いつか途切れた、音の続きを 作:いつかの音色
原作部分に突入したので、章分けを追加しました。
これからもよろしくお願いします。
初日以降も、部活動の見学期間が終わるまで、私は毎日吹奏楽部にお邪魔した。初日に色々とかましたのが上手くいって、先輩からの印象は良いと思う。晴香さんやオクテットのみんなから話を聞いた感じ、私がいないところで実は……みたいな事もなさそうだ。見学に来た同級生にも積極的に話し掛けてコミュニケーションを取った。先輩に話し掛けられるのは緊張しても、慣れた様子の同じ新入生相手なら安心出来るという人も多かったため、本格的に入部してからも仲良く出来るぐらいには様々な人と話す事が出来た。一度も見学に来ないまま入部するという人がいなければ、吹奏楽部となる同級生とはみんな顔見知りになったと言えるだろう。
ちなみにではあるれど、『きたみなみ公園オクテット』のいつもの公園での集会は私が北宇治高校に入学してからは行なっていない。それまでは他校の友人と会っている、で通せたけれど、今それをやるとまだ入部もしていない新入生を上級生が学校外で囲んでいる図に見えてしまうからだ。実際には入部届は出しているけれど、新入生1人の周りに上級生が何人もいるというのは事実になるので、何かの拍子にややこしい事になってしまうかもしれない。そう簡単にそんな事にはならないだろうけれど、万が一を考えてだ。
オクテット以外の先輩たちが私をどう言っていたかについてはメッセージアプリで聞いた。オクテットのグループがあるのだ。
そんなこんなで見学期間が終わって本入部となった。
見学の間に全体練習だけでなく、パートごとに分かれての見学もあり、私は全パートをコンプリートした。そこでそれぞれの楽器である程度出来る事を見せたところ、引く手あまたとなってしまった。
「高校ではサックスにしてみる?」
「師匠はクラだよね!」
「それともトランペットにしてみる?」
「はぁーい、低音の有望株ちゃんこちら〜」
「パーカスどうよ?」
「トロンボーンは?」
晴香さん、ヒロネさん、香織さんを初めとして色んな先輩からのご勧誘。
さて、どうするべきか。
今は楽器決めの時間。音楽室に様々な楽器の簡易ブースが設置され、新入部員の一年生が各々の希望の楽器の場所へと向かう。というところへこの勧誘だ。他の同級生の目に贔屓されていると映らないか少し心配である。
実を言うと、正直楽器は何でも良かったり。どの楽器にも良さはあるため、どの楽器を選んでも楽しめるはずだ。どのパートの先輩とも上手くやっていける自信もある。部の事を考えると、様子を見て人が足りてなさそうな楽器にするのが良いかもしれない。
個人的に言うと晴香さんと同じサックスパートというのは大変惹かれるところがあるけれど。
「楽器何にするか決まった? やっぱりクラリネット?」
「クラも候補の1つですね。私ってどの楽器でも出来るので候補が多くて」
「なんでも出来るもんね」
音楽室の隅の方で人の流れを観察していると、同じく隅の方でいた夏紀さんが壁を伝って私の隣まで来た。
「低音はどうですか? コンバスは1人いましたけど」
「全然。まぁ、他の楽器に比べたら人気低いしね」
「宿命ですねぇ」
「あすか先輩は本気で狙ってるっぽいから、他の楽器にするなら早い方が良いかも」
なんて話していると、だんだんと楽器の担当が決まっていく。やっぱり花形とも呼ばれるトランペットは人気が高い。クラリネットも木管の中では有名な方なので人は集まっている。有名で言えばフルートも有名なので興味を向ける人は多い。
と、次の瞬間、音楽室中をトランペットの音色が駆け抜けた。
「うおっ、あの子上手いね」
そちらに目を向けると、たった今トランペットを構えていたのは高坂さんだった。ほんの数節だけでその上手さが分かる。技術だけで言えば恐らく高校生の中でも上位だろう。
「香織先輩とどっちが上手いかな」
「どうでしょう。一瞬聞いただけだと同じぐらいに聞こえますね」
「大型新人じゃん」
「ですねぇ」
一瞬、教室中の意識が高坂さんの方へ向いたけれど、少しすればそれも元に戻った。そんな中で閑古鳥が鳴いている、というのは言い過ぎにしても全然人がいないのがダブルリードパートだ。
