かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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エピローグ

奉心祭のドッキリ騒動の事後処理という名の書類の山が、ついに底を突いた。

 

最後の決裁書類にハンコが押されるのを見届け、僕はキーボードを叩く手を止めて深く息を吐き出した。

 

「……これで、僕の『臨時総務』としての仕事はすべて完了です」

 

僕は、対面のデスクに座る四宮副会長に向けて頭を下げた。

 

「同時に、四宮副会長との『参謀契約』も、これにて一時終了ということでよろしいですか?」

 

「ええ。お疲れ様でした、上澤さん」

 

氷の仮面を溶かし、本来の……いや、以前よりもずっと柔らかい雰囲気を纏った四宮副会長は、静かに頷いた。

 

奉心祭後、彼女の髪に結われた白いシルクのリボンには、うっすら水玉模様があしらわれている。

 

「あなたの実家のlジャガイモ畑《上澤農園》への物流ルートと融資の件と、お母様のキャリアの件は、私が責任を持って四宮家に手配させます。……本当に、よくやってくれましたわ」

 

そう言うと、彼女の白い両手には、アンティークのティーカップが乗ったソーサーが握られていた。

 

「あの日のお詫びと、感謝のしるしですわ。……どうぞ」

 

僕のデスクにそっと置かれたカップからは、心が解けるようなダージリンの極上の香りが漂ってきた。

 

「私たちのクラスで出した高級茶葉です。味は保証しますわ」

 

僕が戸惑っていると、四宮さんは伏し目がちに、本当に申し訳なさそうに囁いた。

 

「……上澤さん。あの時、私はひどい言葉を投げつけました。噂により膨れ上がった不安で、歯止めが効かなかった……。ごめんなさい。けれど、まさかあなたが、本当にご自分の『消したい過去』を捧げてまで、私たちを救ってくれるだなんて…」

 

僕は小さく首を横に振った。

 

「気にしないでよ。参謀として引き受けたのは僕だからね」

 

僕が照れ隠しにそう言うと、四宮副会長は少しだけ目元を緩め、ふっと優しい微笑みを浮かべた。

 

「……上澤さん。ありがとう」

 

彼女は、僕の分厚いダサい眼鏡と、目元を隠す重い前髪を、真っ直ぐに見つめた。

 

「あなたのその顔は、もう『忌まわしい過去(呪い)』なんかではありませんわ。……私と会長を繋ぎ止めてくれた、誇るべき『恩人』の顔です。だから……もう、この生徒会室の中くらいでは、そんなに必死に隠さなくてもよろしくてよ? お分かりの通り、あなたを好奇の目で見る者はいませんわ」

 

それは、不器用で、プライドが高くて、けれど誰よりも深い愛情を持った彼女なりの『あなたの過去も含めて、すべて肯定する』という最大限の優しさだった。

 

僕は、目頭が熱くなるのを必死に堪えながら、カップに口をつけた。

 

喉を通っていく温かい紅茶。

 

不思議なことに、この生徒会室に入ってからずっと口の中にこびりついていた、あの苦くて不快な『重曹の味』は一切しなかった。

 

「美味しい…。なるほど、これが『恋の味』か…」

 

さりげなく呟いたその一言に、四宮副会長は頬を赤らめた。

 

「…もぉ! からかわないでくださいっ!」

 

「ふふっ、四宮副会長、顔が赤いですよ」

 

僕が心からの笑顔でそう答えた、

 

彼女が淹れてくれた、そんな『恋の味がする紅茶』が身体を満たしていく。

 

きっかけはこのお嬢様のとんでもない提案という名の策略だったが、僕はこの手で推しの子カップルを作り上げた自負感と達成感に満たされていた。

 

これまでの苦難が蘇るけれど、それ以上に今は充実感と多幸感でいっぱいだった。

 

そしてーー

 

「あーもうっ! だから石上はデリカシーがないんだからっ!」

 

「うるせえな、伊井野の頭が固すぎるだけだろ」

 

「はいはい、二人とも! お茶を入れますからねー! 今日は特製のお団子もありますよぉ!」

 

