長命種パーティ、命と引き換えに守ったら千年後も病んでる 作:広路なゆる
シオンとミレアルナの視線がぶつかり合う。
「あなたは……?」
ミレアルナに表情は無く、シオンにとっては臓物に鈍痛を感じるものであった。
それでもシオンは思考する。
ミレアルナは俺がシオンだと気づくか?
それはまずい……。
今更こんな異形の姿を……。
いや、待てよ。本当にまずいのか?
ミレアルナは俺を蘇生するために、禁術である死霊魔術にまで手を出していた。
……ミレアルナが本当に幸せになれることはなんだ?
「……あなた」
……! ミレアルナ、俺は……俺は……。
「薄汚い魔物が。その神聖なるローブを今すぐ脱ぎなさい」
え……?
ミレアルナは無表情を崩すことはないながら、異形のシオンに対して、明らかな敵意を向ける。
「さぁ、脱ぐのよ。あるいは今すぐ自決なさい。さもなくば……」
どうやら気づかれていないようだ。
ミレアルナは目の前のシオンのことをただの魔物であると思っている。
それを知り、シオンは少し安堵していた。
この異形が自分であるかを伝えるべきか、その選択が一旦、保留となったからだ。
「あぁ、汚らわしい魔物め。そのローブをわずかでも穢したことは万死に値する。もっとも大きな苦しみでもって……あ、でもまぁ、別にいいんだった」
どういうことだ……?
「ちょうど今、スピリッツ系の魔物の魂が欲しかったところだったわね」
……あぁ、そういえば、スピリッツ系の魔物100体の魂をスープにするとかなんとか呟いていたけれど、どうやらあれは冗談ではなかったらしい。
少し前のことを想起しつつ、シオンはローブを脱ぎ、ミレアルナの方へ差し出す。
「……?」
これまでずっと無表情であったミレアルナはわずかに眉をひそませる。
魔物に意図が伝わり、あっさりと要求に応じることはどちらかといえば珍しいことだ。
シオンは流石に気付いた。
これは俺が生前使っていたローブだ。
ミレアルナが千年後の今も宝物のように大切にしてくれていたのは少し驚きであったが、それがわかったのなら、要求通り、速やかに返すという選択肢しかなかった。
「……言葉が通じるのかしら?」
ミレアルナはシオンからローブを受け取ると、ローブが痛んでいないかを確認する。
大切そうにローブを抱き締め、顔をうずめ、すーはーすーはーと何度か深呼吸をした後、そのままローブを羽織る。
こうしてようやくミレアルナの全裸状態が解除された。
それは良い事なのだが、この所作の間、ミレアルナは目の前の魔物に対し、全く警戒心を見せなかった。
まるでそこに存在していないかのように。
それはなぜか。
話のわかる魔物を信用したからか。
そうでないことはシオンにも分かっていた。
「それじゃあ……」
意に介していなかったから。
魔女ミレアルナにとって、一介の魔物など目を離したところで脅威ではない。
要するに眼中になかったからだ。
「スープの素、一つ確保しようかしら」
ミレアルナは無表情で、右の手の平をシオンに向ける。
一刻の迷いもなかった。
「
蒼紫の陰影がミレアルナの五本の指先から放たれる。
五本の影は歪に揺らめきながら、シオンの周囲を瞬く間に包囲した。
同時にミレアルナが手の平を握りしめる。
それに呼応するように、影は収縮する。
獲物を捕らえる猛禽類の鉤爪のように。
そして握り潰す。
「……え?」
思わず声をあげたのはミレアルナの方であった。
「……防がれたですって? この私の魔術を、一介のウィスプ風情に?」
ミレアルナが零した通り、ただのウィスプがあの魔女ミレアルナの魔術から逃れるなどということは異常事態であった。
……よかった。この姿でも生前の力が少なくとも一部は使えるようだな。
シオンは偶発的に発生した力で生き延びたわけではない。
自らの意思で、ミレアルナの害意から身を守った。
決して……、決して、俺はミレアルナに殺されるわけにはいかない。
確かに現状、ミレアルナは俺が俺であることに気付いてはいない。
だが、少なくとも、今ここでミレアルナの手で……、
その刹那、シオンは想像する。
自身の死後から千年もの期間、失敗しては挑戦し、繰り返し、また失敗して……。
そんな日々のことを。
……今ここでミレアルナの手で俺を葬らせてしまうことは、例え、彼女がそれに気づかなかったとしても……あまりにも残酷じゃないか。
だから俺は、ミレアルナに殺されるわけにはいかない。絶対にだ。
シオンは今、ミレアルナから
「あぁ、煩わしい、煩わしい、煩わしい、煩わしい、煩わしい、煩わしい、煩わしい。時間がもったいないの、わかるでしょ? シオンはもう千年も待っているんだよ? こんな魔物がさ、私の、シオンの時間を奪うんだね?」
っ……。
逃れることは一筋縄ではいかなそうである。
「だけど、きっと、そんなこともあったねと笑い合える日が来るよね?」
できれば今すぐに、笑ってくれるといいのだが……と僅かに思うが、シオンにそんな余裕はなかった。
ミレアルナの手の平には魔力の気配が集まっていた。
「いずれにしても、魂を搾るには、多少なりとも痛めつける必要があったかしら?
