いつか途切れた、音の続きを 作:いつかの音色
たくさんのお気に入り・感想・評価ありがとうございます。
今話から主人公視点に戻ります。
サンライズフェスティバルはマーチングバンドのイベントだ。そのため、普段の演奏とは違って行進しながらの演奏を求められる。サンフェス自体は何かを審査される大会ではないけれど、マーチングバンドの大会では演奏だけでなく動きも審査の対象となる。分かりやすいところを挙げるなら、姿勢やターンなどのフットワークがある。
そんなマーチングのイベントに参加するのだ。座奏のコンクール全国大会出場という目標から考えると別分野ではあるものの、滝先生のやる気を見るとマーチングにも本気で取り組むようだった。
マーチングにはマーチング用の衣装が用意される。北宇治の女子のマーチング衣装は白、青、赤色が使われたノースリーブの上に白いミニスカートだった。
予めサイズなどが聞かれ、マーチング衣装が完成するとパートごとに配られて試着の時間となった。
「どう? 似合う?」
「似合ってる!」
「倉崎さんちっちゃいからかわいい!」
同級生たちに衣装を見せびらかしてみる。
優子先輩相手ほどにはやらないけれど、隙を見てかわいいアピールをしておく。こういう時に身長が低いとかわいいポイントを稼ぎやすい。同じように川島さんもかわいいポイントを稼いでいる。
「先輩かわいいー! マジエンジェル!」
優子先輩もいつも通りだ。一緒に写真を撮るという話をしている。私も晴香さんと写真を撮りたいところだ。
「晴香さーん、一緒に写真撮りませんか!」
「え? うん、そうだね」
「あ、夏紀さんも一緒にどうですか?」
「ちょっと待ってねそれ以上は眩しくて目が潰れるから慣れの時間が必要かも」
そんな冗談を交えながら、試着を終えると今日はグラウンドが使えるという事で、屋外練習を行う事になった。
サンフェスは野外で行われる大会だ。行進の練習は自然と野外を使ったものになる。
「背筋伸ばしてねー。そこ、ライン揃ってないよー」
行進は全員が揃っていないと誰から見てもひと目で分かる惨状になる。1度ズレてしまえば修整するのは難しく、そのズレは簡単に広がっていく。全員が動きを合わせるためには基準が必要で、多くのマーチングバンドの行進では一歩62.5cmという歩幅が使われる。ここ北宇治高校でもそれを採用している。
行進もある意味リズムではあるので、私は得意な方ではある。南中時代にやった事もあったし、それほど苦労する事はない。
今は楽器を使わず行進だけの練習をしているけれど、そのうち楽器を使って練習する事になる。マーチングはマーチングでおもしろいものだと思うし、全力で取り組む事に否はない。
ただ、1つちょっと、と思うのは屋外で吹かなければならないという事だ。木管楽器は直射日光や温度変化に弱い。屋根があって直射日光を避けられるなら良いけれど、サンフェスではそうはいかない。練習中はタオルで守るとは言っても本番はそうはいかないし、練習中だってタオルがあるとそもそも音が変わる。
プラ管の出番だ。
▼△▼△▼△
「あれ? それいつものやつじゃないよね?」
翌日、楽器を使っての屋外練習。
私が取り出したクラリネットを見て、ヒロネさんはいち早く気が付いた様子だった。
「よくお気付きで。実はですね、これプラ管なんです」
プラ管。その名の通りプラスチックの樹脂でできたクラリネットだ。
木管楽器の弱点は直射日光や温度変化。直射日光は表面の塗装を傷めるし、温度変化は木材でできた管体にひび割れを招く事もある。その弱点は樹脂製の管体の前では些細な問題である。
いつものクラとは感覚が違うものの、それはこっちがカバーすれば良いだけだ。
「プラ管! 私も用意した方が良かったかなー」
「普通のクラよりもリーズナブルなものもあるので頑張ればお年玉とかでも買えるかもですよ」
「お年玉……もう使っちゃったぁ……」
「あちゃー」
高価なものもあるけれど、探せば廉価なものもあるのがプラ管の良いところだ。使うのもマーチングの間だけだから、ある程度のもので構わない。
「行進と演奏を別々のものって考えると同時に複数の事をしないとって思っちゃうけど、実は行進もリズムだから、足でリズムを取るって考えたらやりやすいよ」
「確かに!」
パートごとに別れた練習では主に同級生、適度に先輩にアドバイスをしながら、滝先生が回ってきたらそっちに合わせる。普段の練習とは違ってグラウンドでそれぞれパートごとに固まっているという事もあって、他のパートのところへは行けそうになかった。
けれど、私が出しゃばるまでもなく、みんなのマーチングの腕前はメキメキと上がっていった。
▼△▼△▼△
サンライズフェスティバル当日。
