かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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かぐや様は契約したい(4)

藤原書記と伊井野監査が生徒会室に戻った頃には、すでに下校時刻もとうに過ぎていた。二人は帰り支度を始める。

 

「では、私とミコちゃんはお先に失礼しますね」

 

「先輩、お先に失礼します。石上、先輩の仕事増やすんじゃないわよっ!」

 

「うるせー、さっさと帰れ」と石上会計は軽口で返す。

 

僕は、「お疲れ様です」と挨拶を返し、石上と共に二人を見送った

 

「……そういや上澤先輩。先輩のクラス、出し物って何やるんすか?」 黙々と作業を進めていた石上が、不意にノートPCから顔を上げずに口を開いた。

 

「メイド喫茶だよ。と言っても、僕は接客なんかしないし、ずっと裏で洗い物とか在庫管理をしてる予定だけどね」

 

「あー、奇遇っすね。僕も基本そういう裏方ポジションなんで分かります。表舞台でキャッキャするなんて、リア充のやることっすよ」

 

「違いない。僕たちはただのモブなんだから、お互い目立たず、平穏に奉心祭を生き延びよう」

 

僕が深く同意すると、石上会計は少しだけ親近感を持ったように「っすね」と微笑み頷いていた。

 

……だが、すぐに彼は画面から視線を外し、僕の手元をジッと見つめた。

 

「……先輩。さっきから思ってたんですけど、その異常なタイピング速度、全然目立たないってレベルじゃないっすよ。先輩の指、残像が見えてるんすけど」

 

「ん? いや、君には劣るよ、石上会計。僕のは一種の哀しき防衛本能みたいなもんだから」

 

……なんせ、僕のタイピングが止まった瞬間、実家のジャガイモ畑が更地にされる命運がかかってるから。とまでは、流石に言えない。

 

「? ……先輩も、大概闇が深いっすね」

 

石上会計は深く同情するようなため息をつき、再び画面へと向き直った。 僕には、実家の農園の再建と秀知院での学園生活がかかっている。彼らのような華やかな悩み(恋愛頭脳戦)とは別の、切実な「生存競争」を戦っているのだ。

 

それからしばらくして、ようやく仕事に目処をつけた頃。 パラパラ……という微かな音が、次第に激しい轟音へと変わっていった。

 

「外、酷い雨だな」

 

「ほんと、ひどい雨っすね。会長と四宮先輩は大丈夫っすかね?」

 

窓の外は、予報に全くなかった土砂降りの雨。雷鳴まで轟いている。

 

「あの二人なら心配はないと思うけど……一応、確認してくるかな」

 

「っと、すみません。僕もお供したかったんすが、親が迎えに来たみたいなんで、ここで」

 

石上会計はスマホの画面を確認すると、申し訳なさそうに一礼して、先に生徒会室を出て行こうとする。

 

「お疲れ。僕は会長と副会長を見てくるよ」

 

別れを告げ、僕も生徒会室を後にし、会長たちが向かった旧校舎の倉庫へと足を向けた。

 

しかし、本校舎から旧校舎へと続く渡り廊下には、無情にも屋根がない部分があったのだ。 雨足は激しくなるばかり。

 

「うわっ、マジか……!」

 

ほんの数十メートルの距離を走っただけで、滝のような雨が僕を容赦なく打ち据える。旧校舎に辿り着いた時には、着ていた制服はすでにずぶ濡れで、ワイシャツが肌に冷たく張り付いていた。

 

「……最悪だ。とりあえず、倉庫は……」

 

濡れた前髪を拭いながら目的の場所へ向かったが、無情にも倉庫の扉にはすでに南京錠がかけられており、確認作業を終えた形跡があった。

 

その時、僕のズボンのポケットでスマホが短く震えた。 画面を開くと、白銀会長からのメッセージが届いている。

 

『悪い上澤、こっちの備品確認は無事に終わった。四宮は送迎車に乗せて帰したし、俺もこのまま直帰する。残りの仕事任せて悪かったな、お前も気をつけて帰ってくれ』

 

