かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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かぐや様は契約したい(3)

ということで、僕は今、実家のジャガイモの(冬の物流ルート)と、神奈川で働く母親のキャリア、他ならぬ僕の秀知院キャリアという、およそ僕の生存基盤の全てを人質に取られてここにいる。

 

それからというものの、ことあるごとに生徒会総務として表の顔で働く一方、四宮かぐやの参謀としての裏の顔で任務をこなす毎日。

 

ーーー上澤さん、奉心祭ではキャンプファイヤーを由来とした恋に纏わる噂があるそうです。

 

と言われれば、キャンプファイヤー実施希望者の署名を集め、絶対的数量で文化祭実行委員へ提出。

 

伊井野監査を中心としたチームに同行し、近隣住人への挨拶回りなど活動に参加。功を奏したのか、この度の実施が決定的となった。

 

ーー上澤さん、奉心祭ではハートを贈る事で永遠の愛がもたらされるという伝説があるそうです。早坂と共に、こういうハンカチを見つけてきてくださらない?

 

と言われれば、必死にニッチなデザインのハンカチを、四宮グループの人たちと協力して探した(でも、水玉の中にひっそりハートが混ざったニッチなデザインなんて見つからないよ!?)

 

ーー上澤さん、北高の文化祭は大変ご立派な内容らしく、本学開催の参考にしたいのですが。

 

と言われれば、当該校生徒会へ、生徒会長と副会長ペア同士の「交流会」という名目の公文書を送信。見事目論見通り、公的な視察イベントを実現。

 

ーー上澤さん、我が秀知院中等部の文化祭(以下略)

 

「恋愛頭脳戦の参謀」としての実績を重ね続けて早数週間が経ったある日、一つの疑問が浮かぶのだった。

 

ここまでアシストしているのに、なぜ未だに付き合っていないのか?

 

日頃から二人が付き合っているという噂は耐えない。それは、僕が参謀として働き出してからは明らかに加熱している。実は隠れて付き合っているのではないか。そんな疑念すら生まれる始末である。

 

「……上澤。さっきから手が震えているぞ? 体調でも悪いのか?」

 

書類の山から顔を上げた白銀会長が、目の下の深いクマを少しだけ和らげて、気遣わしげに声をかけてくる。この人は、四宮副会長の策略さえ絡まなければ、本当にただの「面倒見の良いお人好しな苦労人」だ。

 

「大丈夫だよ、会長。ちょっと確認作業をしていただけだから。……あ、そうだ四宮副会長。キャンプファイヤーの備品確認の件、僕がスケジュール表に『会長と副会長のペア』としてねじ込んでおきましたから」

 

僕が手元のスプレッドシートから視線を外さずに淡々と告げる。少し離れたデスクで優雅に紅茶を飲んでいた四宮副会長の背中が、目に見えてビクンと跳ねた。

 

「な、ななな……何を余計なことを! 私はただ、暗がりでの作業は危険だから、あくまで安全のために『誰か二人一組で』行うべきだと、一般論としての事務的な確認を提案しただけで……!」

 

嘘をつけ。耳まで真っ赤だぞ。 しかもさっきから「二人一組」というワードをやたらと強調して、会長の方をチラチラ見ているじゃないか。

 

「そ、そうだな! ”二人一組”でやるのが得策だな。暗がりでは何が起こっても不思議ではないし、うっかり怪我でもしては困るからな。……よし、俺と四宮の”二人で”作業することにしよう」

 

白銀会長も、まるで鬼の首を取ったような顔をして、売り言葉に買い言葉で被せている。 ……本来なら、薪の在庫確認にわざわざ生徒会のトップ二人が行く必要なんてどこにもない。備品管理くらい実行委員を一人行かせれば済む話だ。

 

それに二人とも顔が赤い。自分たちでは完璧に隠せていると思っているようだが、お互いを探り合う殺気と、変な色気が混ざり合って、この部屋だけ明らかに酸素濃度がおかしくなっている。

 

僕が内心で呆れ返っていた、まさにその時だった。

 

「あーっ! カイチョー! かぐやさん! また二人でコソコソ悪い相談ですかぁ!?」

 

現れたのは、学園の秩序を乱すカオス理論の体現者――お菓子の袋を小脇に抱えた藤原書記だった。彼女は部屋に入るなり、犬のように鼻をヒクヒクさせて二人に詰め寄る。

 

「さては二人でこっそり、奉心祭でハートを贈り合う約束をしようとしてましたね!?」

 

ニヤニヤと二人を見つめるピンク色の視線。

 

「ふ、藤原さん!? 違います! これはあくまで事務的な安全管理の一環であって……!」

 

「そうだ藤原書記! 俺たちは薪の湿り具合を確認するという、極めて真面目な業務の話をだな……!」

 

図星を突かれた天才二人が、途端にIQが急低下したような分かりやすい動揺を見せる。

 

そう、このやりとりからわかるように、この四宮かぐやと白銀御行という天才達は、恐ろしく不器用で、恐ろしくプライドが高いのだ。お互いに「告らせたい」という意図がある為、いくら二人きりの時間を過ごそうとも、何も進展していないのである。

 

慌てふためく二人から目を逸らし、PCへ画面へと移した僕は、その様子に密かにため息を漏らした。

 

そこへ、パソコン画面から一切目を離さずに石上会計は、親の仇でも見るような暗い目で、奉心祭の伝説に噛み付いた。

 

「……こういう類の伝説なんて、数年後に深夜の布団の中で悶絶するような特大の黒歴史を量産するだけの工場じゃないですか。……やっぱり、ただの炭素の無駄遣いですよ。地球環境と全生徒のメンタルケアのために、今すぐ中止にしましょう」

