長命種パーティ、命と引き換えに守ったら千年後も病んでる 作:広路なゆる
身体が勝手に動いていた……なんて大袈裟なことでもない。
例え、現在進行形で命を狙われていたとしても、この場から逃れる絶好の機会であったとしても、
シオンにとって、大切な仲間を守るという大義の前では、取るに足らないことであった。
シオンは、ミレアルナの前に立ち塞がり、そしてワームを滅した。
幸いにも、生前の力、曲がりなりにも聖騎士と呼ばれるに到ったそのスキルの一部はやはり使うことができるようであった。
本来、さして強力ではないワームを苦しむ余地を与えずに葬るくらいには。
ワームが肉塊と化し、地面に落ちる中、シオンは振り向く。
振り向き、親指を立て、「問題ないぜ」と伝える……ためではない。
身を守るためだ。ミレアルナから。
間違いなく絶好のチャンスであったはずだ。
ターゲットが目の前で、がら空きの背中を晒しているのだから。
しかし、シオンの警戒はひとまず杞憂に終わる。
「…………」
ミレアルナは床にペタンとへたり込んだまま、シオンを見上げていた。
そして、唐突に、ほろりと一粒の涙を零す。
え? え? え? なんだ!?
ミレアルナの突然の涙に、シオンの身体はぴきりと硬直する。
「あなた、まさか……」
……ミレアルナ!? もしや気付いて……。
「まさか、友好種なの?」
え、えーと、ち、違うけども。
しかし、シオンはその誤解を攻撃を停止してもらう好機と見るや、こくこくと何度も頷いてみせる。
「そうってこと、かしら。でも……友好種なんて、千年以上、一度も遭遇していなかった。旅の途中では何度か見掛けた。だから、友好種は元々存在しているものではなく、シオンの存在がそうさせているものと結論づけていたけれど」
ミレアルナは顎に手を添えて、難しい顔をしている。
「……いいわ、あなたをスープにするのは保留にしてあげる。ワームがまた現れるかもしれないし」
ミレアルナは身震いする。
しかし、すぐに、すくっと立ち上がり、何事もなかったかのように、すたすたと扉の前まで歩いていってしまう。
シオンはその背中を見送る。
と、ミレアルナは扉の前で立ち止まり、じっとシオンの方を見る。
……。
……。
いっときの沈黙が生じ、シオンは少し気まずくなる。
沈黙を解いたのはミレアルナであった。
「……何してるの?」
え……?
「入りなさい」
そう言うと、ミレアルナは返事を待たずに室内に入る。
石造りの魔術の実験室らしき建物の方だ。
シオンは少し戸惑いつつも、ミレアルナ様のご命令とあらばと、実験室に入る。
と、
なっ!?
シオンは
ミレアルナは椅子に座し、廃人のようにうなだれていた。
「私は最低だ。愚劣で、浅薄で、どうしようもない無能だ。こんな一介のウィスプに、あの人の姿を重ねるなんて」
シオンの胃痛が再び元気を取り戻す。
ミレアルナはゆっくりとシオンの方を見ると、今度は怖いくらい目を大きく見開く。
「ねぇ、あなた、死霊でしょ? 死霊魔術に詳しかったりしない? どうしても生き返らせたい、いや、生き返らせなきゃいけない人がいるの。千年前に私が殺してしまった人。でも罪を償うためじゃない。この大罪は決して消えることはない。そもそも関わろうとしてしまったことが原罪だったのかもしれない。あの日……」
ミレアルナは瞬きすることなく、まるで堰を切ったように語り続けた。
◆
シオンとミレアルナが出会ったのは、互いに十歳の頃、田舎の魔術学園でのことだった。
放課後の教室の一角で、学生達が集まっていた。
「ミレアルナちゃん、さっきの氷の魔術の授業すごかったね」
「ミレアルナちゃん、魔術のコツとかって教えてもらえないかな?」
「ミレアルナちゃんは特別だってママに聞いたよ」
「ミレアルナちゃん、ミレアルナちゃん」
「あ、ありがとうー。特別なんかじゃないよー」
中心で自席に座っていたミレアルナは謙虚な様子で微笑む。
ミレアルナはこの小さな学校では有名人であり、人気者であった。
ミレアルナは生まれながらにして稀少な存在であった。
額に紋様を持って生まれてきたのだ。
古から紋様を持って生まれてきた子供は膨大な魔力量を有し、大成すると言われていた。
世界全体で見れば絶対数は決して少なくはないのだが、田舎村ではそれはもう村全体に知れ渡るくらいには
