かぐや様は告らせたい 〜ありもしない噂(うそ)〜   作:おたっきー

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白銀御行は守護りたい(3)

火曜日の早朝、緊急ミーティングと称して僕と早坂さんを呼び出した四宮副会長は、オロオロと分かりやすく取り乱していた。

 

「揃いましたわね。早坂! 上澤さん! 学園で飛び交う会長の噂はなんですの!? 全く状況が呑み込めませんわ!」

 

昨日、生徒会室で知能が低下した「かぐやちゃん」モードになり、白銀会長とイチャイチャしていた時の記憶が完全に飛んでいるらしい。

 

つまり、今の彼女は目が覚めたばかりの『ほぼまっさらな状態』だった。そんな中で、愛しの白銀会長のドス黒い噂を聞かされたのだから、パニックにもなるだろう。

 

……普段はあんなに完璧で冷徹なのに、恋愛が絡むと途端にポンコツになる。僕が心の中で深く同情していると、教室の隅で姿勢よく起立していた早坂さんが、淡々とした声で口を開いた。

 

「かぐや様、落ち着いてください。現在学園を騒がせている噂の状況をご報告します」

 

早坂さんはホワイトボードに、週末の目撃情報を無機質な文字で列挙していく。

 

・【金曜の夜】雨の中、会長が『メイド服の少女』とタクシーに同乗。

 

・【土曜の昼】玄関先で、会長が『謎の少女』に「もう帰さない」と迫る。

 

・【日曜の夜】白銀家から『金髪の美少女』が出てくるのを目撃される。

 

四宮副会長の目が点になり、やがてその口元がワナワナと震え始めた。

 

「金曜、土曜、日曜……日替わりですって!? でも、会長に限って。そんな…」

 

四宮副会長の表情と声から、すでに浮き沈みが激しく心揺れている様子が見て取れる。

 

「もちろん全て噂の範疇です。ただ、火のない所に煙は立たないですよね?」

 

「私というものがありながら……っ! それに! 日曜日は、デ、デートにも行ったのですよ!?」

 

急激に室内の温度が下がり始める。 すると、早坂さんはかつてないほどの早口で、絶妙なフォローを入れた。

 

「お待ちください、かぐや様! 解析結果から申し上げますと、土日の目撃情報は非常に曖昧で、尾ひれがついたデマの可能性が高いです。……会長のあのお人好しな性格を考えれば、本命であるかぐや様を隠すための、ただの目眩ましという線も濃厚です!」

 

「……目眩まし? 私を守るための?」

 

「ええ。ですから、悲観する必要はありません。……しかし!」

 

早坂さんは、マーカーで『金曜のメイド』の項目を激しく叩いた。

 

「この金曜日のメイドだけは、極めて悪質です! 雨という密室状況を利用し、あろうことか会長のタクシーに上がり込み、たぶらかした諸悪の根源! この『金曜のメイド』は徹底的に正体を暴くべきです!!」

 

「待って! なんで金曜日にだけそんなに殺意高めなの!?」

 

僕はこの有能な近侍の恐ろしく的確な情報説明に、ハッとする。

 

早坂さんは今、土日の噂の信憑性を意図的に下げ、かぐや様が嫉妬で狂う前に全てのヘイトを『金曜のメイド』に一点集中させようとしている?

 

僕はたまらずホワイトボードの前に身を乗り出した。

 

「四宮副会長! 金曜日の帰り際にラインで事前に報告した通りです! 雨を凌ぐために、咄嗟にうちの出し物の衣装を頭に乗せて歩いたのは本当に『僕』なんです! 土日の正体は知りませんが、少なくとも金曜日は僕の可能性が高いです!」

 

僕としては、事前に送っておいた安全網(ライン)を根拠に、真実のみを伝えて会長の潔白を証明したつもりだった。 ……しかし。

 

「……ライン? 何のことですの?」

 

四宮副会長は、キョトンとして手元の真新しいスマホを見つめた。

 

あ、しまった。この人、金曜の夜に余韻でパニックになって、自室の壁にスマホを全力で投げつけて粉砕したから、僕の事前報告なんか一切見てないんだった……!

