いつか途切れた、音の続きを 作:いつかの音色
前話の裏側です。
みぞれ先輩と別れてすぐに、みぞれ先輩緊急会議という名目でチャットグループを作り、オクテットメンバーを召集した。久美子ちゃんは逃さないようにそばに置きながら。
「とりあえず、食堂にみんな呼んだから行こう」
「みんなっていうのは……?」
「オクテットのメンバー。前に言ったアンコンに出た時のね」
「あぁ……」
時間帯的に、みんな夜ご飯は終えているとは思うけれど、誰か残ってそうなら場所を移せば良い。どちらにせよ集合場所として分かりやすいから、みんなが来るのを食堂で待つ事にした。
〜〜みぞれ先輩緊急会議(8)〜〜
倉崎ひさめ「非常事態につき、緊急召集です」
倉崎ひさめ「みんな、食堂に来てください」
中川夏紀「了解」
傘木希美「了解」
「夏紀先輩と傘木先輩反応早……」
久美子ちゃんが驚いているけれど、夏紀さんと希美先輩は普段から返信が爆速だ。特に夏紀さんは学校にいる時間とかでなければ、返ってくるまで30分以上かかった事はなかったような気がする。
〜〜みぞれ先輩緊急会議(8)〜〜
小笠原晴香「今滝先生と話してるから、できるだけ急いで行くね」
倉崎ひさめ「気を付けて来てください!」
吉川優子「すぐ行くけど、どういうグループ?」
吉川優子「みぞれの代わりに黄前?」
「これ、なんて言えば……?」
「成り行き? もしくは盗み聞きしたから」
「成り行きで……」
〜〜みぞれ先輩緊急会議(8)〜〜
黄前久美子「すみません……成り行きで……」
吉川優子「ふーん」
吉川優子「香織先輩とヒロネ先輩と一緒に行くから待ってて」
それから少しして、みぞれ先輩を除いたオクテットのメンバーが食堂に集まった。最後に来たのは晴香さんだったけれど、そんなに遅れてはいなかった。優子先輩たちが来てから、精々が5分程度だった。
「それで、どうだったの?」
最初に口火を切ったのは優子先輩。
「思っていたより深刻で、正直コンクールとか他の事考えられなくなりそうです」
それに応えるように、私はみぞれ先輩から聞いた事を話した。
▼△▼△▼△
無闇に他人に話して良い内容ではないというのは考えなくても分かる。たとえオクテットのメンバーといえど、みぞれ先輩に黙って話してしまうのはどうかと躊躇う気持ちもあった。
ただ、私だけではどうする事も出来なかった。
「私は、あんな状態のみぞれ先輩にコンクールを続けてもらうのは無茶だと思いました」
「編成はどうするの? オーボエはみぞれ一人しかいないのに」
「オーボエには私が入れます」
優子先輩の心配はもっともだ。コンクール当日に体調不良になった訳ではないため、たとえばみぞれ先輩がクラリネットだった場合、チームもなかの久恵ちゃんに代わりに出てもらうという手が使える。他にその手が使えるのは、ユーフォニアム、アルトサックス、トランペット、トロンボーン、チューバ、ホルン、パーカス。
しかし、オーボエはチームもなかにも担当者がいないため、みぞれ先輩が出られない場合、他にオーボエを担当出来る人がいない。私を除けば。
「クラはどうするの」
「ソロはヒロネさんに代わってもらって、抜けた穴には久恵ちゃんに入ってもらいます」
みぞれ先輩をコンクールメンバーから外すとすると、それしかない。
「ひさめちゃんは、それで大丈夫なの? 特に自由曲の選曲なんて、ひさめちゃんを軸に選んでるのに、そのひさめちゃんがクラリネットで出ないって事は……」
晴香さんが言いたい事は分かる。
その状況は、かつての南中であった状況と似ている。吹奏楽部が崩壊してしまった、あの時のコンクールの状況と。
「こういうもしもの時のために、ヒロネさんには無理を言ってお願いしてたので……ヒロネさん」
「師匠ほどは無理だけど、残りの日数を全振りしたら、ギリギリ関西大会には最低限のラインまでは持っていけるかな……ううん、持っていくよ」
「すみません、ヒロネさん」
「大丈夫。師匠には普段から頼りきりで、私に出来るのはこれぐらいだからね」
表面上の状況だけ見れば、似ている。それは事実だし、出来れば避けたい状況でもあった。この際、私のトラウマ的なものは無視するにしても、他のみんなにネガティブな感情が生まれるのはほとんど確定だからだ。
ヒロネさんがソロを吹いてほしいと考えていた人がいたとしても、最初からそうしておけば良かった、というような感情が生まれたりもするだろう。他の部員たちにとって、今からのソロの変更はマイナスになりこそすれ、プラスになる事は決してない。