「ねぇねぇ、ミレアルナちゃんの紋様ってどんな形だったのー?」
「額にあるって聞いたけど」
「えと、丸くて先が二つに分かれた花びらが五枚、こんな風に……。額の紋様は今はもう薄れてるんだ」
「へぇー、そうなんだー。それじゃあ、ミレアルナちゃん、そろそろ帰ろうよー」
「ご、ごめんね。今日は補講があって」
「あ、そうか。ミレアルナちゃんは特別授業があるのか」
「なんたって、特別だからね」
「はは……」
「それじゃあ、ミレアルナちゃん、頑張ってねー」
「ありがとうー」
ミレアルナは帰途につく、生徒達を笑顔で見送る。
次第に、生徒達の声が離れていき、聞こえなくなる。と……、
「あぁあ……づがれた……」
ミレアルナは机に突っ伏す。
ミレアルナは本当は……コミュ障寄りの子供であった。
子供の頃から褒められて育った。
だから、どう対応すれば人が喜ぶのか、その答えはわかるようになった。
しかし、ある時、気付いてしまったのだ。
褒められているのは自分ではなく、紋様なのだと。
それ以来、人のことを心から信用することが難しくなった。笑顔を作ることがものすごく疲れるようになっていた。
ミレアルナが一人、突っ伏していた教室で、がたっという物音がした。
ミレアルナは慌てて音のする後方に振り返る。
すると、クラスメイトと思われる男子生徒が机の中を漁っていた。
あまり話したことがない男子であった。つまり自分に群がってくる生徒ではない。
「あー、あったあった」
その男子は机の中からくしゃくしゃになった紙を満足気に取り出し、そのまま去ろうとする。
「ちょっと待って」
「ん……?」
「……聞いてた?」
「何を?」
「その……」
「疲れた」という本音を……とは言えなかった。
すると思いがけず、男子生徒が言ったのだ。
「俺はお前のこと、特別だなんて思ってねーから! んじゃな!」
「……!」
それ以降、ミレアルナはその少年……ことシオンのことが気になりだした。
シオンは他の子と違って、ミレアルナを特別扱いしなかった。
それがミレアルナにとっては新鮮で、次第に笑顔の仮面をつけなくていい唯一無二の存在になっていったのだ。
◆
「あの時、私がシオンのことを気になってさえいなければ……」
ミレアルナは久しぶりに目を閉じる。
目の前のウィスプに話が伝わっているかどうかなど気にも留めていない様子だ。
そんなミレアルナから見た魔術学園時代の話を聞き、シオンは思う。
え、ミレアルナ、そんな風に思ってたの?
どうしよう。伝えた方がいいのかな。
人気者のミレアルナに嫉妬していて、対等に接することで、なんとか自己承認を満たしていたこと。
しかしあの頃はまさかミレアルナからパーティに誘われるなんて思ってなかったし、ましてや彼女が不滅の魔女の領域まで到達するとまでは想像してなかったな。
あの頃から変わってないことがあるとすれば俺の内臓がプレッシャーに弱いことくらいか。
そんなことを考えながら、結論も出ないまま、シオンはふと床に視線を向ける。
「……そうよ、それが私の紋様」
他の茨のようなものなど、様々な紋様も重ね書きされていて、最初に見た時は気づくことができなかった。
しかし、中央には、丸くて先が二つに分かれた花びらが五枚の円状の紋様が確かに描かれていた。
「その紋様は私が最も力を発揮できる形。だけど、本当は嫌いなの」
嫌い?
そんな話は聞いたことがなかったなとシオンは思う。
「独占欲だったのかな。お守りだとか加護だとか言って、何度か、シオンにもこの紋様を身に付けさせようとした。でもその度にシオンは断った。私のこと迷惑だったよね? いや、迷惑どころじゃない。嫌いだったよね。それでも一緒にいたかったんだ。辛かったよね? ごめんなさい、本当にごめんなさい」
…………なにを言ってるんだ?
嫌いなわけないだろ。
「わっ、な、なに!? 急に、ちょっ」
シオンはミレアルナの方に向かっていく。
そして、急接近し、ミレアルナの羽織るローブの左腕の袖を摑む。
「そ、それは……! や、やめて! 大事なローブなの! ちょ、本当に殺すわよ!」
そう言って、ミレアルナが右腕を動かそうとするので、その右腕も左手で押さえ付ける。
「な……!?」
友好種と思われたウィスプに押さえつけられ、ミレアルナは唇を噛み締めながら睨みつけた。