オーボエやファゴットが使用するダブルリードはその名の通り、クラリネットなどの1枚のリードではなく2枚を重ね合わせたダブルリードを用いる楽器だ。恐らくあまり楽器に触れて来なかった人や、あるいはシングルリードの楽器を吹いてきた人にとってはまずダブルリードの時点でハードルが高い。ダブルリードは完成品が市販されているものもあるけれど、自分で作るという人も少なくない。リードの質が音に与える影響がかなり大きいためだ。
そしてもう1つ。現在ダブルリードパートにはファゴット担当である三年生の先輩2人とオーボエ担当である二年生のみぞれ先輩がいる。その3人からなるダブルリードパートのブースでは、みぞれ先輩が真ん中に座り、その両サイドに三年生という形になっている。見学の際にダブルリードパートにお邪魔した時に、三年生の喜多村先輩と岡先輩は、パート内で1人になっている事が多いみぞれ先輩を何かと気にかけているのが感じられた。1人になるといっても、みぞれ先輩がずっと1人黙々と練習しているから邪魔出来ないという感じだけれど。
そんな感じなので、みぞれ先輩が真ん中にいるのは恐らく三年生2人の気遣いなのだろうけれど、ちょっと空回っているような気がしないでもない。
「ちょっとダブルリードのところにお邪魔してきますね」
「オーボエにするの?」
「どちらかと言うとファゴットですかね」
そう言って、夏紀さんと別れてダブルリードのブースに足を運ぶ。ファゴットは三年生しかいないから、来年やる人がいなくなるかもしれないし、と心の中で付け加えて。コンクールで良い結果を狙うなら現在二年生の2人しかいないチューバをやるのが安定かもしれないけれど、この学校の吹奏楽部ならやる人がいない楽器が出る方がマイナスだろう。
幸いと言っても良いのか、一年生はいなかったので机を挟んでみぞれ先輩の正面に座った。
「お邪魔します!」
「うん」
両サイドの喜多村先輩と岡先輩は久しぶりに人が来たからか、目を輝かせたけれど、口は出さずみぞれ先輩に任せる形ににしたようだ。少し前にはその2人が一年生に話していたところが横目には見えたので、私だからみぞれ先輩に任せたのかもしれない。私がみぞれ先輩の中学の後輩だという事は見学の時の雑談でもう知られている。
「実はファゴットにしようかと思ってまして」
「どうして?」
「ファゴットの音、結構好きなんです」
さすがに馬鹿正直に人がいないから、なんて言わない。失礼すぎにも程がある。ただ、言い訳をさせてもらうと、もちろん人がいないというのも理由の1つではあるけれど、音が好きだというのは嘘ではない。ファゴットだけでなく他の楽器の音も全て好きなだけで。私は全ての楽器が好きなので、どの楽器を担当するかは些細な問題だ。ならば、プラスして部のためになる選択を、という話だ。
「クラリネットの音よりも?」
「えーっと……それは」
「どうしてクラリネットにしないの? 嫌いになったの?」
「いえ、嫌いになったとかそういう訳では」
「ならどうしてクラリネットにしないの?」
困った。みぞれ先輩が過去見た事のないぐらい饒舌に詰めてくる。
クラリネットとどっちが好きか、という問いは難し過ぎるし、強いて言うなら吹いている長さ的にクラリネットの方が好きになるかもしれない。もちろんクラリネットが嫌いになったとか、そんな事実もない。
「希美が、倉崎さんのクラリネットの音が綺麗で好きだって褒めてた。なのに、どうしてやめるの?」
希美先輩に褒められていたから嫉妬している、というのは邪推し過ぎだろうか。でも、みぞれ先輩の希美先輩一筋加減を見ると、あり得ない事もないのではないかと思ってしまう。普通の嫉妬なら希美先輩に褒められるものをやめさせようとしそうだけれど。
「えーっと、えーっと……」
「やめる理由がないのにやめるの? それはおかしい」
「おっしゃる通りです……」
みぞれ先輩に正論をかまされてしまった。確かにクラリネットを嫌いになったりしていないし、別に楽器を変えて心機一転したいという気持ちもない。既に色んな楽器に手を出しているのだから担当を変えたぐらいで心機一転になるかと言われると、うーん……という感じだし、そもそも心機一転で言えば学校が中学から高校になった時点でめちゃくちゃ心機一転している。それに、練習が嫌になったとかもなければ、金銭的に出来ないとかもない。というか、金銭的な話で言えばファゴットをマイ楽器でやろうとするとクラリネットよりも全然お金が掛かる。もちろん個々によって値段は変わるけれど。