でも、それでも、あんな状態のみぞれ先輩をこのままコンクールに縛り付けるぐらいなら、その方がよっぽど良いと思った。
不平不満、全部受け止める覚悟もある。そもそも私が蒔いた種。私が責任を取らなければならない。
「……と、いう感じに考えているんですが……みんなはどう思いますか?」
「……仕方ないんじゃない」
最初に同意を示してくれたのも、優子先輩。ヒロネさんはわざわざ言うまでもなく。晴香さんは、頷いてくれている。
どうするべきか分からないという顔もある。
急に聞かされて、そうなるのも仕方ないと思う。ただ、逆に反対するような声も、別の案も挙がらなかった。
「あの〜……」
そこへ、恐る恐るといった様子で久美子ちゃんが遠慮がちに手を挙げた。
「はい、久美子ちゃん」
「私は鎧塚先輩と親しい訳じゃないから、遠目から見てた印象とさっき実際に聞いて感じた印象で言う……ん、ですけど……」
途中までは普通だったのに、急に周りに先輩たちがいるのを思い出したのか、尻すぼみになっていった。
「……コンクールメンバーから外れても問題は解決しないんじゃないかな……って」
「それは、そうかもしれないけど……」
「鎧塚先輩がああなった一番の根幹がコンクールなら、逆に言えば状況を改善させられるかもしれないのもコンクールだから。……その可能性を考えないまま決めるのは早計だと思う」
一度は尻すぼみになりながらも、久美子ちゃんはそう言い切った。
「黄前さんは何か考えがあるの?」
「えっと、具体的にどうするみたいな考えがある訳ではないんですけど……選択肢は大きく分けて二つあると思ってて、まず一つはひさめちゃんが言ったように鎧塚先輩をコンクールから遠ざけること」
香織さんからの質問に答える形で、久美子ちゃんは人差し指を一本立てた。
「これは、コンクールっていう鎧塚先輩の嫌な気持ちの根源から離れられるっていう意味では一定の効果はあるんじゃないかって思います。でも、コンクールが原因だとして、こういうトラウマみたいなものってある程度向き合わないと解消出来なくて、もし今回逃げたらもうチャンスは来年しかないですし……鎧塚先輩が吹奏楽部を辞めて離れるなら話は別ですけど、コンクールに出なくても吹奏楽部は続けるんなら、却って長い間苦しい思いをしちゃうんじゃないかって……」
久美子ちゃんの言う事は分かる。
どの立場で、という話ではあるけれど、逃げ続けるよりも向き合って乗り越えた方が良いに決まってる。私だって向き合えたから今がある訳で、逃げ続けていたらそもそも北宇治にすら進学していたか分からない。
けれど、だからこそ分かる。向き合う事の大変さが。
「それで、もう一つは、コンクールメンバーからは外れずに、何とか良い思い出か何かで嫌な記憶を上書きすること」
「良い思い出ねぇ……」
「あぁー……それは、先輩たちで考えてもらえると助かると言いますか……」
カウンセラーでも何でもないから、詳しい訳ではないけれど。トラウマを克服するためには、トラウマから逃げ続けてはいけないというような話はどこかで見た記憶がある。
ただ、じゃあ無理にでも向き合わせると解決するかというと、そんな単純な話でもない。個人差はあれど、心は繊細なものだ。素人が下手に触って、もしも壊してしまったら。
「私も別に専門家とかじゃないですし、正直麗奈の時もたまたま上手くいっただけかもしれないので話半分に聞いてほしいんですけど……」
久美子ちゃんには高坂さんと私の件を解決へと導いた実績がある。それはオクテットのみんなが分かってて、だからこそ誰も否定的な事を言う事はない。
「関西大会まであと10日……あんな状態で10日も、みぞれ先輩が耐えられるかどうか」
「うん。だから、コンクール本番とは別に、精神的な逃げ道になるものも考えないといけないと思う」
「精神的な逃げ道」
「たとえば、次に何かあったらきっぱり吹奏楽部を辞める、とか。実際に辞めるかどうかはともかく、心の中でそう思っておくだけでいくらか楽になる部分はあるはずだから」
確かに、終わらない暗闇の中にいるよりも、終わりが見えている方が道中の気持ちは楽になると思う。コンクールまでの時間稼ぎにはなるだろう。
しかし、もし本当にそれでコンクール後に辞める事になれば、今メンバーを外れるよりもみぞれ先輩を傷付ける事になるかもしれない。そうしないためには、良い思い出で上書きするという方向で行くしかない。でも、どうやって、という話になってくる。
「問題は、上書きする良い思い出をどうするか」
「鎧塚先輩のオクテットをやっていたかったっていう言葉はヒントになるんじゃないかな」
