いつか途切れた、音の続きを 作:いつかの音色
主人公の視点に戻ります。
ついに府大会にたどり着きました。
これからもよろしくお願いします。
思わぬ提案だった。
けれど、願ってもない提案でもあった。
「私のトランペットと、合わせてほしい……ピアノで」
黄前さんに作ってもらった高坂さんとの話し合いの場。
高坂さんが私に殊更に敵意のようなものを向けてきた理由。中一のコンクール以降にはまず会っていない。コンクール以前にも中一の頃の行動を思い出しても他校の同級生と面と向かって会うような機会はなかった。ゆえに、小学生の頃に会っていたのではないかという予想は出来た。
まさか、私のピアノが上手すぎたからなんて理由とは思わなかったけれど、楽器に人生を懸けている人もいる。こればっかりは私にはどうにも出来ないけれど、もう少し接し方とか、考えられたかもしれない。
だから、黄前さんからの提案は渡りに船で、高坂さんの提案は嬉しかった。
「何か好きな曲ある? 知ってる曲なら何でも合わせるよ」
「……笑わない?」
「笑わないよ。好きな曲を、笑ったりしない」
そうして高坂さんが言った曲は『きらきら星』。
知らない人はいないであろう曲。楽器というものに初めて触れた人が演奏する事も多い曲。
私と高坂さんの新しい関係を始めるにはうってつけの曲だった。
▼△▼△▼△
吹奏楽コンクール京都府大会まで、あと5日。
まずは課題曲。
「3分30秒ピッタリ!」
「ありがと、ララちゃん。ひとまず課題曲はこれで良いと思います。どうですか? 滝先生」
「そうですね、とても良いと思います。府大会はこの状態で挑みましょう」
「では、当日までは滝先生の指揮で合わせつつ確認だけして課題曲にいきましょう」
「ええ」
技術的な意味で指摘出来るところがないのかと聞かれたらそんな事はないけれど、本番までの時間は限られていて、自由曲の方がまだ詰められる幅は大きい。
そして、自由曲。
目立つソロで言えば、私のクラリネットはもとより、みぞれ先輩のオーボエ、香織さんと高坂さんのトランペット双璧、晴香さんのバリサクは完璧と言っても良いぐらいの仕上がり。後藤先輩のチューバも安定感があるし、岡本先輩のアルトサックスや野口先輩のトロンボーンもかなり安定してきた。
ソロだけでなく、全体的に見ても安定感は日に日に増している。
「倉崎さん、今大丈夫!?」
「ぐあー、先行かれた!」
「順番で行きまーす!」
合奏練習の合間にある休憩時間すら、水分補給をするぐらいで本当に休憩している人は少ない。
直前の合奏で見つかった改善点の練習。自分で練習する、滝先生に聞きに行く、そして私に聞きに来るという人もいた。出来る限り力にはなりたいけれど、時間は限られているというのが悩みどころだったりする。
そうして、呼ばれた方に向かう途中、黄前さん改め久美子ちゃんと目があったので親指を立てておいた。サムズアップ。
久美子ちゃんはさっきの合奏で滝先生に褒められていた。
サムズアップを返してくれたので、満足して視線を戻した。
▼△▼△▼△
吹奏楽コンクール京都府大会まで、あと4日。
「お疲れさま。大変ね、倉崎塾」
北宇治高校は既に夏休みに突入しており、朝から夜まで気が済むまで練習出来るようになっている。
そんな昼休憩の時間。パートごとに固まって昼ごはんを食べて、ポツポツと食べ終わるのが早い人から個人練習へと向かっていく。私も食べ終わり、廊下を歩いていたところで優子先輩と遭遇した。
「私、教えるの結構好きなので全然大変じゃないですよ。将来は音楽の先生になろうかなって」
正直、私は個人練習の時間に自分の練習はしていない。必要な練習は家に帰ってからすれば良いから、その分の空いた時間で色んな人のところを回っている。
「音楽の先生……? 本気で言ってるの……?」
「今のところ、ですけど」
「音楽教師がダメとは言わないけど絶対もっと向いてるのあるでしょ……プロのピアニストとか。夏紀じゃないけど、もったいないでしょさすがに」
プロのピアニストもナシではない。みんなにピアノを聞いてもらうのは好きだから。
ただ、ちょっと気になっているところはある。
「プロのピアニストって、どんな生活なんですかね? コンクールの賞金で生活してるとか?」
「いや、そんなアンタみたいな……なんかコンサートとか開くんじゃないの?」
「あー、確かに。でもチケットとかってどうやって売るんですかねー?」
「私が知る訳ないじゃない。マネージャーとかがやってくれるんじゃない?」
普通に働くなら、どうやってお金を貰っているかは想像しやすいけれど、漠然とピアニストと言ってもどうやってお金を稼いでいるのかあんまり知らない。クラリネットやトランペットならオーケストラに所属したりすればそこから給料が貰えたりするのだろうか。
今まで働く事を全く考えていなかったから、そういう事に関しての知識が全然ない。
