いつか途切れた、音の続きを 作:いつかの音色
主人公と麗奈のバチバチを期待してくれている方には申し訳ありませんが、本作の麗奈は諸事情あってトランペット含めて楽器の事では主人公に突っかかっていきません。なので、現時点では主人公と麗奈はぶつかりません。
あくまで現時点では。
†☆♪☆†北宇治高校吹奏楽部一年生!†☆♪☆†(23)
倉崎ひさめ「全員揃ったので改めて!」
倉崎ひさめ「せっかく部活に入ったのに練習がなくなっちゃったので、一年生で集まって自主練をやろう!」
倉崎ひさめ「今なら楽器触り放題!☆彡☆彡音楽室で待ってるぜ!(・∀・)」
井上順菜「勝手にやって大丈夫?」
倉崎ひさめ「部長に許可取ってるから問題なし!(≧∇≦)b」
瞳ララ「ララも行きたーい!」
加藤葉月「私もー!」
倉崎ひさめ「今のうちに上手くなって先輩たちびっくりさせようぜ!(๑•̀ㅁ•́๑)✧」
植田日和子「その顔文字なにー?」
倉崎ひさめ「パッション!( ・ิϖ・ิ)」
▼△▼△▼△
さすがは高校生と言うべきか、チャットのグループにはすぐに一年生全員が入ってくれた。密かに計画していた一年生合同コソ練を決行する時である。
「ねぇ」
放課後に向けてみんなの反応に手応えを感じていると、不意に後ろの席から話しかけられた。高坂さんだ。
「どうしたの、高坂さん?」
優子先輩のトランペットで一発かましてから、高坂さんの私への態度がなにやらよそよそしかった。直接何かをした覚えはないので、十中八九あのトランペットが原因だと思うけれど。
高坂さんも結構上手かったから、私が吹いたとバレても仲良くなるきっかけになったりしないかな、なんて考えていたのに全然思った方向には進まなかった。
だから、こうして高坂さんから話しかけてくるのは予想外だった。
「いつから……トランペットやってるの」
「あー……確か中二ぐらい?」
優子先輩が〜、と誤魔化す事も考えたけれど、確信している様子だし、そういう場面ではないと感じたので観念して答えた。
「……中二から…………」
「あのー、高坂さん?」
「……なんでもない」
それっきり、高坂さんは黙ってしまった。
▼△▼△▼△
「第一回! 一年生コソ練大会開催! はい、拍手ー!」
音楽室に集まった一年生たちの前に立って音頭を取る。みんな大なり小なり手は叩いてくれた。ただし、全然コソコソしてなくない? とか、練習か大会かどっち? とか言っているのはしっかり聞こえている。
「……それで、一体何をするの」
「いい質問です、高坂さん。私としてはやっぱり一年生同士結束を深めたいし、何より音楽に触れる時間を作りたい訳なのです」
代表して高坂さんが質問してくれたので、私の考えを話す。まず一番私がターゲットにしているのは、高校に入って始めて吹奏楽部に入った初心者組。せっかく新しい事を始めようとしている勢いを殺すような事はしたくない。とはいえ、それは中学で吹奏楽部だったという人についても同じだ。大抵の物事は始める瞬間が一番は言い過ぎにしてもかなりモチベーションが高い時期だ。それを無駄にするなんて、勿体ないにも程がある。
「やっぱり吹奏楽部なら合奏してなんぼだし? という事で、一年生で一曲合奏出来るようになるのが目標かな」
「でも私、曲とかまだ出来ないよ?」
「ララも音を出すので精一杯……」
次に反応してくれたのは加藤さんと瞳さん。この2人はそれぞれチューバとホルンを始めたばかりだ。他にも集まってくれた中には何人か楽器を始めたばかりの人がいる。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと初心者用にも楽譜作ってきたから。今から一人ずつ楽譜配るから、赤松さんから名前順で! はい赤松さん」
「ありがと。へぇ、トトロ……って、この楽譜どうしたの?」
「昨日時間あったから作ってきたんだ〜」
