いつか途切れた、音の続きを   作:いつかの音色

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はじまりのアンサンブル

 

 

 あの謝罪回り以降、希美先輩は私と晴香さんの密会の場所である公園に顔を出すようになり、その頻度は少しずつ高くなっていった。

 以前晴香さんから聞きそびれた北宇治吹奏楽部の内情。希美先輩たち現一年生の本気でやる気がある派閥と現三年生の適当に楽しくやれば良い派閥がぶつかっているのだという。晴香さんたち現二年生はその二派閥に板挟みとなっているとか。

 やる気あり派閥は主に元南中メンバーで構成されており、その中心となっているのは南中時代に部長であった希美先輩。あの時は詳しい話を聞かなかったけれど、優子先輩が言っていた空気が悪いというのはこの衝突によるものだろう。

 

「どうすれば良かったのかな……」

 

 季節の移ろいに合わせて気温が上がっていき、制服が夏服になって少し。希美先輩を含めた数人を残して、南中出身の先輩たちが吹奏楽部を退部したという話を聞いた。

 

「希美先輩は間違っていなかったと思います。方針の違いがあったとしても、虐めを許す理由にはなりません。立ち向かうのには相当な勇気が必要だったと思います。希美先輩は立派です」

「ひさめちゃんほどじゃないよ……でも、私も逃げたくないって思ったんだ……」

 

 ただ、やる気あり派閥と楽しくやれば良い派閥が部の方針について論争になるだけなら、まだ良い。しかし、事態はそれよりも深刻で、三年生から見れば新入りの後輩である希美先輩たちの振る舞いに腹を立てたのか、楽しくやれば良い派閥は希美先輩たちに対して無視をし始め、最後には物を隠すなんて典型的な虐めまでやり始めたのだという。

 そもそも楽しくやれば良い派閥というのも、かなりオブラートに包んだ言い方であり、実態は部活中にほとんど練習もせず、お菓子を広げて雑談に興じているだけ。言ってしまえばただのやる気なし派閥だ。

 希美先輩たちがどのような態度や振る舞いをしていたのか、その現場を見ていた訳ではない。もしかしたら希美先輩たちにも非はあったのかもしれない。上級生に言われたという部の空気を乱しているというのも事実ではあるのだろう。しかし、虐めを始めた時点で悪いのは全面的にやる気なし派閥の上級生であり、楽しく練習して合奏を楽しむならまだしも、お菓子を食べて駄弁るのが目的なら吹奏楽部にいる意味なんてない。

 

「でも……でも……みんなが辞めるって言ったのも、止められなかったんだ……! あんな環境でいても仕方ないって、そんな事、私だって分かってたから……!」

「希美ちゃん……」

 

 晴香さんを始めとして何人かの二年生は間に入って事態の収拾を図ったらしいけれど、それでもこうなってしまった。晴香さんにとっても上級生が相手だ。きっと出来る事も限られていた。

 

 公園のベンチで私の隣に座って涙を流す希美先輩。晴香さんはその正面に立っている。

 後輩の前でそんな姿を見せるほどの事態。何か出来る事があれば力になりたいと思う。けれど、他校の部活。内部事情に首を突っ込むのも難しい。

 

「顧問の先生は動こうとしないんですか?」

 

 と、聞いてみるものの、この現状を考えれば何もしてくれなかったのだと簡単に推測出来る。教師が虐めを見て見ぬ振りをするというのもニュースなどで聞く話。

 

「証拠がないって……軽い注意ぐらいで何も変わらなかった」

 

 そうだろうな、という感想が浮かぶ。

 顧問が役に立たない。他の教師ならあるいは何かアクションを起こしてくれる可能性もあるけれど、既に顧問がほとんど動かなかった前例がある以上、それを期待するのも難しい。下手を打たれると虐めがより苛烈になる危険性がある。

 ならばどうすれば良かったのか。

 私なりに、虐めに対抗するために必要なものを考えた時にまず浮かぶのが力だ。それは単純な腕力でも他の力でも何でも良い。虐めをするような人間でも、力を持つ者を虐めようとは思わないはずだ。

 その点で希美先輩が用意出来る力は組織力だろう。元南中メンバーをまとめられるというのは大きなアドバンテージだ。数というのは単純でありながら強力な手札となり得る。ただ、それだけでは足りないから、一年生の半分以上、出来ればそのほとんどを味方につける。間に入ってくれていた二年生もどちらにつくかといえば希美先輩側につくという人は少なくないはずだ。それも取り込んで味方につける。三年生だって一枚岩ではないはずだから、希美先輩側の数の力も見せつつ味方につける。

