長命種パーティ、命と引き換えに守ったら千年後も病んでる   作:広路なゆる

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01.千年の重み

 シオンは少々、プレッシャーに弱い男であった。

 大事な試験があったり、人前に出たりする直前になると胃が痛くなる。

 もうすぐ社会人であるのに、このまま社会に出て大丈夫だろうか。

 そんな不安を抱えていた矢先、友人の女性からパーティを組まないかと誘われた。

 シオンは思った。

 この体質を改善するためには劇薬が必要だ。だから、しばらく冒険者というものをしてみても良いかと。

 

「僭越ながらご一緒させていただきます」

 

 シオンは誘いに乗り、冒険を始めてみた。

 

 それから数年後。

 

 胃が……胃が痛い。

 

 シオンは胃を痛めていた。

 なぜなら、今日は、魔族の総帥〝オルフェ=ゼフィロ〟との決戦()()だからだ。

 

 どうしてこんなことに……。

 

 シオン自身、現実感がなかった。

 

 まともな社会人になるための自己啓発のつもりで始めた冒険者活動。

 それなのに気が付けば、魔族の総帥との決戦が明日に迫っている。

 

 どうしてこのような状況まで到ってしまったのか。

 理由として、一緒に冒険を始めた友人の女性が覚醒したことが大きいだろう。

 魔女と呼ばれる強大な力を持つ存在となった。

 

 さらに旅の途中で、強力なメンバーが二人仲間になった。

 

 ある時、シオンはメンバーに伝えた。

 

「あの……方向性の違いとかがあればお役御免してくれても……大丈夫だけども」

 

 だが、

「なに言ってるの? シオン、あなたの替えなんていない。わかるよね?」

「シオン様が抜けるなら私も抜けます」

「シオくんがいるから僕はここにいるんだよ?」

 なぜかパーティメンバーの魔女、エルフ、龍娘はそれを固辞した。

 

 シオン自身、パーティメンバーに引け目を感じ、だからこそ精一杯くらいつくように努力して、聖騎士と呼ばれるまでに到ってはいた。

 

 到ったけども……。

 

 胃が痛い。

 

 体質を改善するという、当初の目的は果たせていなかった。

 

 ◇

 

 実のところ、シオンは、最初から考えていた。

 いざとなればそれが役割の一つであると。

 

 だから、迷いはなかった。咄嗟に判断できた。自然に体が動いた。

 

 確かにまだ、自身が生きてきた年の半分以上の寿命が残っているかもしれない。

 

 しかし、自分の残りの寿命など、()()()のそれに比べれば些細なものだった。

 

「いやぁあああああッ!! なんでッ!? どうしてッ!? シオン!!」

「シオン様、今、蘇生を……! 必ず助かりますから。どうか心配なさらずに」 

「シオくん、おかしいよ。シオくんのお腹から血がたくさん出てるんだ。変な夢だよねー」

 

 どこまでも広がる荒野。

 いや、正確には戦いの末、荒野になってしまった場所。

 それがシオンの旅の終着点。最後の戦場であった。

 激しい戦闘の爪痕を残し、焦げ付くような異臭が漂う荒野。

 その中心で、シオンは大の字に倒れていた。

 

 魔族の総帥〝オルフェ=ゼフィロ〟との決戦。

 

 死闘の末、追い詰められた魔族の総帥(オルフェ=ゼフィロ)が放った最後の攻撃。

 絶対不可避の呪い〝ザル・エン・ヴェルグナ〟。

 

 その呪いがシオンのパーティ四人を呑み込もうとした。

 

 魔族の総帥(オルフェ=ゼフィロ)は自身の存在と引き換えに、四人を道連れにしようとした。

 

 だが、結果として魔族の総帥(オルフェ=ゼフィロ)の目論見は失敗に終わる。

 

 それを果たしたのが、まぎれもなくシオンであった。

 

 シオンはとんでもないメンバーの中にあって、唯一、自分自身が評価に値すると感じるスキルを持っていた。

 聖騎士の自己犠牲スキルは()()成功する。

 

 三人のパーティメンバーには傷一つ付けさせなかった。

 

 だから、結果として、自身が三人分の呪いをその身一つに引き受け、四回死ねるほどの痛みを負い、倒れても後悔よりも達成感の方が大きかった。

 

 大きかった、のだが……、

 