 

僕が気づいた時には、もう手遅れだった。 四宮副会長の瞳から、スッと感情の光が抜け落ちていく。

 

「……上澤さん。貴方という人は、そこまでしてあの男の『浮気』を庇うのですか?」

 

冷ややかな視線が、僕を真っ直ぐに射抜く。

 

「……貴方は普段、自分の『消したい過去』を極端に嫌悪し、ダサい眼鏡と前髪で必死に息を潜めて生きているではありませんか。 ……それほどまでに目立つことを恐れる貴方が、自ら進んでメイド服を被って、全校生徒の好奇の目に晒されるはずがありません。違いますか?」

 

「うっ……」

 

ぐうの音も出ない論理的な説明。まさに、普段の「上澤有智の心理」を、これでもかと掌握していた。

 

「答えは一つ。……貴方は、自分のトラウマを抉ってまで、会長の『本命の愛人』を隠すための身代わり(スケープゴート)を演じているのでしょう!? そこまでして、私を騙し通せると思いましたか!」

 

だがそれは、僕のトラウマを裏付けに使い、完璧な『斜め上の深読み』であった。

 

かくして、記憶がまっさらなポンコツ令嬢のアンジャッシュと、土日の何かを隠蔽しようとする近侍の黒い誘導によって、僕の立場は最悪の形で固められてしまったのだった。

 

 

***

 

 

早朝の最悪な緊急ミーティングを終え、僕は重い足取りで火曜日の廊下を歩いていた。

 

学園という名の戦場は、僕の胃の痛みなどお構いなしに、甘い夢を許さない悪意と好奇心のノイズを撒き散らしている。

 

噂というのは、時に生き物のように姿を変える。 最初は小さな火種だった。

 

「金曜のメイド」の話は、週明けには巨大な業火となり、もはや誰の手にも負えない怪獣へと進化していた。

 

「……不純です! 不潔です! このような根も葉もない噂を書き込む者は、風紀委員が片っ端から停学にします!!」

 

廊下では、伊井野監査が顔を真っ赤にして叫んでいた。

 

彼女は善意100%で、会長の汚名を晴らすために強硬な「言論統制」を開始したのだ。

 

これが最悪の燃料になった。

 

伊井野監査がスマホのチェックまで始めたという事実は、生徒たちの間で「四宮家の圧力がかかった証拠隠滅だ」と逆手に取られ、噂をより毒々しく、真実味を帯びたものへと深化させていた。

 

「ミコちゃん、落ち着いて。逆効果だって石上も言ってたでしょ」

 

憤慨する伊井野監査の隣で、大仏さんが眼鏡の奥から静かに周囲を観察し、宥めるように声をかけていた。しかし、一度火がついた伊井野監査の正義感は止まらないようだ。

 

「そんなこと言ってられないよ! 会長が日替わりでメイドを連れ込んでいるだなんて、そんな破廉恥な嘘、風紀委員として見過ごせませんっ!」

 

日替わりでメイド…。それは尾ひれがつきすぎだろ…。

 

「ミコちゃーんっ! 一旦落ち着いてー!」

 

そんな二人に見つからないように、そっとその場を過ぎ去ろうとそろりそろりと目立たないように行く。

 

「あ、上澤先輩」

 

くっ、大仏さんに見つかってしまった。昨日のやりとりを思い出し、脈が少し早くなる。

 

「ヤァ、大仏サン」

 

明らかにカタコトの挨拶。しかし、大仏さんは気にも留めずに話し始める。

 

「昨日は急に失礼しました。ミコちゃんから『金曜日のメイド少女はKANA似って藤原先輩が言っていた』と、聞いたもので…」

 

またその話か。途端に僕の心臓が跳ねる。

 

「なので、わかる人にはわかりますよ。同じ界隈出身者としての忠告。いえ心配です」

 

大仏こばちの静かな、けれど逃げ場のない言葉に、僕の思考は一瞬で白濁とする。

 

「……か、界隈? 何のことか分からないな。急いでいるから…ごめんね」

 

