かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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コンインノキズナ(4)

その連絡からまもなく、2年A組「メイド喫茶・小町Angel」のドアが開かれる。

 

病み上がりで青白い顔をした白銀会長が、石上に支えられるようにして入ってきた。 瞬間、店内の温度がさらに数度下がった。

 

「……あら」

 

四宮副会長が、トレイを胸に抱えたまま、ゆっくりと会長の前に歩み寄った。

 

「白銀さん。病み上がりの体で、わざわざ何の御用かしら? 貴方が連れ込んでいる『メイド』や『金髪の彼女』の元へ行かなくてよろしくて?」

 

周囲の野次馬たちが、スマホのレンズを一斉に向ける。 白銀会長は、四宮副会長の氷の視線に射抜かれ、今にも倒れそうなほど震えていた。……だが。 彼は一歩、踏み込んだ。 三白眼に宿る、最期の灯火のような鋭い光。

 

「あるいは、土曜日に痴話喧嘩をした彼女かーー」

 

「ーー四宮」

 

白銀会長は、四宮副会長の言葉を遮るように、掠れた声で、けれど教室内を制圧するような響きを持って言い放った。

 

「……四宮を、指名しに来た」

 

「……っ!!」

 

一瞬。 四宮副会長の氷の仮面が溶けた気がした。

 

『指名』という、喫茶店のシステムを利用した言葉。

 

けれどそれは、この状況下において「俺が選ぶのは、他の誰でもないお前だけだ」という、会長なりの不器用で、命懸けの愛の告白の一つでもあった。

 

先ほどの紳士の言葉も刺さっているのか、その頬が、赤く染まり、瞳には『氷』ではなく『乙女の戸惑い』が溢れ出す。

 

ーーあれだけ遠ざけた私の隣に、また来てくれたというのですか?

 

……僕の耳には、確実にその音が、その声が聞こえたような気がした。

 

それはまさに、氷の融解の音。

 

僕は、背中越しに確信した。

 

バックヤードで分厚い黒縁眼鏡に手をかけ、深呼吸。

 

封印していた『ゆう』のオーラを解放するスイッチを入れた。

 

 

 

***

 

 

 

上澤が眼鏡を外し、藤原千花の待つ控室へと姿を消したその瞬間。

 

教室内の空気は、逃げ場のない熱気と、白銀と四宮から放たれる圧倒的な緊張感によって飽和状態に達していた。

 

「……指名?」

 

かぐやは、トレイを固く握りしめたまま、白銀の三白眼を真っ向から見据えた。

 

周囲には息を呑む野次馬。注がれる無数のカメラレンズ。

 

その公共の面前で、彼女は静かに、けれどねっとりと問いかける。

 

「癒えぬお身体で、わざわざ私の給仕を望まれるとは。……貴方という方は、よほど『絆』という言葉を安売りなさるのがお好きなようですわね」

 

「……安売りなどしていない。俺がここに来た理由は、お前が一番よく分かっているはずだ、四宮」

 

白銀の声は掠れていた。

 

だが、その一歩は決して引かない。 かぐやはふっと、蔑むような笑みを口元に浮かべた。

 

「……分かりませんわ。あの日、あの夜。私たちが交わした……いいえ、貴方が強引に奪ったあの瞬間の記憶すら、翌日には別の女性へと上書きされる。……そんな方に、私が心を込めて、最良の一杯を淹れる価値など……一滴(ひとしずく)もありはしません」

 

かぐやの言葉は、まるで『不貞を働く夫』を突き放す妻のような重みを持って、白銀の胸に突き刺さる。

 

周囲の野次馬たちは「うわ、やっぱり修羅場だ」「四股確定じゃん……」とヒソヒソ声を漏らす。

 

「……俺は、誰にも上書きなんてしていない。俺が守りたかったのは、お前なんだ、四宮。お前を一番大切にしている……」

 

「……聞き飽きましたわ。貴方のその『優しさ』という名の言い訳には。……白銀御行。貴方のような方に、私が紅茶を淹れる価値はありません。……お引き取りください」

 

かぐやは、一寸の迷いもなく背を向けた。

 

その背中は、震えていた。 拒絶することでしか自分を守れない、あまりにも脆い少女の背中。

 

その瞬間、隣にいた早坂愛が、照明機材の前にいた2年A組の男子生徒の肩をポンと叩き、有無を言わさぬ圧をかけて指示を飛ばした。

 