「だめッ、シオン、逝かないでッ! 逝っちゃだめッ! お願いだからッ!」

「なんで!? どうして!? どうして精霊の加護が効かないの!?」 

「なんだか悪質な夢だなー。明日はいよいよ魔族の総帥(オルフェ=ゼフィロ)との決戦だっていうのにさー」

 

 シオンが守った三人のパーティメンバーは寄り添い、それぞれの言葉をシオンに投げかけていた。

 

 シオンは薄れゆく意識の中で、三人の顔を眺める。

 

「シオン、戦いが終わったら、適度に働きながら、ミレア達と一緒にゆっくりすごしたいって言ってたよねッ、だから、だめだよッ! 目を閉じないでッ!」

 

 魔女のミレアルナの眉は深く寄せられ、口元は歪み、大きく見開かれた目からはとめどなく涙が溢れていた。

 泣いてくれて、ありがとうな。たださ、俺みたいな奴が不滅の魔女様を守ったなら大きな成果じゃないか?

 

「大地の精霊ナーディアよ、どうかそのお力を……! どうか……! ふざけんなっ、役立たずがっ!! おいっ、今、役に立たないで、何が信仰だ!」

 

 エルフのハテネラは、必死の形相で精霊に祈りを捧げている。

 ナーディアくんだって頑張ってるんだから、そんなに責めないであげてくれよ。

 

「ねぇねぇ、シオくん、ほっぺつねって痛くなかったら夢って言うけどさー、僕、ほっぺつねって痛かったけど夢だったことあったんだけどー」

 

 龍族の娘であるユギだけは、平常時の表情を貼り付けられたような顔をしていて、唯一、冷静なようだ。

 わかるぞ。俺も夢の中でも胃が痛いことがあった。

 

「シオン、私は貴方のいない平和なんていらないッ、いらないのッ」

 

 そんなこと言うなよ、ミレアルナ。

 

 君達には穏やかに過ごせる平和を享受してもらわないと困る。

 

 短命種で胃痛持ちの俺と違って、君達にはこれから長い長い生涯があるのだから。

 

 だから、どうか……、

 

 シオンは願った。

 

「後を追うなよ……。幸せになってくれ……」

 

 あぁ、これで胃痛からも解放されるんだな。

 

 ◇

 

 英暦720年。

 魔族の総帥(オルフェ=ゼフィロ)との戦いの末、聖騎士シオンは死亡した。

 シオンは確かに死亡したのだ。

 

 ◇

 

「…………?」

 

 突然、意識が浮上する。

 

 連続性はないのに、直前の記憶ははっきりとしている。

 

 本当に突然のことで、まるでずっとそこにいたかのような感覚で。

 

 だが、確かにそこにシオンの自己同一性(アイデンティティ)があった。

 

 だから、シオンが、

 

 え……? 俺、死ななかったのか?

 

 と考えるのは当然で、まずは自身の両腕の存在を視認しようとすることはいたって自然であった。

 

 は……?

 

 黒かった。

 

 龍娘のユギのように、肌が色黒とか、そういう話ではない。

 真っ黒な(もや)のような、粒子の集合体のような腕がそこにあった。

 それと、浮遊感があった。

 要するに地に足をつけているのではなく、空中を漂っている感覚がした。

 

 つまるところ、人間ではなさそうであった。少なくとも。

 

 ……鏡か。

 

 シオンは、今、自身が欲しい物を率直に考える。

 だが、その前に、

 

 ここはどこだ? 天国か? はたまた地獄か。

 

 シオンは辺りを見渡す。

 

 まずわかることは室内であること。

 

 薄暗いが窓から光が差しており、夜ではないこと。人影はないこと。

 

 古びた石造りの六畳程度の空間で、その床の中央には紋様らしきものが描かれている。

 花びらで構成された紋様だ。

 円の外周には線や茨のような模様が幾重にも重なり、文字がびっしりと刻まれている。

 

 紋様の外側には、謎の品々が散乱していた。

 

 口の広いガラス瓶がいくつも転がり、中には干からびた何かが残っている。

 蓋の閉じられていないものも多く、床には白や黒の粉がこぼれ、踏み荒らされた跡が不規則に広がっていた。

 

 古びた金属の皿には、黒く固まった液体がこびりついている。

 

 そして、多くの書物が無造作に開かれ、乱雑に置かれていた。

 書物には書き込みで塗り潰され、何度も書き直された跡があった。

 

 ……なにかの儀式をするための部屋だろうか?