 それが出来れば。なんて、空論だけは浮かんでくる。

 

 私が南中吹奏楽部をめちゃくちゃにしてしまった一件以来、私は考えるという事を意識してきた。あの一件は私の考えなしが招いたようなものなので、考える事さえしていれば起きなかったかもしれないからだ。

 何をすれば、どうなるか。あらゆる行動に関して付随する未来を予測する。

 しかし、それを活かして行動出来なければ意味がない。今だって、希美先輩がこうなるのを防げなかった。何か気の利いたようなアドバイスが出来れば結果は違っていたかもしれないのに。

 

「9月にもなれば、今の三年生は引退します。それまでの間、少しだけ休憩しませんか? ずっと気を張っていたら疲れてしまいますし。私、放課後はいつもここにいるので、一緒に吹きませんか?」

 

 虐めの標的とされていた元南中メンバーの大半が抜けた事で、向けられる矢印が希美先輩に集中する可能性が高い。ただでさえ精神が摩耗している今、たった一人でそれを向けられたら壊れてしまうかもしれない。

 

「だめ……今私が抜けたら味方してくれた夏紀も優子も、もっと標的にされちゃう」

 

 夏紀というのが誰かは分からないけれど、優子先輩は元南中の先輩だ。確かに、一番前に立っていた希美先輩がいなくなったらその分の矢印を向けられる可能性は高い。自分一人ならまだしも、自分のせいで他の人を傷付けてしまうかもしれない。そういう思いで逃げられないのだ。

 希美先輩は私も逃げたくないと思った、と言った。あるいは穏便な手段があったかもしれないところに、背中を押した一端は私にある。

 何とかしたい。恐らく、この段階になってしまった以上、希美先輩側が巻き返すのはほとんど不可能だろう。仲間を集めるというのも、集団退部という出来事があったために難しい。希美先輩が相手を一人ひとり体育館裏に呼び出して拳で……なんて事が出来れば巻き返せるかもしれないけれど、さすがにリスクが高すぎるし、現実的でもない。

 第三者からの通報によって問題になる、という事があればあり得るが、今までそうなっていない以上、これを期待するのも楽観的。私が介入し、第三者として何か出来れば良いけれど、私が正規の方法で北宇治高校に入る方法が今はない。少し前に学校説明会なども調べてみたけれど、一番早くて9月のもの。それでは遅い。

 外部からの通報として私から学校に連絡を入れる事は出来るけれど、生徒の家族でもなんでもない小娘の言葉にどれだけ力があるか。

 

「ごめんね、希美ちゃん……力になれなくて」

「晴香先輩はずっと守ろうとしてくれてました」

 

 晴香さんと希美先輩の関係は、希美先輩がこの公園に顔を出すにつれて変化していった。お互いに傘木さん、小笠原先輩、と呼んでいたのが希美ちゃん、晴香先輩となり、晴香さんも完全な中立ではなく、かなり希美先輩贔屓な方向で衝突の間に入っていたと聞いた。ちなみに、希美先輩は私の事も倉崎さんから、ひさめちゃんへと呼び方を変えた。

 

「分かりました。じゃあ、部活が終わったらここで一緒に吹きましょう。毎日いますから。でも、本当に限界なら絶対に言ってくださいね」

「うん……ありがとう」

 

 本当に悔しいけれど、今の私に正規の方法で介入する方法はない。

 それでも、本当に行くところまで行ってしまったら。今でも許せはしないけれど、最悪の最悪が起こる寸前まで行ってしまったら。

 ルールとかそんなものかなぐり捨てて突撃するつもりだ。

 

 ▼△▼△▼△

 

 翌日、放課後。

 いつもの公園である程度吹いてから、私はクラリネットをしまって歩き出した。目的地は北宇治高校の正門。

 校内での事柄に干渉するのは難しいけれど、学校の外ならそうではない。

 

「希美せんぱ〜い!」

 

 正門から下校してきた希美先輩へ笑顔で手を振って近付く。

 

「ひさめちゃん? なんでここに」

「早く先輩と会いたかったからですよぉ」

 

 いわゆるぶりっ子のような感じで、甘ったるい口調を意識する。私はこれでも可愛い方だと自負しているし、低身長も相まってこういうのは合いやすい。

 

