かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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コンインノキズナ(6)

教室中に広まる『恋の味』の余韻。

 

目の前で、弱さすら強さに変えた不器用な努力の帝王が、氷の姫の心の融解を果たした。

 

その光景を眼前で見守っていたゆうは、静かに告げる。

 

「……勝負あったようね。私は負け戦には興味ないの。せいぜい二人一緒に幸せに過ごしなさい」

 

だが、まだ野次馬たちのスマホのレンズは下がっていない。

 

彼らはまだ、心のどこかで「でも金曜のメイドは? 土日の女は?」という疑念を捨てきれずにいた。

 

そこへ、圧倒的なオーラを放つゆうが、パチンと指を鳴らした。スゥッと息を吐き、続けた。

 

「――皆さん、お疲れ様。……そして、ごめんなさいね。随分と長くお待たせしてしまったかしら?」

 

彼女は優雅に会釈をし、驚く観衆に向けて、いたずらっぽく微笑んだ。

 

「白銀会長が『四股』? 『お持ち帰り』? ……ふふ、秀知院の皆さんは、意外と想像力が豊かよね。……残念ながら、そんなドラマチックな事件は起きていないわよ?」

 

「な、なんだって……!?」

 

「じゃあ、あの目撃情報は全部嘘だったのかよ!?」

 

どよめく教室。そこで『ゆう』は、一瞬で「顔」を変えた。 背筋を丸め、上目遣いで、どこか儚げな――あの金曜日の『メイド』の表情に。

 

「『……あ、雨が降ってきたので、雨宿りをさせてください』」

 

「えっ……金曜のメイド!?」

 

さらに、彼はぷくっと頬を膨らませ、地団駄を踏む――土曜日の『妹(圭ちゃん)』のような反抗期少女の仕草を見せた。

 

「『……もう! お兄ちゃんのバカ! 私のプリン食べたでしょ!』」

 

間髪入れず、彼は髪をかき上げ、腰をくねらせ、挑発的な――あの日曜日の『スミシー(ギャル)』のポーズを決める。

 

「『……白銀くん、昨日のお礼に来てあげたよ?』」

 

「げぇっ!! 日曜の金髪美女まで完璧だ!!」

 

「な……なんだこれ……一人で全部やってる……!?」

 

答え合わせを終えて豆鉄砲をくらっているギャラリー。

 

「ーーはーい! 皆さん、注目ですぅーーー!!」

 

聞き覚えのある、これ以上なく場違いで陽気な声と共に、控室のドアが勢いよく開く。

 

飛び出してきたのは、満面の笑みを浮かべた藤原千花!

 

彼女の両手には、これでもかと派手な装飾が施された『ドッキリ大成功☆』の特大プレートが掲げられていた。

 

「テヘペロです! 奉心祭特別企画『白銀会長・密着24時(フィクション)』、これにて全撮影終了(クランクアップ)ですよぉーー!!」

 

「……お騒がせしました。実はこれ、僕と会長、そして一部の実行委員で仕組んだ、奉心祭の『サプライズ・パフォーマンス企画』だったんです。……ゆうの復帰作として、どれだけ皆さんが『嘘の噂』に踊らされるかの社会実験……。題して、『新奉心祭伝説・コンインノキズナ:白銀会長の週末』!!」

 

「「「え、ええええええええええええええええ!!!」」」

 

教室内が『ゆう』の圧倒的な演技力と、あの若手女優『KANA』を彷彿とさせるオーラに圧倒されていた。

 

その瞬間ーー上澤有智は、早坂から受け取った眼鏡をかけ直し、髪の毛をボサボサに崩して、いつもの『冴えない一般生徒(モブ)』のような顔に戻って深々と頭を下げた。

 

「……え、えええええ!!?!? ド、ドッキリぃ!?」

 

「撮影!? 今の、全部お芝居だったのかよ!?」

 

呆然とする観衆の前に、タブレットを片手にした石上会計が、これ以上なく「仕事に疲れたスタッフ」のような顔で歩み寄る。

 

