かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜 作:おたっきー
生徒会室の隅、予備の事務机。
僕、
……なんだ、この空間は。
生徒会は多忙を極める。
そう聞いてヘルプを頼まれて文化祭準備期間だけの『臨時総務』を頼まれこの場にいるのだが…。
「で、四宮、このキャンプファイヤーの備品確認だが……」
「ええ、会長。放課後、我々生徒会の”どなたか二人”が……という話でしたね。賛成です。暗がりでの作業になりますので、安全の為に”二人一組で”行うのがよろしいかと」
あえて”二人”を強調する、四宮副会長は挑戦的に白銀会長を捉えていた。
「そうだな、”二人一組”でやるのが得策だな。暗がりでは何が起こっても不思議ではない。うっかり怪我をしてしまってはせっかくの奉心祭が台無しになっては困るからな。”二人で”作業することにしよう」
まさに売り言葉に買い言葉。白銀会長も彼女の言葉を繰り返す。
……いや、在庫確認に二人もいらないでしょ。備品管理の腕章持ってる奴一人行かせれば済む話だ。
四宮副会長の顔がほんのりと赤い。白銀会長も微妙に浮ついている。
隠せてると思ってるのは本人たちだけで、殺気と色気が混ざり合って部屋の酸素濃度が変わってるぞ。
北海道のど田舎出身の僕が、秀知院に通うことになってからというものの、この学園は異界だった。
特にこの生徒会室。
天才たちが、主にこの会長と副会長が、その明晰すぎる頭脳を『いかに相手に告白させるか』という、宇宙一不毛なドロドロの心理戦にフル活用しているように思える。
「うわぁ、上澤くん! またそんな怖い顔して数字見てるんですかぁ?」
不意に、隣から藤原書記の能天気な声が飛んできた。
「ふ、藤原書記! どこから湧いて出た!? し、仕事してるだけだよ!」
「むー! せっかくお菓子あげようと思ったのに! ほら、そんな仕事ばかりしていたら、石上くんみたいになっちゃいますよ?」
「石上会計みたいなって…」
僕は苦笑いを浮かべる。やや遅れて当の本人が反論する。
「……藤原先輩、僕を何かの単位に使うのやめてもらえます?」
その言葉を聞いて、伊井野会計が吹き出す。
「あら、いいじゃない。一石上=一根暗みたいな方程式。ありじゃない?」
「うるせぇぞ、伊井野! 分実ヘルプで頼まれた会計の監査報告しろ!」
「あんたこそ今月の暫定会計まだでしょうが! はよ提出しろ!」
僕は深くため息をつきながら、見慣れた景色から視線を目の前のパソコンへ移す。
「こらこら〜! 石上くんもミコちゃんも痴話喧嘩しないで仕事してください!」
藤原書記の呑気な言葉を尻目に、僕は約1ヶ月ほど前を振り返る。
なぜ、僕がこの選ばれしエリートの巣窟ーー秀知院生徒会役員にいるのか。
***
「――ですからかぐや様。今日の『会長にコーヒーを淹れさせて間接キスを狙う作戦』の失敗は、貴女が土壇場で照れてカップを割ったことが原因です。あまりにも低レベルです」
「……っ、うるさいわね早坂! あれは戦略的撤退よ! あの瞬間の会長の三白眼が、あまりにも私を射抜くようで……あああ、思い出しただけで……!」
密かに作業していた僕は、凍りついた。
そこには、学園の至宝・四宮かぐやと、なぜかクラスメートの早坂愛がいた。
「いいですか、かぐや様。そもそも貴女が、素直に『コーヒーを一口ください』と言えば済む話でしょう。それを『あ、熱いですわ! 誰か毒見を!』などと、時代錯誤な茶番を演じるから……」
「四宮の人間が、そんな安易な敗北を認められるわけないでしょう! 恋愛は
四宮かぐやの声が、備品庫の壁を震わせる。
二人の口調がクラスでの様子と違う。
本来はこんなに近しい間柄だったのか。そう思いながら、二人のやりとりに耳を立てた。
「私の隣に立つのなら、それに相応しい品格と覚悟を持った男でなければならない……。現在、この学園において……いえ、この日本において、彼こそが私の隣に並んで立つに相応しい。だからこそ、彼の方から跪かせなければならないのよ!」
…………え、何これ。重い。想いも設定も重すぎる。何かの聞き間違いか?
唐突すぎて理解が追いつかないので話を整理する。
自分は旧校舎の穴場スポットである備品庫の棚の隙間にいたら、偶然にも四宮かぐやと早坂愛が恋バナをしていた。
しかも普通の恋バナじゃない。
『あまりにも低レベルな恋愛反省会』を繰り広げている。
そして今、はっきりと耳にした。
ーー私は、会長に告らせたいの!
会長とは、秀智院学園生徒会長・白銀御行の事に他ならない。
確かに白銀御行と四宮かぐやの生徒会会長と副会長というビッグカップルの噂は尽きない。
だが、当人が『告らせたい』とは…。
そして、その話の内容から、四宮かぐやは白銀御行に恋をしているようだ。
理解した瞬間よぎる。
ーー聞いてはいけない事を聞いてしまった!
今すぐ逃げなきゃ。その瞬間、僕の『悪い癖』が出てしまった。
「あ、あの棚のラベル、ズレてる……。直したい……。あ、この備品リスト、去年のままだ。直さなきゃ……」
僕は極度の不安を感じると、現実逃避のために目の前の雑事を片付けずにはいられない
小声で呟きながら、カチャ、カチャカチャ。
無意識に指が動き、整理した備品の缶が微かに触れ合った。
「――誰。そこにいるのは」
四宮かぐやの、心臓を凍りつかせるような低温の声。
「…………あらら」
棚の隙間で、爆速で備品リストを最新版にアップデートしていた僕を見つけ、早坂愛が呆れたように息を吐いた。
「……貴方、同じクラスの……。確か、上澤有智さん、ですわよね?」
四宮かぐやの瞳が、獲物を定める鷹のように鋭くなる。
「あっちゃー!……とりあえず記憶消しておきましょうか?」
早坂愛は、いつもの明るいギャルのようなトーンから一転、想像もできないほど低く抑揚のない声で、
「!? ちょ、……ま、待ってください! ! 今の会話、爆音ギターソロで何も聞こえませんでしたから!」
僕はワイヤレスイヤホンが鳴っている事を証明するために、目の前で外して見せた。
「嘘をおっしゃい」
早坂愛は、彼女の意図を組むように、僕に歩み寄り、逃げ場を塞ぐよう追い詰める。
「ひっ!?」
僕がカエルのような悲鳴を上げたその時、早坂愛はスッと四宮かぐやの耳元へと顔を寄せ、冷徹な声で囁いた。
その内容を聞き、四宮かぐやはにっこりと微笑む。
「完璧ね、早坂。そう致しましょう」
四宮かぐやの唇が、三日月のように歪む。
その、あまりにも美しく恐ろしい『捕食者』の笑みを見た瞬間、僕の全身からサァァッと血の気が引いた。
「今日の所は見逃してさしあげます。しかし、万が一にでも『私のお可愛い一面』が漏れていたら…」
不適な笑を浮かべる四宮かぐやを前に、僕は失神寸前でこの後の記憶はほとんどない。
「あ、ありがとうございます! あはは……失礼します!!」
そういうような言葉を発して、走りながら平穏が崩れていく音が聞こえたのだけは覚えている。
2026/06/14 加筆修正