撃沈した私はトボトボとクラリネットのブースに足を向けた。踵を返す時に三年生2人のあちゃーと天を仰ぐ姿勢を見て少し申し訳のなさを感じたけれど、さすがにここから巻き返すのは無理だった。
「師匠、遅いよー! さっきダブルリードに行ったからびっくりしたし!」
「いやぁ、ちょっと雑談を……」
結局、私は高校でもクラリネット担当となった。
せっかくだから新しいクラリネットに買い換えようかな。今まで使っていたのは伯父さんのお下がりで結構年季が入っているから。
▼△▼△▼△
「滝昇といいます。よろしくお願いします」
楽器決めがあった翌日、吹奏楽部の顧問として現れたのは、いつぞや高坂さんの口から聞いた名と同じ名字を持つ男性だった。音楽室に集まった部員たちから、イケメンだという声が聞こえてくる。確かに顔は整っているのだろう。私はあまり恋愛には興味というか、恋愛感情というものを感じた事がないため、キャーキャー言う気持ちは分からないけれど。
「それでは早速。部活を始めるにあたって、最初に私から話があります」
自己紹介も早々に、滝先生はチョークを手に取った。
「私は生徒の自主性を重んじるというのをモットーとしています。なので、まず皆さんで今年の目標を決めてほしいのです」
そう言って、滝先生が黒板に書いた文字は全国大会出場。どの学校にもあるような目標だ。全国大会ではなくとも、〇〇大会出場や〇〇大会優勝などは吹奏楽部に限らず、どの部活動でも定められるような目標だろう。それが実現出来るかどうかはさておき。
ただ、実現出来ないなら目標にしてはいけないなんて事はない。何にせよ、目指すべきものがあるというのは何かをする上でモチベーションを保つのに役に立つ。もしかしたらミラクルが起こって行けるかも、なんて運任せレベルでしか信じていなかったとしても。
「これが去年の皆さんの目標でしたね?」
めざせ全国大会というのはこの北宇治吹奏楽部に代々ある目標なのだろう。勧誘のポスターや音楽室の後ろのにも書かれていた。
「あの、先生……それは目標というよりスローガンみたいなもので」
滝先生に答えたのは部長である晴香さんだ。
他の部員、特に上級生は晴香さんの意見に同意するように頷いたり小声で何かを話したりしている。
「なるほど。では、これは無かった事にしましょう」
晴香さんの言葉を受けて、滝先生は黒板に書いた全国大会出場の文字に大きくバツ印を付けた。
大胆な行動だ。目標であれ、スローガンであれ、それは今までの部活動を形作ってきたものの1つ。それをあっさりと無かった事にするというのは、謂わばこれまでの歴史を否定する事になる。というのは私の穿ち過ぎだろうか。
「それでは皆さんで決めてください。私はそれに従います。全国を目指すなら、練習は相応に厳しいものとなります。反対に楽しい思い出を作るのが良いと考えるのであれば、ハードな練習は必要ありません。私としてはどちらでも良いと考えています」
「私たちで決めるんですか?」
「そう言ったつもりですが」
晴香さんの問いに対して、少し言い方に棘があった。あまりこの先生は好きではないかもしれない。
結局多数決で決める事となった。全国大会を目指すか、あるいは思い出作りをするか。
ため息をつきたくなるのをなんとか我慢する。そもそも今年北宇治にやって来た新入りにどうしていきなり顧問をさせるのか、その采配をした校長か誰か知らないけれど、もう少し考えてくれないかと思う。他に出来る人がいないならまだしも、この吹奏楽部には去年まで副顧問をしていた先生がいたのだ。その人が何故かまた副顧問をしている。スライドで顧問になってもらって、新入りの滝先生には副顧問になってもらえば良かったのに。
滝先生も滝先生だ。生徒の自主性を重んじると言いつつ極端な二択を突き付ける。勢いに騙されているだけで、冷静になって考えてみればみんな少し前に自分で言っていた事と矛盾している事に気が付くはずだ。
自主性。都合の良い言葉である。放任するための言い訳にも、自分たちで選んだのだからと首輪にも出来る。まだ滝先生について何もしらない。けれど、この短い時間だけでどういう人間か透けて見えてくる。感じた通りの人間でも、あるいは取り繕ってコレでも、どちらにしろ気は合わなそうだった。
「えっと、それじゃあ、全国大会出場を目標にしたいという人」
晴香さんの言葉に合わせて手が上がる。私は手を上げず、周囲を見渡した。上がった手の数は恐らく半分以上。この時点で多数決としては結果は出た。