「……ふぅ。お疲れ様です、上澤先輩。あ、野次馬の皆さん。さっきまで裏掲示板で流れてた噂、全部僕がドッキリの『バイラルマーケティング(宣伝)』として流したダミー情報っす。……あー、ログの削除と拡散の調整、マジで死ぬほど大変だった……。もう二度とやりませんよ、こんな無茶な企画」

 

石上の「あまりにもリアルな愚痴」が、ドッキリの信憑性を一気に跳ね上げる。そこへ、腕章を正した伊井野監査が、風紀委員としての威厳を纏って続ける。

 

「白銀会長の『不潔な噂』を信じさせてしまった事、言論統制に近い形で行き過ぎた風紀を取りしまった事、風紀委員としてお詫びします。……ですが、これはあくまで学園の公式行事の一環として、会長が自ら泥を被って、上澤先輩の……いえ、天才子役KANAの影『有澤ゆう』の復帰を華々しく演出するための高度なプロットだったんです。……会長、上澤先輩、お見事でした」

 

彼女は至って真面目な取り組みであるというような表情で、その場の雰囲気を固め、最もらしい説得力を生んだ。

 

「な、なんだよ……会長、自分を犠牲にしてまで、仲間のために一世一代の芝居を打ってたのかよ……!」

 

「すげえよ……カッコよすぎるだろ、白銀会長!!」

 

「……そういう、ことでしたのね、会長」

 

四宮副会長は、ドッキリのプレートを掲げて踊る藤原先輩と、ボロボロになりながらも「やり切った」顔をしている白銀会長を交互に見つめる。

 

その瞳からは、先ほどまでの氷のような殺意は消え、代わりに、あまりにも愛おしいものを見るような、蕩(とろ)けるような情愛が溢れ出していたように見えた。

 

「私にまで隠し事をして、こんな大掛かりなことを。……本当に、貴方という方は、どこまでも……お可愛い方」

 

「……ああ、驚かせて悪かったな。……気張った甲斐があったよ、四宮」

 

周囲は「ヒューヒュー!」と冷やかしの嵐。

 

もはや、四股の疑惑などどこへやら。

 

そこにあるのは、以前の噂通りの『学園一の理想のビッグカップル』の姿だけだった。

 

ゆうは歓声を背中で感じながら裏へ引き返す。

 

そして、早坂と共に、静かに、けれどしっかりと『勝利の握手』を交わす。

 

「……上澤さん。いえ、今は有澤ゆうさんですね。あなたの『KANA』並みのオーラ、あそこまでとは思いませんでしたよ」

 

「……ありがとう。でも、もう二度とやらないけどね……あー。マジで、重曹の味がする……」

 

眼鏡のツルを押し上げ、上澤はいつもの仮面を付け直した。

 

 

 

***

 

 

 

早坂さん、自販機で買った冷えた缶コーヒーを頬に当て、ふっと息を吐いた。

 

二人の下では、今も学園中の生徒たちの歓声が響いている。

 

それは、つい数時間前まで「絶倫クズ男」と蔑まれていた白銀御行が、一転して「仲間のために泥を被った最高にクールな会長」として復活したことへの称賛でもあった。

 

「……2日目の挨拶、相当気合入ってたね」

 

僕は苦笑まじりに振り返る。

 

奉心祭2日目。前日の四宮副会長による、「堕落したカリスマ」という呪いの演説を上書きするため、退院直後の白銀会長がマイクを握った。

 

『――昨日の四宮副会長の言葉は、俺たち生徒会の団結を試すための『演出』だ! ……『金曜日のメイド』と噂された上澤(あいつ)と俺を繋いでいるのは、決して不潔なものではない。同じ場所から這い上がってきた仲間としての、外部入学生同志の絆ーー混院の絆だ!』

 

白銀会長は、堂々と一文字の狂いもなく「混院(外部入学)」という言葉を使い、全校生徒の前で自らの正当性を証明した。

 

