かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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かぐや様は契約したい(2)

ーー翌日の放課後、早速絶望の足音が聞こえた。

 

「あ、いたいたー! 上澤くーん!」

 

教室の入り口から、やけに高い、ルーズで明るい声が響いた。 クラス中の視線が一斉に入り口に向かう。そこに立っていたのは、少し着崩した制服に明るい髪を揺らす、いかにもな『ギャル』——早坂愛だった。

 

「えっ、早坂さん……?」

 

昨日の出来事を思い出しながら僕が引き攣った顔を向けると、彼女はクラスメイトたちの好奇の目を味方につけるように、満面の笑みで僕の席まで歩み寄ってきた。

 

「し・の・み・や・さ・ん、がぁ〜、上澤くんにちょっと話あるってぇ! 案内するから一緒に来てよー!」

 

「なっ……」

 

クラスの連中が「お前、四宮副会長に呼び出されるなんて何したんだよ!?」「羨ましいでござる」「てか早坂さんマジ可愛いよな」とザワつき始める。

 

……ここで断れば、逆に『四宮副会長からの呼び出しを拒否した男』として悪目立ちしてしまう!

 

容姿的に弄られる事を避け、目立たない格好を好み、一般生徒(モブ)として生き残ることを基本戦術とする僕にとって、クラス全員の前でこんな公開処刑のような連行をされては、従う以外の選択肢はなかった。

 

「わ、分かった。行くよ……」

 

「やったぁ! じゃあ行こっか!」

 

明るく僕の腕を引くギャル。しかし、教室を出て、人気のない旧校舎の廊下へ入った瞬間——。 彼女の纏っていた「ぽわぽわしたギャルのオーラ」が、スッと霧散した。

 

「……さあ、こちらへ。かぐや様がお待ちです」

 

早坂さんの声のトーンが三段階下がり、冷徹で有能な近侍のような顔に戻った。使われていない薄暗い空き教室の扉を開けた。

 

……この人たち、怖すぎるだろ。

 

僕はガクガクと震えながら、窓に暗幕が引かれ、中央にポツンとパイプ椅子が一つだけ置かれた部屋へと足を踏み入れた。

 

「――お招きに応じていただき、感謝しますわ。上澤有智さん」

 

カツン、カツン、と。 硬いヒールの音を響かせながら、暗闇の中から四宮かぐやが姿を現した。背後から差し込む僅かな逆光が、彼女の冷酷な美貌に深い影を落としている。

 

「……し、四宮副会長? ぼ、僕は昨日の事を他言した覚えはー」

 

遮るように四宮かぐやは続ける。

 

「単刀直入に言いますわ。貴方の『実務能力』と、その『どっち付かずの立ち位置』を、私が買い取ります」

 

「は、話が見えないんだけど…」

 

僕が咄嗟に出した声は、明らかな恐怖で上擦っていた。

 

目の前の一般人である僕の緊張を見透かしたかのように、綺麗な紅い瞳で捉え微笑みを浮かべる四宮副会長は、手元にあった分厚い「身辺調査のファイル」をドンッと机の上に置いた。

 

「貴方の実家、北海道の『上澤農園』。最近、海外資本の買い叩きに遭って、倒産寸前の瀬戸際だそうですわね。

 

「っ…!? な、なんでそれを…!?」

 

この情報は、先日母親伝いに聞いた最新情報だった。僕の疑問に答えるように四宮かぐやは続ける。

 

「……四宮の情報網、侮ってもらっては困りますわよ? そして、四宮の物流ルートを使えば、貴方の実家を救うなど、造作もないことです」

 

彼女は冷徹な笑みを浮かべ、一枚の契約書(という名の生徒会臨時総務の指名届)を僕の目の前に滑らせた。

 

「なので取引があります。奉心祭が終わるまでの間、生徒会の『総務』として生徒会をーいえ、会長をサポートしながら、私の『参謀』として働きませんか?」

 

黙って僕は四宮副会長の説明を聞く姿勢を保った。

 

「会長を私の望む方向へ誘導し、かつ、無駄な雑音を排除する『潤滑油』になること……。言っている意味、わかりますわね?」

 

それは、弱者の喉元を正確に狙った、悪魔の取引だった。 それだけではない。彼女は追い打ちをかけるように、僕の『今の立場』を突きつけた。

 

「さらに言えば……貴方のお母様。そもそも貴方の推薦枠を確保した彼女は、熱烈な『四宮派』の人間。……さて。今の貴方の衣食住が誰の手の上にあるか、あとの説明は不要ですわよね?」

 

「……っ!!」

 

僕は絶句した。 北海道のど田舎にある実家の農園。そして、秀知院に通うための現在の生活基盤である、神奈川の母のキャリア。

 

何よりその母のコネで入学した事実。僕の生存ルートの全てが、四宮かぐやの手のひらの上で完全に掌握(ロック)されていたのだ。

 

四宮副会長は、続けた。

 

「今年の奉心祭は二日間開催…。ただでさえノウハウのない二日間…。準備がすでに押している状況を察した会長は、文化祭実行委員の仕事まで負担し始めました。このままでは会長の身が保ちません」

 

「お優しいですね…。この僕に生徒会のサポートが務まるとでも?」

 

「気づいていないかもしれませんが、あなたは優秀な人材です。クラスでのあなたの言動や行動を見て、私が認めるのですから、自信を保ちなさい」

 

冷静さを取り繕うように、僕は黒縁眼鏡のブリッジを押し上げる。

 