「次に、楽しく出来れば良いという人」
今度は手を上げた。そして見渡し、驚いた。私以外にも1人の先輩が手を上げていた。
既に結果が決まっている以上、私がどちらに手を上げても部への影響はない。いや、反対意見を持つ人間がいたという精神的な意味では影響があるかもしれないけれど、部の方針決定には影響しない。部員のみんなとは既にこの程度で孤立したりしないように親睦を深めているから、一番後々への影響があるという意味では滝先生に対してだろうか。
また、一定数手を上げていない人がいる。果たしてその心の内で肯定しているのは前者の提案か、後者の提案か。とはいえ、一年生にとってはわざわざ目標を決めないような選択肢を取る意味はない。上級生にとっては全国大会出場は去年までのスローガンでありつつ、楽しい思い出作りは実際に行なってきた事だ。つまりはどちらもやってきた。ならば、去年までのものを一部捨ててしまうように感じられる後者を選ぶ理由はない。
前者が多数になる既定路線だ。部員たちの意思を一纏めにして統一したいという狙いは明白。確かにこの大人数がいる部員で、足並みを揃えるのは大切だ。けれど、もう少しやり方というものがあるはずだ。仮にこれで自分たちで選んだのだからと、この結果を盾にするような事があれば、部員たちからは不満が噴出するだろう。
そして私の選択は滝先生へのほんのささやかな反抗。楽しく出来れば良いというのは私の本心だ。ただ、みんなで本気で全国大会を目指すというなら全力でそれに協力するつもりでいる。
結局、合奏というのはみんなの想いが1つになってこそだ。それがこれで成せるのかというと疑問が残る。これをやるにしても、もう少し滝先生と部員でお互いに知ってからとか、もう少し選択肢を増やすとか、あるいはこっちを選択すればこういう練習になりますよというのを周知してから行なうとか、やりようはあったはずだ。
もちろん、こんな大人数で完璧に意思を合わせるなんて不可能なのだから、どれだけ策を重ねても不満は出るだろうけれど、それでも少なくする事は出来る。
自分からその意思の統一を遠ざける選択をしておきながら何様だという話だけれど。
「では、多数決の結果、全国大会を目標に活動していく事とします」
「ご苦労。反対の人もいましたが、この目標は皆さん自身で決めた事です。私もこの目標に向かって力を貸しますが、努力をするのは皆さん自身。その事を忘れないで下さい。分かりましたか?」
晴香さんから変わって滝先生が話す。私の予想通りに滝先生の思惑が進んでいる気がした。
「何をぼーっとしているのです。返事は?」
まばらに、はい、という返事がされる。
しかし、滝先生はパンッと大きな音をたてて手を叩き、一瞬みんなの頭に空白を生んだ上で続けた。
「もう一度言います。皆さん、分かりましたか?」
今度は部員たちが揃って返事をした。私もここで拒むは事はしない。みんなと一緒に、はい、と返事をした。
しかし、今のはわざわざ手を叩く必要があったのだろうか。返事が揃っていないとか、声を出していない人がいるだとかは言えば分かる事で、強引に進めようとしているように感じられて印象はあまり良くない。
見学期間中は上手くやっていけそうだと感じたけれど、今日のを見ると不安になる。
滝先生はわざわざ目標を全国大会出場になるように誘導した。本人にその気があるかどうかは分からないけれど、結果的にそうなった。今までと同じ目標を掲げていたとしても、今までそうだったから、ではなく改めて自分たちで決めたという形にした上で。顧問として、部をどうするつもりなのだろう。
それに、あの手の叩き方は好きではない。軽くパンパンと叩いて注目を集めるならまだしも、油断していたら意識を全てそちらに持っていかれてしまうような叩き方。やり方が威圧的に感じる。
練習中に言動が激しくなる人はいる。恐らく副顧問である松本先生もそのタイプだろうけれど、滝先生は言動というよりも物に当たる人と同じような印象を受けた。
今日は晴香さんたちと一緒に帰らず、楽器店へ向かう道すがら、今度は抑える事なくため息をついた。
○倉崎ひさめ
晴香への対応から、滝先生の第一印象は悪い。なので、心の中とはいえ他の人なら気にしないような細かい事にもイチャモンをつける。
主人公にとって晴香は人生の恩人なので、滝先生が晴香に対してひどい対応を続けているとそのうち噛み付く。優子にとっての香織のような存在。