イベントやコンクールの日は楽器をトラックで運ぶ必要があるため、現地集合など出来るはずもなく、当日朝早くから学校に来て準備する必要がある。
楽器運搬係になっている生徒を中心に、トラックに楽器を積み込んでいく。積み込みが終わればメンバーが揃っているかの確認をし、その後バスに乗って現地へ向かう。
中学時代にも経験していたはずなのに、その一連の流れがとても新鮮に感じた。
「良いかお前ら。いよいよ本番だぞ。手を抜いたら承知しないからな!!」
『はい!!』
陰で軍曹などとも呼ばれている副顧問の松本先生がみんなの前に立って発破をかけている。
既にマーチング衣装への着替えも済み、それぞれの楽器も持って、ほとんど準備は完了していた。あとはチューニングをして整列の時間を待つのみとなっている。
「練習通りやれば出来る! 気合いを入れろ!!」
『はい!!』
「よし。私からは以上だ」
しかし、肝心の滝先生の姿は見えない。
まさか遅刻かと呆れていると、息を切らせながら滝先生は走ってきた。
「す、すみません……ちょっと、迷っちゃいました……先生からは……?」
「終わりました」
松本先生が何か言っている間に息を整えようとでもしたのか、しかしピシャリと言い切られる滝先生。ちょっとだけ気分が良くなった。
「そうですか……えっと、私からは特にありません。皆さんの演奏を楽しみにしています」
いつもならいくらでも口出ししてくるのに、今回はそれだけだった。全てやりきっての本番だから本当に言う事はないのか、それとも遅刻しかけた身分で偉そうに言うのは気が引けたのか。
どちらにせよ、滝先生は言い方も相まって部員側からの不満が出やすい。この場で余計な事を言わないのは正解だろう。
そして、チューニングの時間だ。
ある程度自由に動き回れるけれど、さすがにチューニングのタイミングで他のパートに顔を出しても迷惑になるだけだ。自分のチューニングは早々に終わらせて、大人しくクラパートのメンバーのチューニングに見守っておく。
しばらくして、整列の時間だ。プログラムの演奏順に、そのまま行進が始められるように並ぶ。
私たち北宇治高校は前に立華高校、後ろに洛秋高校が控えている立ち位置での演奏となる。どちらも強豪校で、演奏も上手い。特に立華高校はマーチングで有名な高校であるため、技術で言えばこのイベント随一だろう。
サンライズフェスティバルはその名の通りお祭りであってコンクールではない。だから、順位なんて気にしなくて良いし、上手い学校がいるなら聞いて楽しめば良い。
と、言えるのは私がそういうスタンスだからで、どんな状況でも気にせずに吹けるからこそだろう。立華高校の演奏が始まり、歓声すら聞こえてくる現状に他のみんなは萎縮してしまっている。
「うわ……上手すぎる……」
「でしょ……」
我がクラリネットパートでもこんな感じだ。
「大丈夫だよ! 私たちだって練習してきたんだから!」
パートリーダーとしてヒロネさんが励ますものの、それが効いているのかは残念ながら微妙。
仕方ない。
「あー、コホン」
「え? どうしたの、師匠」
ここは私の出番だろう。
アンコンの時のように、私の必殺一発ギャグでこの場を和ませて、みんなをリラックスさせるのだ。実は密かに今日も考えてきた。
「みなさん、聞いてください! 実はわたくし……」
と、話し始めた瞬間の事だ。軽快にトランペットの音が響いた。高坂さんだ。
「バカ、高坂! なに音出してるのよ! ここに来たら音出し禁止って言われたでしょ!?」
「すみません」
優子先輩に注意されるものの、高坂さんはどこ吹く風。本当はダメなのかもしれないけれど、それで驚いたみんなはつい先ほどと比べると幾分かリラックス出来たようだ。意識を逸らせたからだろうか。
「ひさめちゃん、どうしたの?」
「なんでもないです……」
晴香さんが声をかけてくれるけれど、私は出鼻を挫かれたので引き下がるしかない。さすがは高坂さんだと言っておこう。主席入学は伊達ではないというわけだ。
かくして、我らが北宇治高校の出番となる。
「本来、音楽とはライバルに見せつけるためにあるのではありません。ですが、今ここにいる多くの他校の生徒や観客は北宇治の力を知りません。ですから、今日はそれを知ってもらう良い機会だと先生は思っています。さぁ。北宇治の実力、見せつけてきなさい」
腐っても顧問。いつものネチネチした言い様からは考えられない爽やかな言葉だ。こういう場面で言うべき事は弁えているという事だろう。
最後にみんなのモチベーションを上げて、滝先生は一歩下がった。
そして、スタッフの人の案内で配置につく。
ドラムメジャーの田中先輩のホイッスルに合わせて曲が始まる。出だしはハイハット・シンバルだけでリズムを刻み、徐々に期待感を煽りながら、ついにみんなの音が合わさる。
