いつか途切れた、音の続きを   作:いつかの音色

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 3話目です。
 前回以上に原作キャラクターと絡んでいきます。




リスタート

 

 

 私が迷惑をかけてしまった中でも、その比率が大きかったのは一つ上の先輩たちの世代だといえる。

 最後のコンクールを台無しにしてしまったのだから、当然だ。私たちの世代や後輩の世代には、まだ次のコンクールがあった。けれど、先輩たちにはそれがない。三年間の集大成を披露する場を、私はぶち壊してしまった。

 

 踏み出す足が泥沼の中にいるように重い。きっと180度回転して後ろを向けば、その足は羽のように軽くなるのだろう。

 ここまできて、逃げ出したい気持ちはなくならない。一度逃げてしまった事で逃げ癖がついてしまったのか、あらゆる場面で、選択肢の中に逃げるが紛れ込むようになった。

 一度やってしまった事はなくならない。けれど、向き合って、前に進む事は出来る。

 

「久しぶりだね、倉崎さん。一年振りかな」

 

 少し見上げる形になりながら、先代部長の目を見据える。

 傘木希美先輩。強豪と称される南中学校の吹奏楽部で部長を務めていた人だ。

 今日、たくさんの人たちに謝ってきた。けれど、だから同じように、とはいかない。迷惑の度合いが違うのはもちろん、先輩後輩という関係は大きい。

 部長という立場で、きっとクラリネットパートを中心とした騒動では苦労したはずだ。その結果が最後の府大会銀賞。私のように結果を気にしない性格であれば、なんて私の立場では心の中で呟く事すら罪深い。

 そして、たった一年、あるいは誕生日によっては数ヶ月生まれる日が違うだけで生じる学年という壁は大きい。中学生にとって、先輩とは尊敬すべき目上の存在であり、文字通り人生の先輩である。そしてそんなありきたりな言葉など関係なく、部長だった希美先輩を始めとして、先輩たちは尊敬出来る人たちだった。先輩だから尊敬するのではなく、尊敬するからこそ先輩であると、そう思えたほどに。

 だからこそ、私の罪は重い。

 この期に及んで誤魔化すなんて逃げの選択肢が浮かび上がる自分に嫌気が差す。

 

「去年のコンクールの時、私の身勝手な行動のせいで部をめちゃくちゃにして、すみませんでした」

 

 心の中の黒い部分を押さえ付けるように、頭を下げる。

 今日、何度も繰り返した言葉。けれど、慣れる事はない。罵倒され、殴られる事すら想定して、口を動かす。

 分かっている。希美先輩はそんな事をする人ではない。するとしても嫌味を言う程度か、舌打ちをする姿も想像がつかない。そう分かっていながら、あるいは希美先輩に対する侮辱にもなり得る言い訳と共に、心の鎧を固める。いずれは直したい癖だけれど、今は横に置く。

 

「あー、コンクールの時。色々あったね。でも倉崎さんはピアノで賞取ってたよね? 確かに一緒に吹けなかったのは残念だったけど、仲間が頑張ってすごい賞を取ったんだ、って私は嬉しかったよ」

 

 チクリと胸のあたりが痛んだ。

 ただのアリバイ作りのためのピアノコンクール挑戦に対して、希美先輩も背中を押してくれていた。そして、最後の吹奏楽コンクールの数日前にピアノコンクールで最上位の賞を取った私を喜んでくれた人の中に希美先輩もいた。

 けれど。

 

「違うんです、希美先輩」

 

 そう、違う。希美先輩の認識は事実ではない。

 前から出たいと思っていたコンクールがあって。そのコンクールで結果を残すためには吹奏楽部の練習に万全の状態で臨むのは難しくて。そのためにオーディションを辞退して。そうして臨んだピアノコンクールでは望み通りの賞を取れた。

 もしも、本当にそうであればどんなに良かったか。

 事実は、吹奏楽コンクールに日程が被るようなものを探してきただけ。どうせ出るからと練習はしたけれど、賞が欲しかったとかはない。なんなら、本来賞を取るべきだった人からそれを奪ってしまったという罪もある。

 

「本当はあのピアノコンクールに思い入れなんてないんです。ただ、日程が吹奏楽コンクールと近かったから選んだだけだったんです」

「えっと、どういうこと?」

「オーディションを辞退するために、アリバイ作りのために探してきただけだったんです」

「コンクール出たくなかったの?」

 

