いつか途切れた、音の続きを 作:いつかの音色
ついに関西大会まで来ました。
いつも感想・評価・ここすきありがとうございます。特に感想や高評価はいつもモチベーションになっています。これからもよろしくお願いします。
元々の予定では、午前中はミーティングとパート練習を行う予定だったけれど、みぞれ先輩が今ならこれまで以上のパフォーマンスを発揮出来ると言ってくれたので、みぞれ先輩自身の感触を確かめるためにも、滝先生に頼んで一度合奏を入れてもらった。
「オーボエ、めっちゃ良くなってるじゃん! 調子崩す前よりも全然良い! 何か良い事あった?」
「はい」
「オッケー。なら、このまま関西大会まで突っ走るよ!」
橋本先生が一番に反応した。滝先生も重ねて口には出さないものの、その表情から驚いているのが分かる。新山先生も、みぞれ先輩の演奏を聞いたのは昨日が初めてだろうけれど、今日との違いには驚いただろう。
ありきたりな言い方をすると、みぞれ先輩は完全復活を果たした。
みぞれ先輩は部内で全パート並べて上手いランキングを作ると、私の次にくる。集団競技だから、一人の上手さでどうこうなる訳ではないとはいえ、上手い人の演奏は周りのモチベーションも高める。だから、結果論かもしれないけど、部全体の視点で見てもみぞれ先輩が戻ってきてくれて良かった。
少しの合奏でみぞれ先輩の感覚を確かめ、それから予定通りのパート練習となった。
元々パーカッションは橋本先生がついてくれていて、この合宿からはそれに加えて木管に新山先生がついてくれている。残るは金管だけれど、滝先生はトロンボーンを吹いていたらしいので、そういう意味でも役割分担としてはバランスが良い。
「倉崎さん、ちょっと今大丈夫?」
午前中のパート練習を終えて、昼休憩。食堂へ向かう途中で橋本先生に声をかけられた。
「はい、大丈夫です」
「吹奏楽部とは関係ない話なんだけど、この前言ってたピアノコンサートの会場ね。3月20日に取れるって」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
私がピアノのコンサートを開くにあたって、橋本先生はかなり親身に相談に乗ってくれた。しかも、話を聞くだけでなく、なんと会場の手配まで買って出てくれたのだ。
当然ながらコンサートホールの使用料などは私が出すけれど、私にはそういう経験はないので大変助かる。今回に限らず手伝ってくれると言ってくれているので、次からは会場の手配もやり方を教えてもらって自分で出来るようにしたい。
「関西大会まで時間もないし、今言うべきかは迷ったけど、倉崎さんなら大丈夫だよね。どちらかといえば早めに言った方が良いと思って。ああ、それと、ちょっと声をかけたらぜひ宣伝したいっていう新聞社もあったよ」
「なにからなにまで……本当に助かります……!」
「そういう訳もあって、関西大会が終わったらポスター用の写真とか撮りにいってもらう必要があるから、覚えておいてね」
「分かりました。あ、委員会の二人も呼んで良いですか?」
「お、本格的に作戦会議しちゃう?」
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午後からも練習があり、時間は限られている。夏紀さんと優子先輩に声をかけて、昼食を食べながらの作戦会議をする事になった。
「まずは報告なんですが、橋本先生がコンサートのホールを押さえてくれました」
「まだ仮押さえだけどね」
「どこのホールなんですか?」
まずは会場を押さえられたという報告。
どこの、という夏紀さんそ当然の疑問へは橋本先生が簡潔に答えてくれた。
「京都コンサートホールだよ」
「府大会の会場だったところね。なんでそこにしたの?」
「他にもいくつか候補はあったんですけど、晴香さんたちの受験とかの事情も考えて3月の後半辺りが良いかと思って、その中で押さえられる会場を探してもらったんです。ちなみに3月20日なので、予定は空けておいてくださいね」
今回のコンサートはチケットを売る事を考えているけれど、関係者席を作って北宇治の吹奏楽部員たちを招待しようと思っている。せっかくだから聞いてほしいという気持ちもあるし、偉そうにしたり迷惑をかけたりした分のお返しというか、あとは個人的には晴香さんに対する恩返しとか、色々な想いを込めて。
だから、三年生が来やすい時期にしたいと考えて設定した。