 

「ちょっと石上! さっきから聞いていれば…!」

 

石上のルサンチマンに満ちた暴言に、今度は風紀委員の腕章をビシッと直しながら、伊井野ミコ監査が地響きを立てるような勢いで詰め寄った。

 

「『キャンプファイヤーの火が消える瞬間に想いを告げた男女は永遠に結ばれる』……こんな、全生徒の憧れが詰まった神聖な儀式を、炭素の無駄遣いだなんて! 石上の心は、冬の北海道の地面並みに荒みすぎよ!」

 

「お前の脳内は、低品質な少女漫画の読みすぎで糖分過多になってるんだ。火を囲んで踊る暇があったら、その分の二酸化炭素排出量を計算して絶望しろ」

 

「なっ……! 風紀委員に対する冒涜、かつ伝統文化への侮辱として、今すぐ反省文を400字詰め原稿用紙10枚分書きなさい! 明日の朝までに!」

 

「無理っす。その紙、焚き火の燃料にしますね」

 

「石上ィィィ!!」

 

二人の口論がヒートアップし、生徒会室の温度が物理的に上がり始めたその時、ピンク色のカオスが二人の間に割って入った。

 

「もーっ! 石上くんもミコちゃんも、ケンカはやめてください! 私の『ラブ探偵アンテナ』が、今ここで不穏な争いではなく、もっとドロドロで甘酸っぱい愛の語り合いを求めてビンビン言ってますよぉ!」,

 

藤原書記は、能天気な笑顔を浮かべながら、なぜか「恋の格言集」のようなノートを広げた。

 

「いいですかぁ? キャンプファイヤーの火は、愛の情熱の象徴なんです! 誰が誰に告白するのか、誰が誰に振られて灰になるのか……それを特等席でモニタリングするのが奉心祭の醍醐味じゃないですか! さぁ、二人とも! 誰が一番火に巻かれて散るのが似合うか、予想ランキングを作りましょう!」

 

「結局あんたが一番不謹慎(不純)じゃないっすか!!」

 

「そうですよ藤原先輩! なんて不謹慎なっ…!」

 

石上会計と伊井野監査の鋭いツッコミが重なり、生徒会室はいつものように、収拾のつかないやかましい日常空間へと変貌を遂げていった。

 

ギャーギャーと騒ぎ立てる藤原書記、石上会計、伊井野監査。 一瞬にして、張り詰めていた酸素の薄い恋愛頭脳戦の空気は吹き飛ぶ。

 

僕は、三人の果てしない口論と、それに巻き込まれてオロオロしている天才二人を横目に、そっと分厚い黒縁眼鏡の位置を直し、再びディスプレイのスプレッドシートへと向き直った。

 

僕はポケットの中びタブレットを一粒噛み砕き、今日もまた、誰にも気づかれない裏方としての過酷な事務作業(タスク)の海へと没頭していくのだった。

 

「――はいはい、お三人とも。ロマンと炭素の議論はそこまでにしてください。奉心祭の準備時間が押してますよ」

 

僕がパンパンと手を叩いて場を制すると、三人はピタリと動きを止めた。

 

「白銀会長。残りの最終会計確認は、僕と石上会計でやっておくから、会長は少し手を休めていいよ」

 

「えっ? いや、でも俺の仕事だぞ。お前たちにばかり負担をかけるわけには……」

 

「大丈夫。それよりも会長、キャンプファイヤーの点火順の最終確認をやりたいって言ってたよね? それ、四宮副会長じゃないと分からない細則があるみたいだから」

 

僕はスプレッドシートの画面を見せたまま、極めて事務的に、しかし有無を言わさぬ「お願い」のトーンで切り出した。

 

「暗くなる前に、今のうちに二人で旧校舎の倉庫へ行って、薪の湿り具合も含めて確認してきてもらえないかな? ついでに、藤原書記と伊井野監査は各クラスの出し物の見回りをおお願いできるかな?」

 

「……っ!」

 

四宮副会長の顔が、一瞬緩んだように見えた。

 

「そ、そうか! 悪いな上澤、助かる! 四宮、行けるか?」

 

白銀会長は嬉しさを隠せていないくらいの勢いで立ち上がる。

 

「え、ええ……。会長が行かなければならないというのなら、お供しますわ」

 

……嘘をつけ。さっきまで僕の背中に向かって『早く無理やり二人きりにしなさい』って凄まじい(殺気)を送ってた癖に。

 

そんな言葉を無理やり飲み込み、2人の背中を見送った。

 

「あーっ! また二人で抜け駆けですかー! ズルイですぅ!」

 

「藤原先輩、私達の仕事は『見回り』ですよ。行きましょう」

 

不満げな藤原書記を伊井野監査が引っ張っていかれる。

 

台風の後のような静けさが、生徒会室に残る。

 

「……じゃあ、僕たちもやりますか、上澤先輩」

 

「ああ、よろしく頼むよ、石上会計」

 

ーーこのように、この「面倒くさい天才二人」の間に立ち、他のメンバーのフォローという名目で介入。総務という立場を最大限利用して、今日もまた恋愛頭脳戦の参謀としての僕の仕事を果たす。

 

四宮かぐやの望むシチュエーションを、あたかも『偶然の事務的必然』として演出するのだ。 そして、パンク寸前だった白銀会長のタスクを肩代わりしつつ、二人が向き合う時間を作ってやることができた。

 

僕の任務は続く。少なくとも、文化祭が終わるまでの間ーー実家のジャガイモの流通ルートを守り抜くために。

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