かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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コンインノキズナ(2)

土曜日。ついに奉心祭の開幕式を迎える。

 

坦々と式のプログラムが消化されていった。

 

しかし、進行役を務める文化祭実行委員の女生徒は、緊張した声で次のプログラムを読み上げる。

 

無理もない。次は噂の渦中に巻き込まれた氷の姫ーー

 

「そ、それでは…次は白銀御行会長の挨拶でしたが、事情により欠席された為、代わって四宮かぐや副会長の挨拶です…」

 

紹介するだけで気圧されている。

 

それは進行の子だけではなかった。

 

いつもならヒソヒソと噂話を面白がる声があっても良いが、彼女から放たれる絶対的なオーラは、それを完全に制圧している。

 

やがてステージに登壇し、四宮副会長が姿を現す。

 

彼女の放つ冷徹な美しさ、四宮の令嬢という圧倒的な雰囲気。その場の全生徒が、彼女の一挙一動、その美しい所作に釘付けになる。

 

四宮副会長の声がマイクを通し、静まり返った館内に響き渡った。

 

「……おはようございます、皆さん。生徒会副会長、四宮かぐやです。本来、この場に立つはずの会長・白銀御行は、現在入院中です。……彼が、この奉心祭の直前に『自制心の欠如』によって体調を崩し、その場に崩れ落ちたことは、執行部として極めて遺憾と言わざるを得ません」

 

彼女は冷え切った言葉を放ち、少しだけ首を傾げる。

 

その声、言霊、動作一つで、館内の温度が数度下がったかのような錯覚を覚えた。

 

「ですが、皆さん。一人の代表の……あるいは、『週末の過剰な活力』に溺れた愚か者の不在など、この奉心祭の成功には何ら影響しません。」

 

氷の吐息がかすかにスピーカーからかすかに漏れる。そして会場を見渡す。

 

「……私は、この一週間、皆さんが泥を啜るようにして、あるいは指先を震わせながら準備に励む姿を、この目で……ずっと、見てきました。……ですから、私には分かります」

 

四宮副会長は目を瞑り、一瞬間を置き、再度会場の一人一人を捉え、口をひらく。

 

「奉心祭を控えた金曜の夜、雨の音をBGMに『可憐な給仕(メイド)』を自宅に招き入れ、甘いひと時に現を抜かすこともなく。……いえ、それだけでは満足できなかったのでしょう。土曜日、そして日曜日。入れ替わり立ち替わり現れる『見知らぬ美女』たちと、玄関先で睦み合い、愛を囁き、体力を使い果たす……」

 

四宮副会長の演説がクライマックスに入る。文脈的に嫌な予感しかしない。

 

「そんな『精力的な活動』を一切なさらず、ただ実直に作業を続けてきた皆さんの努力は、本当に……本当に、尊いものですわ。そんな不実な風が吹く学園にあって、皆さんの『自立』は、あの人の不在という穴を見事に埋めました。……一人の『堕落したカリスマ』が消え、皆さんのような真面目な努力家が報われる。……皮肉なことですが、これこそが奉心祭が迎えるべき『正しい姿』なのかもしれませんわね…」

 

もはや会場はお祭り前の熱気は失せ、静けさを通り越し、厳粛なムードに包まれていた。

 

「白銀御行がいなくとも、奉心祭は完璧に執行されます。……いえ、あの人がいないからこそ、より美しく、潔白な祭りにしましょう。以上です」

 

シン……。

 

数千人の生徒が集まる体育館が、文字通り『お通夜』のような静寂に包まれた。

 

僕は、タブレットのパッケージを握りしめながら、頭を抱えてしゃがみ込んでいた。

 

……言い方ぁ!! なんだあの怨念たっぷりの演説!!

 

僕は心の中で特大のツッコミを並べざるを得ない心境だった。

 

倒れたのは100%過労なのに、なんで『一晩中遊び明かして力尽きた』みたいな艶っぽい表現になってるんだ!

 

『週末の過剰な活力』って、語彙のチョイスが完全に『裏切られた正妻』のそれじゃないか!

 

それに、噂になっている「メイド(僕)」「金髪美女(スミシー)」「妹(圭ちゃん)」の存在を、公の場で『確定事項』としてバラしてどうする!

 

『精力的な活動』って言った時のあの微妙なタメのせいで、全校生徒が「あいつは一晩中ヤってたんだ……」って確信しちゃってるじゃないか!

 

あんた火曜日に早坂さんと僕と情報共有したじゃないか!

 

ほら見ろ、最前列の一年生が空気の重さに耐えきれず泣き出しちゃったし、野次馬どもは『ヒィィ……四宮様が公式に不倫を認めた……』ってガタガタ震えてるぞ!

 

極め付けは『堕落したカリスマ』。副会長自ら生徒会を墜としにいってどうする!? てか、シミュレーションの時もあったそのフレーズ、気に入ってるのか!?