「それで、色々と考えておかないといけない事があるんだよね。主なもので言えば、チケットの値段設定や販売方法にポスター、新聞で広告出してくれるところもあるけど、それとは別に広告の方法も考えないといけない。まぁ、チケットに関しては専門の業者に任せた方が良いかもね。特に最初なんてドタバタするなんてもんじゃないだろうし」
「ポスターって事は、アレですよね? ドレスを着てピアノと一緒に写った写真を使うやつ」
「そうだね。あとはポスターで考える事といえばやっぱりキャッチフレーズかな。中川さんは何か案ある?」
「うーん……『飛翔〜〜五線譜のその先へ〜〜』とか」
「ノータイムで出てくるの、もはや怖いわね。なんかそれっぽいし」
ちょっと良さそうなものを夏紀さんが挙げてくれたのでキャッチフレーズはこれで良いかもしれない。ポスターに書く内容としては、名前と今のキャッチフレーズ、あとは日時や会場、チケット代、演奏する曲名などだろうか。
「関西大会終わりからコンサート本番までの時間を逆算すると約7ヶ月。想像以上に時間はないから、関西大会が終わったらすぐに動き出す必要があるよ。ポスター作製と並行して掲示場所も探さないとだね。公共施設なんかはお問い合わせして申請書出せば掲示許可出してくれるところも結構あるし、その辺りは人手があった方が良いから委員会の腕の見せ所かな?」
確かに、ポスターを作って終わりではない。掲示して、色んな人に見てもらって初めて作った意味が出てくる。
初めての事ばかりで目先の事に気を取られて見落としそうになる。やっぱり橋本先生がいてくれて良かった。
「倉崎さんなら、コンサートの事を知ってもらえる事が出来れば集客は問題ないだろうけど、その知ってもらうってところがなかなか難しくてね。特に、初回だと。今はSNSなんかもあるから、それを活用するのもアリ」
「倉崎さんのレベルでも難しいですか?」
「そもそも今の倉崎さんはコンサートを開くなんて誰にも思われてないからねぇ。たとえば君たちが普段よくようなアーティストでも、知名度に対してライブなんかに来ようとしてくれる人数はごく僅か。だから、その僅かな人たちに届くかどうかが勝負。本当なら情報が届いてからも来る気になってくれるかどうかっていう一つのハードルはあるけど、その点倉崎さんなら届きさえすれば来てくれる人は絶対にいる。まぁ、コンサートの事を知った人数のコンマ何%かが実際に来てくれる人数ってイメージだね。だから、知ってくれる人数という母数は増えれば増えるほど良い」
「確かに……ネットの評判でも倉崎さんは人気がありそうだし、情報の拡散を狙ってSNSは良いかもしれないですね」
「もうネットで色々調べてる事隠すのやめたの?」
「ま、マーケティングの一環だし……」
「ものは言い様ね」
私はたまたま音楽の才能があって、ありがたくその才能を使わせてもらっているだけで、他の分野に関しては素人も同然で、SNSに関しても全然詳しくない。
だから、夏紀さんも優子先輩も、私にない視点や知識をもって助けてくれて、本当に助かっている。何か返せるものがあれば良いけれど、良いものも思い付かない。
その場のノリのような形で手伝わせる事になってしまったけれど、いつか恩返しが出来るようにしたいと思った。
▼△▼△▼△
「あら、倉崎さん」
「新山先生」
作戦会議がてらの昼食を終えてから午後の練習が始まるまでの間。
クラリネットを取りに行ったその足のまま、誰か暇な人はいないかと、あわよくばみぞれ先輩と今朝の続きをと周囲を探っていると、新山先生と遭遇した。
「自主練習?」
「そんなところです。ついでに誰か暇な人はいないかと思いまして」
「そう…………ごめんなさいね。私では教えられる事がなくて」
「そんな事ありません。新山先生のプロの視点からの教え方はとても参考になります」
「そうじゃなくて……まぁ、少しでも役に立てたなら嬉しいわ」
みんなにアドバイスをする時、私にはおおよその道筋と進み方が見えているから、それに沿ってアドバイスすればほとんど間違いはない。
ただ、あくまでも私という一人の視点ではあるので、異なる視点からは異なるアプローチの仕方がある。正解不正解という区別は難しいけれど、いずれにしろ新たな視点からの考え方を知る事はとても大切だ。だから、たとえ私個人に対しての技術的なアドバイスがなくても何の問題はない。既に私はいくつもの考え方教え方を学ぶ事が出来ているから。
