かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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コンインノキズナ(5)

周囲の野次馬たちは、白銀御行を巡る「大本命・四宮かぐや」と「不貞の相手(疑惑)・ゆう」との「噂の頂上決戦」の行方を見守っていた。

 

早坂はさっとした身のこなしで、椅子を引き白銀を案内した。

 

「ルールは単純よ。このメイド喫茶のメニューである『紅茶』。これを淹れて、どちらがあの『お人好し』の心をより強く動かしたか……『リアクション』の大きさで決めるわ。 ついでに、この周囲にいるオーディエンスの喝采も加点対象。審査員は……もちろん、御行。アンタよ」

 

急に審判を任された白銀は狼狽えるが、ゆうの鋭い視線に射抜かれ、言葉を失う。

 

ゆうは、かぐやを挑発するように、わざとらしく白銀の隣に立った。

 

「ねえ、御行。よく見ておきなさい。アンタが信じてもらいたくて、アンタが変えたと思っていた四宮かぐやの『本当の姿』を。技術とプライドという鎧に逃げるだけの、冷たい人形だってことをね」

 

その言葉は、かぐやの心に深く突き刺さる。

 

しかし、彼女は動揺を見せるどころか、絶対零度の冷徹さをさらに研ぎ澄ませた。

 

「ゆうさん、あなたさっきおっしゃいましたわよね。私とこの不貞者が同じ……と。 ふふっ、笑わせないで。私の純度を、そのような安い感傷で汚さないで頂戴」

 

早坂はかぐやとゆうの前に、新しいティーセットを準備する。

 

かぐやの手元では、沸騰したての熱湯が銀のポットから注がれ、茶葉が鮮やかにジャンピングを始める。

 

「不貞者」と蔑む白銀に対し、軽蔑と、それ以上に深い「なぜ私に素顔を見せてくれないの」という悲痛な叫びを、完璧な所作の裏に隠していた。

 

彼女の指先はミリ単位の狂いもなく動き始める。その指先は、激情に震えながらも、あまりに完璧で見る者を圧倒する美しさがある。

 

対するゆうは、かぐやとは対照的に、どこか家庭的で、それでいて型破りな方法で紅茶を淹れ始める。

 

「アンタの紅茶は完璧すぎて『隙』がないのよ、四宮さん。あいつが本当に求めているのは、完璧な令嬢が淹れる黄金の一杯じゃない。……もっと泥臭くて、『アンタの体温』が伝わるような、不器用な温もりなのよ」

 

「黙りなさい。私が求めているのは、そんな安い感傷ではありません。私が白銀さんに……会長に相応しい男であれと願うのは、私がそれ以上の覚悟を持って、この四宮の誇りを懸けて向き合っているからーー」

 

氷の中に隠す激情に揺れながらもその所作は、先ほど紳士に見せたものと何一つ変わらなかった。

 

「ーーあなたたちのその濁った『コンインノキズナ』などという下賎な契約と一緒にしないでくださる?」

 

かぐやは、一点の曇りもない琥珀色の液体をカップに注ぎきり、音もなく白銀の目の前に差し出した。

 

紅茶を啜る紳士は、スポットライトが当たる彼女を見やり、静かに頷いた。

 

「……さぁ、白金御行。飲みなさい。これが、私が貴方に差し上げる最後の一片(答え)ですわ」

 

かぐやに遅れながらも、ゆうも白銀の目の前に紅茶を置く。

 

「選びなさい、御行。アンタが隣に置きたいのは、自分を拒絶し続ける『完璧な氷』か、それともアンタの弱さを知っている『偽物の私』か。『コンインノキズナ』の答え合わせよ!」

 

ギャラリーの注目が集まる中、二つのカップが白銀の前に差し出された。

 

一つは、最高級の香りと透明度を誇る、四宮かぐやの「氷の芸術」。

 

もう一つは、どこか懐かしく、飲む者を包み込むような温かさを放つ、ゆうの「誘惑の一杯」。

 

かぐやは無言で、しかしその瞳には、白銀の反応を恐れる「弱さ」と、激しい嫉妬が揺らめいていた。

 

差し出された二杯の紅茶。白銀は、震える手で、まずはゆうの一杯を口にする。

 

周囲の野次馬たちは、「不貞の証拠」とされるその一杯を、白銀がどう受け止めるのか見守った。

 

ゆうの淹れた紅茶は、四宮かぐやの完璧な黄金色とは異なり、わずかに色が濃く、どこか無作法な力強さを湛えていた。

 

白銀がそれを口に含んだ瞬間、喉の奥から熱い塊が込み上げてくるのを感じた。

 

白銀の鋭い三白眼が、微かに潤む。

 

「……っ、これは」

 

白銀の口から、感嘆とも吐息ともつかない声が漏れる。

 

白銀は、潤んだ瞳でゆうを見据え、一言だけ絞り出すように呟いた。

 

「……ゆう。ありがとな」

 

白銀が見せたその表情は、四宮かぐやという『本物の天才』の前では決して晒すことのできなかった、防衛本能を完全に解除した一人の少年の顔だった。

 