「……」

 

さらに主君からも続く。

 

『今日も素晴らしい参謀ぶりでしたわよ。来週もよろしくお願い致しますわ』

 

僕は、南京錠のかかった扉と、スマホの画面を交互に見つめた。

 

「……いや、連絡遅いよ二人とも。もうずぶ濡れで旧校舎まで来ちゃったじゃないか」

 

主君である四宮副会長も、その想い人の白銀会長も、とっくに帰ってしまっていたのだ。

 

僕は旧校舎のトイレに駆け込み、体育用の運動着になんとか着替えたものの、一人、出口で立ち往生していた。 先ほどまで着ていた制服はずぶ濡れで使い物にならず、もちろん傘もない。

 

今、手元にあるのは、クラスの女子から修繕を頼まれて、鞄に入れていたクラスの出し物の衣装しかない。

 

「……致し方ない」

 

僕は、その衣装を傘というか、タオル代わりに頭からすっぽりと被り、駆け足で学園を後にする決意を固めた。

 

……はぁ、詰んだ。駅まで走ったら、ジャガイモの芽が出る前に僕が風邪引くぞ。

 

 

***

 

 

豪雨の中、視界は最悪だった。 白銀御行は、大きな傘を傾けながら旧校舎の裏手から足早に歩み出たところで、不意に飛び出してきた人影と激しく衝突した。

 

白銀が傘を差し掛けると、その人物がビクッと肩を震わせて顔を上げた。 白銀は息を呑んだ。 雨の(とばり)の中、街灯の僅かな光に照らし出されたのは、息を呑むほど整った顔立ちをした『少女』だった。

 

濡れて額に張り付いた赤みがかった前髪の隙間から覗く、焦点の合わない虚ろな、けれど吸い込まれるような瞳。大きめの(運動着)に身を包み、雨に打たれて肩を震わせるその姿は、まるでスクリーンから抜け出してきた薄幸のヒロインのようだった。

 

足元には、彼女のものだろうフリルのついた衣服――メイド服――と、「ゆう」と書かれたネームプレート、そして黒縁の眼鏡が泥水にまみれて落ちている。

 

その特異なオーラと美貌に気圧され、白銀が言葉を失っていたその時。

 

「……か、会長?」

 

濡れたアスファルトに座り込んだ『彼女』の口から紡がれたのは、少し高めの、よく通る声だった。その秘密めいた響きに、白銀の思考が急速に現実に引き戻される。

 

白銀は慌てて傘を差し掛け、泥まみれになった彼女の細い手を取って、優しく引き寄せた。

 

「すまない! 俺の不注意で……大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫。……四宮副会長は、無事帰ったの?」

 

「ああ! 送迎車に乗せて見送ってきた所だ。今日はお前が裏で色々と動いてくれたおかげで、かなりスムーズに進んだよ。本当にありがとう」

 

白銀は、隠しきれない喜びと愛おしさを滲ませた顔で笑っていた。

 

「……この雨じゃ、電車も止まるかもしれないな。……俺の家で良ければ、雨が上がるまで寄っていくか?」

 

「えっ? いや、流石に申し訳ないよ。……この姿じゃ、迷惑かけるし」

 

「水臭いこと言うな。お前には今日、俺のために無理をさせた。……困った時はお互い様だ」

 

白銀は迷いのない手つきで、大きな傘で彼女をすっぽりと包み込んだ。

 

「幸い、今日は親父も仕事で遅いし、妹も藤原の家に泊まりに行っていて留守なんだ。……誰に気兼ねすることもないだろ?」

 

ふっと、端正な顔を柔和にし、白銀が甘く囁く言葉。 『彼女』は少しだけ躊躇うように目を伏せた後、やがて小さく頷いた。

 

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 

***

 

「ただいマックス。……ん?」

 

深夜の労働から朝早くに帰還した白銀の父は、リビングに敷かれた布団で丸くなる人物を一瞥し、そして頭上に干されている『メイド服』と『ゆうと書かれたネームプレート』を見て、すべてを悟った。

 