……逆らえるはずがなかった。あまりに理不尽。だが、僕はまだ諦めていなかった。震える唇を必死に動かし言葉を紡ぐ。

 

「……四宮副会長。確かにあなたの掌の上だ。認めよう。だが、僕はあくまで平穏な一般人でいたい」

 

四宮副会長は、すっと目を閉じて、僕の話を聞いていた。

 

「……百歩譲って、裏から論理的に支える『参謀』としての役割は引き受ける。でも、生徒会という表舞台に入る必要はないはずだ。……その一点だけは、断らせてもらう」

 

僕の精一杯の論理的な抵抗。四宮副会長は一瞬、意外そうに目を見開いたが、すぐにいつもの涼しげな表情に戻った。

 

「……あら。そうですの。参謀なら良くても、役員は嫌。……まぁ、仕方ありませんわね。強要はいたしませんわ。……”早坂さん”?」

 

呼ばれてからややしばらくして、カチカチとタイピングの音が聞こえたかと思えば、早坂愛が再び現れる。

 

「オッケー! 上澤くん、今度は生徒会長が話あるって!生徒会室はわかるよね?」

 

だからその緩急はなんなんだよ!? 逆に怖いよ!?

 

すでに早坂愛の声のトーンのギャップに恐怖を覚えている自分がいた。

 

しかし、今度はあの生徒会長ー白銀御行からの呼び出し? 不安でしかない。

 

副会長の四宮かぐやには、参謀としての助言ならするが、役員として表舞台には立たない。 精一杯の論理的防衛。彼女はあっさりと引き下がった……かの形に見えた。

 

僕は言われるがまま、生徒会室へ脚を運ぶ。

 

「……失礼します」

 

生徒会室の扉を開けると、現れたのは、三白眼を爛々と輝かせた生徒会長ー白銀御行だった。彼は僕を見るなり、感極まったように僕の手をガシッと掴んだ。

 

「聞いたぞ! 四宮から、お前が『自分のような外部生でも生徒会の役に立てるなら、ぜひ正式な役員として会長を支えたいと、熱望している』と!」「さらに、その決意表明を録音までして自分を追い込むなんて……! なんてストイックな奴なんだお前は!」

 

「……え?」

 

先ほどの話から一切の繋がりのない展開に、僕は素っ頓狂な声をあげた。そんな僕に構わず、白銀会長は続けた。

 

「さらに、その決意表明を録音までして自分を追い込むなんて……! なんてストイックな奴なんだお前は!」

 

「はっ!? 録音!?」

 

状況を掴めない僕を尻目に、四宮副会長の声が後ろから聞こえる。

 

「あら、よく来てくださいましたわね、上澤さん! この場にいるという事は、生徒会役員の話を呑んでいただけた、という事ですわよね?」

 

まるで先ほどの話はなかったかのような振る舞いが、何かの策略にハマった感覚を覚える。

 

「な……っ!? 勝手なことを! 僕は『参謀として』と言ったはずだ!」

 

ーーあんたの個人的な参謀として、と言いたかったが、参謀となる理由である白銀会長を前に言う度胸はゼロだった。

 

「ええ、存じておりますわ。ですから……」

 

スッ、と彼女が見せたのは自身のスマホだった。 彼女は白銀会長とのチャットのやりとり(捏造)と、そこに送られた音声データ。再生ボタンを押すと、僕の先ほどの声が鮮明に響き渡る。

 

『……分かった。認めよう。……百歩譲って、裏から論理的に支える「参謀」としての役割は引き受ける。……』

 

「な……っ!?」

 

「この『参謀として支える』という貴方の気高いお言葉……。会長も感動するのも無理はありませんわ…。『自分は役職という形に囚われず、実務の核心(参謀)を担う覚悟で生徒会に入りたい』……という意味ですわよね? ということで、会長?」

 

四宮副会長は、スマホを指先で弄びながら、最高に邪悪な笑みを浮かべた。

 

「ああ、わかっているぞ、四宮! 上澤、 お前を秀知院学園生徒会『臨時総務』に正式に指名する。この奉心祭、俺達と一緒に駆け抜けてくれないか?」

 

「…………」

 

勝負あり、だった。 ここで『いえ、四宮副会長に脅されているんです』などと、今の真っ直ぐな瞳で僕を見つめるこの男に言えるはずもない。

 

「……謹んで、お引き受けします。……白銀会長」

 

「よし! ありがとう上澤! お前ならそう言ってくれると信じていたぞ!」

 

白銀の力強い握手。 不安を感じるほど、目の前の実務を高速で片付けてしまう僕の特性を知り尽くしたかぐやは、影でクスクスと、最高に冷酷な笑みを浮かべていた。

 

「上澤さん。いえ、上澤総務。ようこそ、生徒会へ!」

 

意気揚々と再度握手を交わし、自身のデスクへと戻る白銀会長が見ていない所で、更に四宮かぐやは、僕に追い討ちをかけるように耳元で「お母様にもこの録音を送りましょうか? 」と言い放つ。

 

「…………っ!!」

 

僕は絶望した。 実家の会社、母の立場、そして僕自身の言質。 もう逃げられないと悟った。

 

不安が頂点に達した僕の脳は、生存本能として「目の前の事務処理」を爆速で開始しようとしていた。

 

……やばい。この部屋の書類の山……あの領収書の整理の甘さ……直したい、今すぐ全部直してこの不安を消し去りたい……!

 

かくして、悪魔の契約が始まったのだった。

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