「そうだ、夏紀にやってもらいなさいよ。アイツなら喜んでやってくれるわよ」
「え〜? 優子先輩はやってくれないんですか〜?」
「……まぁ、別にやりたい事がある訳でもないし。アンタが世界で活躍するような日本を代表するピアニストになったらやってやらない事も…………って、アンタもう世界で活躍してたわね。なんでここにいるのかしら」
「ひどくないですか!?」
しくしく、とわざとらしく泣き真似をしてみるも、優子先輩には効果はなさそうだった。
「それは冗談として。勝つわよ、まずは府大会」
「はい、勝ちま……あっ、みぞれ先輩!」
「……なんか最近みぞれにご執心ね」
「優子先輩も言ってたじゃないですか。きっとデレ期が来てるんですよ! みぞれせんぱーい! 練習終わったらカフェ行きませんかー!」
みぞれ先輩には塩対応された。
泣いた。
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吹奏楽コンクール京都府大会まで、あと3日。
私が吹奏楽コンクールに出場するのは、中学一年生の時のコンクール以来の事だ。中学二年生の時のコンクールはオーディションを辞退してめちゃくちゃにしてしまい、中学三年生の時のコンクールは裏方に努めた。
みんなの前では平然を装っているけれど、何も思わない訳ではなかったりする。一人で出るピアノのコンクールとはもちろん違うし、同じくチームで出るとはいってもアンコンとも違う。
一年生の時の楽しかった記憶はある。ただ、二年生の時の嫌な記憶がなくなる事もない。
夜、クラリネットを持って家を出る。
向かう先は思い出の公園。思えば、晴香さんと出会う前は嫌な事から逃げる逃避先として訪れていた。
「なんだ、誰かと思ったらひさめちゃんか」
そこには先客がいた。希美先輩がいた。
「希美先輩」
「なんとなーくね。浮足立つっていうのかな。こういうのって普通は前の日とかだと思うんだけどさ、なんかじっとしてられなくて」
その手にはフルート。
音は聞こえてこなかったから、吹いていた訳ではないのだろう。吹かずに運指だけ確認していたのか、あるいは何か考え事をしていたか。
「私もそうなんです」
「ひさめちゃんも? 意外。あんまり緊張とかしないタイプでしょ?」
「別のコンクールとかならそうなんですけど……」
クラリネットはケースに入れたまま、希美先輩の隣に腰を下ろす。
「三年振りだもんね」
「あー……まぁ……」
「色々あったしね、ひさめちゃんが二年生の時は」
「うっ……」
嫌な記憶なんて言うとまるで私が被害者のような言い方になってしまうけれど、本当の被害者は希美先輩の方だ。
「なーんてね。冗談冗談」
そう言って、希美先輩は肩を預けてきた。
服越しに、肩で希美先輩の体温が感じられる。
「行けるかな、関西」
希美先輩にとって、去年のコンクールはあってないようなもので、最後のコンクールと言えば中学三年生の時のコンクール。希美先輩たちは府大会銀賞で挑戦を終えてしまった。
口には出さないまでも、今回のコンクールはリベンジの思いもあるだろう。
「行けますよ。きっと」
みんなが全国に行きたいと言っているから。だから私も協力する、なんて。そう思っていたけれど。
行きたい。まずは関西に。
本気で、そう思った。
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吹奏楽コンクール京都府大会まで、あと2日。
「はーい、みんな集合! 師匠からありがたいお言葉をもらいます!」
ウォーミングアップを兼ねたパート練習の時間。
ヒロネさんが急にそんな無茶ぶりみたいな事を言い出した。
「えー、それでは本番で緊張をほぐすための小話を一つ」
ただ、私もヒロネさんには万が一の場合にはソロを吹けるように、とか無茶ぶりを言っているのでお互い様だったりする。
考えたくはないけれど、例えばコンクールの当日に私が風邪を引いたり事故に遭う可能性もゼロではない。それに、他のパートの特にソロを任されている人が何らかの理由で出られないとなった時に、同じパートの人が吹ければ良いけれど、そんな急に言われても無理となってしまう可能性もある。その場合に私が入れるように、ヒロネさんには悪いけれど、無駄に終わってほしいと思いつつも頼んでいる。
「いやー、最近暑いですよね。一年で一番暑い時期らしいですね。逆に一年で一番寒い日といえばちょうど半年ぐらい前、私たち一年生が入試を受けていた時期ですね。今でも覚えてるんですが、入試当日は早めに起きてちょっと外に出てみたんです。
いやー、朝の早い時間だとやっぱり気温も低いんですよねー。わたくし倉崎ひさめ、びっくりしました。ひっ、
アンコンの時にも舞台袖で披露したけれど、実はこの名前ギャグは結構お気に入りだ。
『…………』
しーん。
みんな、せめて何か言って?
