いつか途切れた、音の続きを   作:いつかの音色

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 お待たせしました。
 ここから暗い展開になっていきますので、注意です。



クラリネットとサクソフォン

 

 

『ラプソディー・イン・ブルー』は私たち『きたみなみ公園オクテット』がアンサンブルコンテストで演奏した曲だ。オクテットはダメ金とはいえ関西大会まで進んでそこで金賞を取ったという実績があった。調べれば出てくる情報だ。

 特徴的なのは、何と言っても初っ端からのクラリネットソロ。アンコンでは私が吹いた部分。

 他にも様々特徴はあるものの、滝先生がこの曲を選んだ理由にどこか恣意的なものを感じる。

 

 これからの未来を想像する。

 この部活内ではアンコンに関する事を言いふらしたりはしていない。ただ、去年の事なので晴香さんや希美先輩たちから話して知られている可能性もあるし、この曲について調べているうちに偶然知るという可能性もある。

 そうするとどうなるか。

 私たちオクテットのメンバーだけがオーディションに有利という事になる。あとは、分かるだろう。

 

 当然ながら、オクテットは楽器ごとの各パートに別れている。つまり、パーカッションやトロンボーン、ホルンは除くものの、それぞれのパートに『ラプソディー・イン・ブルー』のスペシャリストがいるという事になる。これがオーディションでなければ、心強いともなったかもしれない。しかし、オーディションとなれば。

 

 最悪だ。これは、私たちオクテットが贔屓されていると見られかねない決定で、オクテットメンバーはそれぞれちゃんと実力があるのに贔屓でメンバーに選ばれたなんて言われる未来すら見える。

 

「今からでもオーディションはなかった事に出来ませんか」

「それは、なぜですか?」

 

 私だけなら、まだいい。けれど、これは。

 何かが起きてからでは遅い。だから、動く事にした。

 場所は職員室。目の前には、滝先生。

 

「部員たちから多くの不満が出ています」

「それは二、三年生からですか? 言ったはずですよ。一年生よりも上手ければ何も問題はないと」

「だったら、オーディションをしなくても問題ないじゃないですか。滝先生、言いましたよね。生徒の自主性を重んじるって。これは生徒の自主性を無視して決めた事じゃないんですか」

 

 スラスラと言葉が出てくる自分に驚く。それも、意地悪く相手を責め立てるようは言葉が。

 

「全国大会出場を目標とする。皆さんが決めた事です。そのためにはオーディションをするのが最適だと判断しました」

「はぐらかさないでください。今の二、三年生の実力と一年生の実力を見れば、上級生を優先的にメンバーにする方式で問題ないはずです。不満感情を煽ってまでオーディションにする理由も、ないはずです」

 

 基本的に、今の北宇治吹奏楽部は三年生、二年生、一年生の順に実力が高い。だから、仮にオーディションをしたとして、その時に選ばれるメンバーと上級生優先方式で選んだメンバーとではそこまで大きな差はないはずだ。

 ただし、基本的には、だ。変わる部分はある。

 

「全国大会は、妥協して行けるほど甘い舞台ではありません。それは倉崎さん、あなたもよくご存知でしょう」

「弱小校が行けるほど甘い舞台でもないですよ。本気で行けると思ってるんですか」

 

 滝先生は全国大会を目指すのだから、とよく口にする。私たち部員で決めた事を盾にするように。全国大会に行きたいなら従えと言うように。

 けれど、そもそもの話だ。全国大会という報酬を人質にするような行動をしておきながら、従ったところで全国大会にいけませんでは詐欺もいいところだ。

 

「全国大会に行くために、私は全力で力になるつもりです」

 

 またはぐらかす。

 仕方ない事ではあるけれど、確実に全国大会に行けるなどと言えるはずもない。仮に部員全員が私であったなら確実に行けるだろうけれど、そんな事は現実的にはあり得ない話で、強豪校ですら全国常連なんて言われるのはほんの一握り。

 北宇治吹奏楽部は全く真逆の府大会銅賞常連。府大会金賞すら取れるか分からない立場だ。関西大会に進めでもすれば、その時点でもう奇跡と言えるだろう。滝先生がどれだけ優秀な指導者だったとしても、全国大会など夢のまた夢だ。

 

「全国大会なんか行けないですよ。今、北宇治吹奏楽部はやっと良い流れに乗ってるんです。下手な事してかき回さないでください。穏便に、頑張って府大会金賞を狙う。もしかしたら関西大会に進めたりして……そんな風で良いじゃないですか」

 