「えっと……ホントにどうしたの?」

「え〜? イメチェンですよぉ、イ・メ・チェ・ン」

 

 とはいえ、それが好かれるかといえばそういう訳ではないけれど。というか、女子相手には逆効果になる事もしばしば。

 

「言いにくいんだけど、元の方が良かったんじゃないかなぁって」

「え〜? 希美先輩ひどぉい」

 

 こうしている間にも正門から北宇治高校の生徒が下校していく。部活動の終了時間は部ごとに違うらしいので、今下校しているのは吹奏楽部の生徒である可能性が高い。その中でも注目するのは、希美先輩とも晴香さんとも違う色のリボンをつけているピンクリボンの生徒、つまりは三年生。

 正門を出てすぐの場所。下校しようという生徒からは丸見えだ。どの生徒も必ず一瞥はこちらへ向ける。大抵は珍しいものを見たような反応。

 けれど、その中に確かにある。悪意を持った瞳。

 

「なにしてるの?」

 

 いずれにしろ、視線を向ける程度だったところに話し掛けてくる人がいた。

 

「あっ、みぞれ」

 

 元南中吹奏楽部の先輩の一人である鎧塚みぞれ先輩。青みがかった長髪が特徴の、オーボエを担当していた先輩だ。希美先輩と並んで南中トップクラスの技術を持っていたため、印象に残っている。

 

「みぞれ先輩〜この前ぶりですぅ」

「え…………。うん」

 

 驚いている。それはそうだろう。謝罪回りの時とは態度が違い過ぎるから。

 

「こんな態度変だよね、みぞれ?」

「うん、変」

「え〜? みぞれ先輩もひどぉい」

 

 そうしている間にも、こちらに向けられる視線とその顔を観察する。今のところ、確実に悪意を向けてきている三年生は6人。希美先輩に悪意を持っている人間の全員がそんな剥き出しだとは思えないから、恐らくはその中でも特に悪意が強いか、あるいは感情が出やすい単純な人間。

 

「というか、なんでここにひさめちゃんがいるんだっけ?」

「え〜? 早く希美先輩と会いたかったからですよぉ」

「そういうのいいから」

「希美先輩しんらつ〜」

 

 確実に悪意を持った人間の顔は覚えた。

 晴香さんとここで合流してしまうと余計な詮索を入れられるかもしれない。今日はこのあたりが頃合いだろう。

 

「希美先輩〜そろそろ行きましょうよぉ」

「あー、うん。そうだね」

「どこ行くの?」

「えっとね、近くの公園」

「何するの?」

「適当に話したり吹いたりかな」

「私も行っていい?」

「私は良いけど、ひさめちゃんは?」

「もちろん大歓迎ですぅ」

 

 そうして希美先輩、みぞれ先輩の二人と歩き出そうというところで、さらにもう一人の先輩が現れた。

 

「何やってんの、アンタたち」

 

 頭の上の大きなリボンが特徴的な優子先輩だった。

 

「優子先輩〜この前ぶりですぅ」

「は? 誰」

「優子先輩もしんらつ〜」

「なにこれ、前と違いすぎて理解追いつかないんだけど」

 

 結果的に、優子先輩も加えて四人でいつもの公園に向かう事になった。

 

 ▼△▼△▼△

 

「へえー、アンタたちここで会ってたのね」

「元々は私が個人的にクラリネットを吹くのに使っていて、そこに晴香さんが通り掛かったのが始まりです。最近は希美先輩も合わせて三人で適当な曲を合わせたり」

「またキャラ変? さっきの似合ってなかったからそっちの方がいいわよ」

「え〜? そうですかぁ、結構似合ってると思うんですけどぉ〜」

「やめい」

 

 優子先輩の軽いチョップが頭に落とされる。

 北宇治高校の正門から離れて、私と一緒に来た希美先輩、優子先輩、みぞれ先輩以外の北宇治生徒が見えなくなってから、ぶりっ子モードを解除した。

 本当にイメチェンをしようとした訳ではない。正門前であれをしたのは、目線を集めるという理由と女子受けがそこまで良くないという理由。ターゲットは虐めを行う三年生であり、あわよくばその三年生が標的としている希美先輩に引っ付いている私にちょっかいを出してくれないかな、という思惑があった。いくら虐めを行うような人間でも、さすがに他校の、それも中学生を相手に手を出すとは考えにくいので、ほとんど期待はしていないけれど。

 

「優子先輩とみぞれ先輩も吹いていきますか?」

「トランペット学校に置いてきてるから無理ね。それなら最初から言ってくれればよかったのに」

 