「へ? 人数分……?」
「もちろんもちろん」
「ヤバ……」
「えっ、良い意味だよね!? 良い意味だよね!?」
楽譜を持って引いたように呟いた赤松さんはトロンボーン担当の、中学でもトロンボーンをやっていた経験者組だ。栗色のショートヘアーが特徴で、まっすぐな性格をしていて話しやすい。ただ、その分裏表なく引かれると、くるところがある。
「コホン。気を取り直して井上さん」
仕切り直して名前順で1人ずつ楽譜を渡していく。最後にトランペットの吉沢さんに渡した事で、全員に楽譜が渡った。自主練とは言いつつも、一年生は全員参加してくれたので、作ってきた楽譜は無駄にならずに済んだ。
「という事で、見たら分かると思うけど、曲はみんな知ってる『となりのトトロ』。やっぱり知ってる曲の方がやりやすいだろうからね」
知っている曲なら初心者にもリズムとかが分かりやすい。ただ、経験者が退屈に感じてしまっては意味がないので経験者には相応のものを、初心者組にはやさしめで、指番号なども振った楽譜を渡している。
「よ〜し、今日の目標はみんなで一曲仕上げること! それじゃあ、一旦経験者の人は譜読みして試してもらって、初心者組は私のところにしゅーごー」
ちなみに、明日パートリーダー会議を行なうらしく、今先輩たちはパートごとに空き教室を使って色々と話し合っているらしい。元々音楽室を使おうとしているパートもあったけれど、話すだけならどこでも出来るという事で、晴香さんが別の教室へ誘導して音楽室を空けてくれたのだ。
もちろん晴香さんだけではなく、各パートの先輩にもこの話はしている。渋られるかとも思ったけれど、今は滝先生への対策が優先で、一年生が勝手にやる分には構わないというのが大体のスタンスだった。
「まずはチューニングから始めよっか。チューナー持ってる人〜〜あぁ、大丈夫、大丈夫。私持ってるから」
経験者組はある程度自分だけでも出来るので、私が見るのはまず初心者組だ。
「順番にチューニングしてみよう。じゃあ加藤さんから。チューナーの使い方は先輩から聞いた?」
「うん、聞いた!」
「オッケー、やってみよう!」
残念ながら私のチューナーは1つしかないので、1人ずつチューニングをしていく。普段チューナーは使わないのだけれど、このために家で眠っていたものを掘り出してきた。
「よ〜し、みんな完璧! それじゃあ、チューニングベーやってみよう。もう先輩に聞いたかもしれないけど、チューニングベーっていうのは合奏する前にやるやつでね。ベーってドレミのドイツ語バージョンの言い方なんだけど」
初心者組は基本のきから。正直に言うと、私もみんなが何を知らないのか分からないから手探りではある。ただ、こういうのは多少遠回りになっても確実に取りこぼしをなくした方が良い。後で気付くとより面倒な事になる可能性がある。
「なんかルーティーンみたい」
「まさしくその通り。これやるとこれからみんなで合奏するぞーって感じするでしょ?」
チューニングベーについて聞いた加藤さんの感想に同意する。極端な話、チューニングなんて自分だけで出来るのだから、チューニングをするためだけにそれをする意味は薄い。それでもするのは、これを通してこれから合奏するメンバー同士の息を合わせて、意識を統一する事に意味があるからだと思う。これは私の意見なので、他の人がどう思っているかは分からないけれど。
「これで準備完了! とりあえずサビの部分からやってみよう。最初はゆっくりね。みんな同じリズムになってるから……ごめん、釜屋さんだけ違うんだけど、頑張って付いてきて?」
「うん、頑張る」
緑色のショートヘアーにメガネが特徴の釜屋さんだけが初心者組の中でパーカッション、つまりは打楽器であるため、1人だけリズムが異なる。また、パーカッションは1人でも様々な楽器を担当する事があるけれど、今回釜屋さんにはスネアドラムを任せた。ドラムスに憧れて吹奏楽部に入ったらしいので、まだモチベーションを保ちやすいはずだ。いきなりドラムスとなると、今日一日では仕上げるのは難しい。