「ところで、倉崎さんは進路は決めているの?」
「進路ですか? 大学なら、とりあえずどこかの音大に行こうとは思ってます」
「それは、ピアノ科で?」
「今のところは、そう思ってます」
そういえば、進路の事を聞かれたのはオーディション後の部内の空気が悪かった時期にあった二者面談以来。その二者面談だって、さらっと流された感じだったから、ちゃんと話したとは言い難い。しっかりと話す事を望んでいたという訳ではないけれど。
「実は、倉崎さんが日本人初の賞を取った時にピアノ科の先生と話す機会があったの。だから、その……もしかしたら、音大に進学しても倉崎さんが望むようなレッスンは受けられないかもしれないの」
どうして新山先生が急に進路の話をし始めたのかようやく分かった。
私の事を心配してくれているのだろう。自惚れでなければ私のピアノの腕は世界でも屈指だと思っているし、そうなると音大の先生でもアドバイス出来る事が少ないのかもしれない。だから、もしも私が今よりもずっとレベルアップするために音大に行こうしているなら、それが叶わないかもしれないと新山先生は心配してくれているのだ。
ただ、それに関しては問題はない。
「こんな事を言うと音大を目指している人たちに怒られると思うんですけど、私は色んな人に出会える事も目的に考えています。新山先生や橋本先生が滝先生と出会ったように、私も音楽という世界に生きる人たちと新たに出会いたいと、そう思ってます」
「そうなの……とても良いと思うわ。音大の事なら色々と教えてあげられると思うから、何でも聞いてちょうだいね」
「はい、ありがとうございます」
進路に関しては、なるようになると思っているけれど、それでも先駆者から話を聞く事が出来るというのは心強い。音大は音大でもどこの音大が良いか、とか。内情を知っている視点から教えてもらえるかもしれない。
色々と落ち着いたら、話を聞いてみたい。
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関西大会の日は、あっという間にやってくる。
府大会の時には毎日本番が迫ってくるような感覚があったのに、今回は呆気なく。私自身、気付かないうちに精神的な変化があったのかもしれない。それが良い事か悪い事かはともかく。
みぞれ先輩の件も含めて、他の人の手も借りながら今どうにか出来る問題は全て解決したと言って良いはずだ。希美先輩の事だけが気がかりだけれど、私にはどうにも出来なかった。
関西大会。関西大会だ。
中学の部、高校の部と違いはあるけれど、強豪校であった南中でも長年突破出来なかった大きな壁だ。私は出なかったけれど、私の代が三年生の時にようやく全国大会出場が叶ったぐらいに。
普通に考えて、万年府大会銅賞の学校が進出出来るような舞台ではない。関西大会出場が叶っただけでも奇跡。北宇治の状況を客観的に見れば、そう言うべきなのだろう。
でも、行きたい。
晴香さんと。香織さんやヒロネさんと。もっと一緒にいたいから。
「明日、結果発表の後。私たちの引退が決まった後、ひさめちゃんに話したい事があるんだ」
関西大会前、最後の日の練習が終わってから。滝先生から、橋本先生から、新山先生からの激励の言葉を聞いて。片付けをして。徐々にみんなが下校していくのを見送って。
日も沈んで暗くなって。示し合わせるまでもなく、最後に私と晴香さんの二人だけが残った。
「まだ引退だって決まってないですよ」
「えっと、ほら。死亡フラグってあるじゃない? この戦いが終わったら結婚するんだ、みたいな。その逆バージョン。引退が決まった後にしたい事を言ってれば、引退しないようにならないかなぁって」
「えぇ……分かりづらいですぅ……」
「ひさめちゃんのギャグも分かりづらい事あるから、おあいこかな」
「ひどーい」
薄暗くなった廊下。
昼間と同じ場所のはずなのに、太陽の光がなくなるだけでその様子は一変する。何か特別な事をしているような気分で、明日に迫る関西大会がその感覚を後押しする。
「……ありがとう。フラグとか自分で言っておいてだから、多くは言わないけど……ありがとう。これだけは、言っておくね」
「こちらこそ、です」
せっかく二人で残ったけれど、多くは語らない。
無言のまま校舎を出て、門を越えて、学校を後にする。
「じゃあ、また明日」
「はい、また明日」