 去年、私は部外者だったけれど、本当に大変な事があったのだ。晴香さんが部長になって、やっと普通の部活に戻る事が出来ていたのだ。

 晴香さんがどんなに苦労したか分からない。希美先輩たちだって。

 

 余計な事をしてほしくない。せめて、晴香さんが引退するまでは。

 

「倉崎さんは目標を決める時、楽しく思い出を作れば良いという方に手を上げていましたね。なぜか聞いても構いませんか?」

「……音楽は、楽しんでこそだからです」

 

 自分が望む方向に誘導するようなやり口が嫌だったから。

 それを、面と向かって言わないだけの分別はあった。

 

「ですが、部内で決を採った以上、私はあなた方を全国大会に出場するために出来る事は全てするつもりです」

「なんで、『ラプソディー・イン・ブルー』を選んだんですか」

「それが全国大会を目指すにあたって最適だと判断しました」

 

 そればっかりだ。

 全国大会に行くため。その言葉を盾にして、最初に言った生徒の自主性なんてないものとして扱っている。生徒の自主性と言うなら、今私がこうして直談判しているのだって生徒の自主性のはずなのに。

 都合の悪い事は話を逸らす。

 

「意見を変えるつもりはないんですね」

「それが全国大会へ行くために最適であるならば」 

「『ラプソディー・イン・ブルー』もですか」

「ええ、その通りです」

「オーディションの結果、部員たちがどう思っても、ですか」

「多かれ少なかれ、全員がコンクールに出る事が出来ない以上、全員が満足する結果にするのは難しいと考えています」

「私たち『きたみなみ公園オクテット』のメンバーが贔屓されていると他の人たちに思われても、ですか」

「曲に対する理解度というものは、どのような曲であろうと各々差異があるものです。それを気にし始めると、部員全員が知らない曲を探さなくてはなりません。とても現実的ではありません」

「極端な、話を……」

 

 話は平行線だ。きっと、私が何を言っても滝先生は意見を変えるつもりはないのだろう。

 

「私、オーディションとか、どうでもいいので。受けないですよ。それでも『ラプソディー・イン・ブルー』をやるつもりですか」

 

 そう言った瞬間、これまで崩れなかった滝先生の表情が動いた。

 

「冗談ですよ」

 

 鼻を明かしてやりたいというただの自己満足。

 オーディションをする事になってしまえば、私にオーディションを受けないという選択肢などないのだから。

 

「失礼します」

 

 ▼△▼△▼△

 

 結局、なんの意味もなかった私の直談判からも練習はいつも通りに進む。雨が多くなって気分が下がる日が増えていくのと同時に、コンクールに向けての練習も加速していく。

 パート練習や個人練習では、ヒロネさんにもソロの練習をするように頼んだ。唯一可能性があるとすればヒロネさんだと思ったから。ヒロネさん本人は私が吹くべきだと言って辞退しようとしたけれど、本番で私が体調不良になる可能性もあると言って本気で練習するように頼んだ。

 ヒロネさんがソロは私が吹くべきだと本気で考えていたとしても、周りがどう思うかは別の話だ。ヒロネさんがソロを吹いてくれるのが一番穏便に済む。

 本心では難しいと、分かっているけれど。ヒロネさんが純粋な実力でソロを勝ち取るには私の実力が高すぎて、かと言って私が手を抜いたりすれば南中の一件の二の舞いになる。そもそもヒロネさんが納得しない。

 私に出来るのは、せめて府大会金賞、出来れば関西大会出場が出来るようにみんなの実力が上がるように手伝いをするぐらい。従来のメンバーの決め方ならサポート役に徹する事が出来たのに。

 

 本来なら順番通りに出られたはずの三年生が出られないなんて事になるかもしれない。三年生になれば出られるからと我慢してきた三年生だっているかもしれない。

 加えて言えば、今の三年生には晴香さんや香織さんのように去年の元三年生と希美先輩たち元一年生の間に入って衝突を止めようと、希美先輩たちを守ろうとした人がいる。虐めを辞めさせる、そのために自分まで標的になってしまう可能性まで飲み込んで。

 あとから聞いた話では、ヒロネさんもその側だったらしい。元南中のクラリネットパートの先輩も集団退部の時に退部してしまっているのだ。ヒロネさんの性格で止めに入らない事はないだろう。

 

 何が言いたいかと言えば。

 そんな三年生を押しのけて一年生が選ばれようものなら、本人はもちろん周りはどう思うかという話だ。

 

 近頃雨が多くなっているのも相まって気分が落ち込む。

 どう足掻いても大なり小なり波乱は起こる。いっその事、オーディションの日なんて永遠に来なければ良いのに。そう思っていた。何かが起こるとしてもオーディションが終わった後だと。

