かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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コンインノキズナ(3)

奉心祭開幕、初日。

 

僕たち2年A組の出し物であるメイド喫茶『小町Angel』は、学園中の噂の震源地となっている影響もあり、捌ききれないほどの客で溢れ返っていた。

 

「……上澤さん、ダージリンの追加。それと、5番テーブルのバッシング急いで」

 

「はいはい、分かってますって!」

 

バックヤードで僕に的確な指示を飛ばすのは、早坂愛だ。

 

彼女は今、学園での偽装形態である「金髪ギャル」のメイクのまま、クラスの出し物であるフリフリの『メイド服』を完璧に着こなしていた。

 

四宮家で本職のメイドをやっているだけあって、所作も着こなしも他の女子生徒とは完全に次元が違う。

 

そこへ、ガラリとバックヤードの扉が開いた。

 

「……早坂。人手が足りないからと急に呼び出されたのですが、一体どういうことですの?」

 

現れたのは、周囲の空気を凍りつかせるような絶対零度を纏った四宮副会長だった。

 

白銀会長への複雑な感情と、学園中の噂によるストレスで完全に感情を凍てつかせた彼女は、不機嫌そうに腕を組み、僕たちを一瞥した。

 

しかし、その冷たい視線が『メイド服姿の早坂愛』を捉えた瞬間。 四宮副会長の動きが、ピタリと止まった。

 

「…………」

 

「お待ちしておりました、かぐや様。さあ、こちらがエプロンとカチューシャです。すぐにつけてフロアに出てください」

 

早坂さんが、事務的な手つきでフリルのついたカチューシャを差し出す。 だが、四宮副会長はそれを受け取ろうとせず、信じられないものを見るような目で、メイド服姿の早坂と、その後ろにある『黒板』や『時間割表』を交互に見比べた。

 

「……早坂。貴女、学校で……lうちで着ているメイド服《その格好》は何ですの?」

 

「何って、クラスの出し物のメイド服ですが?」

 

「いや、そうではなくて。……家では見慣れていますけれど、『学校』という日常空間において、貴女が着ているという事実が……非日常感に溢れているのですが…第一、クラス用のメイド服は別に用意されているはずですわよね?」

 

氷の令嬢の、ひどく素直で切実な戸惑い。

 

(……分かる)と、僕は密かに頷いた。

 

四宮邸という豪華絢爛な洋館の中で見るメイド服は自然だが、蛍光灯に照らされた雑然とした『学校の教室』に、プロのオーラを纏ったメイド服の早坂さんが立っている。

 

その光景は、もはやコラージュ画像のような強烈な『非日常感(違和感)』を放っていたのだ。

 

「……それに、なんだか普段のメイド服よりも、スカートの丈が随分と短いのではありませんか? フリルも無駄に多いですし……見ていて非常に不純ですわ」

 

四宮副会長が、動揺を隠すように冷たい声で指摘する。

 

しかし、その言葉を聞いた早坂愛の口角が、限界まで吊り上がった。

 

「ひっ!?」 四宮副会長が、思わず小さな悲鳴を上げて後ずさる。

 

早坂さんは、完全に『悪魔の笑み』を浮かべていた。

 

普段は四宮家という絶対的な主従関係の下で、かぐや様から理不尽な命令や連日連夜のノロケ地獄(マウント)を浴びせられ続けてきた近侍。

 

しかし今、ここは『学校のクラスの出し物』という、早坂自身が完全に場を支配しているホームグラウンドである。

 

「……お可愛いこと。メイド服という非日常の装いに、少し怯えていらっしゃるのかしら?」

 

早坂さんは、あろうことか、ドヤ顔で言い放った。

 

きっと、いつもの鬱憤を晴らしたいに違いない。

 

「なっ……! 怯えてなどいませんわ!」

 

「では、証明してください。……さあ、かぐや様。あちらで列を作って並んでいる『豚(客)ども』を、貴方のその冷え切った絶対零度の瞳で、完膚なきまでに接客(罵倒)してさしあげなさい。それが今の貴女に与えられた『氷の女王』というコンセプトです」

 

早坂さんは、完全に主導権を握ったドSな笑みを浮かべ、四宮副会長の頭に強引にフリルのカチューシャを装着させた。

 

「な、なんですのこの屈辱は……! 私は四宮家の人間ですわよ! 誰が接客など……っ!」

 

早坂さんは煽るようにいつものギャルスマイルを作り、四宮副会長の背中を押す。

 

「あはは! かぐやちゃん、マジイミフー!ちょーおもろーい! さぁさぁ、行ってらっしゃいませ〜! 最高に冷たい接客を期待しちゃいますよー?」

 

非日常感を全身に受け、四宮副会長は終始早坂さんの掌の上だ。

 

「くっ……! 覚えていなさい、早坂!! あと、上澤さんも!」

 

「なんで僕も!?」

 

四宮副会長は、顔を真っ赤にして屈辱に震えながらも、最後は持ち前の完璧主義(プライド)を発揮し、絶対零度のオーラを纏ってフロアへと出撃していった。

 