「……はい、君! 今すぐ教室のメイン照明落として! 窓際のスポットライトだけオンにして、BGMは緊張感のあるクラシック(トラック3)へ切り替えて! 1秒たりともずらさないでね?」

 

「えっ!? あ、はいッ!!」

 

唐突な早坂の指示に、しかし逆らえない謎の凄みに気圧され、モブ男子は慌てて機材のスイッチを操作する。

 

パチン、と。 早坂の合図と寸分違わぬタイミングで、教室内の照明が落ちた。

 

ざわめく客席。そこに、絶妙な角度でスポットライトが差し込み、教室の入り口に立つ『圧倒的な美貌の少女ーゆう』を、まるで後光が差しているかのように神々しく照らし出したのだ。

 

「……アンタたち、いつまでその『不器用な恋愛ごっこ』を続けるつもり?」

 

鈴の音を転がしたような、けれどどこか棘がある、凛とした勝気な声がフロアに響く。

 

その立ち姿、視線の配り方、そして傲岸不遜なまでの自信に満ちた笑み。

 

それは紛れもなく、「十歳で酸いも甘いも舐め分けた天才子役」と謳われた、あの少女の模倣であった。

 

その第一声が、完璧な音響効果(BGMの静寂)と照明演出に乗って、教室中の視線と心臓を鷲掴みにした。

 

「き、金曜日のメイド!?」

 

その一言に会場が一層のざわめきに包まれる。

 

「待って……似てない? 今をときめく若手実力派女優の『KANA』にそっくりじゃない……!?」

 

「あ、本当だ! あの凛とした目元と、どこか影のある雰囲気……まるで『KANAの生き別れの姉妹』を見てるみたい……!!」

 

「よく見たらあのメイド服、A組の人と微妙に違う! KANA主演ドラマ『小町Angel〜メイドの殉教者』のものにそっくりだ!」

 

「マジで!? 完コピじゃん!?」

 

(わざわざ紹介ありがとう)と野次馬の言葉にゆうは心で礼をした後、かぐやへ目線を向ける。

 

やがて二人の目線が交差する。

 

周囲の野次馬は、白銀御行を巡る女性達ーー「大本命・四宮かぐや」と「噂の浮気相手・ゆう」の揃い踏みに固唾を飲んだ。

 

「噂の頂上決戦だ」と口にする者すらいた。

 

その言葉にあえて合わせるように、四宮副会長は氷の微笑でゆうを捉える。

 

スポットライトが彼女に向けられる。

 

「……おやおや、あなたが噂の『ゆう』さんでしたか…。貴女、自分が誰に口を利いているか分かっていまして?」

 

彼女にとって、この『ゆう』は白銀の不貞の証拠であり、自分の尊厳を汚した敵である。

 

かぐやの瞳は、絶対零度の冷徹さを取り戻し鋭くなる。

 

「……ふふっ。四宮家の令嬢さん、随分と勇ましいこと。大方の話は御行から聴かせてもらったわ」

 

その眼光に怯むことなく、ゆうは続ける。

 

「今のアンタは主役の座(会長の隣)に座る勇気もなくて、客席で震えてるだけの『大根役者よ』」

 

かぐやもまた、ゆうの言葉を物ともせず、すまし顔で受け流す。

 

「……会長が死に物狂いで秘匿し、あまつさえ『婚姻(こんいん)の絆』などという(おぞ)ましい言葉で誓い合ったお相手が、まさかこれほどまでに品位の欠片もない、『顔だけはお綺麗な偽物』だったとは……驚きを禁じ得ませんわ」

 

かぐやの瞳は絶対零度の冷徹さを通り越し、どろどろとした嫉妬と侮蔑が混ざり合った、暗い光を宿す。

 

「あなたの立てた噂のせいで、どれほど四宮の尊厳を汚し、会長を過労で倒れるまで追い込み、秀知院生徒会を侮辱したか…。その罪、本来であれば万死ですら生温いですわ。あなたのような卑しい存在を罰することに、私の貴重な時間を使うことすら、今は不快でなりませんの」

 

かぐやは一歩、ゆうに歩み寄り、吐息がかかるほどの至近距離で、毒を孕んだ笑みを浮かべました。

 

「……あなたがそこまでして手に入れたかった『婚姻』の余韻、せいぜいこのお祭りの隅っこで、存分に謳歌してくることですわ。さっさとその浅ましい足取りで、そこの不貞者を連れて、学園祭を楽しんでいらっしゃいな」

 

ゴミを見るようなかぐやの視線が、教室内の温度を数度下げるように、ゆうと白銀を冷徹に突き放す。

 

