長命種パーティ、命と引き換えに守ったら千年後も病んでる 作:広路なゆる
シオンは突如として、ミレアルナを押さえつけた。
「どうやら友好種ではなかったようね。残念だわ」
シオンはミレアルナの言葉に怯むことなく、強引にローブの左袖をめくる。
「だからッ! 汚らわしい手でそのローブに……って、えっ!?」
ミレアルナは目を丸くする。
「…………こ、これは……」
シオンがめくった袖の裏地。
そこには、丸くて先が二つに分かれた花びらが五枚連なる円状の模様が小さく描かれていた。
「……ど、どうして私の紋様が、ここに?」
それはなんだか照れくさくて……。
シオンは素直になれずに、本当はこっそりとミレアルナの紋様を身に着けていたことを言えずにいた。
「……あなた、これに気付いて、私に見せたくて?」
シオンは、うんうんと首を縦に振る。
「なんてことなの……。ずっとこのローブを使っていたのに、全く気が付かなかったわ。……千年間も」
ミレアはどんよりとする。
「……でも、つまりシオンは私の紋様を身に着けていてくれたってこと、なのかしら……」
シオンは、そうそうと首を縦に振る。
「でも、私、自分の願望を実現したくて、無意識に自分でつけた可能性もあるわよね? 自作自演って奴。可能性としてはむしろそっちの方が……」
シオンは、違う違うと首を横に振る。
ネガティブが過ぎるっ!
「……真偽はわからないけど」
わかるぞ。
「教えてくれたという事実には、謝意を表明しないとならないわね」
すると、ミレアルナはすたすたと実験室の外へ行ってしまう。
取り残されたシオンは、え? どうした? と幾分、動揺していると、ミレアルナは存外すぐに戻ってくる。
そして、ミレアルナはシオンに何かを差し出した。
それはローブであった。シオンのローブとは別の物だ。
「……着なさい」
……!
……ミレアも大概、素直じゃないな。
シオンはローブを受け取る。
ミレアルナはシオンにローブを渡すと、本棚から古びた分厚い本を取り出し、しゃがみこんで読み始めてしまう。
「この本を読むのは五十年ぶりかしら。魔術の基礎の基礎の本。思えば近頃は、初心を忘れていたかもしれないわ。死霊魔術は、禁術とはいえ、魔術は魔術なのだから……」
ミレアルナは、わりと独り言が激しくて助かる。
何を考えているかが分かるから。
だが、シオンは同時に少しぞっとする。
ミレアルナは、ずっと、こんな風に。千年間も。
言葉にすればたった一言だが、千年だぞ?
そんな長い時間、こんなことをやっていたら、普通だったら頭がおかしく……。
「会えない、会えない、会えない」
ん……? 気が付くと、ミレアルナは花の花弁を千切っていた。
ひとつの花弁を千切るのに合わせて、「会えない」と呟く。
ミレアルナは、なおも続ける。
「会えない、会えない、会えない」
それは一般的に、否定と肯定を交互に繰り返すものじゃ……。
「会えない、会えない、会えない」
そして、花弁は最後の一枚となる。
「…………会えない」
最後の花びらを千切ったミレアルナは、ほろりと涙をこぼす。
「……いけないわ。こんな根拠の乏しい占いなんて信じない。私は絶対に覆してみせるから」
自虐的なのに妙にポジティブだ。
当たり前だ。おかしくなってないはずがないんだ。
おかしくなってない方が変なんだ。
呪いだ。
千年前、俺は彼女の呪いになってしまったんだ。
幸せを願ったのに、結果は違った。
かえって彼女の人生を縛り付けて、こんな形にしてしまった。
こんな形にしてしまったのに……。
……くそっ、俺は異常者だ。
彼女をこんな風にしてしまったのに。
彼女の平穏だったかもしれない生涯を奪ってしまったのに。
彼女が他の誰かと過ごしていたかもしれない未来を絶やしてしまったのに。
彼女のやっていることは普通ではないと頭ではわかっているのに。
心の端っこに
これが異常者じゃなくてなんなんだ?
「……結局のところ、代償が足りないのよね?」
え……? 急にどうした?
「禁断の術は、払った代償によりこの世の摂理を外れた願望を実現する術。シンプルに痛みが足りてないってことよね?」
ミレアルナはそう呟きながら、自らの紋様の外側に更に印を書き加えていく。
茨の紋様だ。
……!
シオンは絶句する。
どうして気づかなかったのか。
紋様の外周に密に描かれていた茨。これは痛みの紋様だ。
茨の紋様は元からびっしりと描かれていた。
それなのに、ミレアルナは躊躇なく、そこに更に加筆していく。
もはや
その量に怯むこともなく、ミレアルナは紋様に魔力を注入し、詠唱を始めてしまう。
「冥府の番人よ。
我はここに立ち、罪を犯す。
世界が定めた死の契約に反し、我が痛みを対価とする。
これ、無制限とす。
生と死の境は、今ここにて滅する。
罪の全てに背き、罰の全てを受容する。
故に、魂よ、還れ――。
紫電の火花が奔る。
どす黒く禍々しいオーラが部屋全体を包み込んだ。
のだが、
「…………あ、あれ? 痛みが……ない」
ミレアルナはぽかんとしてしまう。
「不発に終わった? いや、術は失敗したとしても代償が出ないなんてことは今まで一度も……。っ……!?」
そこでミレアルナは気が付く。
代償の呪いの全てが一介の魔物に向かっていたことに。
「嘘!? あなた何してるの!? こんな禁術の呪いを引き寄せるなんて、そんなことあなたができるわけ……。あっ……」
ミレアルナは、はっとする。
いかなる呪いであろうと対象を逸らす。
そんなことが可能な手段に、ミレアルナは一つだけ心当たりがあった。
「あ、あなた、もしかして……」
聖騎士の自己犠牲スキルは必ず成功する。
「もしかして……シオン……なの?」