 

 そして、シオンは部屋の中に、目当ての物を見つける。

 大きな直立型の姿見で、すぐに見つけることができた。

 

 シオンはいくらか緊張しながら、鏡面の前に立つ……いや、浮く。

 

 ……なるほど。

 

 鏡に何も映らないことも覚悟していたが、結果は少し違った。

 

 シオンは頷く。

 

 これはいわゆる〝ウィスプ〟ってやつだろうか?

 

 全身が腕と同じく黒い(もや)のような存在。

 それが今のシオンであった。

 

 俺は生まれ変わって、スピリッツ系の魔物にでもなったってことなのか?

 

 えーと、声は……。

 

 シオンは試しに発声しようとするが、声は出せなかった。

 

 …………いや、鬱だな。

 

 シオンはなんとか平静を保ってはいるが、現状についてかなり悪い状態であることを悟る。

 

 ん……? 待てよ。

 よく考えたらこの身体には内臓がないのではないか?

 そうならば、メリットもあるかもしれない。

 

 生前悩まされた胃痛から解放される。

 シオンはそんな風に無理矢理に前向きに考えてみる。

 

 とはいえ、情報収集をやめるわけにもいかず。

 

 目の前の状況は一旦、把握したシオンは、もう少し広い範囲の情報が欲しかった。

 

 シオンは床に転がっていた比較的傷んでいない本に視線を向け、そして拾うことを試みる。

 

「……っ」

 

 シオンはまず、無事に本を拾うことができたことに安堵する。

 

 黒い(もや)のような身体には()()()()()ようであった。

 

 つまり、思念のようなものではなく、現実世界に干渉することができるということだ。

 

 それがわかったところで、シオンはふと思う。

 

 ……ってことは、今、俺は全裸ということか?

 

 急に羞恥心が芽生える。

 黒い(もや)のような身体ながら、頭と腕と胴体があり、脚がないこと以外の形状は人間の姿によく似ていたからだ。

 

 せめて、なにか……羽織る物はないだろうか。

 

 そう考え、もう一度、辺りを確認すると、ちょうどよいローブが壁に掛かっていた。

 

 ……申し訳ないが、ちょっと拝借させてもらおう。

 

 盗難に近く、気が引けたが、羞恥心には抗い難く、シオンは壁からローブを手に取る。

 

 ローブを羽織ったシオンは再び鏡を見る。

 

 うーむ、フードを深く被れば、パッと見、人間に見えなくも……。いや、厳しいか。

 

 遠目なら辛うじて人間と見間違う可能性もなくはない。

 しかし、近くで見れば、それは間違いなく異形であった。

 

 しかし、このローブ……。

 

 シオンは咄嗟に羽織ったローブになぜか懐かしさのようなものを覚える。

 

 強酸の雨の平原を渡るときなんかに、こんな感じのを羽織って渡ったっけな。

 あれは魔女のミレアルナの防衛魔術が編み込まれた特別な品だったな。

 

 ふと過去の情景が脳内を巡り、シオンの心は小さく揺れる。

 

 あ、いやいや、現実逃避している場合ではなかった。

 

 シオンは我に返り、意識を先ほど拾い上げた本の中身に向ける。

 

 まず最初に重要なことに気が付く。

 それは言語が同じであることだ。

 

 言語が同じということは、どこか全く別の世界である可能性がかなり低下する。

 

 シオンは僅かな安堵と共に、本をめくる。

 

 ……なんだこれは?

 これは本というよりは日記か?

 それとも何かの記録か。

 それにしては……。

 

 本は手書きで書かれたものであった。

 しかし、その文字は極めて乱雑であれ、解読は困難であった。

 

 それでも日記、あるいは記録であると予測できたのは、ページごとに()()が記載してあったから。

 

 最新のページに記された日付は、英暦1720年。

 

 英暦1720年……!?

 

 本を持つシオンの手が小刻みに震える。

 

 俺達が魔族の総帥(オルフェ=ゼフィロ)と戦ったのが、英暦720年。つまり……。

 

 英暦1720年。

 それが意味するところは、

 

 ここは俺が死んだ千年後の世界ってことか……?

