葉が響く。

 

「……似た者同士、か」

 

僕は、暗闇の中でそっと自分の前髪に触れた。

 

かつての「天才子役の影」としての過去から逃げ出し、大人の期待に応えられなかった自分を恥じて、ダサい眼鏡と重い前髪という『モブのペルソナ』を被って息を潜め、『ゆう』という自分の中のもう一人の自分からも目を背けている。

 

スケールは違えど、僕も彼らと同じように、自分の弱さを隠して虚勢を張って生きている人間だ。

 

だからこそ、あんなに不器用で真っ直ぐに足掻き続ける二人の姿が、ひどく痛くて……どうしようもなく、眩しく見えた。

 

そんな二人の素顔を知ってしまった以上、ただの脅された手駒として、ただの生徒会総務で、そう簡単に終わるわけにはいかなくなった。

 

僕は、ゆっくりと拳を握りしめた。

 

あの二人の不毛なすれ違いを終わらせるために。

 

そして、僕がこの情けない過去に向き合うきっかけをくれた『かぐや姫』と、「逃げてもいいし守ってやるとも言い切ってくれた『貴公子』と言う、お人好しな友人であり推しの子のために。

 

「あんたたちーーいや、推しの子たちのために、二人だけの二人だけの竹取物語(ウルトラロマンティック)を作ってやる! 何を使ってでも! 噂だろうと、奉心祭の伝説だろうと、僕の過去(素顔)だろうと、なんだろうと…!」

 

僕は、推しの子たちを告らせたい。

 

窓の外が白々と白み始めた頃。 ようやく腹を括った僕の意識は、泥のようなまどろみの中へと沈んでいった。

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