「…早坂さん、楽しんでるでしょ?」

 

一部始終を見届け、飛んだとばっちりを受けた僕はじろりと早坂さんを見やるとすでに別の作業を始めていた。

 

「何言ってるしー? ふぅー、さてと」一息ついて首や肩をバキゴキ鳴らしてから早坂さんは、パソコン、タブレット、スマホの複数台のデバイスを両手で恐ろしい速度で操作しながら、冷徹な指示を飛ばす。

 

「フロアでは現在、絶賛「氷の令嬢」状態の四宮かぐやが、客に対してクレーム寸前の接客を繰り広げようとするはずです。 『……紅茶です。飲みなさい。……砂糖? 自分の不摂生を呪いながらストレートで飲み干すのがお似合いですわ』ってね」

 

早坂さんは、いつものように主君のモノマネを挟みながら、あながち笑えない状況をすでに推測していた。

 

本来なら学級崩壊レベルの大問題だが、早坂さんの手腕によって、この異常事態は『最高のエンターテインメント』へと変換されていた。

 

「……裏掲示板の第4スレッド、制圧完了。『四宮様のあの冷たい接客は、氷の女王というコンセプトカフェの演出だ』という情報を投下し、すでに学園中の野次馬アカウント150件に拡散・リツイートさせました」

 

早坂さんがキーを叩くたび、フロアの野次馬たちの反応が「こえぇ……」という恐怖から、「たまらん……!」「もっと罵ってくれ!」という大熱狂へと見事に書き換わっていく。

 

「す、すごいな早坂さん。完全にネットの世論を支配してる……」

 

「当然です。……それに、会長がもうすぐこの教室に到着しますからね。最高の『舞台(修羅場)』を整えておくのは、参謀の義務でしょう?」

 

早坂さんの瞳が、妖しく光る。 彼女は、四宮副会長を「人手が足りない」と唆して強引にシフトに入れ、さらに野次馬たちをこの教室へ誘導し、すべてを自分のコントロール下に置いていたのだ。

 

 

***

 

 

時には会場の下膳などの片付けを行い、時にはバックヤードで在庫管理の数値を爆速で処理する。仕事に没頭しながらも、僕は冷や汗が止まらなかった。

 

教室内は、もはや学園祭の出し物というレベルを超えた、異様な熱気と緊張感に包まれている。

 

それもそのはず、目の前で完璧な作法をもって『絶対零度の罵倒』を繰り出す四宮副会長と、それを『氷の女王コンセプトカフェ』という極上のエンターテインメントに仕立て上げた早坂さんのハッキングめいた世論誘導のせいだ。

 

そんな喧騒のなか、席に座る二人の紳士ーー細身のスーツ姿の男性と小太りでJと描かれたバンダナを巻いた男性客は、明らかに周囲の野次馬たちとは違う、重厚なオーラを放っていた。

 

……なんだ、あの人たちは。ただの保護者じゃない。一般客か?

 

謎のオーラに見惚れ、僕が戦慄している間にも、トレイを抱えた四宮副会長が、一切の温度を感じさせない瞳で彼に歩み寄る。

 

「お待たせしました。ご注文は?」

 

まるで待たせていることを詫びるつもりもない口調で、定型文を読み上げた。

 

トレイを抱え、絶対零度の冷気を纏って現れた彼女に対し、細身の男性は品書きを一瞥もせず、試すような視線で言い放つ。

 

「……コーヒーを2つ。ブラックで頂こうか」

 

「かしこまりました」

 

「いや、君ではダメだ。そこのお嬢さん。君に頼みたい」

 

そう言って細身の紳士は、早坂さんを指名した。

 

「は? 一体何をもってダメなのでしょうか?」

 

「すまないが味に対して妥協できないタチでね…。ここで飲める『秀知院珈琲』は宮内庁御用達…国賓にも出される最高級の豆を使用している」

 

稀に見る珈琲オタクのようだ。これは店の回転率が大幅に落ちるに違いない。

 

僕は、作戦に影響がないか心配になった。

 

僕の心境など知る由もなく、紳士の瞳がギロリと四宮副会長を捉えて続ける。

 

「君の淹れ方には、珈琲へのリスペクトが足りない…君もそう思わないかね?」

 

紳士に回答を求められた早坂さんは、淡々と答えた。

 

「はい。ゴミかクズのどちらかです。せっかくの豆が可哀想でなりません」

 

氷の無表情にヒビがはいる。

 

「ふむ、やはりわかっているね。彼女の珈琲の淹れ方は、まさにプロの所業。分量、スピード、湯で綺麗な弧を描く様。豆が喜ぶ淹れ方を知っているのだ」

 

「慧眼です。恐れ入ります」

 

なおも続く、その域に達したものだけがわかる領域のコアな話。

 

味方からの援護射撃をもらい、紳士は四宮副会長へとどめをさす。

 