 

 それに気づいた時、シオンの胸が跳ねる。

 どうやらこのような姿になっても感情は保たれているようだ。

 

 シオンが真っ先に思ったこと。

 

 みんなは……、パーティのみんな……。

 

 ミレアルナは、ハテネラは、ユギは、

 

 幸せになってくれたのだろうか……。

 

 いや、しかし千年も経っているのだ。

 色々なことが変わっているかもしれない。

 

 変化は受け入れつつも、シオンの頭の中に、三人とも既に天寿を全うしただろう……という考えはなかった。

 なぜなら彼のパーティメンバー三人は、何千年、何万年と生きることができる長命種であったから。

 

 しかし、長命種は、いくら老いることがないとはいえ、死なないわけではない。

 稀少な悪病や呪いを伴う外傷により、命を失う可能性はあった。

 

 それでも、やはり……、

 

 あいつらの顔が見たい……な。

 

 シオンの本音はそれでしかなかった。

 

 だが、同時に、顔を()()()ことについては迷いが生じた。

 きっと彼女達が生きているとしたら、すでに現在の生活を営んでいることだろう。

 今さら、こんな異形の姿の俺を見せてそれが何になる? 場合によっては辛い想いをさせるだけだ。

 

 そんなことを考えていた時であった。

 

 突然、物音がして、シオンはどきっとする。

 扉を開ける音だ。

 

 まずい……。

 

 室内ということは、その空間の所有者がいるはずだ。

 考えればすぐにわかることだが、なぜかそのことがシオンの頭から抜けていた。

 

 だから、咄嗟のことで、シオンは気が付くと姿見の後ろに身を隠していた。

 

 その間にも、ひたひたと足音が移動していた。

 

「いつぶりだったか忘れってしまったけれど、たまには水浴びも悪くないかもしれないわね。一つ、儀式のアレンジのアイデアが思いついたわ。さっきの術は過去最高の完成度の自信があったのに、不発に終わってしまったから……」

 

 透明感のある女性の声であった。

 その女性がなにやら独り言をつぶやいているのがシオンの耳にも聞こえてきた。

 

 シオンはこっそりと姿見から、声の方を覗いた。

 

 …………え。

 

 絶句した。

 

 まず、女性は一糸まとわぬ姿であった。

 

 ゆえにシオンはすぐに覗くのを止めた。

 

 ただ、一瞬だけ目に入った情報から、分かることがあった。

 桃色の長い髪から水が滴っていた。

 

「……スピリッツ系の魔物の魂を触媒にして、聖遺物の一部を溶かし、どろどろのスープ状に。それを術者の全身に塗りたくればあるいは……。でも、そのためには大量のスピリッツの魂が必要かしら。一体のスピリッツから絞り出せる魂の量はごく僅かだから。とはいえ、まぁ、せいぜい100体程度。それは大きな問題ではないわ。ただ、聖遺物を一部でも使うことの方が……」

 

 桃色の髪の女性は裸のまま、ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、書物に書き込みをしている。

 それは先ほどまで、シオンが読んでいた書物であった。

 

 そして、シオンはよくないことだと思いながら、もう一度だけ彼女のことを確認したくなる。

 

 一致していたのだ。

 髪の色。そして声が。

 

 シオンは罪悪感を抱きながらも、もう一度、女性の姿を確認したいという衝動を抑えることができなかった。

 

 ッ……!!

 

 細身でありながら、出るべきところは確かに主張する……均整の取れた身体のライン。

 背に流れるは長い桃色の髪。

 水浴びの後、乾かされていないその髪は光を反射して、見る者の視線を絡め取って離さない妖しさを宿していた。

 今は下を向いており、はっきりとは見えないが、無駄という概念そのものを排したようなその顔は、作り物のように美しかった。

 

 その姿を確認した瞬間、シオンの胸は跳ねた。

 

 ミレアルナ……だ。間違いない。

 

 見間違えるはずがない。

 それは千年前、数年間の旅、シオンにとって人生そのものとも言える旅を共にした魔女のミレアルナであった。

 

 生きていたんだ……。よかった。本当によかった。

 

 涙が出そうになる。この身体から涙が零れるのかはわからないが。

 

 シオンは姿見から飛び出そうになる。

 

 っ……。

 

 だが、その直前で、無理矢理に自分自身の身体を制止する。

 

 待て。

 先刻、会うべきではないかもしれないと考えたばかりじゃないか。

 俺はこんな異形の姿で。

 ミレアルナには、俺のいない、千年もの間、積み重ねてきた日常があるはずだ。

 一時(いっとき)の感情でそれを壊してはいけない……。

 