「どう? みんな。ちゃんと音は出そう?」
「大丈夫! たぶん」
「私もー! たぶん」
「たぶん」
「オッケー、オッケー。信じるね?」
管楽器組の楽譜はリズムをかなり単純にしているので、音さえ出ればそこまで難しくない。逆に釜屋さんのスネアドラムは音を出すこと自体は簡単だけれど、慣れていないとリズムが少し難しい。
「スネアのリズムだけ確認しておくね。基本的には繰り返しなんだけど……」
管楽器組には音出しをしてもらっておいて、釜屋さんにリズムの確認をする。
「そうそう。このタッタタが4回で1小節。1小節は4拍あるから、合わせやすいと思う」
「なるほど……」
「こことかここのドコドコドン以外は基本のタッタタで大丈夫って感じかな。どう? いけそう?」
「やってみる」
「よし」
という事でみんなの準備が完了したので、いざ音合わせだ。
「サビのところからいくよ〜準備はいいね?」
頷きが返ってきたので、私も頷き返す。
「サビ前から入るよ」
拍が分かりやすいように手を叩く準備をしつつ、空気を吸う。
「すーてーきーな冒険始まる〜〜いくよ! さん、はい!」
一度、私が歌いながらサビを通してみた。初回だし、完璧にしろなんてつもりはない。ただのお試しだ。とはいえ、正直に言うと途中でぐだぐだになるのも覚悟していたけれど、ミスはしながらも全員最後まで付いてきた。みんなガッツがある。
「良いじゃん、良いじゃん! 最高! 素質あるよ、みんな!」
私の持論だけれど、楽器は気持ちだ。気持ちさえあれば、技術は後から付いてくる。逆に技術はあっても気持ちがなってないと音は良くならない。感情は音に出る。最終的には、それが大事になってくる。
「よし、じゃあ、ちょっとだけアドバイス挟んでからもう一回やってみよう!」
曲全部は無理でも、この様子ならサビだけでも完璧に出来そうだ。
「まずね、トロンボーンはね。左腕だけで全体重支える感じで良くて、右手も力まなくて良いから……」
▼△▼△▼△
あの後、初心者組にはサビを通して私の歌と手拍子に合わせる練習、私もクラリネットを吹いてメトロノームに合わせる練習、指揮者の指揮に合わせる練習などをして、一旦経験者組の方にも顔を出した。
高坂さんをはじめとして経験者組と言っても中学と同じ楽器をする人と、塚本くんなどの中学とは違う楽器をする人がいる。次に声をかけたのはその楽器転向組だった。他の楽器とはいえ、経験者であるため飲み込みは早い。ただ、その楽器特有の躓きポイントに引っかかっている場合があるので、それを解消する手伝いをする。最後に中学と同じ楽器組の様子を見る。一周したら、もう一度初心者組の方に戻った。
休憩も挟みながら、時間は5時となった。
「さて、みんな。合奏のお時間ですよ」
指揮台に上がり、指揮棒を素振りしつつ、みんなに語り掛ける。
「えー、コホン。我々一年生全員で初めて音を合わせてみる訳ですが、皆さん準備はオーケー? うんうん、緊張している人もいると思うのでこの言葉を贈ります。『楽しむ事こそ音楽の真髄であり、楽しみなくして音楽はなし。故にこそ、音を楽しむと書いて音楽なのだ』by倉崎ひさめちゃん、っと」
今までならここで一発ギャグでも披露するところだけれど、ここは一旦趣向を変えてみた。ここでスベると今からの合奏に差し支えるかもしれないので。
「まぁ、何が言いたいかというと、要するに楽しんでいこーぜってこと。もちろん楽譜通りにやるのは大切だけど、合奏は心が1つになってこそだと思ってるから。音を通して、みんなで通じ合いたいんだ。今日はその一歩。他の部活なら親睦会をやったりして仲を深めるのかもしれないけど、私たちには音がある。言葉はいらない。私たちは私たちのやり方で。さぁ、やろうか」