バンッ!と勢いよく扉が開き、買い出しに行っていた藤原書記、石上会計、伊井野監査の三人が、いつものように騒がしく生徒会室に入ってきた。

 

「ちょっと藤原先輩、勝手に僕の買ってきた団子を開けないでくださいよ!」

 

「風紀委員として、買い食いの証拠は押収します!」

 

「お団子は平和の象徴ですぅー!」

 

ギャーギャーと騒ぎ立てる三人の声で、生徒会室の静寂は一瞬にして吹き飛んだ。

 

そこへ 「……おっ、みんな揃ってるな」 と、僕に視線を送り、少しだけ照れくさそうに首の後ろを掻きながら、白銀会長が生徒会室に入ってきた。

 

病院のベッドで青ざめていた時のようなボロボロの顔ではない。

 

ぐっすり眠ってカフェインがほどよく抜けた、変なポジティブさもなく、いつもの三白眼がそこにあった。

 

「会長!」 「お疲れ様です、会長!」

 

全員の視線が会長に集まる。

 

白銀会長は、生徒会メンバーの顔を一人一人見渡し、やがて、その視線を隣に立つ四宮副会長へと向けた。

 

どこか吹っ切れたような、清々しい笑顔を浮かべる。

 

「……今回の奉心祭、本当にお疲れだったな。色々と……いや、本当に色々と迷惑をかけたが、お前たちがいてくれてよかった。ありがとう」

 

「もー、水臭いですよ、会長!」

 

「そうっすよ。次倒れたら、本気で除霊の儀式やりますからね」

 

「会長の体調管理も、風紀委員の務めですからっ!」

 

全員が口々に労いの言葉をかけ、笑い合う。

 

僕たちが泥を啜り、胃壁を削って守り抜いた『いつもの生徒会室の光景』が、確かにそこに戻ってきていた。

 

僕は、その愛おしい光景を永遠に切り取っておきたくて、そっとポケットからスマホを取り出し、カメラを構えた。

 

カシャッ。

 

静かなシャッター音が鳴った。 画面の中に収まったのは、いがみ合いながらも互いをフォローする石上会計と伊井野監査、その間で無邪気に笑う藤原書記、そして――一番奥の特等席で、並んで立つ白銀会長と四宮副会長。

 

シャッター音に気付いた四宮副会長が、こちらを振り向いた。

 

氷の面影も高すぎるプライドもない。『四宮の令嬢』という肩書きすらもない。

 

ただただ幸せを感じる、一人の等身大の少女の笑顔だった。

 

彼女はスッと歩み寄ると、隣に立つ白銀会長の腕に、迷いなく己の腕をギュッと絡めた。

 

「し、四宮……っ!?」

 

突然の密着に、白銀会長が顔を赤くして狼狽える。

 

しかし、彼女はそれを微塵も気に留めず、挑戦的な笑みを僕に向けた。

 

「皆様、よくお聞きくださいな」

 

四宮副会長は、生徒会メンバー全員を見渡して、凛と宣言した。

 

「……会長の隣は私のものです。他の誰にも――例えそれが、『”コンインノキズナ”で結ばれたゆうさん』であっても、私と会長との『コンインノキズナ』を、譲るつもりはありませんわ」

 

その堂々たる『正妻宣言』に、生徒会室は一瞬静まり返り、直後に大爆発を起こした。

 

大騒ぎになる室内。

 

……まいったな。あの『お可愛いこと』の一言を、根に持っているのだろうか。

 

僕がやれやれと困り顔を見せると、四宮副会長はふふっとイタズラっぽく笑い返してきた。

 

その笑顔を見て、僕は悟った。

 

ああ、僕の役目は、本当に終わったんだな、と。

 

僕は、ダサい黒縁眼鏡のツルに指をかけ、そっと顔から外した。

 

視界が少しぼやけ、目元を隠していた重い前髪が、本来の長さにサラリと流れる。

 

かつての『KANA』に似た素顔を隠さず、僕は真っ直ぐに四宮副会長を見つめ返した。

 

そして、言葉に出さず、ただ静かに口角を上げて――

 

『任務完了ですね?』

 

と、恋愛頭脳戦の参謀として、最後のアイコンタクトを送った。

 