しかし、逃げ出すどころか、氷の令嬢をあざ笑うような傲岸不遜な笑みを浮かべた。

 

再びスポットライトが「ゆう」を照らす。

 

「『コンインノキズナ』ね…。アンタの金よりも重いプライドに配慮して教えてあげる」

 

ゆうは、そっとかぐやの耳元で囁いた。

 

「…っ」

 

真相を聞いたかぐやは目を見開き、言葉にならない声が漏れる。

 

「…… アンタたちの絆は、その程度の『聞き間違い』に負けるほど安いものだったわけ? お可愛いこと」

 

ゆうは、目の前に相対する氷の女神の、冷酷な笑みを完璧にトレースして言い放った。

 

しかし、氷のプライドを纏ったかぐやの心には届かない。

 

「あらそう…。それはとんだ失礼をおかけしましたわね。でも、その『コンインノキズナ』とやらを誓った夜があった事実は変わりありませんわよね?」

 

「今のアンタならそう言うと思ったわ。そこは後でわかるように丁寧に教えてあげる。……でも、そうやって『強がって』いられるのも今のうちよ?」

 

「強がる? この私が? お生憎様。四宮の人間たるもの、常に他者よりも強く生きる宿命にありますの。弱さを見せる三流なことは致しません…。あなたのように、会長に守護られているだけの小娘とはーー」

 

かぐやが言い切る前に、ゆうは言葉を被せて感情を揺さぶるする。

 

「ふーん。じゃあアンタが散々突き放している『弱さを見せられない御行』と一緒ってことよね?」

 

「なっ…!?」

 

ここで初めてかぐやの顔に明確な表情の歪みが見えた。

 

その怒りは、単に無礼を働かれたことへの憤りではない。

 

彼女は白銀に『弱さを見せてほしい』と願いながら、自分が最も白銀と同じように『弱さ』を『強がり』で塗りつぶして生きてきたことを、他ならぬ『偽物(ゆう)』に突きつけられたのだ。

 

「あなた、これ以上は言葉を慎んだ方が身のためですわよ?」

 

氷の威光に怯むことなく、ゆうは強気の姿勢を崩さなかった。

 

「アンタのその氷のような態度…『強がり』以外にあるわけ?」

 

「黙りなさい……! あなたのような『KANAの顔(本物の威光)を利用する偽物』に、四宮の孤独が理解できて……!」

 

かぐやの声は、自分自身に言い聞かせるように鋭く、冷たい。

 

しかし、トレイを握るその指先は、隠しようもなく激しく震えていた。

 

ゆうは一歩踏み込み、かぐやを射抜くような鋭い視線を向けて言い放つ。

 

「わかるわけないじゃない。あたしはあたし。アンタはアンタ」

 

その瞳に宿るのは、かつて「天才子役の影」として大人の顔色を窺い、「究極の嘘」を作り続けていた者特有の、真実を見透かす狂気だ。

 

「……っ!」

 

「……でもね、四宮さん。『孤独』なんて立派な名前をつけて自分の殻に閉じこもってるのは、単なる逃げよ?」

 

驚愕に目を見開くかぐやに対し、ゆうは彼女の耳元へ顔を寄せた。

 

「アンタが本当に欲しいのは、四宮の尊厳なんていう重たい看板じゃなくて、そこにいる『とんでもないお人好し』が差し伸べる手じゃないの?」

 

やがてゆうは、切ない瞳をかぐやへと向ける。

 

その瞳は、かつての自分と同じように『完璧』という呪いに縛られ、『今の私を受け入れてほしい』というと怯える少女を、痛切なまでの慈愛で見つめていた。

 

「私と勝負しなさい、四宮かぐや。どちらがあのお人好しの隣にふさわしいか」

 

唐突な提案に、かぐやは嘲笑する。

 

「バカバカしい。くだらない冗談もいい加減になさい。あなたと話すことも、そこの不貞者と話すこともありません。さっさと仲良くーー」

 

再び被せるようにゆうの言葉が遮り、渾身の煽りを見せつける。

 

「ーー逃げるのかしら? 四宮の令嬢とあろうアンタが。それとも、あたしに負けて本当に御行を取られちゃうのが嫌なのかしら?」

 

見え透いた挑発。しかし、プライドの高いかぐやが、それを流すわけがなかった。

 

「……よくってよ。その挑戦、四宮の誇りに懸けて受けて立ちますわ」

 

かぐやの宣言により、2年A組メイド喫茶の空気は一変した。

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