ポケットモンスター 〜The Legend of Master〜【完結】 作:マイマイ
2人が考案したカグヤの女の子計画によって甘ったるい空気が流れる中……突如として、ジムの扉が乱暴に開かれて……。
バンッと、乱暴に開かれるジムの入り口。
そのけたたましい音に、ジム内にいる全員の視線がそちらに向けられた。
もちろんそれはレイジ達にとっても例外ではなく、しかし――彼だけは違う反応を見せた。
「っ」
半ば無意識のうちに、カグヤを自分の後ろへ。
(……なんだ。この冷たく禍々しい感じは)
ズシリと重圧のように纏わりつく何かに、不快感だけが増していく。
それを、入り口にいる人物が放っていると思うと信じられない。
自分とさほど変わらない、少年と言ってもいいくらいの年齢の子供が、こんなにも深く暗い闇をその身に宿して生きているなど、もはや正気の沙汰ではなかった。
知らず身体が震え、汗が頬を伝い地面に落ちる。
「あら、新しい挑戦者ですか?」
だがこの状況でも、目の前の男の闇に気づかないのか、それとも元々こういった人物なのか、エリカは変わらぬ口調で少年に問いかける。
「――お前が、ジムリーダーか?」
問いかけながらこちらへと歩いてくる少年。
黒い髪に黒い瞳、そして黒を基調とした服装。
全てが黒に統一され、更にその黒はひたすらに禍々しい。
シロナも黒い服を着ていたが、あれとは違い黒というより漆黒に近いかもしれない。
「…………」
この男は危険だ。
初対面でまだろくに話し掛けていなくてもわかる、目の前の男と関わり合いになりたくないと思っている自分がいる。
震えてしまうのだ、自然とこの少年を見るだけで。
そんなレイジの心中をよそに、少年はエリカと対峙する。
その目つきは鋭く、睨んでいるようにしか見えない。
「はい。わたくしがこのタマムシジムのジムリーダーのエリカと申します。
ですが先に挑戦する方々がいらっしゃいますので、少し待っていただけませんか?」
「……いや、必要ない」
「えっ?」
それは一体どういう意味なのか、エリカは少年の言葉が理解できず首を傾げるが。
「この程度の実力なら戦う意味はない、ジムリーダーだというからどんな手練れかと思いきや……とんだ期待外れだ」
本気の侮蔑を込め、見下すように笑いながら少年は言った。
「…………」
これにはさすがのエリカも驚き、彼女を師事している周りのトレーナーからは敵意が生まれる。
しかし少年は臆する事なく、更に彼女を見下すかのような言葉を吐き出した。
「期待外れに期待外れと言って何が悪い?
少しはオレの暇潰しになるかと思ってきてみれば……こんな程度でジムリーダーとはな。くだらない上にとんだお笑い草だ」
「何なんだお前は!!」
「そうよ。いきなり現れてエリカ様に対してそんな口の聞き方……」
「雑魚に敬語を使えっていうのか? ハッ、笑わせるなよ三流風情が。
じゃあ訊くが、お前達は格下相手に敬語を使うほど酔狂なのか?
だとしたら笑えるな、新しいジョークにピッタリだよ! ハハハハハハハハハハハッ!!!」
あまりの暴言に、敵意だけでなく殺気立っていくジム内。
そして、それはカイリにとっても例外ではなかった。
「テメェ、一体何様のつもりだ!!」
「あ?」
「戦いもしないくせに雑魚だ格下だと決めつけやがって、そんなにお前は強いのかよ!!」
「ああ、強いぜ。少なくともここにいる全員よりは――」
そこまで言いかけ、気づいたように視線をレイジに向ける少年。
「――訂正だ。お前だけは多少違うようだな」
「…………」
まるで獲物を狩り取ろうとするハンターのような目だ。
「っ、なめやがって……なら俺と勝負しやがれ!」
モンスターボールを構えそう叫ぶカイリだが、少年は冷たい視線を変えぬまま口を開く。
「冗談だろ? あいにく俺はお前みたいな三下を相手にしていられるほど暇じゃないんだ。
お前みたいなのは、そこにいる二流ジムリーダーでちょうどいいさ」
その言葉で、カイリの堪忍袋の尾が切れた。
「テメェ―――!」
拳を握りしめ、少年に向かって殴りかかるカイリ。
それを小さく鼻で笑いながら、少年は拳を握りしめ。
「やめなよカイリ。怒りたい気持ちはわかるけど手を出すのはよくない」
カイリが突き出した拳と、少年が放った拳は。
それぞれ、割って入ったレイジの左手と右手によって完全に防がれていた。
(コイツ、オレの拳を止めた……?)