四宮副会長は、僕のその『素顔』を見て一瞬だけ目を丸くし……やがて、心からの感謝を込めるように、深く、優雅に頷き返してくれた。

 

……しかし。

 

彼女は、僕の意図を完全に察した上で、スッと僅かに首を横に振り微笑む。

 

次の瞬間、彼女はパッと白銀会長の腕から離れ、口元に指先を当て、優雅に笑い出した。

 

「ふふっ……あははっ! なーんて! 皆様、見事な反応ですわね」

 

「……えっ?」

 

彼女は、パニックになっている生徒会メンバーを見渡し、最後に僕へ視線を戻す。

 

そして、最高にイタズラっぽく、にこやかな笑顔を浮かべて言い放つ。

 

「逆ドッキリ、大成功。ですわね!」

 

「なっ……!」

 

僕は完全に虚を突かれ、目を見開いた。

 

「ド、ドッキリ!? 今の正妻宣言、お芝居だったんですか!?」

 

「もちろんですわ。あなた達も、私を騙した共犯ですっ!」

 

藤原書記が頭を抱える。その姿に四宮副会長はジトッとした視線を向ける。

 

「し、四宮……! お前、心臓に悪いぞ……っ!」

 

白銀会長が、本気で焦った顔をして胸を撫で下ろしている。

 

どうやら彼も、この逆ドッキリを知らされていなかったらしい。

 

「あら会長…貴方まで騙されるなんて、お可愛いこと」

 

四宮副会長は小悪魔のように微笑む。

 

生徒会室が和やかなムードに包まれる。

 

「もぉ! 私のかぐやさんが会長にNTR(寝取られ)たのかと思って、心臓がバクバク言ってたんですからね!」

 

藤原書記は、呆然とする僕と白銀会長を交互に見ると、突如としてニヤリと唇を吊り上げた。

 

「あ、でも待ってください。今の『逆ドッキリ』だと公言したこと自体が、実はかぐやさんの『真の正妻宣言』を隠すための……ダブルブラフ(二重の嘘)の可能性がありませんか!?」

 

生徒会室の和やかムードへ、ヒビが入る音がした。

 

「……藤原さん?」

 

四宮副会長は、焦った面持ちで藤原書記を見やるが、当のカオスメイカーはお構いなしだ。

 

「いいえ! 今のかぐやさんの余裕のある笑顔……あれは『本当に会長と結ばれた余裕』をカモフラージュするための、高度な心理戦なんです! 皆さん、騙されてはいけません! 今、かぐやさんが『ドッキリでした』と言ったことこそが、今日一番のドッキリ……つまり『真実』を隠すための『嘘』なんです!」

 

その言葉を聞き、部屋の空気が再び凍りつく。

 

ーーこのピンクのカオス! 今いい感じに逆ドッキリ大成功〜!で話が良い感じに纏まりかけたのに、なんてことを!

 

完全に破壊された空気は、伊井野監査へ伝染する。

 

「……た、確かに、 逆ドッキリだなんて言って、その実、上澤先輩の『ゆう』という姿を隠れ蓑にして、会長との関係を既成事実化にしようとしているんじゃ……!」

 

「……いや、伊井野。それより見てよ、会長のあの顔。ドッキリにしては、会長の動揺(リアクション)がガチすぎるんだよね……。これ、やっぱり『付き合ってるけど、世間体でドッキリってことにして誤魔化した』っていうのが一番論理的な解釈じゃない?」

 

「なっ、違う! 石上、これはだな……!」

 

「わあぁぁ! 会長が動揺した! これは『肯定(イエス)』のパケットですよ! 上澤くん、白状しなさい! あなたは『ゆう』として、この二人の愛の防波堤(ファイアウォール)になる契約を結んだんですね!?」

 

四方の壁から飛んでくる疑念の矢。生徒会室という名のサーバーが、熱狂と疑いによってオーバーヒートを起こし、警報が鳴り響く。

 

かぐやは、必死に平静を装いながらも、その瞳だけは助けを求めるように、素顔を晒した僕を射抜いた

 

「――やれやれ。流石は生徒会の皆さん。……でも、少し『役者』というものを侮りすぎじゃないかな?」

 