僕は引き攣った笑顔すら作れぬまま、逃げるようにその場を後にする。

 

次に耳に入ったのは、最近のトレンドである噂だ。

 

「四宮さん、あんなに尽くしてたのに……」

 

「会長、休日は日替わりでデリバリーを……」

 

……あーあ。早坂さんの情報通り、好き勝手な噂が飛んでるな〜。

 

僕が知っている真実は、金曜のことだけだ。金土日の女性たちの正体は僕にも分からない。

 

だが、その金曜日の『メイド』が僕ではない身代わり(だれか)だと、主君である四宮副会長に断定されてしまった今、僕にできることは何もない。

 

そんな諦観と共に廊下を進んでいたその時だった。

 

「ねえ、裏掲示板の新しい書き込み見た?」

 

すれ違った女子生徒たちのひそひそ声が、不意に僕の耳に引っかかった。

 

「ああ、あの金曜の夜のメイド、『ゆう』っていうみたいね! 」

 

「そうそう! 」

 

噂というのはこうして拡散されていくんだな。

 

僕は現実とネットの口コミが共に拡がりつつある事を実感する。

 

スケープゴートなりの、別の対策を講じた結果かもしれない。

 

「で! 顔は最近話題の若手女優に似てるんだって!」

 

……ん? 若手女優? なんだそれは。会長の愛人疑惑に、今度は芸能人まで絡んできたのか?

 

「深夜ドラマに出てる、あの……ほら、キャッチコピーが『十歳で酸いも甘いも舐めた天才子役』の……!」

 

「そう、KANAだ!! あの金曜のメイド、KANAにそっくりだったらしいぞ!!」

 

ドクンッ。

 

僕の心臓が、肋骨を内側から叩き割るような、強烈な音を立てた。 全身の血が逆流し、足の裏から急激に温度が奪われていくような感覚に見舞われる。

 

金曜の夜のメイド。それが、KANAにそっくりの女の子。

 

朝に繋がりかけた点と点が、最悪の形で繋がっていく。

 

……なんで。どうして、こんな所で『その名前』が出る!?

 

そこで僕は、先ほどの眼鏡の少女の忠告を思い出す。乱れそうになる呼吸を整える。

 

思惑が外れた。ただのBL疑惑なら、白銀会長がこのまま黙秘を貫き、僕と石上会計に向けられる好奇の目、あるいは羨望の眼差しを耐えていれば、やり過ごせたかもしれないのだが…。

 

……やばい。息が、うまく吸えない。

 

これ以上、このノイズを聞き続ければ、鍵をかけていたトラウマの箱が完全に開いてしまう。

 

極度の不安と恐怖を感じた僕の脳は、生存本能として強制的にスイッチを切り替えた。

 

僕は逃げるように生徒会室へ駆け込み、ディスプレイに映るスプレッドシートの数字に文字通り「没頭」した。

 

キーボードを叩く音が、異常な速度で室内に響き渡る。

 

現実から目を背け、ただひたすらに目の前の事務処理という名の防御壁を築き上げる。

 

「あ、上澤先輩。お疲れ様っす」

 

逃げ込んだ生徒会室には、すでに石上会計が自分のデスクでノートPCを開き、死んだような目を画面に向けていた。

 

しかし、資料を広げてもおらず、いつもと様子が違う。気になった僕は、問いかける。

 

「……石上会計。何してるんだ?」

 

「何って、裏掲示板の監視とスクリプトによる書き込みの削除っすよ。……朝から伊井野がアナログで『不潔です!』って言論統制して回ってるせいで、逆にストライサンド効果が起きて、ネットの噂が爆発的に燃え広がってるんすよ」

 

石上会計は深いため息をつきながら、カタカタとキーボードを叩きながら続ける。

 

「はぁ…。このご時世、噂ってのは現実もネットも場所は関係ないからな…。お疲れ様」

 

「しかも、週末日替わりで美女をお持ち帰りって…普通に考えて、あの激務でクマだらけの会長にそんな体力あるわけないじゃないですか。藤原先輩の語る『会長と僕たちの背徳のBL説』ってのも、一部界隈では盛り上がってますけど、論外ですよね」