 確かに、優子先輩には希美先輩やみぞれ先輩と公園に行くから一緒に行くか、程度の事しか聞いていなかった。ぶりっ子を意識しすぎて簡単な事が抜けていた。

 

「私は持ってきてる」

「みぞれはいつも持って帰ってるものね」

「もうすぐ晴香さんも来ると思いますけど、どうしましょう」

 

 このままそれぞれで楽器を吹き始めたら、優子先輩が仲間外れのようになってしまう。ここは北宇治高校からそれほど離れていないため、取りに戻ってもらうというのも手ではあるけれど、ちょっと吹くためにわざわざ取りに行かせるというのも気が引ける。

 

「私はいいわよ。適当に眺めてるから」

 

 それはそれで申し訳ない気持ちはあったけれど、今回は仕方ないという事で優子先輩には見ていてもらう事になった。

 ほどなくして、晴香さんも合流した。

 

「あれ、今日は多いね。吉川さんと鎧塚さんもいたんだ」

「偶然会って、一緒に行くかって話になったんです」

「そっか。そういえばみんな南中出身だもんね」

「大丈夫ですよ。この中だと私だけ学校違いますし、一人だけ中学生で、私の方が部外者みたいな感じですし」

「そこまでは言ってないけどね?」

 

 少し疎外感を覚えたような様子の晴香さんをフォローしつつ、クラリネットを組み立てて用意をする。

 自分以外が南中出身という事もあって晴香さんはやりにくさを感じているかもしれないけれど、やりにくさでいえば私も相当である。希美先輩はもう慣れたから良いにしても、優子先輩とみぞれ先輩は約一年振りの再開が例の謝罪であり、そこから二度目の邂逅がこれだ。しかもぶりっ子しているところを思い切り見られた。もういいやと振り切ったけれど、普通は気まずいどころの騒ぎではない。

 案外ぶりっ子をするのも面白かったから、そこまで深刻な話ではないけれど。

 

「みぞれ先輩は初参加ですし、何か有名な曲でもやりますか。『シング・シング・シング』とかどうですか?」

「私は大丈夫だけど、希美ちゃんと鎧塚さんは大丈夫?」

「大丈夫です」

 

 私の提案に、晴香さんと希美先輩はそれぞれ了承の意思を言葉で、みぞれ先輩は頷く事でその意思を現した。

 

「足りないパートの分は適当に補うので、自分のパートを吹いてもらえれば大丈夫です。あ、せっかくですから優子先輩、指揮者やりますか?」

「気を使わなくていいわよ」

 

 三人がそれぞれ楽器を構えたのを見て、息を整える。

 

「いち、に、さん……」

 

 息を吸い込み、最初の音色を奏でる。

 トロンボーンやトランペットがいないため、そのパートは私のクラリネットで代用だ。

『シング・シング・シング』は吹奏楽部が演奏するものの中ではかなり有名な曲だ。南中吹奏楽部でも定期演奏会などで演奏した事があるため、忘れていなければ希美先輩やみぞれ先輩も不足なく吹く事が出来るはずだ。晴香さんは、二人で吹ける曲を練習したものの中にこの曲があったため、十分以上に吹けている。

 

 約5分の演奏を終えて、揃って楽器を下ろす。

 練習もせずに合わせたにしては結構揃っていた。私と晴香さんは息ぴったり、そこに希美先輩がついてきて、その希美先輩にみぞれ先輩がついていったという感じ。本気でやるなら改善出来る点はたくさんあるだろうけれど、やっぱり音を合わせるのは良い。一人増えるだけで全然違う。

 

「という感じで普段やってます」

「凄いわね。小笠原先輩も、こんなに上手かったんですね」

「ひさめちゃんが色々教えてくれたからかな」

 

 それほど大した事はしていない。いくらかアドバイスをしただけだ。とはいえ、嫌な気はしない。

 

「優子先輩も明日は一緒にどうですか?」

「迷惑じゃないなら」

「迷惑なんてぇ、思う訳ないじゃないですかぁ〜」

「えっ、急にどうしたの? ひさめちゃん」

「え? あっ……。イメチェンですよぉ、イ・メ・チェ・ン」

「迷うぐらいならやめなさいよ」

 

 晴香さんにぶりっ子を見られたのは想定外、というかただの自爆だったけれど、見られたなら見られたで構わない。

 それから少しして、明日は優子先輩も一緒にという約束をして、今日は解散となった。

 