「あ! もう一回親父ギャグ言って!」
何かを思い付いたように、植田の日和子ちゃんが言った。
「親父ギャグ……せめてダジャレって言ってね? ……コホン。特別よ? 特別。たまにはお寿司が食べたくなりますよねー。私もお寿司好きなんですが、その中でも特に鯛が食べたいってね」
しーん。
「ひっ、寒ぇー」
みんながしーんとなる中、日和子ちゃんだけは自分の身体を抱きしめるように、まるで寒いかのようなポーズで言った。
なるほど。そんな使い方が。
まぁ、たしかに? 鯛が食べたい、は適当に言ったし? そういう反応もアリっていうか?
「みんな、滝先生がちょっと早めに合奏練習に移るって」
と、そこへ晴香さんがやってきた。
これはチャンスかもしれない。
「コホン……布団が吹っ飛んだ!」
顔だけ後ろに傾けて、クラリネットパートのみんなに言った。
しーん、と一瞬の静寂。しかし、それぞれの顔を見渡して意図を察してくれたようだ。
『ひっ、寒ぇー』
みんなが揃って寒いポーズ。
私は顔の向きを正面、晴香さんの方へ戻してサムズアップ。
「え? ……え?」
これぞクラリネットパートの絆。
ドヤ。
▼△▼△▼△
吹奏楽コンクール京都府大会まで、あと1日。
府大会前の最後の練習が終わり、私は晴香さんと二人で下校していた。
「明日、だね」
「明日、ですね」
香織さんやヒロネさんも一緒に帰ろうとしていた気配はあったけれど、どうやら遠慮してくれたみたいだった。
「もう引退かぁ……ひさめちゃんと初めて会った時はまだ一年生だったのに。時間が経つのは早いね」
「ホントですね。あの日の事は昨日の事みたいに鮮明に思い出せるのに」
晴香さんと出会ってから、もう少しで二年間。
もうオクテットとしての活動もない。引退してしまえば、今までのように毎日接する事は出来なくなる。
そしてそれは、早ければ明日にも。
「でも、まだですよ」
「え?」
「まだ、引退なんてさせないですから」
府大会で終われば明日にも引退してしまう。けれど、全国大会まで行けば、あと三ヶ月弱は猶予される。
「そうだね、うん。まだ関西と全国があるもんね。言おうかと思ったけど、やっぱりやめる」
「えー、なに言うつもりだったんですか?」
「んー、内緒! 全国に行った時のお楽しみ」
こんな尊い時間がいつまでも続いてくれれば良いのに、なんて。叶うはずもないと分かっているのに願ってしまう。
駅の改札前で別れて、踵を返す。
何も悩む事なんてない。
まずは関西大会へ進む事が出来るように、全力を尽くすだけだ。
▼△▼△▼△
吹奏楽コンクール京都府大会、当日。
「おはようございます! 晴香さん!」
「おはよう、ひさめちゃん」
駅で晴香さんを出迎えて、一緒に学校を目指す。
昨日とは打って変わって、なんだか爽やかな気分だった。
「さすがに暑いね」
「これが難点ですよね。真夏に開催するの」
コンクールでは制服の冬服を衣装にするので暑い。特に学校までの道は直射日光が当たるのでなおさら暑い。まだ朝も早い時間でこれなので、昼が近付くにつれてもっと暑くなっていく。それだけは憂鬱でもあった。
学校が近付くにつれて、見慣れた顔が見えたり、追い抜かれていったりする。
「晴香、倉崎さん、おはよう」
「おはよう」
「おはようございます、香織さん」
その中には香織さんも。
「今日、頑張ろうね」
「うん!」
「頑張りましょう!」
そして、学校に到着すると既に音出しをしているのが聞こえてきた。
コンクール当日は忙しくなる。
各パートに分かれて音出しの確認をして、それから音楽室に集まってみんな揃っているかを確認。
譜面隠しを配ったり、トラックが来たら楽器を積み込んだり。
ドタバタとしているとあっという間に時間は過ぎていく。
「お前ら、気持ちで負けたら承知しないからな! 分かったか!」
『はい!』
移動用のバスに乗り込む前、松本先生の激励が飛ぶ。
そこへ滝先生が遅れてやってきた。いつか見たような光景である。