それを受け、四宮副会長もまた、全校生徒が見守る中で「……前日の不穏な発言は、奉心祭を盛り上げるための過剰なミザンセーヌ(演出)でしたわ」と、氷のような微笑を湛えながらも、その瞳には白銀への深い謝罪と情愛を滲ませて訂正したのだ。

 

「……あのお二人の『公開デート』、見てるこっちが恥ずかしくなりましたよ」

 

早坂さんが呆れたように言う。

 

氷というわだかまりが解けた二人は、2日目の午後、誰に憚ることなく学園内を連れ立って歩いた。

 

公衆の面前では、白銀会長は「完璧な会長」を、かぐやは「氷の姫」を演じることを止めはしなかったが、その距離感は、昨日までの絶望的な断絶が嘘のように甘く、密やかなものになっていた。

 

「……石上会計の方も、なんとか形にはなったみたいだしね」

 

「ええ。あなたが『ゆう』として、石上くんのドラマチックな妄想に付き合ってあげたおかげで、彼は子安先輩の前で『自分は真実を知るスタッフだった』と胸を張ることができましたから」

 

石上会計と子安先輩の文化祭デート。

 

石上会計は、自分が会長を陥れる噂の拡散源になってしまったという罪悪感から救われ、僕という「戦友」の勇気ある自爆を目の当たりにしたことで、ほんの少しだけ、前を向く勇気を得たようだった。

 

「……でも、早坂さん。結局、僕の『有澤ゆう』としての過去、学園中に知れ渡っちゃったよね」

 

僕は眼鏡に手をかけ、自嘲気味に笑う。

 

それは、白銀と四宮の愛の成就のために、本来なら隠し通すべき上澤有智のペルソナが、公衆の面前で完全に剥ぎ取られたことだ。

 

無論、後悔はない。だが、このお祭り騒ぎが落ち着いた時、再び学園生活が平時に戻った日、僕は奇異の目に晒されるかも知れない一抹の不安があった。

 

「あー、それなら大丈夫そうですよ?」

 

「えっ?」

 

「うん、まぁ、そのうちわかりますよ」

 

なぜだろう、嫌な予感がする。いや、大丈夫ならいいんだけど、根拠が全くない。

 

僕はスマホを握り裏掲示板を開こうとする。

 

しかし、早坂さんの言葉にその手を止めた。

 

「さて、 あとはこの最高の空気の中で、二人が時計台へと向かう背中を見送るだけですよ」

 

彼女の言う通りだ。

 

ドアの向こうでは、きっと今、一週間越しの『リベンジ』が行われているはずだ。

 

あの金曜日の続き。

 

二人の天才が、お互いのペルソナを受け入れ、一人の男と女として向き合う、最高の「舞台」。

 

本番は今日、今ここだ。

 

僕はあえて、ドアを開けようとはしなかった。

 

自分の役目は、この聖域を守ること。そして、あの二人が「日常」に戻ってきたときに、笑って出迎えることだ。

 

僕はポケットから、白銀会長から託された『遠隔操作用アプリ』を取り出し、その赤い起動スイッチに親指を添えた。

 

ふと見上げた夜空に、奉心祭を締めくくる無数の『ハートの風船』が舞い上がったのだ。

 

月明かりと街灯に照らされた無数のハートが、二人の天才がいる時計台の空を、まるで映画のワンシーンのようにドラマチックに彩っていく。 奉心祭の言い伝え。ハートを贈ることは、永遠の愛の誓い。

 

会長の不器用な愛と、僕の裏方としての演出が完璧に噛み合った瞬間だった。

 

「……行きましたね、早坂さん」

 

「ええ。……最高の仕事でしたよ、上澤さん」

 

早坂さんの珍しく素直な称賛の言葉に、僕は眼鏡をグッと押し上げた。

 

視界の端に、屋上のフェンス越しに重なり合う、小さな二人の影が見えた気がした。

 

僕は口の中に残る、最後のタブレットを飲み込んだ。

 

「最高のハッピーエンドをありがとう」

 

奉心祭、閉幕。

 

僕の『推し活』という名の参謀任務は、これ以上ないほどの『奇跡』を連れて、静かに幕を下ろしたのだった

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