指揮棒を掲げ、みんなの顔を見渡す。頷いてくれたり、力強く楽器を構えたりと、反応は様々あるけれど、何言ってんだコイツという顔はなくて一安心。
「まずは最初から18小節目『木の実うずめて』のところまで。いくよ……さん、はい!」
▼△▼△▼△
翌日、放課後。
今日は滝先生に対してどういったアプローチを取るかというパートリーダー会議が行われる。会議が終わったら改めてミーティングをするという事で、私たち一年生もそれぞれの空き教室でその時を待っていた。
ちなみに今日は三者面談があったけれど、5分もかからずに終わった。まだ面談で議論するほど成績も出ていないし、進路に関しては音大に進む予定なのでそういう話も一瞬で終わった。普通は落ちたらどうする、みたいな話をするのかもしれないけれど、私の場合は色々と実績を重ねているので、まぁ大丈夫だろう、みたいな感じで終わった。今のところ、音大に行って音楽の先生になろうかと思っている。中学で後輩や同級生に教えたのもそうだし、昨日のだってそうだったけれど、私は人にものを教えるのが嫌いではない。
昨日の一年生合同自主連大会。全体で一回一回アドバイスをしつつ何度も音を重ねて最後に帰宅する前。私は晴香さんをはじめとする何人かの先輩に連絡を送り、最後の一回の演奏を聞いてもらった。集まった先輩は『きたみなみ公園オクテット』の7人にプラスしてそれぞれのパートのリーダー、そして副部長の田中先輩。他にも何人かの先輩が見に来てくれた。
先輩たちを呼んだのは、いくつか理由があっての事だった。1つは単純に同級生のみんなにも言った通り、先輩たちに上手くなったのを見せて驚かせるため。実際、最後に演奏したトトロはかなり上手くいった。そしてもう1つは、先輩たちに一年生全員の意思を表明する形にするためだ。実際に一年生みんなでそういう事を話した訳ではなく、私の独断ではあるし、実際に口に出した訳ではない。ただ、先輩たちに示しておく必要があったのだ。私たち一年生は音楽に対してやる気がある、と。コンクールで金賞を狙いにいくかどうかは別として、音楽を楽しむためにここにいるのだと。
今の先輩たちに、去年の三年生のような人はいないと信じている。けれど、万が一の事があったら。あの時は希美先輩と一部の南中出身者だけだった。でも、今回は一年生全員。と、そう思わせる。単純だけれど、数は力。同じような事があれば、今度は一年生全員が集団退部するかもしれない。あるいは、そこまでいかなくとも組織力をもってやり返されるかもしれない。そんな予感を与えられたなら今回の催しは成功だ。
クラリネットパートに与えられた教室でパートリーダーであるヒロネさんの会議からの帰りを待ちつつ、パート内で親交を深めていると、しばらく経ってヒロネさんが戻ってきた。
「お待たせ。みんな、音楽室でミーティングするよ」
音楽室に到着すると、いつもの晴香さんと田中先輩という部長副部長2人だけが前に立つ形ではなく、パートリーダーの先輩たちも前に立ち、その上で晴香さんがパートリーダー会議で決定した事をみんなに告げた。
「という事で、来週までは練習して、それでも滝先生がサンフェスに出ないと言うのであれば、その時はきちんと抗議するという事で纏まりました。何か意見のある人はいますか?」
パートリーダー会議で決定した事項について、そうして締めくくられる。特に意見を口にする人はいなかった。
とりあえずやってみて、駄目と言われたら抗議。それぐらいしか出来る事はないだろうと思う。来週の合奏というチャンスの場は与えられているのだから、それを迎える前に最初から駄目だと決め付ける必要はない。もし滝先生が本当にサンライズフェスティバルに出場しないと言っても、本気で先輩たちが出場したいなら、やりようはあるはずだ。公立高校の部活動で、技術不足を理由に楽しいお祭りのようなイベントの出場を見送るとなると。あまりネガティブな手段は取りたくないけれど、色々と取れる手段はある。ただ、出来るなら穏便に済んでほしいとは思うけれど。