「と、言うわけだ。よろしく頼むよ」

 

「かしこまりました。私の仕事をきちんと評価して頂けるならいくらでも」

 

一触即発の空気。すかさず異変を察知した僕は、冷や汗を拭いながら割って入ろうと前へ出る。

 

その瞬間、四宮副会長かぐやの眉がぴくりと動く。さすがの早坂さんも、今の彼女には行き過ぎた言葉であったかも知れないと思ったのだろうか、僕よりも早くフォローに入る。

 

「なーんて、あははー! お客様、ごめんなさーい! この子、ちょっと今日体調が悪くてぇ。……四宮さん、一旦バックヤードに行ってなよ。オーダーは私がチェンジで受け直すから」

 

四宮副会長は、早坂さんに宥めるように置かれた肩の手を冷たく振り払い、目の前の紳士を真っ向から見据える。

 

「……早坂、余計な真似を。誰がチェンジだと言いましたの?」

 

四宮副会長の声は、さらに一段階温度を下げ、教室内を凍てつかせる。

 

「……よろしいですわ、お客様。本物の『格』というものを教えて差し上げます。紅茶、あるいは抹茶であれば、貴方のこれまでの貧相な食体験を根底から覆す、究極の一級品を用意して差し上げますわ」

 

圧倒的な自負と、一切の妥協を許さないプロの気迫。

 

紳士は、その罵倒を浴びながらも、逆に愉快そうに口角を上げる。

 

「……ふむ。そこまで豪語するか。……面白い。君のその鋭すぎる『氷』が、茶葉の香りを殺すのか、あるいは高みに引き上げるのか、見極めさせてもらおう」

 

「しばしお待ちを」

 

準備の後、紳士の眼前へ、四宮副会長は音もなくカップを置いた。

 

「……お待たせいたしましたわ。ダージリンですわ」

 

その所作は非の打ち所がないほど美しい。だが、スッとカップに手を伸ばそうとした紳士に対し、追い打ちをかけるように冷徹な声が飛ぶ。

 

「……砂糖? 自分の不摂生を呪いながら、ストレートで飲み干すのがお似合いですわ」

 

周囲の野次馬たちはおろか、彼の連れである小太りの男性すら「ひえっ……格が違う……」と震え上がる。

 

しかし、その紳士は動じることなく、じっくりとその香り、色、温度を観察する。そして、琥珀色の液体をゆっくりと一口含む。

 

彼の目がゆっくりと目を細める。

 

「……ふむ。温度、蒸らし、茶葉の開き具合。所作に見合った見事な一杯だ。敬服に値する。先ほどは失礼したね」

 

「恐縮です」

 

さも当たり前の結果であると、氷の表情の中に圧倒的な余裕の表情を見せる四宮副会長に、紳士はズッ…と一口飲んだ後に続けた。

 

「……『氷の仮面』の裏に『本音』が見え隠れする。それは、弱さを鋭さで隠すかのような、ね?」

 

彼女の氷に気づいている。この紳士、ただものではない。

 

得体の知れないものに、心を見透かされたかのように、四宮副会長は一瞬目を見開いた。

 

「……あら。私の給仕に、何か不満でも? 私がここに立っているのは、貴方のような方の安っぽい感傷を満足させるためではありませんの。……四宮の紅茶を口にできた幸運を噛み締めながら、さっさとその不快な舌を湿らせてお帰りなさいな」

 

……キッツい。今の、コンセプトじゃなくて100%本音のトゲが入ってるよ……!

 

しかし、やはり彼も動じない。彼は静かに余韻を味わった後、独り言のように呟いた。

 

「……なるほど。確かにこの味は、凡百の茶会では決して出会えぬものだ。しかし、不思議だ。これほどまでに冷酷な言葉を吐きながら、この茶の中に淀みは一切ない。……君は、何を待っているのかな?」

 

その問いが、紳士の前を去ろうとする彼女の背中に突き刺さったようだった。

 

「……ごゆっくりおすごしください」

 

彼女はカタコトで定型文を告げ、その紳士から距離を置く。

 

だが、僕は見てしまった。トレイを握りしめる彼女の指先が、微かに、けれど激しく震えていたのを。

 

……待っている、か。そんなの決まってる。あの人が必死に隠している、一人の女の子としての『悲鳴』を聞いてくれる、世界でたった一人の男を待ってるんだ。

 

そこへ、ポケットの中のスマホが震えた。石上書記からのチャットだ。

 

『上澤先輩、会長を連れて教室前に到着しました。……正直、地獄です。野次馬が多すぎて、一歩進むごとに「絶倫クズ男」って野次が飛んでます。会長のメンタル、もう死にかけです。……行きますよ。』

 

僕は新調した眼鏡のツルを直し、早坂さんと視線を交わした。彼女が小さく頷く。

 

「……よし。やるか」

 

僕は、早坂さんへの敬礼を合図に、フロアの喧騒の隙間を縫って、観衆の視覚に死角を作る位置へと移動した。

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