「なんで止めんだよレイジ! こいつは一発殴らなきゃ気が済まねえ!」
「いいから落ち着いて、暴力に訴えても意味ないだろ?」
優しく落ち着かせるような口調で、カイリを宥めるレイジ。
「フン。少しはできると思ったんだが、とんだ甘ちゃんみたいだなお前は」
しかし、追い討ちをかけるように少年はレイジに対しても暴言を吐くが。
「エリカさん。ジム戦の準備をしてもらってもいいですか?」
彼には意味などなく、完全に無視しエリカへと話し掛けた。
(コイツ……)
「何、まだいたの? 挑発と暴言しか能のないくせにいつまでも居ないでよ鬱陶しい。
戦う気がないなら消えてくれないか? 正直目障りなんだ」
表情を変えず、ただ淡々と少年にそう告げるレイジ。
しかし、その声色には隠しきれない怒りが滲んでいた。
「…………」
それを感じ取り、おもわず押し黙る少年。
レイジはそんな少年の顔を見る事なく、カイリの腕を掴みながらエリカの元へ。
「ほらカイリ、せっかくだからジム戦でもしようよ」
「…………」
まだ納得できないといった表情だが、それ以上は何も言わずにおとなしくなるカイリ。
「エリカさん、お願いします」
「畏まりましたわ。皆さん、準備の方をお願い致します」
彼女の一声で、周りにいるトレーナー達が動き出す。
中にはカイリと同じく納得できないといった顔になっているが、その者達も準備をする為に動いていった。
「……ありがとうございました、レイジさん」
「えっ?」
「あなたが事態を収拾してくれたおかげで、大きな騒ぎになりませんでしたから」
「いえ……」
――まだ、あの少年はこちらを見ながら立ち尽くしている。
すると、彼は懐からモンスターボールを取り出し。
「――ヘルガー、かえんほうしゃ」
レイジにとって、耳を疑うような命令が下された。
それと同時に投げられるモンスターボール。
「っ、リオン、かえんほうしゃだ!!」
すぐさまこちらもボールを取り出し前方に投げる。
先に飛び出したヘルガーが、すぐさま大きく息を吸いかえんほうしゃを放つ。
その矛先は――ジムの中に咲いている花達。
「…………」
だが、間一髪の所でリオンのかえんほうしゃがヘルガーの炎を相殺させた。
「何をするのです!!」
「悪いな。うざったかったから燃やしたくなった」
「っ、この―――!」
再び殴りかかろうとするカイリだが。
「カイリ」
レイジのその一言で、再び動きを止めた。
「レイジ、なんで止めんだよ!! こいつが今何をしようとしたのかわかってんのか!?」
「わかってる、わかってるよ」
「わかってんなら………!」
「けど、だからって暴力はやめてくれ。君がそんな事する所を見るのは嫌だ」
「…………」
そう言われてしまうと、カイリとしては何も言えなくなる。
殺伐とした空気の中、レイジは少年の元へ歩み寄った。
ヘルガーはレイジに対し威嚇の態度を見せ、少年はそんな彼を心底見下しているかのような視線を向けてくる。
それには構わず、レイジは少年に対して問うた。
「どうして、こんな事をしたの?」
「どう答えてほしい? 望み通りの答えをくれてやるよ」
「君自身の答えを訊きたい」
「ハッ、そんなもの決まってるだろ。
一つ、この場所が気に入らない。
二つ、弱いくせに粋がるジムリーダーが気に入らない。
そして三つ目は――お前の目が心底気に入らない」
憎悪すら込めた瞳で、少年はレイジを睨む。
まるで長年の仇に出会ったかのように、少年がレイジに抱く感情は——完全なる殺意だった。
「初対面なのに随分な言いようね、レイジの何が気に入らないっていうのかしら?」
「全部だ。だが敢えて理由を言うなら、ポケモンを心の底から信頼し愛情を抱いている所に、虫唾が走る。
――こんな化け物を信頼するなんて、お前もコイツらと同じ化け物だな」
『――――!!?』
誰もが、あまりの暴言に反論が返せない。
ポケモンを化け物と言う事も驚きだが、なにより人であるレイジを人ではないと罵ったのだ。
初対面の人間に対して、人はここまで残酷になれるのか。
「酷い。そんなの酷すぎるよ」
「……レイジ、今度ばかりはお前でも止められそうにねえ。
俺は親友を侮辱されて黙っていられるほど、大人じゃねえからな」
「いいわよカイリ、おもいっきり殴り倒しちゃいなさい」
完全に殺気立った空間の中でも、少年の小馬鹿にした表情は消えたりしない。
「美しい友情というやつか? 笑わせるなよ。たかが他人の為に怒りを抱くなんざ滑稽にも程がある。
どいつもこいつも甘ったるい世界で生きてきた分際で、オレに意見なんかするんじゃねえよ」
「…………君は、どうしてポケモン達を憎んだりするの?」
「テメェには関係ない」
「関係ないよ。でも……君の心はひどく軋んで歪んでる。
自分でもどうしてこうなったのかわからないくらい、取り返しのつかない所にまで……」
「……何だと?」
ピクリと、今の言葉に反応を示す少年。
「見えるんだ、君の闇が僕には。
底が見えない漆黒の中で、この世全てを憎んだ何かが蠢いてる」
「…………」
「ねえ、君はどうしてそこまでポケモンを……世界そのものを憎むの?