「皆さん集まって、合奏ですか?」
と、そこへやって来たのは滝先生だった。
「いえ、パーリー会議があって」
「はぁ……。そんな事は別に時間を取れば良いでしょう……今週はせっかく三者面談で授業が短いというのに」
晴香さんへの返しは相変わらず刺々しい。時間が勿体ないという考え自体は同意出来るにしても、言い方というか、せめてあからさまにため息をつくぐらいは止めるとかないのだろうか。
「本当に分かっているのですか? 1週間後の合奏で改善が見られなければサンフェスには出られないのですよ」
「あの、はい、それは」
「私は本気ですよ」
「…………」
駄目だ。私が晴香さん贔屓でものを見ているというのは分かっている。分かってはいるけれど、滝先生の物言いに反感を覚えてしまう。
「ところで、昨日は顔を出せませんでしたが、『海兵隊』ではなく『となりのトトロ』を演奏していましたね。部長、何か意図が?」
「えっと、それは……」
「すみません。昨日は私が勝手に一年生を集めてトトロをやりました」
手を上げて、私は滝先生と晴香さんの会話に割り込んだ。
「倉崎さんが、ですか?」
「はい。『海兵隊』では演奏せずに聞いているだけという一年生も多いので、せっかくなら何かやりたいと思いまして」
あれを企画したのは私だ。晴香さんも知ってはいるけれど、説明は私の口からするべきだろう。
「そうでしたか。先の『海兵隊』に比べれば良い演奏でした。指導は倉崎さんが?」
「はい。指導というか、軽いアドバイスをしただけですが」
「楽譜は市販のものを?」
「いえ、私が勝手にアレンジしたものを」
「後で見せてもらっても構いませんか?」
「印刷しないといけないので明日でも良いですか?」
私は楽譜をタブレット端末で書いて、使う時にはそのデータを印刷して配っている。タブレット端末を持ち込んで良いなら早いけれど、それをして良いかは微妙だ。北宇治高校は、不適切な使い方をしなければスマホは持ち込んで良いけれど、タブレット端末に関する言及はない。大丈夫だろうと決め付けて、そして没収などされてしまえば目も当てられない。
「わざわざ印刷してもらうのは申し訳ないので、データでも良いのですが」
「分かりました。では、詳しい話は部活終わりに」
「そうですね。すみません。個人的に気になってしまったもので」
「いえ」
別に見せるのは全然構わないけれど、ダメ出しでもされるのだろうか。
「話が逸れてしまいましたね。それでは皆さん、体操服に着替えて下さい」
などと考えている間に、滝先生は胡散臭い笑顔を貼り付けて、そう言った。
▼△▼△▼△
滝先生は全国大会出場のために力を貸すという、自身の言葉を証明するように本格的な練習を開始した。運動場を全力で一周走ってから楽器を吹くというものから始まり、パートごとに滝先生が順番に練習場所を回る形で、息の出し方という基本から指導していった。
ティッシュを地面に落とさないように息で吹き続けたり、息の出し方が良くなれば次はソルフェージュ。そして、いよいよ楽器を手に取ってみれば、『海兵隊』の最初の1フレーズのタイミングが完全に合うまで延々と繰り返し。ヒロネさんに断りを入れて他のパートのところも覗きに行ってみても、大体は同じようなものだった。
上手くなるため、という視点で見れば勉強になる事もあった。これまで私は我流でやってきた。それで不自由はなかったけれど、聞いたところ滝先生は音大を卒業しているらしく、しっかりとした教育を受けた事に裏打ちされる指導法は新鮮でもあった。南中の顧問の先生も音大を卒業していたけれど、今回のように基本のきから始めるような指導はしていなかった。初心者に教えるのは専ら先輩である二、三年生の役割だったから。