 甘かった。

 

「今のところ、サックスだけでもう一度」

 

 合奏練習。合奏を止めて滝先生が気になったパートだけで吹かせるといういつもの光景だった。

 

「テナーサックス。出だしがズレています。一人ずつ吹いてください。斎藤さんから」

 

 さらにそのパートの中で一人ずつ吹かせるというのもよく見る光景だった。

 

「もう一度」

 

 しかし、テナーサックスの斎藤先輩は滝先生の要求に応えず、黙った。

 

「……分かりました。斎藤葵さん、今のところ、いつまでに出来るようになりますか?」

 

 三年生の斎藤葵先輩は、全国大会を目指すか楽しくやるかの多数決で私と同じく楽しくやる派に手を上げた先輩だった。かと言って練習をサボるわけではなく、むしろコツコツと努力を重ねる真面目な奏者。後輩たちからの人望も厚い。

 

「残念ながらコンクールは待ってはくれません。いつまでにと決めて課題をクリアしていく。そうやってレベルを高めていかないと、良い演奏は出来ません。分かりますか?」

「……はい」

 

 確かに、いつまでもダラダラやっていては実力は上がらないというのはあるかもしれない。ただ、自分がどんな風に成長するかなんて分からないのだから、いつまでに出来るか答えろ、なんて言い方は答える方も困るだろう。

 

「今、テナーサックスの貴女だけが音を濁しています。受験勉強が忙しいのは分かりますが、貴女はコンクールを控えた吹奏楽部員でもあるのです。もう一度聞きます。いつまでに出来るようになりますか?」

 

 そして、言わなくても良い事を言って責め立てる。

 自分の音が周りに対してどうなっているかなんて、自分が一番よく分かっている。そうでなくても、わざわざ受験勉強の話なんて持ってくる必要はない。きっと大変な中で両立しているのに、それを他人からとやかく言われるのは相当なストレスだ。

 

「先生」

「なんですか?」

「私、部活辞めます」

 

 遅かれ早かれそうなっていたのかもしれない。

 ただ、恐らくは今この瞬間引き金を引いたのは滝先生の言葉で。

 

「理由はありますか?」

「このまま部活を続けたら志望校に行けないと思うからです」

 

 前から悩んでいた、と斎藤先輩を続ける。

 辞めるタイミングを見計らっていたのかもしれない。けれど、この流れでの辞める宣言は滝先生に対する拒絶のようにも取れてしまう。

 

「分かりました。後で職員室に来てください」

「はい」

 

 それだけ言って、斎藤先輩は音楽室を去った。辞めないでください、という声に応える事はなく。

 

 黄前さんが追いかけていき、続いて晴香さんが追いかけていった。

 一度に三人もいなくなって、さすがにこの状況で練習を続けようとはしないらしい。滝先生は黙って手元を見るだけだった。

 少し間を開けて、田中先輩までもが音楽室から出ていった。

 

 出ていった四人だけではなく、音楽室に残ったみんなも、特にサックスのパートに所属している人たちには混乱が大きい。このまま再開してもまともな練習にはならないだろう。

 斎藤先輩は晴香さんにとって同級生で、同じパートの仲間だ。きっとショックも大きかったと思う。

 

 心配になってきたので、私もクラリネットを置いて音楽室を出た。止める人はいなかった。

 音楽室を出て突き当り、そこに晴香さんはいた。斎藤先輩の姿はなかったけれど、黄前さんと田中先輩もそこに。

 

「──あすかが部長やれば良かったじゃない! あすかが断ったから私がやらないといけない事になったんだよ!」

「だったら、晴香も断れば良かったんだよ。違う?」

 

 そこで聞こえてきたものは。突き放すように田中先輩が言ったその言葉は。

 到底許せるものではなかった。

 

「ん? なーに、これ?」

 

 無意識に、田中先輩の袖を掴んでいた。

 

「取り消してください」

「なにを?」

「今、晴香さんに言ったこと」

「なんで? 私間違った事言ってる? やりたくないなら断ればいい。何も間違った事言ってないでしょ?」

 

 正論なら何を言っても許されると言っているような。正論を振りかざしながら自分は正義だと言っているような。

 そんな態度に、どす黒い感情が湧き上がってくる。それをなんとか抑え込むように、大きく息を吸って、大きく息を吐いた。

 

「それが、部長を引き受けてくれた相手に言う事ですか」

「最後に決めたのは晴香だよ。私にどーこー言われてもねぇ」

「みんなが受けたくないと言えば一周して戻ってきますよ。永遠に決まらなかったかもしれない。そうならなかったのは、晴香さんのおかげでしょう。自分がやりたくない事をやってくれたのに、言って良い事と悪い事も分かりませんか」

 

 自分勝手にもほどがある。

 そりゃ、去年みたいな状況の吹奏楽部の部長を務めようとすれば相当な覚悟がいる。やりなくないと思うのも当然だ。それはいい。

 それを引き受けてくれた人に、お前も断れば良かった? 