 コンクールに出たくないという事はなかった。みんなで音を合わせる合奏が好きだから、みんなと演奏する機会となるコンクールも私が好きな場だった。

 

「コンクールは、合奏は好きです。でも、私の代わりに出てほしい先輩がいたんです」

「もしかして、つむぎ?」

「はい」

 

 石山つむぎ先輩。

 クラリネットパートの一つ上の先輩で、色々な面倒を見てもらった直属の先輩といえる。そして、何も言われていないのに、勝手に枠を譲るために私がオーディションを辞退したのは、この先輩に吹いてほしいと思ったからだった。

 

「譲ってほしいとか言われた訳でもないのに、そんな事してもつむぎ先輩に対する侮辱になるなんて考えもせずに。その結果、つむぎ先輩を悲しませただけでなく、部全体を混乱させて、コンクールが終わった後、喧嘩別れのような形で先輩たちを引退させてしまいました」

 

 喧嘩別れといっても、引退する三年生対一二年生という形ではなく、三年生同士にも対立を生ませてしまった。本来なら輝かしい青春の1ページとなるはずだった引退の思い出を、私は黒色で塗りつぶしてしまった。

 

「本当に、すみませんでした」

 

 深く、深く、腰を折って頭を下げる。

 あまり意味はないかもしれないけれど、目は閉じない。視界の中には希美先輩のローファー。背後では晴香さんが息を飲んでいるのが分かる。

 

「ちょっとちょっと、顔上げてよ。確かに最後は空気悪い感じになっちゃってたけど、あれは倉崎さんが悪いんじゃないよ。ミスしたのは、あの時吹いてたみんななんだから。それにオーディションだって、受ける受けないは本人の自由だし。まぁ、受けないって子は滅多にいないけどね」

 

 希美先輩の言葉も正しい。ただ、私は普通の部員ではなかったから。

 

「自分が部のみんなに与える影響なんて何も考えていませんでした。少し考えれば分かったはずなのに、少し周りに目を向ければ分かったはずなのに、それをしませんでした」

 

 私は既に結果を出していたクラリネット奏者だった。期待されるのは当然で、そしてメンバーを外れたなら、もしメンバーにいたらとみんなが思うのも当然だった。本番で失敗してしまったのならなおさら。

 今になれば分かる。合奏は一人が上手くても良くはならない。むしろ、突出し過ぎると悪目立ちする。けれど、みんなを引っ張れるエースがいるというのは、精神的に自分以外の演奏を良くする事もある。これは、逆も然り。

 そして、これは自惚れではない。自分の実力は、私が一番分かっている。

 

「考え過ぎじゃない? みんな探せば悪いところの一つや二つ出てくるし、というかそんなに謝られると部員たちをまとめ切れなかった私も悪いっていうか。こっちこそごめんね? 私は全然怒ったりしてないから」

「原因を作ったのは私ですから。すみませんでした。でも、ありがとうございます」

 

 私を許したような希美先輩の言葉を聞いて、スッと身体が軽くなるような単純な頭。

 許すと言われた訳ではない。怒っていないだけで、根に持ってはいるかもしれない。なんて考えるのはさすがにひねくれ過ぎているだろうか。考えなしの頭ではいけない。かといって、考え過ぎてマイナス方向に振り切れてしまってもいけない。

 

「希美先輩、他の先輩方の進学先はご存知ですか?」

「大体分かると思うけど、なんで?」

「直接謝罪したいからです」

 

 利用するようで悪いと思いつつも、希美先輩の他の先輩との繋がりを手繰らせてもらう事を頭の中で描く。

 

「教えてもらえませんか。もちろん、私に教えても良いと確認が取れた先輩だけで大丈夫なので」

 

 つい先ほどまで頭を下げて謝罪をしていたのに、直後に頼み事をするという図々しさ。けれど、逃げないと、前に進むのだと決めたのだから、足を止めたりしない。

 

「あっ、私は怒ってないって、他の子は怒ってるとかそういう意味じゃないからね?」

「はい。それでも、けじめをつけたいんです」

「北宇治なら直接仲介出来るけど、他の学校に行った子はメッセージのやり取りぐらいしか出来ないよ?」

「はい。お願いします」

 