 ▼△▼△▼△

 

 翌日、昨日と同じように北宇治高校の正門前近くで先輩たちを待つ。ただし、時間は昨日よりも早い。時間でいえば、部活が終わって先輩たちが下校してくるまで大体2時間といったところだろう。正門の真ん前では学校関係者に不審に思われて声を掛けられるかもしれないので、正門の真正面からは外れつつも下校する生徒のほとんどすべてが通る位置に陣取り、石壁に背中を預ける。

 目的は希美先輩たちを虐めた三年生の釣り出し。コンクールに向けた練習が始まったらしいけれど、やる気なし派閥の人間なら早めに帰る事も十分にあり得る。もちろん、今日がそれに当たるかは分からないし、仮に早めに帰る三年生と遭遇したところで何も起こらない可能性の方が高い。

 恐らくは徒労に終わるだろうけれど、どの道やる事もない。というより、やりたい事はあるけれど、ここで出来る。

 

 手提げバッグからタブレット端末を取り出す。

 最近の機械は便利なもので、端末一つで色々出来る。私がやっているのは、楽譜の作成だ。とはいえ、そんな大それた事をしている訳ではなく、頭の中にあるピアノ用の楽譜をバリトンサックス用の楽譜に書き換えているだけだ。

 ピアノの楽譜は主に主旋律と副旋律に分かれているため、そのままクラリネットとバリトンサックスの楽譜に分けやすい。ただ、クラリネットやバリトンサックスなど管楽器に多い移調楽器では実音と記譜音が違うため、ピアノの楽譜をそのまま使う事は出来ない。クラリネットの分は頭の中で変換して使うから良いけれど、元の楽譜を知らない晴香さんにそれをやれというのは無茶であるため、私が一緒に吹きたいと思った曲や晴香さんからリクエストがあった曲はこうして楽譜を作っているのだ。こんな私的利用のためにわざわざそれ用の楽譜を買うのももったいない。

 また、ピアノでは和音を使うけれど、それを一人のバリトンサックスでやれというのも無理な話なので、和音は良い感じの1音に書き換えている。

 

 そうしていると、放課後すぐではないものの、かといって部活動終わりという感じでもないような生徒がポツポツと下校していく。

 

「君、誰か待ってるの? 呼んできてあげようか?」

「はい、先輩と待ち合わせしてて! でも、もうそろそろ来ると思うので大丈夫です! ありがとうございます!」

 

 何度か声を掛けられたものの、こうしてあしらう。

 自画自賛にはなってしまうけれど、小さくて可愛い方だというのは自覚している。こうして心配して声を掛けてくれる人が多いのだ。

 

 それから一時間と少し。

 先輩たちが下校してきた。

 

「せんぱ〜い! お疲れさまですぅ〜」

「なに、アンタまたやってるの? 似合っては……いるかもしれないけど、やめときなさいよ。受け良くないわよ」

「え〜、優子先輩ったらきびし〜」

 

 昨日とは違って希美先輩、優子先輩、みぞれ先輩が揃っていた。校内を待ち合わせをしてきたのかもしれない。

 

「私は身内だけの時なら良いと思うよ。ひさめちゃん可愛いし」

「晴香さんわかってる〜」

 

 一緒に下校してきたのは現一年生の先輩たちだけでなく、晴香さんもだった。目の敵にされている希美先輩たちと共に下校するのは、三年生に目をつけられる事に繋がるのではないかと一瞬思ったけれど、希美先輩が何も言わないという事は校舎を出る寸前に合流するなど、一緒にいるところを三年生に見られないように工夫してきたのだろう。

 

「ま、いいわ。今日も行くんでしょ?」

 

 そう言って、優子先輩は手に持ったトランペットのケースを掲げる。晴香さんに希美先輩、みぞれ先輩の手にもそれぞれの楽器が。晴香さんだけ楽器のサイズが一回り違うので、手に持つというよりも背負っているけれど。

 今日は昨日よりも多い5人。より良い音を奏でる事が出来るはずだ。

 

「それじゃあ、行きましょう!」

 

 胸を弾ませながら、先輩たちを先導するように、私はいつもの公園へ向けて歩みを進めた。

 

 





 ○倉崎ひさめ
 趣味:ぶりっ子
 何も考えず、特に悩みなどもない頭空っぽ状態であれば、好意的な先輩の前ではむしろこちらの方が素に近い。南中の一件がないまま成長したIFの姿。


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