 どんな覚悟で晴香さんが部長を引き受けたか知らないくせに、どの口が。

 

「取り消して、謝ってください」

「離してくれなーい?」

「取り消して、謝ってください……!」

「ひ、ひさめちゃん! もういいから!」

 

 晴香さんがそう言うので、田中先輩の袖は離した。

 けれど、一向に謝る気配がない。

 

「おー、コワ。ダメじゃん、晴香。飼い犬の手綱は握っておかないと」

「ひさめちゃんは飼い犬じゃないよ」

「はいはい。じゃ、私先戻ってるから」

「取り消して……! 謝ってください……!」

「はいはい、ゴメンネー」

 

 いちいち、癪に障る。

 

「だから……!」

「ひさめちゃん! 私はいいから! 落ち着いて!」

 

 晴香さんに手を握られて、再び大きく息を吸って大きく息を吐いた。

 田中先輩はもうこちらの事など知らないと言わんばかりに、黄前さんはこちらを気にしつつも田中先輩についていくように音楽室に戻っていった。

 

「あー、駄目だなぁ、私。ついカッとなって言っちゃった」

 

 そう、私に語りかけるように。わざとらしさすら感じるほどに晴香さんは言った。

 

「駄目なんかじゃないです。あんなの、カッとなって当たり前です」

「代わりに怒ってくれてありがとね。私はもう大丈夫だから」

「でも……」

「あすかはああいう子だから。特別なんだよ。私なんかとは違ってね。何でも出来るし、みんなをまとめるのだって上手い」

「なんか、なんて言わないでください。晴香さんだって、私の人生を変えてくれた特別な人なんですから」

 

 私の手を握る晴香さんの手の上に、もう片方の手を乗せる。

 田中先輩がどんなに優秀な人間か知らないけれど、私にとっては晴香さんこそが特別な人だ。そんな風に卑下してほしくない。ましてや、田中先輩の方が上というような言い方は。

 

「ありがとう。私にとってもひさめちゃんは特別だよ。ひさめちゃんから勇気を貰ったのは、希美ちゃんだけじゃないんだから」

 

 そう言って、晴香さんはさらに空いた手を重ねた。

 

「葵とは後で話してみる。今は戻ろっか」

「はい……」

 

 それから音楽室に戻り、田中先輩が何かみんなに言っていたみたいだけれど、晴香さんがその上からみんなを落ち着かせて、なんとか練習は再開した。

 

 ▼△▼△▼△

 

 練習終わり、片付けをしてパートごとの教室に荷物を取りに戻る。最後に戸締まりはしておくからとヒロネさんから教室の鍵を預かり、教室には私一人だけが残った。

 

 気分が良くない。体調が悪いという訳ではなく、精神的に。

 晴香さんは音楽室に戻る頃には気にしていないという様子で、その後も田中先輩と普通に話していた。ずっと接してきた感じから言っても、本当に気にしていないのだろう。

 けれど、私は気に入らない。

 

 これも、本人が気にしなくても周りが気にする一例だと自嘲する。

 この吹奏楽部を乱すような存在にはなりたくない。この感情は奥にしまっておいて、明日からも田中先輩とはいつも通り良い後輩として接しないといけない。

 

「ふぅ…………」

 

 戸締まりをして、鍵を返しにいく。

 その途中、同じく戸締まりをした後の晴香さんとばったり遭遇した。

 

「ひさめちゃんも今帰り?」

「戸締まりしてて、今鍵を返しにいくところです」

「そっか。じゃあ、一緒に返しにいこっか」

 

 そうして、一緒に下校して、久しぶりにあの公園に立ち寄った。

 二人きりであの公園のベンチに座ったのも、それ以上に随分と久しぶりだった。一緒に音色を響かせたのも、随分と久しぶりで、嫌な事全てを忘れられたような気がした。

 

 





 ○倉崎ひさめ
 嫌いな先生:滝昇
 理由:晴香への態度&吹奏楽部をかき乱すから

 嫌いな先輩:田中あすか
 理由:晴香への態度

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