 その後、考え事をしながら適当に歩いていたら通りかかったという、私と晴香さんの密会の場である公園から帰っていった希美先輩を見送った。他の先輩たちに関しては、北宇治高校に進学した先輩は明日にでも、他の学校に進学した先輩にはメッセージをやり取りしつつ状況を見て、という事になった。

 おいてけぼりにしてしまっていた晴香さんとは少しの時間だけ、夜の帳が下りた公園で二重奏を奏でた。

 

 ▼△▼△▼△

 

「勘違いしないでくれる? べつにアンタが一人いてもいなくても結果は変わらなかったわよ。あれが私たちの実力。あのゴタゴタだって蚊帳の外にいたアンタが気にする事じゃない。というか、もしかして一人ひとりにこんな事してるの? なんか、行動力ヤバいわね、アンタ」

「ありがとうございます」

「いや、褒めてるんじゃないんだけど……」

 

 希美先輩に会った翌日、希美先輩はさっそく北宇治高校に進学した先輩と繋いでくれた。フルートパートの先輩を始めとして、同じ木管のクラリネットパートの先輩、すべてのパートの先輩を順番に正門前に呼び出す形で希美先輩が誘導してくれた。

 放課後になってから順番に、日が暮れてからも。パート練習中ならまだしも、合奏が始まれば難しいため、途中で途切れるかと思ったけれど、先輩の足が途切れる事はなかった。

 そしてたった今目の前にいる、トランペットパートの先輩である吉川優子先輩が最後の一人だった。

 

「……高校、どこ行くかもう決めてるの?」

 

 吉川優子先輩。頭上の大きなリボンが特徴的で、南中吹奏楽部の中でも一、二を争うほど目立つ姿の先輩だった。

 ただ謝罪だけ聞いて終わるのもどうかと思ったのか、相変わらずのデカリボンを揺らしながら、優子先輩が雑談を振ってくれる。

 

「はい。決めてます」

「立華とか? それとも全国金賞の常連? どうせ推薦貰ってるんでしょ?」

「そういう話は貰ってます。でも、私は北宇治を目指そうと思っています」

「北宇治? なんでまた」

 

 吹奏楽部の強豪である高校からの話はいくつかもらっている。技術を高める事や結果を残す事を考えると、そういう話に乗った方が良いと思う。けれど、私はそこまでそういう事にこだわりはない。

 行くなら全力でやるけれど、殊更に行きたい理由がある訳でもない、という感じ。つまるところ、どちらでも良いと思っていた。他に選択肢がなければ、持ち掛けられた話のどれかに流されていただろう。

 ただ今は、明確に目指したいと思える場所ができた。

 

「私が変わるきっかけをくれた人がいるからです」

「ふーん……言っとくけど今の北宇治、かなり空気悪いわよ。あの時の南中以上に」

「もう逃げないって決めましたから」

「そ。なら良いんじゃない」

「はい、来年からまたお世話になります。お時間頂きありがとうございました」

 

 正門から校舎へ戻っていく優子先輩を見送り、その姿が見えなくなってから踵を返す。

 北宇治は南中から進学する人が多いため、先輩たちの過半数がここに進学している。つまり、今日で目標の半分以上を達成した。日中に何度か希美先輩から送られてきたメッセージによって他の先輩たちの進学先も知る事が出来た。

 

 時間的に北宇治の吹奏楽の練習が終わるのももうすぐだ。晴香さんにメッセージを送り、正門の近くを適当に歩いて時間を潰す。

 しばらくして、下校の波から外れた晴香さんが姿を現した。

 

「待たせてごめんね!」

「全然大丈夫です」

 

 そこから、いつもの公園まで歩く。

 向かう場所は同じでも、いつもと違う道を通っているから新鮮な気分。もう一つ、晴香さんとはいつも公園で待ち合わせのような形で、一緒にどこかに行くという事もなかったため、こうして並んで歩くというのも新鮮だった。

 

「本当に北宇治にいる元南中の子たちにも謝ったんだよね。他校ってだけで緊張するのに、中学生が高校にわざわざ来るって相当な勇気が必要だったでしょ」

「それはもう。めちゃくちゃドキドキでした」

「頑張った頑張った! コンビニで肉まん買ってあげる」

「ごちです!」

 

 ▼△▼△▼△

 