空気中に蒼白い球体が発生する。
その球体を発射元として、鋭利な氷柱が弾丸のように射出される。
シオンは魔力の気配を察知し、氷柱の進行方向に対して真横に逃れる。
氷柱は部屋の壁面にぶつかり、壁棚に雑多に置かれていた小物を破壊する。
くっ……、ここで暴れると部屋がめちゃくちゃになるぞ。
ミレアルナは後先のことなど考えていないようであった。
シオンは申し訳なさを感じつつ、窓を突き破って外へ脱出する。
ミレアルナの成果物をこれ以上、破壊してしまうようなことにはなってほしくなかったから。
外に出ると、そこは鬱蒼とした森の中であった。
今、いた部屋とつながった一軒家がある以外、周囲に住居と思しき建物はなかった。
つまり森の中に、家がぽつんと一軒だけ建っているという状況であった。
「逃げないで欲しい、結果は同じで、あとは時間だけの問題なのだから。あなたに費やす時間がシオンが蘇生する時間を遅らせる。あなたの時間とシオンの時間は等価ではないのよ? わかるでしょ?」
シオンが振り返ると、すでにミレアルナも室外に出ていて、その輝きのない瞳となんだか怖い言葉をシオンに向けていた。
……一筋縄ではいかないことは分かっているさ。
だけど、成さなければならない。
シオンも覚悟を決め、ミレアルナを正面から見据える。
その時であった。
地面がわずかに振動した。
次の瞬間、地面から湧き出るように、人骨が這い出てきた。
その数は一体や二体ではない。少なくとも十体はいた。
「スケルトン? 本当にあなたは私を苛つかせるのが得意みたいね。仲間を呼び寄せたのね?」
いや、本当に完全に天然ものの魔物だと思います。
「……この森は妙にアンデッド系の魔物が湧いてきて、うんざりだわ」
ミレアルナさん、それはひょっとして死霊魔術の影響ではないですか?
「全く……。スケルトンじゃ、出汁にはなっても触媒にはならないじゃない」
そう呟いたとほぼ同時に、ミレアルナの周囲に、揺らめく黒い球がいくつも漂っていた。
「
黒い球を始点として延伸した漆黒の針がスケルトンの頭蓋を貫いていく。
わずか数秒で、十数体のスケルトンは全て破壊されていた。
……すごい。
あまりに迅速で、正確な処置に、シオンは窮地であるにもかかわらず感嘆してしまっていた。
圧倒的な理不尽を敵に押し付けるのが魔女ミレアルナの魔術であった。
そんなミレアルナに、心の底から感謝し、尊敬し、憧れていた。
スケルトンが殲滅されると、再び地面が振動する。
「また? あぁ、どうせならあなたと同じスピリッツ系の魔物を呼び出して欲しいのだけど」
ミレアルナが希望を述べたとほぼ同時に、魔物が地面からひょっこりと頭を出した。
「ひっ……」
ミレアルナの口角が僅かに歪む。
その間にも、地面から、太くて長い巨大な芋虫のような姿をあらわにする。
ワームである。
その数は四。
不規則に身をよじりながら、ミレアルナの方に頭部を向けている。
「うっ……うっぷ」
ミレアルナはその場でしゃがみこんでしまい、明らかに様子がおかしかった。
その理由をシオンは知っていた。
ミレアルナはワームが大の苦手であった。
戦術的な理由ではなく、生理的な理由である。
かつて師匠に、修行の一環として、ワーム風呂に浸からされたのが原因だとか。
そんな人間の情動になど、さして敏感でもないワームは、シンプルに豊富なたんぱく源として、目の前のミレアルナに襲い掛かる。
「ッ……! 私はいかなる理由があっても滅びるわけにはいかないのよッ!」
ミレアルナは必死の形相になり、なんとか手の平をワームに向けた。
ワームは肉塊となり、ぼとぼとと無機質な音を立てながら地に落ちた。
「……え?」
ミレアルナは思わず口が開く。
確かに、抵抗の姿勢は見せた。しかしまだ反撃の魔術を発動させるには至っていなかった。
それなのに、ワームは死滅していて、そして目の前には、黒い
黒い靄は人の形に近く、その背中は、まるでワームからミレアルナを護ろうとしているかのように見えて……。
その瞬間、一介のウィスプに、魔物であるはずのウィスプに、ミレアルナにとっての『たった一つの存在理由である人物』の影を重ねてしまった。
それは、ウィスプから微かに聖なる魔力の気配が漏れ出していたからかもしれない。