 シオンは必死に自らを(いさ)める。

 

「でも、どうして失敗したのかしら。さっきの儀式は本当にこれまでにないほど手ごたえがあったのに。……いえ、諦めちゃいけないわ。失敗からしか学べないことはたくさんある。冷静になって原因の分析と今後に生かせることがないかを考察しないと……」

 

 シオンの葛藤のことなど知る由もないミレアルナはなおもぶつぶつと呟いていた。

 それが聴覚に届けれられるシオンは思う。

 

 ……ところで、ミレアルナは先ほどから何をしているのだろうか。

 

「千年も待たせてしまってごめんね。でも、諦めなければいつか必ず」

 

 ……? 千年、待たせる……とは?

 

「諦めなければ……いつか……いつか……必ず……」

 

 そう言って、ふいに顔を上げたミレアルナを見て、シオンは絶句する。

 

 ミレアルナの瞳に光が宿っていなかった。

 

「いつか必ず……? 本当に? 止まない雨はないの? 明けない夜はないの? 出口のないトンネルは本当にないの? ねぇ、シオン……」

 

 シオン……?

 

 俺の名前……? いやいや、自意識過剰も大概にしろ。

 千年が経っているんだ。

 聞き間違い、もしくは、たまたま同じ名前の奴がいるか。

 

 シオンは努めて平静を装う。

 

 だが、

 

「私のせいで、私が誘ったから、私が存在さえしなければ、シオンは千年前に死なずに済んだんだよね」

 

 いや、今、確実に千年前に死んだシオンって言ったな。

 

「無念だったよね? 私のこと恨んでるよね? でも、安心してね。まだ、たかだか千年。何万年だろうが、何億年だろうが、必ず……必ず生き返すからね……」

 

 ッ!? ミレアは何を言ってるんだ?

 

 ……、いや、ちょっと待てよ。

 

 この床の紋様。数々の古びた書物。

 散乱する数々の怪しげな品々。

 

 ま、まさかミレアルナがやろうとしていることは、

 

 禁断の術〝死霊魔術〟……!

 

「どんなに失敗を繰り返しても……」

 

 いやいや、ミレアルナさん。

 ひょっとしてですが、その死霊魔術……()()()()()()んじゃないですか?

 

「……まえを向くしかないの」

 

 全然、未来(まえ)向けてない……。

 嘘だろ?

 千年も過去(うしろ)のことを今でも引きずって……?

 

 シオンは今のその身体に存在するのかはわからないが、心臓を鷲掴みされたような感覚に陥る。

 

「くしゅん」

 

 ふいにミレアルナがくしゃみをする。

 

「僅かなアイデアでも忘れてしまわないようにと、つい熱中してしまっていたわね。あぁ、煩わしい。食事をすることも、服を着ることも、身体を洗うことも、全てが煩わしい。その時間がシオンを待たせてしまっているのだから。本当に煩わしくはあるのだけれど、体調を崩せば結果的により多くの時間を浪費してしまう。だから、そろそろ何か着ないと……」

 

 そう呟きながら、ミレアルナはきょろきょろと壁を見る。

 そして、血相が変わる。

 

「あぁああああああぁあッ、ないッ! ローブがッ! 私の……私の大切なシオンのッ。いや、いやいや、ぃやああああッ! どこッ!? 私のシオンはどこッ!?」

 

 がたっ……。

 

 ミレアのあまりの威圧感からか、はたまた自身の情動を抑えきれなかったからか、それはわからない。

 だが、耐えきれず、物音を立ててしまったのはシオンであった。

 

 ま、まずい……。

 

 今のミレアルナがその僅かな気配を察知できないはずもなく、ぐるんとシオンの方に振り返る。

 

 シオンのローブを羽織った異形のシオンとミレアルナの視線がぶつかり合う。

 ミレアルナの瞳はどこまでもどこまでも曇っていた。

 

「あなたは……?」

 

 さっきから、胸が跳ねたり、心臓を鷲掴みされたり、気になってはいたんだ。

 そんなものは内臓がないと起きないはずなのだが……。

 

 あぁ、そうだ。この痛みだ。

 

 千年の時を超えて、まためぐり会えたってことか?

 

 つまり……、胃が痛い。




【Tips】
胃痛ちゃん「また会ったね……///」
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