 

もはや尊厳を物理的に破壊していく、その絶対零度の言葉の数々。 病院のベッドでこれ聞いてたら、白銀会長確実に心停止するぞ!!

 

「……『より美しく、潔白な祭りにしましょう』ですか…」

 

隣で青ざめ震えている伊井野監査が、絶望的な声で呟く。

 

「もはや奉心祭じゃなくて、『除霊』か『お清め』の儀式になってますね……てか、この後に挨拶するつばめ先輩可哀想…」

 

伊井野監査に続き、石上会計も震えた声をあげる。

 

ざわめく体育館を尻目に、当の四宮副会長はしれっと何食わぬ顔で、生徒会と実行委員スペース(僕たちのもと)へ戻ってきている始末。

 

このままでは不味い! 全校生徒のトラウマになるレベルの重すぎる開会式になってしまう。

 

現に司会の実行委員の子も、震えて次のプログラムの進行に支障を来たしているぞ!?

 

僕は考えた。突破口は、やはりーー

 

「……藤原書記!!」

 

僕は、隣で「ひえええぇ……」と震えていたカオス理論の体現者の両肩をガシッと掴んだ。

 

「このままじゃ学園中が氷河期のままだ! 君の『ラブ探偵』でも『お祭り女』の血でもなんでもいいから、あの空気をどうにかして温め直してきて!!」

 

「え、ええええええ!? 私ですかぁ!? 殺されます! 刺されます!」

 

ヒソヒソと騒いでいる僕らに、氷の視線が突き刺さる。

 

「行って!! 今度ラーメンでもなんでも奢るから! 」

 

氷柱が背中に刺さるを感じながら、僕は強引に藤原書記の背中を押した。

 

「ひゃうっ!」

 

悲鳴もお構いなしに押しまくった。

 

ステージに近づき観念したのか、「もぉ! 絶対ですよぉぉ!?」と、捨て台詞のような言葉を残し、彼女は地獄へ突入していった。

 

「は、はーい皆さん! 注目ですぅーー!!」

 

藤原書記の、これ以上なく場違いで陽気な声が体育館に響く。

 

ギロリと四宮副会長の視線は彼女へと向けられる。

 

だが、藤原書記は持ち前の図太さあるいは命知らずな天然を発揮して、満面の笑みで強引に場を回し始めた。

 

どうやら覚悟を決めてくれたようだ。

 

「今の四宮副会長の言葉は、愛のムチ……いえ! 激辛なジョークでしたぁ〜! 会長はただの文化祭準備の過労ですからね、過・労! さぁさぁ皆さん、湿っぽい話と除霊の時間はここまでですよ〜!」

 

藤原書記の命懸けの介入(ノイズ)によって、凍りついていた空気にヒビが入り、生徒たちがなんとか呼吸を取り戻した。

 

そしてその絶妙なタイミングで、 石上会計と伊井野監査の誘導により、ステージの逆サイドから、輝くような笑顔を浮かべた人物が颯爽と駆け込んできた。

 

「それじゃっ、生徒会からは以上ですっ! つばめ先輩お願いしますっ!」

 

藤原書記はそのタイミングに合わせるように、次に繋げた。

 

進行役の子もほっとした表情をしている。

 

きっと、彼女には藤原書記が女神に見えているだろう。僕もそう思う。

 

実行委員の法被を纏った三年生、新体操部のエースにして学園のアイドル的存在――文化祭実行委員長の子安つばめ先輩だ!

 

「千花ちゃんの言う通りっ!」

 

子安先輩は、藤原書記の隣に並び立つと、マイクを受け取って体育館全体を明るく見渡した。

 

「会長も、みんなのために倒れるくらい準備を頑張ってくれてたんだもん! その分まで、私たちがこのお祭りを最高のものにして、後で会長にドヤ顔で報告しちゃおっか!」

 

その圧倒的な「陽キャのカリスマ」が放つ、誰もを惹きつける愛嬌のある声、学園のマドンナと呼ばれるルックスが、ステージを中心に眩い光を放つ。

 

やがてその光は会場を包み込み、張り詰めていた野次馬たちから「おおっ……!」「つばめ先輩だ……!」と安堵のどよめきと熱が漏れ出した。

 

藤原書記が強引に「破壊」した空気を、子安つばめが見事にお祭りへと「軌道修正」したのだ。

 

「秀知院のみんな! 会長の分まで、パーッと明るく、ドーンと盛り上がる準備はできてるー!?」

 

「「「イエェェェーイ!!」」」

 

「それじゃあ、秀知院文化祭!奉心祭! スタートぉ!!」

 

子安先輩のハイテンションなコールを受け、藤原書記はいつの間にかグランドピアノに席を移し、得意のピアノを奏でる。

 

アップテンポかつクラシカルなジャズナンバーが、その場を盛り上げる。

 