一体その闇の中に、何が――」
そこで、レイジの言葉が途切れる。
……少年が、今度こそ本気の殺気をこちらに向けてきたからだ。
「やっぱり、お前はここで殺す。今すぐにだ!!」
「…………」
本気だ。
どういうわけかは知らないが、彼は自分を本気で殺すつもりらしい。
一体彼は何者なのか、どうして自分に殺意を抱いたのか。
彼と自分は初対面、接点など今までなかった。
しかし……少年が自分を睨んだ時に感じた不快感とはまた別の感情。
どこか、レイジという存在を絶対に認めない、そんな感情が自分の内側に入ってきた。
それは限りなく暗く、そして――悲しい。
だから、レイジには目の前の少年に対して、先程までの怒りなど微塵も残っていなかった。
あるのは、悲しみか……それとも、痛みか……。
「ヘルガー、こいつを殺せ!!」
「…………」
向かってくるヘルガー。
けれど、レイジはその場から動かずにただ黙ってそれを見つめ。
「な、に――!?」
ヘルガーがレイジに襲いかかろうとした瞬間。
〈――お父さんに、手を出さないで〉
〈――父上を傷つける者は、たとえ誰であっても許さない!!〉
ティナのれいとうパンチと、アクセルのはっけいが同時に決まり……ヘルガーはその場で倒れ込んだ。
「……チッ、使えないヤツだ」
侮蔑を込めた言葉を放ちながら、ヘルガーをボールに戻す少年。
「ティナ、アクセル、ありがとう」
〈いえ……僕達は当然の事をしただけです〉
相変わらず生真面目なアクセルの言葉に、苦笑混じりの笑みを浮かべた。
「…………」
そんな彼等を、少年は憎悪を込めた視線で睨んでくる。
一体何が気に入らないのか、もはや理解不能な領域だ。
「――興醒めだ。まさかヘルガーがここまで使えないヤツだとは思わなかった。
生かしておいてやるよ、今だけはな」
「何言ってんだお前、負けたくせに」
「勘違いするなよ。オレの手持ちがヘルガーだけと思っているのか?
言っておくが、お前等が束になってかかってきてもオレには勝てねえよ」
「たいした自信ね。なら試してみる?」
そう言いながら、モンスターボールを構えるヒメカ。
隣にいるカイリもボールを構えるが、少年はそんな彼等を鼻で笑った。
「馬鹿か? お前等みたいな三流を誰が相手にするかってんだ。
それにな……少なくともコイツはオレの言っている事は間違いじゃないと気づいてるみたいだぜ」
「…………」
視線を向けられ、レイジは俯く。
――そう、この少年の言っている事は間違いなんかじゃない。
今の自分達では、彼に勝つ事はできないだろう。
彼から感じた凄まじいオーラ、それはシロナほどではないにしろ少なくとも自分達とは比べものにならないほど大きく強いものだ。
おそらくあのヘルガーも、彼にとっては一番弱い手持ちだと思われる。
そんな人物に勝てるとは、まだ思えない。
「じゃあな。次に会った時は今より強くなってろ。オレを楽しませるために生かしてやるんだからな」
そう吐き捨てるように言い、少年はさっさとジムから出ようとするが。
「君の、名前は?」
そう問い掛けをしたレイジの声に反応し、立ち止まり、そして。
「―――ケイジだ」
ぽつりと呟くように名乗り、今度こそジムから出て行ったのだった。
――運命は廻り始めた。
彼との出会いは、やがて激しい戦いの幕開けとなる。
だが、それに気づく者は誰一人として存在せず。
ただ一人、レイジだけは。
この出会いに、何か意味があるのだと感じていた。
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