「でも、諍いとかはなかったけど、逆にみぞれ先輩がそこまで言うほどのものがあったかというと…………あの、ずっと黙ってどうしました……?」
気が付いたら、私と久美子ちゃんの二人だけが話している状況になっていた。
「あ、ご、ごめん。邪魔しちゃいけないような空気を感じて……」
「全然! というかむしろどんどん案出してください!」
晴香さんは何かに遠慮したような様子だったらしいけれど、今はとにかく案がほしい。
「それと、みぞれ先輩と話す時、希美先輩もついてきてほしいんですけど、良いですか?」
そして、みぞれ先輩と話すにあたって、みぞれ先輩が絶大な信頼を寄せている希美先輩の力は借りたいと思った。
「私? どうかな……いない方が上手くいく気がするんだけど……」
しかし、希美先輩からの返答は予想とは違ったものだった。
「そんな事ないですよ、希美先輩。希美先輩が一緒にいてくれたら、みぞれ先輩も……」
「みぞれがあんな状態だったなんて全然気付けなくてさ。みぞれはずっとすごくて、ずっと練習してて。南中時代からみんな一目置いてて、何とかしたいと思うし、手伝える事なら何でも手伝いたいとも思ってる。でも、私が矢面に立ったら、失敗しちゃうと思うから」
何か、大切なものを見落としてしまっている感覚があった。
何が、と言われると上手く言葉に出来ないけれど。オクテットとして一緒に活動して、あんなにもずっと一緒にいたのに、何かが見えていなかったかのような。
「なんで、そんなこと……」
「昔からさ、なんか上手くいかないんだよね。私が表立って何かしようとすると」
希美先輩が、そんな上手くいかないというような場面に遭遇しているのを見た事がないとは言わない。言えない。
私が希美先輩について知っているのは私が南中に入学してからの事で、それ以前の希美先輩についてはほとんど何も知らない。だから、もしかしたら私が知らないだけで大きな挫折を経験したのかもしれない。
ただ、私が知っている限りで希美先輩が失敗してしまったと感じたであろう出来事は大きく分けて二つ。一つは、北宇治高校で最上級生とぶつかった集団退部事件。そしてもう一つが、南中での最後のコンクールからの一連の吹奏楽部崩壊事件。
少なくとも、南中の一件があるまでの希美先輩は失敗とは真逆の、部長として吹奏楽部をまとめ上げた立派なリーダーだった。
私は北宇治での件を相談に乗るという形で聞いていた。当時の三年生に腹が立って、どうにかしたいなんて考えて、無意識のうちに考えないようにしていたのかもしれない。
南中の一件がなかったら。
私のせいで無力感を覚えてしまったせいで、北宇治でも上手く立ち回れなかったとしたら。
「私、が……」
「──違うわよ」
ぐるぐると暗い思考が回る頭に、誰かの手が置かれた。
優子先輩だった。
「いつまでも昔の事気にしてウジウジしない。そういう時こそくだらないギャグでもやってなさい」
「優子先輩……」
そうだ。今は私の事なんてどうだっていい。
たとえ希美先輩が私のせいで無力感に囚われてしまったのだとしても、私がネガティブになったところで何の意味もないのだから。
「希美、アンタも。アンタだけのせいじゃないって何っ回も言ったわよね。それに、別に前に立って何かしろって言ってる訳じゃないし。黄前も何か言ってやりなさいよ」
「あ、えっ、私ですか……!?」
そして、急に優子先輩に振られた久美子ちゃんはわたわたとしながらも、言葉をひねり出すように言った。
「あの……昔何があったとかは全然知らないんですけど、傘木先輩は鎧塚先輩に、その話を言った事はありますか? すごいとか、一目置いてたとか」
「わざわざ言った事は、ないかな。ほら、なんか恥ずかしいし」
「それは、言ってあげるべきだと思います。鎧塚先輩が傘木先輩を特別に思ってるのは、外から見てても分かりますし……少しでも鎧塚先輩の気持ちを楽にするために、傘木先輩の言葉は必要だと思います」
私が希美先輩にお願いしたのも同じような理由からだ。何も異論はない。
「それと、逃げ道の話なんですけど……」
久美子ちゃんのおかげで話はスムーズに進んでいった。
やっぱり、連れてきて正解だった。
▼△▼△▼△
翌朝。
話し合いが無事に終わり、希美先輩のおかげもあって、みぞれ先輩はどこか吹っ切れた様子で吹奏楽部に、コンクールメンバーに残る事を選択してくれた。そして、この朝に二人で会う約束もしてくれた。
思えば、みぞれ先輩と二人きりで吹くという場面は今までなかった。それらしく言えば、初めてのデュエット。それに相応しい場所を探さなければならない。