「御行から『友達を泊める』と連絡があったが……なるほど。彼女にアレを着せて楽しんだ後、リビングで寝かせたのか。……青春だな。すまんな、邪魔した」

 

重低音イケボが部屋に響く間も無く、父は一切の詮索をせずに家を出た。 そして、藤原家でお泊まり中の娘の圭にメッセージを送る。

 

『御行が彼女を連れ込んでいる。気まずいだろうから、少し時間を潰してから帰りなさい』

 

しかし、白銀圭は思春期真っ只中の中学生である。

 

「お兄に彼女!? しかも家に!?」

 

好奇心が理性を上回った圭は、猛ダッシュで帰宅。ちょうど家を出ようとしていた噂の女性と、玄関で鉢合わせた。

 

「あ、お邪魔しました……」

 

「えっ……あ、はいっ!」

 

寝起きの気怠げな表情。鈴を転がすような高めの声。中性的な顔立ち。少し目にかかってた赤みがかった前髪。 兄のものだろうか男性物の大きめの服を着こなし、颯爽と去っていく姿にときめく。

 

「えっ、かぐやさんやハーサカさんじゃない!? ってか、めっちゃクールビューティー!! あとお兄の服着てた・・・?」

 

確証はないものの、女性が異性の服を着て、朝家に帰るという目の前の現実。その関係性に圭は興奮を抑えきれず、彼女が去った後のリビングに突撃した。

 

そこには彼女のものであろう、「メイド服」と「ゆうと書かれたネームプレート」があった。

 

「あわわわわ・・・・」

 

圭はそれを見て、さらに興奮する。多感な年頃、様々な想像を巡らせ、みるみるうちに顔を赤くしながら、真相を突き止めるため兄白銀御行に、息巻いて詰め寄る。

 

「お、お兄! 今の人……!」

 

日頃の激務で疲れているのだろう。疲れた身体を起こし、眠気まなこを擦り、御行はやや遅れて答える。

 

「ん? …ああ。昨日、雨で帰れなくなってな。家に泊まってもらったんだ」

 

言質が取れた瞬間だった。

 

「へー、そうなんだ……!」

 

それは、目の前の物証が全てを物語り、それ以上確認が必要のない衝撃があった。

 

ふと、圭の中で四宮かぐやの存在がよぎる。中等部の中でも、白銀御行と四宮かぐやというビッグカップルの噂は絶えない。

 

最近では、スミシー・A・ハーサカという別の存在の可能性も浮上していた。実の兄ながら、女性人気も高く、女性関係の噂は耐えず存在していた。

 

しかし、それはどれも噂レベルの情報。噂はあくまで噂。目の前に起きた現実に、圭の思考は引っ張られる。

 

(黒!! 完全にクロ!!)」

 

圭のスマホを持つ手が震える。これは一大事だ。兄の青春の夜明けだ。 彼女はすぐさま、さっきまで一緒にいた親友の連絡先をタップした。

 

『もしもし圭ちゃん! どうしました?』

 

「ちか姉! 大変! お兄が、「ゆう」さんっていう、すっごいクールビューティな人をお持ち帰りしたの!メ、メイド服も持ち込んでて…! ちか姉からも、お兄に探り入れてみて!?」

 

『……えっ? ゆうさん?』

 

電話の向こうで、藤原千花の思考が高速回転する。やがてそれは点と点が繋がり、藤原の脳内に一つの『最悪で最高な仮説』が弾き出された。

 

(ハッ! これは!? ど、どちらにせよ、面白すぎる匂いがします……!)

 

藤原は、憶測の域を飲み込んだ。 このまま『謎の彼女・ゆう』として会長をイジり倒せば、かぐやさんの面白い反応も見られるかもしれない、という悪魔の好奇心が勝ったのだ。

 

『……任せてください、圭ちゃん。このラブ探偵チカが、会長の秘密を丸裸にして見せますから! 』

 

こうして、『白銀御行のお持ち帰り疑惑』の噂は、秀知院学園を巻き込む未曾有の炎上騒動へと発展していくのである。

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