 

石上会計は呆れた物言いで、笑い飛ばす。僕もそれを聞いて、ネット情報を鼻で笑った。

 

「確かに、そのBL脚本には参ったな。さっき生徒会室来る途中、「会長とゆうくん、どっちが受けでどっちが攻めだと思う?」っていう女子2組がいたよ。恐ろしい限りだ」

 

「ははっ、僕なんてマス研部の人たちに、直にその手の話聞かれましたからね。『白銀会長とゆうくん、どちらが受け攻めですか?』って。そんな事実はないってバッサリやっときました」

 

「ははは…お疲れ」

 

「ところで先輩、聞きました? 今、ネットで一番ホットな話題。……金曜の夜の『ゆう』っていうメイド、今話題の若手女優『KANA』にそっくりだったらしいっすよ」

 

今日何度目だろう。僕の整いかけた脈拍が、また乱れ出す。

 

「そ、そうなの? 僕はテレビも見ないし、芸能には疎くてね…」

 

「で、僕、気づいちゃったんすよね」

 

そんな僕をお構いなしに、鋭い前髪の隙間から、ジッと見つめる瞳と視線が合う。

 

「あの不器用な会長が、そんなデリバリーみたいな真似をするはずがない。……会長には、絶対に誰にも言えない『秘密』がある。だからこそ、頑なに相手の『本当の名前』を隠してるんだって」

 

見透かされているような瞳に、僕はたじろぐ。たまらず目を逸らす。

 

「ひ、秘密って……」

 

「ええ。何か、とてもドラマチックで、切実な理由が……」

 

石上会計の目が、名探偵のように光る。この男は、鋭い。

 

白銀会長が「石上がいないと生徒会が破綻する」というくらい有能な人材であるのも理解できる。

 

「……まだ証拠が足りないんで、僕の口からは言えませんけど。…… 今日出てきた名前、『ゆう』って書いた奴も、ちょっと怪しいんですよね」

 

「た、確かに、ここで名前まで出てくるのは怪しいね。藤原書記が何故か『ゆう』って名前を知っていたし、彼女の可能性があるんじゃない?」

 

「普段の藤原先輩を知っているなら、そう考えるのは極めて正論ですね」

 

石上会計は、目を緩ませてフッと笑いかけるが、すぐに真面目な表情に切り替わる。

 

「…ただ、あの人は月曜日には『ゆう』って名前を知っていた。つまり、週末に名前を抑えていた可能性が高い。…にも関わらず、その名前がネットで出たのは今日…。上澤先輩、先輩は何か知ってますか?」

 

この男、本当に鋭い。もしかして墓穴を掘ったか? 極度の不安と恐怖を感じた。

 

「し、知らない! 僕は何も知らないよ!!」

 

僕は勢いよく否定する。これ以上石上会計と話していれば、ボロが出る。

 

それ以前に『KANA』というワードを浴び続け、刺激されたトラウマのせいで、パニック発作を起こしそうだ。

 

生存本能として強制的にスイッチを切り替えた。

 

「……今は噂話より、今週末に迫る奉心祭の準備だ」

 

僕は無理やり意識を仕事に向けるよう早口で独り言を唱え、自分に言い聞かせた。

 

「最終備品チェック。B列の数式にエラーが出ている。これを直すのが先決だ。アルファベット順の備品リストも作り直さないと……!」

 

自分のデスクに座るなり、ディスプレイに映るスプレッドシートの数字に文字通り「没頭」した。

 

タタタタタタタッ!! ターン!! 不安をかき消すための異常な速度のタイピング音が、室内に響き渡る。

 

「……えっ。ちょ、上澤先輩? なんですかそのタイピング速度。いつもの3倍は速いですよ!?」

 

「話しかけないでくれ石上会計! 今、僕の脳内CPUは奉心祭の備品管理に100%リソースを割いている!!」

 

「うわぁでた、上澤先輩のバグモード…。今日はやけに急だなー…」と石上がぼやくようなツッコミを背中に浴びながら、数字の羅列へと逃避し続けていた。

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