ノリノリに手拍子を鳴らすもの、静かに身体でリズムに乗るもの、聴き入ってしまうもの…各々が開幕に相応しいオープニングを楽しんでいた。

 

藤原書記のピアノが弾き終わったタイミングで、ド派手なファンファーレを鳴り響く。

 

続いてクラッカーの連発。

 

度重なる演出の数々に、一気にお祭りムードへ。

 

生徒たちは一斉に歓声を上げ、お祭りらしい空気がギリギリのところで息を吹き返した。

 

しかし、アドリブが続いているとはいえ、こんな演出は予定にはないはずだが…。

 

そう思っている時、石上会計が放送委員のブースへ出向いている姿と、伊井野監査が文化祭実行委員と共にクラッカーを鳴らしていた。

 

なるほど、藤原書記のピアノの後は、二人が機転を効かした各委員に働きかけた演出だったのか。

 

これは、会場の空気を立て直すだけではなく、四宮副会長のフォローでもある。

 

僕は深くホッと胸を撫で下ろした。 さすが、現生徒会のオリジナルメンバーだ。選ばれた精鋭であることが、このアドリブ力に詰め込まれていた。

 

しかし、どれだけ空気を明るくしようとも、四宮副会長のあの恐ろしいスピーチのせいで、野次馬たちの心には「白銀御行=絶倫のクズ」という絶対的な公式が刻み込まれてしまったことには変わりない。

 

これをひっくり返すには、もはや僕の『自爆特攻』しかない。

 

僕は、いよいよ『反撃の狼煙』を上げるべく、生徒会のグループチャットを開いたのだった――。

 

 

 

***

 

 

 

〈 みんな、お疲れ様。素晴らしいフォローだった。午後からいよいよ作戦開始だよ〉

 

〈もぉぉぉぉぉ! さっきのスピーチ何ですかぁ!!?!? かぐやさん、マイクを通して会長を社会的に抹殺しに行きましたよ!? 死ぬかと思いましたよ〜〉

 

〈もはや奉心祭じゃなくて「除霊」か「お清め」の儀式になってましたね…。 会長、まだ病院ですよね? これ、聞かせちゃダメなやつです……泣泣泣〉

 

〈裏掲示板、今このスピーチの話題でサーバー落ちかけてます。「四宮様公式のクズ認定」「白銀御行、終了のお知らせ」ってスレが乱立してて、僕の削除申請が追いつきません。 ……というか、四宮先輩本人がバラしちゃったら、もう火消しなんて不可能っす〉

 

〈上澤くん!! 大丈夫ですか!? スピーチでのかぐやさんの「粘着質」な言い方、完全に金曜日のゆう(上澤くん)のこと恨んでましたよ!! 殺されます! 刺されます! 今すぐ逃げて!!  〉

 

〈逃げないよ。……むしろ、こっちから火の中に飛び込む。 作戦通り、退院した会長が2年A組(メイド喫茶・小町Angel)に来た瞬間、僕が仕掛ける〉

 

〈……例の、自爆特攻っすね。 本当にやるんですか? 上澤先輩の「消したい過去(素顔)」を、全校生徒に晒すことになるんですよ〉

 

〈望む所だよ。二人が仲違いしたままの生徒会なんて、みんなもうんざりでしょ? 元はと言えば、僕が月曜日に名乗り出なかった事も原因…〉

 

〈上澤先輩……。 いくら会長と四宮先輩のためとはいえ、そこまで……。 私、風紀委員として全力でサポートします! 先輩が変装……じゃなくて、素顔を晒した瞬間に『あれは上澤先輩だ!!』って全校生徒に認めさせるような空気、作ってみせますから!!〉

 

〈私も協力しますよぉ!! 「実は私、知ってたんですぅ〜! 上澤くんが可憐な女の子だってことぉ〜!」って言いふらして回ります!〉

 

〈藤原書記、それだと僕が「普段から女装してる変態」になるので、余計なことは言わないで。 作戦の肝は「土日の美女も全部上澤の役作りだった」と思わせること。 全部僕の「一人三役」のせいに書き換える〉

 

〈 ……無茶苦茶だ。 でも、今の「KANA」並みのオーラを出した上澤先輩なら、強引に納得させられるかもしれない。「あいつならそれくらいやりかねない」っていう「十歳で酸いも甘いも舐めてきた天才子役の影だった狂気」を演出しましょう〉

 

〈うん。四宮副会長の氷結を溶かせるのは、会長の言葉だけだ。 僕はそのための道を作る〉

 

〈了解ですっ!!( ̄^ ̄)ゞ〉

 

〈了解。 葬式会場を、最高の舞台(ステージ)に変えてやりましょう〉

 

〈了解です! 会長の汚名を雪ぎ、四宮先輩の心を溶かす……。やります! 生徒会、総力戦ですね!〉

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