建物を出て、良い感じの日陰になっている場所がないかを探す。まだ早朝で周りに人影はない。
昨日、オクテットメンバー+久美子ちゃんでの話し合いが終わった後、一度解散して希美先輩がみぞれ先輩を呼びに行ってくれる時に、希美先輩から物事が上手くいかないのは小学生の頃からで南中時代はたまたま上手くいっていただけだというあからさま過ぎるフォローをされてしまった。その直前に優子先輩と話している様子だったから、優子先輩から何かを言われてそうしたのかもしれない。
ただ、いずれにしろ希美先輩からは言外にその件には触れるなと言わせてしまった。
なら、そう言われていなければどうにか出来たのかと聞かれると、私に出来る事がないのも事実。私の立場で出来るのは、精々が謝る事ぐらい。希美先輩自身には何の解決にもならない。
だから、私は甘える事しか出来ない。
歩いていると、ユーフォニアムの音が聞こえてきた。
音の感じからして、田中先輩だろう。良い曲だけれど、メロディーラインに聞き覚えはない。この世にある全ての曲を網羅する事なんて現実的ではないから、知らない曲に遭遇する事は珍しくない。しかし、知らないからこそこうして新たな曲と出会う感動を味わえると思えば、全然悪い事ではないと感じる。
何か用がある訳でもないし、邪魔してはいけないので踵を返そうとしたら、前から久美子ちゃんが歩いてきた。
「あ、ひさめちゃん」
「おはよう、久美子ちゃん」
「うん、おはよう」
「昨日はありがとうね。久美子ちゃんのおかげでみぞれ先輩、元気取り戻してくれたよ」
「まぁ、私も盗み聞きしちゃったし。それより改めて考えてみると先輩たちの前で偉そうに話し過ぎた事の方が心配で……」
「大丈夫、大丈夫。そんな事言ったら私の方がヤバいし」
久美子ちゃんがいなかったら、きっと私がみぞれ先輩の代わりをやる流れで決まってしまっていただろう。
正直に言うと賭けではあった。
結論を出す前にみぞれ先輩に確認して、合奏もオーボエも音楽も嫌いになった訳ではない事を確認して、今の吹奏楽部の状態なら良いという事を確認して。晴香さんの名前も出して、最後のチャンスを貰う形でお願いをした。希美先輩にも無茶なお願いをしてもらう事になってしまった。
次に何かあれば、もう終わり。そう覚悟して進むしかない。
吹奏楽部を治める立場である部長の晴香さんには、今まで以上の心労をかける事にもなってしまう。
「まぁでも、これで私たち共犯者だからね。何も揉め事が起こったりしないように、お互い頑張ろう!」
「出来る範囲でね……」
だから、これまで以上の覚悟で挑むしかない。
幸いにして、オクテットメンバーの所属パートは散らばっているから、そういう何かの火種などは拾いやすいはずだ。噂話なども知っておく必要性を考えれば、噂話好きのララちゃんからも積極的に話を聞いておくのが良いかもしれない。
久美子ちゃんと別れ、絶好の演奏スポットを探す。
まずはみぞれ先輩との時間を純粋に楽しもう。
▼△▼△▼△
〜〜お悩み相談!黄前相談所(9)〜〜
倉崎ひさめがグループ名を『教えて!黄前先生!』に変更しました
倉崎ひさめが鎧塚みぞれを招待しました
倉崎ひさめ「こちらは黄前先生がお悩み相談をしてくれるグループです」
倉崎ひさめ「悩み事があったら黄前先生に相談しましょう!」
黄前久美子「なんですか、これ……」
黄前久美子がグループ名を『お悩み相談倉崎塾』に変更しました
倉崎ひさめがグループ名を『お悩み相談!黄前相談所』に変更しました
吉川優子「なにやってんのよ、アンタたち……」
○主人公
音楽関係の能力は誰も文句がつけられないほどのチートだが、行動全ての正解を引く事が出来る訳ではない。特に、自分が南中の一件で一歩踏み出すために必要だった勇気と重圧を知っているため、他人にそれを強要してしまうような選択肢を選びづらい。
また、南中の一件は唯一の弱点であり、自分が傷付くだけならまだしも、他人の傷がその件が絡むと弱くなる。
○黄前久美子
先輩たちの前で偉そうに話す事に抵抗はあったが、みぞれの様子を見て放っておけないと感じたため、開き直って全力で協力した。それはそれとして後から偉そうにしすぎたかな、と心配にはなった。
主人公は誰も傷付かないように、と考えるが、久美子は麗奈の件を経て苦しみながらも前に進んだ先の救いを知っているため、主人公とは違ったアプローチを提案出来る。
黄前相談所の名称が広がり始める。
○吉川優子
裏表がなく、猪突猛進なところがあるが、だからこそ余計に思考を巡らせてしまう主人公にとっての救いの一手を指す事が出来る。