本当にもっとギリギリまで二人で帰れるけれど。早々に別れた。
交わしたい言葉はいくらでもある。でも、それは今じゃないから。
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関西大会当日。
北宇治高校の出番は後半の部。時間に余裕があると感じる人もいれば、焦らされて早く終わらせたいと感じる人もいる。
どちらかといえば、私は出番が後半なのは嬉しい派だったりする。これは持論だけれど、吹奏楽部コンクールに限らず、コンクールというものは自分が演奏する瞬間がピークだ。だから、自分の番が終わってしまえば後は下がっていくだけ。出番が後であればあるほど、助走とでも言うのか、自分の中で何かが高まっていく感覚を長く感じられる。
そういう意味で言えば、私は一番最後の出番が一番好きだった。
「結果見てきました!」
他の学校もいる、後半の部に出場する学校の生徒たちが待機する中、ララちゃんが速報を持ってきた。
「大阪東照を含めた三校が金でした。それから……立華は銀でした」
その言葉に嘘ー! と声が上がる。
立華高校は私たち北宇治と共に京都府大会から関西大会へ進んだ強豪校だ。事前情報を見て北宇治と立華のどちらの方が全国大会出場の確率が高いかと聞かれたら大勢の人は立華だと答えるだろう。北宇治の生徒ですら、そう答えるかもしれない。
だからこそ、共に関西大会に進んだ同志とも言える立華の銀賞という結果は、北宇治の未来に暗いビジョンを浮かばせるには十分だった。
「大丈夫です! ……大丈夫。私たちは三強にも負けてません。私が保証します。普段通り、実力を出し切れば全国にだって行けます」
それは、半分は詭弁。
近年関西大会から全国大会へ出場する三つの枠は三強と呼ばれる明静工科、大阪東照、秀塔大学附属に独占されている。関西大会に進んだ時点で全校が強豪校というのは間違いないけれど、その中でもその三校は頭一つが抜けた実力がある。
他の強豪校にも言える事だけれど、そもそもが北宇治とは土台が違う。毎年全国大会に行けるという事は、それはまぐれではなく、そうするための理論が構築されているのだ。それは顧問の教え方かもしれないし、先輩から後輩への教え方かもしれない。
北宇治にはそれがない。正確には、去年までの北宇治にはそれがない。
そう、今年は違う。
滝先生という、部員の実力を上げる事に関しては恐らく吹奏楽部顧問の中でも上澄みの指導者。橋本先生というパーカッションのプロからの指導。新山先生という木管のプロからの指導。そして、微力ながら私のアドバイスと、オクテットメンバーを中心とした実力者を交えた部員同士の教え合い。
少なくとも、今年だけに関しては他の強豪校や三強にも劣った練習はしていない。それだけは、絶対の自信をもって言える。
ただ、問題は。
他の強豪校はその“今年”を毎年繰り返しているということ。
回りくどい言い方をしなければ。通常時、フラットな状態の北宇治では他の強豪校はともかく少なくとも三強には勝てない。
けれど、絶対に勝てない訳ではない。
平常運転ではダメ。でも、そうでなければ。
音楽は生き物だ。調子が良い時もあれば、調子が悪い時もある。コンクールメンバー55人、それぞれに調子の波があって、その時調子が良い人もいればその時調子が悪い人もいる。だから、プラスマイナスがゼロになるように、平均として見れば全体としての実力はいつも同じぐらい。
それがもし、55人全員の調子が良い状況を作れたならば。きっと三強にだって負けはしない。
時間はあっという間に進み、北宇治が音を出して最後の確認が出来る時間になった。
一校だけが入る防音の部屋で、みんなはそれぞれ楽器を手に、チューニングと息や指の確認。
「はい、とめて」
タキシードに身を包んだ滝先生の声が、無秩序だった音の濁流を止めた。
「一回だけ、深呼吸をしましょうか。大きく息を吸って」
滝先生の声に合わせて、みんなが息を吸う。
「吐いて、吐いて、吐いて。気持ちを楽にして……」
滝先生の声に合わせて、みんなが息を吐く。
「そして、笑顔で」
ふふ、とほんの少しその場の空気の硬さが和らいだ。
「私からは以上です。部長、何かありますか?」
これは、賭けだ。上手くいけば、全国大会に進めるかもしれない。下手に作用すれば、目も当てられない事になるかもしれない。
でも、やるしかない。全国大会に行くためには。