気になったところといえば、やはりというべきか滝先生は、自分たちで選んだのだから、そう言って部員を従えさせようという振る舞いが見えたという事だろう。予想通りといえば予想通り。泣いている人もいた。泣いていてもそれを気にもせずに詰める様子は見ていて気持ちの良いものではなかった。
もちろん、泣けば許されるというのを肯定している訳ではない。結局は度合いの問題で、真っ当な事を真っ当な言い方で言っているのに相手が泣いているのと、過剰に責めたり貶したりして相手が泣いているのでは意味が変わってくる。滝先生の言動を見る限り、真っ当な事も言っているものの、感情を無視した合理性だけの発言はもとより、ドブだのなんだの暴言とも取れるような発言もしていた。度合いの話でいえば、後者に傾きかねない印象を受けた。
そして迎えた再びの合奏の日。ここで滝先生が認めなければサンライズフェスティバルには出られない。そういう事になっている。
滝先生による本格的な練習が始まってから今日まで、明確に空気が変わったのは感じていた。元々一年生はある程度やる気があって、二、三年生も滝先生を見返してやるという名目の下、練習に励んでいた。私も、不快に思われない程度のアドバイスはして回った。
「約束の日になりました。この1週間の成果が楽しみです」
そうして始まった『海兵隊』の合奏。1週間前とは見違えるほど、音の合った合奏だった。練習の成果が遺憾なく発揮されたのだ。
やっぱり音が合ってこそ、という感覚はある。バラバラよりも音の合った合奏の方が楽しい。滝先生の腕前は確かだったという事だ。
「良いでしょう。細かい事を言えば、まだまだ指摘すべき点はありますが」
演奏が終わり、認めないと言われたらマウスピースを投げようと構えている人もいる中で、滝先生は静寂を切り裂くように言った。
「皆さんは今、合奏をしていましたよ」
それはつまり、滝先生の基準に合格したという事だった。それまでがどうあれ、人は認められると嬉しいものだ。それまでの緊張感のある空気が霧散する。
「それでは部長。これを皆さんに」
「あ、はい」
そんな中、滝先生が晴香さんへ紙の束を手渡した。
「お待たせしました。サンフェスに向けた練習メニューです。残された日数は多くありませんが、皆さんが普段若さにかまけてドブに捨てている時間をかき集めれば、問題はありません」
これは冗談のつもりなのだろうか。もしそうだとしたら私以上にギャグセンスがないと言わざるを得ない。気心の知れた仲ならまだしも、知り合ったばかりの相手を悪く言うような冗談は受け入れられにくい。もし本心で言っているなら、それはそれで普通に口が悪くて心配になる。この1週間で、似たような事を言っているのを聞いた事もあったし、思った事はすぐに口に出る人だという事が分かってきたため、その可能性も捨てきれない。
「サンフェスは楽しいお祭りですが、有力校が集まる貴重な場でもあります。この場を利用して、今年の北宇治は一味違うと見せつけるのです」
ともあれ、この瞬間、北宇治吹奏楽部は同じ方向を向いた。この1週間で盾に取るように何度も聞いた、全国大会を目指すという滝先生。少なくとも本人はどうやら本気らしいと、そう感じたのはきっと私だけではないのだろう。言葉遣いだけはどうにかしてほしいとは思うけれど。
みんなの気持ちが1つになるのは良い事だ。始まりがどうあれ、みんながやる気なら私もそれに協力するだけ。みんなには、最後に笑って終わってほしいから。
同じ方向を向いている限りは、私も出来るだけ力になろう。
暴言とか晴香さんに対する態度は普通に許さないけれど。
良いところですが、次話は『きたみなみ公園オクテット』のメンバーの誰か視点の話になります。