曲名は『RYDEEN』。最初の一音からズレはない。行進も一切の乱れはない。
一つ前の立華高校にも引けを取らない。と、言うと身内贔屓が入っているかもしれないけれど、十分に素晴らしい演奏が出来た。少なくとも、私はそう思った。
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サンライズフェスティバルが終われば、最初の中間テストの期間だ。高校生である以上、楽器ばかり触ってはいられないというわけだ。
とはいえ、私は要領が良い自覚があるので、授業を真面目に受けて課題をこなしていればそれなりに点数は取る事が出来る。大学受験で難関の国公立でも目指しているならもっと勉強を頑張るべきなのかもしれないけれど、私の目指すところは別にある。
一応進学クラスに所属していながら、とんだ発言かもしれないけれど、受験という意味では私は音大を受けるのだからもっと楽器を触っていた方が良い説すらある。ただ、世の音大受験生を敵に回したくないのでおおっぴらには言えないけれど、受験のレベルならここから練習を重ねなくても今の状況で普通に受かりそうではある。
ともかく、中間テストはそこそこに。平均点は大きく超えていたので進学クラス所属としても恥ずかしくない結果は出せただろう。
「倉崎さんテストどうだったー?」
「えっとね、副教科以外合わせて確か892」
「たっっっか!? 勉強も出来るなんて反則ー!」
テストが終われば部活も再開だ。同じパート内でテストの感想を言い合うのもテスト終わりのお約束というものだろう。
さっそく色んな人に点数を聞きまわっていたであろう植田さんが私の点数も聞いてきた。隠すようなものでもないので素直に教えた。
「植田さんはどうだったの?」
「うっ……459」
「あー……せっかくテストも終わったし何か音合わせてみる?」
「うわーん! 話逸らされたー!」
「ごめんね!? テストの話しよ、テストの話!」
「テストの話したくないー!!」
「どっちが正解!?」
うわーん、と嘘泣きをしながら植田さんが高久さんの方に突撃していく。前髪で目が隠れている高久さんは気弱な感じを出しつつ、特に三年生の加瀬まいな先輩が一緒の時など案外ノリが良いのでこういう植田さんのノリにも付き合っているイメージがある。
「師匠見てると才能って残酷だなーって思い知るよねー……私もそんな点数取れたら良かったのに……」
ズーンと落ち込んでいるヒロネさんが教室の隅で身体を斜めにしている。ヒロネさんはもう三年生だし、成績も気にしなければならない時期なのかもしれない。
あまり首を突っ込まないでおこう。触らない方が良いものもある。
さて、中間テストが終わればまずはこれからの練習日程などを共有する全体ミーティングだ。
雑談も早々に、パートの部屋に荷物を置いて音楽室へ移動する。
「まずは、これからのスケジュールを皆さんにお配りしました」
回ってきたプリントには、8月の京都府吹奏楽コンクールに向けてのスケジュールが書かれていた。
土日も含めて一週間全てが練習で埋まっているスケジュール表。仮にも一生懸命コンクールに向けて頑張るというのだから、これぐらいはするだろう。南中の時もそうだった。
「さて、ここからが重要な話なのですが」
と、みんなが一通りプリントを見終わった辺りで滝先生は爆弾を落とした。
「今年はオーディションを行う事にしたいと思います」
これまでの秩序を破壊する、そんな爆弾を。
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三年生が一年生よりも上手ければ良いだけだから問題ない。一年生よりも下手だけど大会には出たいという上級生がいたら話は別ですが。
などという言葉で半ば強制的に滝先生はオーディション開催へと舵を切った。コンクールメンバーも、ソロもオーディションで決めるというのだ。
本当にやめてほしい。北宇治の吹奏楽部は三年生が優先的にコンクールに出るって聞いて安心していたのに。
人数的にも穏便に済みそうだと、そう思っていたのに。
「コンクールの曲もらってきたよ。課題曲と……自由曲」
滝先生からのオーディション宣言から数日。パートリーダー会議から帰ってきたヒロネさんが、それを机に置いた。課題曲と自由曲、二曲分のCDを。
吹奏楽コンクールでは、指定された課題曲の中から一曲と、自由に決められる自由曲の合計二曲を演奏する事になる。
課題曲はマーチ『プロヴァンスの風』。
そして自由曲──『ラプソディー・イン・ブルー』。
本当に面倒な事をしてくれた、と。
心の底からそう思った。
これまではストックを修整したりしながら投稿していたのですが、ストックが底をついてしまったので、これからは更新ペースが落ちてしまいます。
気長に待って頂けると嬉しいです。