その瞳には、『氷の仮面』の下にある彼女の素顔を、今度こそこの腕で抱きしめるという、不退転の覚悟が宿っていた

 

周囲の野次馬が息を呑む中、彼はゆっくりとその琥珀色の液体を口に含む。

 

白銀の三白眼が、大きく見開かれる。

 

喉を通る、温かくて、深い慈愛に満ちた味。

 

そこには『裏切り』も『憎しみ』も『嫉妬』も、一滴すら混じっていなかった。

 

彼の三白眼が、春の陽だまりのような温かい光に包まれる。

 

「……うまいよ、四宮。やっぱりお前は、何も変わっちゃいないんだな」

 

「……っ!?」

 

驚愕に見開かれるかぐやの瞳。

 

白銀は、愛おしそうに彼女を見つめ、静かに、けれど教室内全てに届く声で語りかける。

 

「お前がどんなに氷の仮面を被っても、どんなに俺を拒絶する言葉を吐いても……俺にはわかる。この一杯は、最高に優しくて不器用な『四宮かぐや』が詰まっている。……それだけで、俺には十分だ」

 

その言葉は、一週間続いた「ありもしない(うそ)」という呪縛を解き放つ、最高の合図(キュー)となった。

 

白銀の囁くような愛の告白に、かぐやは言葉を失い、顔を耳まで真っ赤に染めて立ち尽くした。

 

彼を睨みつける瞳に、鋭さはすでに消え失せた。彼女が、彼に対して言い放った「強がり」そのものだった。

 

白銀は、懐から大切に保管されていた小さな包みを取り出した。

 

「……受け取ってくれ、四宮」

 

その声は微かに震えていながらも、『強がり』で身を固めた彼女に真っ直ぐとぶつけた。

 

病み上がりの青白い顔、目の下に刻まれた深いクマ、そして完璧な回答を用意できない自分への歯痒さ。

 

かつての白銀であれば、自らの不甲斐なさを隠し、もっとスマートで完璧な「理想の王子様」を演じようとしただろう。

 

「……会長」

 

かぐやの瞳に、絶対零度の「氷」ではなく、困惑と熱い情愛が入り混じった光が宿る。

 

「今の俺には、これが精一杯で申し訳ないがな……」

 

それは、彼がこれまでひた隠しにしてきた『弱さ』そのものだった。

 

四宮かぐやという本物の天才の隣に立つために、睡眠を削り、カフェインを齧り、必死に背伸びを続けてきた凡人の、精一杯の背伸び。

 

自身の完璧さを誇示することよりも、目の前で傷つき、自分を試すような残酷なテストを繰り返していた『一人の女の子』の気持ちに寄り添うこと。

 

白銀は、自分を「完璧な偶像」から「泥臭く足掻く男」へと引きずり下ろすことで、かぐやの孤独を抱きしめようとしたのだ。

 

かぐやの細い指先が、白銀の手から受け取る。

 

「今すぐ開けてくれ。それは、この場で語れる、俺の気持ち(素顔)だ」

 

周囲の誰もが、この流れ、この展開で思い浮かべるのは一つ。

 

奉心祭の伝説――「ハートを贈ることは、永遠の愛の誓い」であることだった。

 

ーーしかし。

 

かぐやはが小包みを広げ顔を覗かせたのは、何の変哲のないハンカチだった。

 

周囲は期待を砕かれ、「えー、ハートじゃないの?」「公開告白だと思ったのに」と、この場面にふさわしくない展開に、興醒めするものもいた。

 

だが受け取ったかぐやだけは、そのハンカチに込められた意図に気づいていた。

 

彼女は、胸が締め付けられるような想いに駆られた。

 

自分と同じように目の前の彼は、臆病で、不器用で、けれど『お前が欲しい』と、初めて弱さを晒してくれた。

 

氷の女帝を体現していた四宮かぐやの表情が、みるみるうちに溶けていく。

 

二人の天才が、仮面(ペルソナ)の定義を巡り、『コンインノキズナ』という言葉に遊ばれ、やがて互いに見せた一面という名の素顔。

 

互いを認め合ったその瞬間、一週間続いた「ありもしない(うそ)」は、二度と解けることのない『真実の絆』へと上書きされたのである。

 

そこへ、隣のテーブルで静かに茶を嗜んでいた先ほどの紳士が、静かに語りかけた。

 

「……なるほど、君だったのか」

 

客席の視線が、一斉に彼に集まる。

 

「これは、実に見事な一杯だった。そして、この乙女が淹れた紅茶には、憎しみなど一滴も混じっていない。あるのは、相手を想うひたむきな情愛だけ。……これはまさしくーー『恋の味』だ」

 

彼の紡ぐ言葉の数々が、恋の観測者としての『公認』として決定打となり、野次馬たちはその雰囲気に呑まれていく。

 

「え、じゃああの噂って……」

 

「結局、この二人のただの痴話喧嘩だったの!?」

 

「なにこのエモい展開……!」

 

教室中が祝福の空気へと一変していく。

 

「これほどの一杯を捧げられるこの男を、私は心の底から羨ましいと思うよ。青春を楽し見たまえ」

 

笑みを浮かべながら、一人の紳士が会計を済まて、祝福ムードの教室を後にした。

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