「先生、少しいいですか?」
「はい、どうぞ」
そして、滝先生に断りを入れた晴香さんに促されてB編成となったチームもなかのみんなが前に出た。チームもなかというのは、B編成二年生の夏紀さんの中川と加部先輩、森田先輩の頭文字から付けられたチーム名だ。
「私たちチームもなかで、みなさんにお守りを作りました」
そうして、一人ひとりに手作りのお守りが配られていく。
「はい、倉崎さんの分」
私には夏紀さんが渡しにきてくれた。
「私が作ったんだ。特別製ね」
H.Kとイニシャルのフェルトが縫い付けられている手作りのお守りだった。色合いはそれぞれ違うものの、他の人のものと違う点は見当たらない。
「特別製は優子先輩のやつなんじゃ?」
「ああ、あれはまぁ、嫌がらせという名の愛みたいな? こっちはちゃんとした愛込めてるから」
優子先輩の手には明らかに他のものよりも大きいお守りがあった。嫌がらせという名の愛らしい。
私のものは、見た目に違いがないという事は中身に何かあるのかもしれない。後で見よう。
「毎日遅くまで練習する中、全員分用意するのは大変だったと思います。ありがとう」
晴香さんに合わせてチームもなかに拍手。
「では、そろそろ出発します」
そう言って、みんなをバスへと移動させようとした晴香さんへ、滝先生は部長として一言を要求した。
心して聞かなければ。
「今日の本番を迎えるまで、色んな事がありました。一時はどうなるかと思った事もありました。でも、今、私たちは全員で同じ場所を見て、同じ場所を目指しています。あとは全力をぶつけるだけです。楽しんでいきましょう!」
『はい!』
「それではご唱和ください。北宇治ファイトー!」
『おー!!』
▼△▼△▼△
会場へはあっという間に到着した。
会場に入ってからは、全員が揃っているのを確認して、楽器の確認もして。
スタッフの人に案内されて音出しの時間となった。
みんなが思い思いにチューニングをして、その後ヒロネさんに合わせてチューニングベー。大丈夫。みんな揃っている。
「よろしいですか?」
『はい!』
滝先生へとみんな元気よく返す。
もはや少し前の悪感情なんて感じない。事ここに至って、対立なんてする人はいない。
「春、あなたたちは全国大会を目指すと決めました。向上心を持ち、努力し、音楽を奏でてきたのは全て皆さんです。誇ってください」
サンライズフェスティバルの時もそうだった。滝先生はこういう時にはみんなのモチベーションを上げる事を言ってくれる。
「皆さんだけでなく私も、未熟な部分がありました。不甲斐ない話ではありますが、ほんの少し私も共に成長出来たと思っています」
確かに未熟だった。今だって完璧とは言えないだろう。
ただ、少しでも変わろうとはしてくれている。
「そろそろ本番ですね。皆さん、会場をあっと言わせる準備は出来ましたか?」
だから、私も。
「はい!」
私が返事をして、そして一拍遅れてみんなも各々はい、と返した。
「それでは行きましょう──全国に」
そうして、舞台袖へと移動していく。
周囲を見渡し、みんなの様子を窺う。必要そうなら、声をかけにいこうと思って。
でも、大丈夫そうだ。
みんななら、大丈夫。
あとはもう、私たちの音を響かせるだけだ。
ここで終わったりしない。
終わらせたりしない。
舞台上で光を浴びながら、私はクラリネットを構えた。
○主人公
ソロ関連の問題も片付いたし、部内の空気も良くなったし、麗奈とも和解して、実は結構浮かれている。
なんとかみぞれをデレさせようとしているが、デレ期のはずなのになかなか上手くいっていない。外から見ると『主人公→みぞれ→希美→主人公』の三角関係に見えている。
夏紀から渡されたお守りの中には大吉と書かれた紙に加えてピアノの鍵盤を模した手作りのお守り(マカロン型ではなくガチめのお守り)が入っている。そのお守りには『
将来は音楽教師orプロのピアニスト(マネージャー:中川夏紀、吉川優子)