超かぐや姫!~"はじまり"、祈り。そして、”はじまり”~ 作:tomine1411
(注:独自設定が含まれます)
A.D.202x。ツクヨミ某所。
「...なぜ僕がこれを纏める必要があるんだ?」
「FUSHIじゃなきゃできないから...かにゃあ...。」
「説明になってないぞ」
「まぁまぁ。あと、一時的に思考のロギング起こしてるからよろしくね」
「えぇ..」
僕はFUSHI。元はペットロボットだったらしいのだが、今では月の技術で色々と魔改造された結果、
ただ、僕はその特性上トップダウン型の人工知能であり、本来はこうした思考のログなどは残していない。
最終的な出力結果のみを残すのが基本だ。
しかし、こうしてヤチヨに指示された時だけは思考ログをわざわざ日本語に直して保存している。
...本題に戻ろう。「人生の分岐」とは、なにか。
僕も、ヤチヨも、幾度となくしてきたもの。可能性を選び取り、それ以外のものを捨てること。
人生は無数の分岐点でできているとも言うけれど、それを意識的に選ぶことは以外と少ない。
僕たちのような精神生命体の類でなければ。
というのも、僕たちは基本的に自我の変化に自覚的だからだ。(例外が無いわけではないが)
基本的に、僕たちのような情報汚染が即座に死に繋がりかねない生命体は、大抵の場合バックアップを常に参照している。
これは僕も例外ではない、のだが。
ヤチヨは、その例外に当たるのだ。
原因は明確である。足りないのだ、容量が。
データ生命体である月人、そしてその容量は生きた年数に比例する。
そして、"もと光る竹"は数千年単位でのデータ保存には対応しきれない。
もともとこの舟が月での容量増加をベースに計算されていたのもあるが、
それでも八千年という時間はこの舟のリソースを食い潰すのに十分過ぎる時間だった。
だから、ヤチヨは。
あの月から帰ってこようとした、そのタイミング。
その時のバックアップだけを頼りに、今も生きている。
そして、もう一つ決めたことがあった。
これを決めた時も、それ以外も。
ずっと、選択する時は二人一緒だということ。
その時から、始めたこともある。
その時刻を、絶対に消えないように記録しておくこと。
決意を、決断を。忘れないために。
これは僕たち二人のための習慣だった。
...「さぁ、何度目かの選択の時間だ。現在時刻を記録するぞ。」
何度ともなく発した言葉。もう慣れてしまった言葉。
何かを、失うための言葉。
可能性を捨て、何かになるための、言葉。
これからも、人と出会い続けるのか。
彼ら/彼女らに、
歴史が変わる可能性を見ても、それに介入しようとするのか。
ヤチヨを演じるのか/ヤチヨに変わるのか。
出会うことは、失うことと繋がっている。
可能性は、決断に繋がっている。
私たちにとって、変化とは急速に起き得ないはずのものだった。
それでも、変化は起き続けた。
この長い時間は、かぐやを別物に変えてしまうには十分すぎる時間だったから。
おそらく、これからもヤチヨと僕は選択を続けるのだろう。
何かを選び、何かを捨てるのだろう。
でも、これだけは忘れたくないと思う。
その先に見える未来は、決して他の誰のものでもないということ。
未来を選ぶということは、決して悪いことではないこと。
「...以上。これでいいのか?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとうね、FUSHI」
文章を、見返す。
やっぱり、記憶に齟齬が出かけている。
FUSHIの分は大丈夫でも、私の分はおそらくあとそこまで持たない。
「...思い出、また作りたいなぁ」
祈りはまだ、遠い。