 放課後、先輩たちの進学先となっている高校の最寄り駅付近か、自転車通学なら通る道で待ち伏せするように、それぞれの先輩が下校してくるのを捕まえる。そうして、一ヶ月近くの時間を使ってほとんどすべての先輩たちへの謝罪が完了した。

 残る先輩はただ一人。近畿圏ではなく、親の仕事の都合で東京の高校へと進学した、右も左も分からない状態から一番お世話になったつむぎ先輩。

 

 日曜日、早朝から新幹線に乗って東京へ向かう。

 さすがに放課後毎日出待ちを出来る距離ではない。予め先輩には連絡をして、会う約束をした。何ヶ月も前から途絶えていたメッセージで。

 これまで出た事のあるコンクールには良い賞を取れば賞金が出るものもあり、その賞金はお小遣いとして自由に使って良いと言われている。そのため、新幹線代ぐらいはすぐに出せる。ただ、謝罪のためだけにはるばる東京までやってきたとなると先輩が引いてしまうかもしれないから、東京観光をするという名目となっている。

 

 新幹線から在来線を乗り継いで待ち合わせの駅へ到着する。

 改札から少し歩いて開けた場所に出る。約束の場所だ。つむぎ先輩の姿はすぐに見つかった。

 

「や。久しぶり。相変わらずちっちゃいねぇ」

 

 その声を最後に聞いたのはいつだったか。

 170cmほどの長身に似合うスラリとしたパンツスタイル。茶色の長髪を揺らめかせながら、空気を震わせるその声は周囲の雑音を押し退けるようによく響く。クラリネットパートのみんなでカラオケに行った時、歌がびっくりするぐらい上手かったのが印象的だった。

 私が150cmちょっとしかないため、並ぶと親子みたいになる。

 

「久しぶりです、つむぎ先輩」

「聞いたよ、ひさめちゃん。謝罪回りしてるんだって? 学年グループで話題になってたよ。気にしなくて良いのにね」

「気にしますよ。私のせいであんな事になったのに。ピアノコンクールだって出まかせで……」

「私にコンクール出てほしかったから、でしょ? あ、私の自惚れじゃないよね? だったら恥ずかし」

 

 照れたようにはにかむ顔のつむぎ先輩は、私の目線を下げるように、私の頭に手を置いた。

 先輩の現役、よくあった光景だった。身長差のせいもあってか、ちょうど良い場所に私の頭があるらしく、よく手置きにされていた。

 

「気付いてたんですか?」

 

 口に出して、すぐに思った。学年グループで話題と言っていたのだ。少なくとも私に関する話題でメッセージのやり取りがあり、グループでなく個人間かもしれないけれど、他の先輩から聞いていた可能性は少なくない。

 すべての先輩にすべての事情を説明した訳ではない。つむぎ先輩関係の事は元クラリネットパートや幹部の先輩と、一部に限った。それは、つむぎ先輩に矢印が向かないようにするなど、いくらかの理由はあったけれど、何か口止めしていた訳でもない。

 

「分かる分かる。どれだけ一緒にいたと思ってるの? ひさめちゃん、ワンちゃんかってぐらい後ろついて来てたんだからさ。まぁ、あれは私も欲が出たよね。最後の大会だし出たいなーって。本当なら今からでもオーディション受けてこいって言うのが正解だったんだろうけど」

「それは……」

「まっ、という訳で! ひさめちゃんは勝手な事したって思ってるかもしれないけど、私もそれ利用してたからお相子。以上、湿っぽい話はおしまい! せっかく東京来たんだから楽しまないと!」

 

 そう言って、つむぎ先輩は私の手をとって歩き始める。私に何も言わせないかのように。

 

「そうだ、ピアノ。ピアノ聞かせてよ。近くにストリートピアノあるからさ」

「いくらでも、弾きますよ」

 

 手のひらから伝わる熱を感じながら半歩後ろをついていく。子供のように守られていた、そんな振る舞い。

 過去の自分と決別するように、私はその半歩を埋めるように、大きく一歩を踏み出した。

 

 

 





 ○石山つむぎ
 南中吹奏楽部、希美世代の一人。主人公のメイン楽器がクラリネットの関係上、生えてきたオリジナルキャラ。
 元クラリネットパート。クラリネットの腕前はそこそこだが、歌が抜群に上手い。
 
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