僕が放った低く冷徹な声に、全員の視線が僕に集まった。

 

僕はゆっくりと椅子から立ち上がり、かつて「十歳で酸いも甘いも舐め分けた天才子役の影」と呼ばれた頃の、あの傲岸不遜なオーラを微かに……けれど確実にフロアに解放した。

 

「上澤先輩……?」 石上の眉が動く。

 

「石上会計。君はさっき『感情が乗りすぎていた』と言ったけど、それこそが副会長の狙い通りなんだよ」

 

僕は冷ややかに微笑み、ホワイトボードの前に立った。

 

「今回のドッキリのテーマは『ありもしない(うそ)』。……その最終章として、副会長はあえて『最もありそうな真実』を最大の熱量で演じることで、皆さんの脳に『どっちが本当か分からない』という深刻なバグを発生させる……そこまでのプロットを、僕と副会長で練り上げていたんだ」

 

「えっ……そうなのですかぁ!?」

 

藤原書記が目を白黒させる。

 

「そ、そうよ、藤原さん」

 

四宮副会長が、僕の言葉を完璧な合図(キュー)として、再び凛とした令嬢の笑みを張り付けた。

 

「上澤さんのアドバイス通り、皆様が『これは本気だ』と確信する瞬間こそが、ドッキリの収穫祭(クランクアップ)……。白銀会長が本気で焦った顔をした時点で、私の完全勝利。……でしょ? 会長」

 

「そ、そうだ! 俺も途中で気づいたが……あまりの迫真の演技に、つい『付き合わせる』側として、全力で乗ってしまっただけだ!」

 

白銀会長が、顔を真っ赤にしながらも、必死に「共犯者」としての体面を取り繕う。

 

「……なるほど。つまり、今の『正妻宣言』すら、僕の流したダミー情報の一部としての『演出』だったと?」

 

石上会計が納得したように溜息をつく。

 

「そう言うこと。……さぁ、種明かしはここまで。これ以上野暮な詮索を続けるなら、次の(ドッキリ)はもっと『エグい』ものを用意しなきゃならなくなるよ?」

 

僕は眼鏡を軽く叩き、不敵に笑ってみせた。

 

「そ、そうですよね! 疑ってすみません、四宮先輩」

 

伊井野監査がようやく肩の力を抜く。

 

最後の最後、藤原書記も「もー! かぐやさん意地悪ですぅ〜!」と、いつもの日常へと戻っていった。

 

嵐が去った生徒会室。

 

四宮副会長が、僕の方を振り返り、微笑みかける。

 

僕は無言で頷き、自分のデスクに戻ってタブレットを噛み砕いた。

 

四宮副会長は、あの「正妻宣言」をドッキリというオブラートで包み、生徒会のメンバーにはまだ『付き合っている』ことを秘密にしながら、仕返ししたかったように思える。

 

だけど、裏目に出てしまった。まったく、恋愛頭脳戦はポンコツなんだから、無茶はしないでほしいな。四宮副会長。

 

どうやら、今後もこんな綱渡りの『嘘』を重ね続けて、あの二人の特等席(ハッピーエンド)を守らなきゃいけないようだ。

 

生徒会室の賑やかな光景を見やり、僕は軽くため息を吐く。

 

しかしそれは、僕自身の願いでもあった。

 

この二人は、学園中の噂話に消費されるカップルというスケールではない。

 

こうして公言もせず、周囲を巻き込みながら『付き合っているのかわからない』という曖昧な境界線の上で、互いを独占し合う頭脳戦を続けていくのが一番お似合いだ。

 

そんな、推しの子たちのポンコツな恋愛頭脳戦を、僕は『僕だけの特等席(黒子の定位置)僕だけの特等席(黒衣の定位置)』で観ていられるのだ。

 

窓から差し込む夕日に照らされたこの賑やかな生徒会室を見渡していると、先ほど以上に充実感で満たされていくことに気づく。

 

最高に面倒くさくて、最高に愛おしい日常は、ここからまた始まっていくような予感がした。

 

 

 

『かぐや様は告らせたい 〜奉心祭伝説:ありもしない(うそ)』 【完】

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