「先生」
「はい、田中さん」
手を上げかけた瞬間、田中先輩の声が割り込んできた。
「部長の前に少しだけ」
上げかけた手を下ろし、耳を傾ける。
副部長という立場だ。言いたい事も、たくさんあるだろう。
「去年の今頃、私たちが今日この場にいる事を想像出来た人は一人もいないと思う。二年と三年は色々とあったから特にね。それが、半年足らずでここまで来る事が出来た。この半年も色々あった。でも、ここまで来た」
田中先輩は言い方を選ばなければどこか冷めた人だという印象があった。副部長としてみんなの前に立つ事はあったし、ユーフォニアムについてのうんちくを声高々に語っているのも、それを晴香さんに咎められる漫才のようなやり取りも見た事がある。
けれど、一言二言ではなく、しっかりと言葉を紡いでみんなを励ますようなそんな事を言うようには見えなかった。
「私の今の気持ちを正直に言うと、ここで負けたくない。関西に来られて良かったで終わりにしたくない。ここまで来た以上、なんとしてでも次に進んで、北宇治の音を全国に響かせたい。だからみんな。これまでの練習の成果を全部出し切って!」
だから、こんなにも熱い言葉をかけてくれるなんて思っていなかった。
私の個人的な感情は無視するとして。田中先輩は部員たちと滝先生が対立するような空気になった時にも、バラバラになりそうな部員たちをなんとか宥めてまとめようとしてくれていたのも知っている。部員たちからの信頼もあって、けれど、こんな風に言ってくれるなんて、きっとみんな思っていなかっただろう。
だからこそ、この田中先輩の言葉が持つ力は大きい。
みんなが力強く返事返す中、私は改めて手を上げた。
「最後に少しだけ」
「はい、倉崎さん」
滝先生の返事を受けて、一息だけ吐いた。
「少しだけ、聞いてください。目を瞑って、最後に一度だけ聞いてください」
突然こんな事を言い出しても、誰も疑問の声は出さなかった。静かに振り返ってみても、みんな目を瞑って聞く体勢になってくれていた。みんなも、滝先生も。
静かに息を吸い、クラリネットを構えた。
私は北宇治高校吹奏楽部のエース。
エースの役割は、その実力でみんなを引っ張ること。みんなを安心させること。誰の文句も出させない、成果を出すこと。
息を入れる。
吹くのは、『ラプソディー・イン・ブルー』の冒頭クラリネットソロ。
みんなにとっては幾度となく、練習で聞いてきたもの。でも、いつもとは違う。
100%全力で。普段の、みんなに合わせて浮きすぎないように抑えている部分も解放して。私の持てる力全てを振り絞った全力のソロ。
「行きましょう、全国!」
はい、おー、みんな思い思いの気合いの入った返事。
出来る事はやった。あとは、本番を残すのみ。
示し合わせるまでもなく、晴香さんと目線が交差する。
「いくよ、みんな! 北宇治ファイトー……!」
『オー!!』
田中先輩がみんなの気持ちをまとめ、私がみんなを引っ張り、晴香さんがみんなの背中を押す。
これなら勝てるかも。そんな思いだけでも抱いてくれれば上々。結局、最後は気持ち。根性論と言われてしまうかもしれないけれど、感情は音に出る。だから。
あとは、出し切るだけだ。
▼△▼△▼△
課題曲『プロヴァンスの風』。
みんな揃った最初の数音と、少しだけ遅れてやってくるトロンボーンの音を聞いた瞬間。
勝った、と。
勝ち負けにこだわるのは、本当は良くないのかもしれないけれど。
ただただそう思った。
○北宇治高校吹奏楽部
倉崎塾の活躍もあって、全員が100%の力を出し切る事が出来れば三強にすら勝ち得るほどの実力を身に着けた。
○主人公
ピアニストとしての実力は中学三年生時点で、世界で三本の指に入るほど。自分の中に世界有数のピアノ指導者が同居しているようなものなので、レッスンなど受けなくても勝手に上手くなっていく。
現時点で完璧な訳ではないため、指導者側として指摘出来る部分がない訳ではないが、それはそもそも指摘されなくても自分で気付いているし、次に演奏する時には改善されている。なんなら、一度の演奏で二度同じようなフレーズが出る場合、二度目のフレーズで改善されている。ピアノ以外の楽器にも言える事だが、指導者泣かせ。
京都府内ではかなりの割合で知られている。日本全体としても、ピアノに興味がある人間で知らない者はいない。一時、全国的なニュースになったため、そうでない人間にもある程度知られている。