ポケットモンスター 〜The Legend of Master〜【完結】 作:マイマイ
そしてレイジは、ケイジに言われた言葉によって、静かな悩みを抱えてしまう事になる……。
「………?」
ここはタマムシシティのポケモンセンター。
そこでカイリは、ポケモン達が遊んでいる中庭の中で、1人静かに座り込んでいる少年を見かけ声を掛けた。
「レイジ、何1人で黄昏てんだ?」
「………カイリ」
名を呼ばれた少年、レイジは一度カイリへと振り向くが、すぐさま視線を正面に向けてしまった。
そんな彼の様子に首を傾げながら、カイリは彼の隣へと座り込む。
「…………」
ティナ達が仲良く楽しそうなのに対し、そんな彼女達の主人であるレイジの表情は、ひどく曇っている。
沈黙にも耐えきれなくなり、カイリは再びレイジへと声を掛けた。
「なぁ、お前昨日からなんか変だぞ?」
「変って、どこら辺が?」
「全部だよ全部。心ここにあらずって感じだし、話しかけても上の空で誰が見たって元気がねえのがすぐにわかる。
――結局、ジム戦だってやらなかったしな」
そう、4人の中でレイジだけがジム戦を断り、その後はずっとこの調子。
幼なじみであるカグヤにもどうして彼がこんな風になったのかわからず、まさに八方塞がりだ。
ちなみに、ジム戦は3人共に勝利し、カグヤとヒメカはエリカと共にデパートに出掛けている。
2人もレイジの事を心配していたが、今はそっとしておこうと判断したのだろう。
無論カイリも初めはそうしていたのだが……正直彼がこんな様子ではそっとしてはおけなかった。
それで話し掛けたのだが……なんだか重い空気になってしまった。
「……心配かけてごめん」
カイリが心配している事がわかったのか、レイジは視線を向けないまま彼に謝罪の言葉を口にする。
「いや、別にいいけど……本当にどうした?
――あのムカつく野郎に会ってから、様子がおかしいぞ」
「…………」
その言葉に、レイジは僅かに反応を見せる。
やっぱりな、半分カマかけのつもりだったが……やはり彼は嘘をつく事ができない人間のようだ。
――あのケイジという少年がいなくなってから、彼の様子はおかしくなった。
それはきっと、彼がレイジに放った暴言が原因だろう。
「レイジ、あんな野郎の言った事なんか気にするなよ。
あいつの言った事は間違ってる、ポケモンを化け物扱いする事も……お前を化け物呼ばわりした事も間違いだ。
だから、そんなに気にする事ないぜ?」
それは本心からの言葉であり、今でもケイジが口にした言葉を思い出すと怒りが湧き上がってくる。
当然だ。仲間であり親友であるケイジを侮辱されて、どうして怒りを抱かないというのだろうか。
「だからさ、お前もいつまでも気にする必要なんかないんだよ。
お前は人間だ、化け物なんかじゃない。もちろんポケモン達も」
「――僕は、違うよ」
「えっ……?」
何かを呟いて、レイジは立ち上がりティナ達の元へ。
すぐさまティナ達をボールに戻し、カイリへと振り向き口を開いた。
「ちょっと散歩に行ってくるよ。あまり遅くはならないから」
そう告げ、逃げるようにその場を後にするレイジ。
1人、その場に残されたカイリは。
「――何が違うっていうんだよ、レイジ」
そう呟き、苦々しそうに唇を噛みしめたのだった。
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【レイジside】
今日も、時間というのはこちらの都合など考えずに進んでいく。
当たり前だと思いながらも、今回ばかりはそれが憎たらしい。
……でも、そんな事を考えている自分自身が一番憎たらしかった。
昨日、ケイジに言われた言葉が何度も自分の中で繰り返し再生されていく。
――化け物。
――ポケモンは化け物。
――そんなものに信頼を抱いているお前も化け物だ。
そんな言葉が、どうして人から放たれるのかが理解できない。
自分はいい、けれどポケモン達にまでそんな言葉を投げかけるのは、どうしてなのか。
この世界は、人とポケモンがいて初めて成り立っているのに。
それなのに、そのポケモンを他ならぬ人間が憎むなど、悪い夢としか思えない。
そして――そんな彼を否定する自分が本当に正しいのかも、疑わしくなっていく。
正しい正しくないは別として、あのケイジという少年は自身の言葉と思いに確固たる自信がある。
対して自分には、そんなものは存在しない。
夢も、想いも、信念も何もかもが欠落している。
カグヤとカイリはポケモンマスター、そしてヒメカにはそんなカイリを見守り強くなるという夢がある。
では自分は? そう問いかけても答えはない。
元々周りに流され、他にする事もしなければならない事もなかったから旅に付き合っていただけ。
バトルをしているのも、シロナさんに言われた言葉を知りたいというだけで結局他人に言われて始めただけだ。
そんなものは夢でも信念でもない、ただ与えられた事をこなす機械のようなもの。
何の為に自分がここにいるのか、何の為にトレーナーとして戦うのか、その理由は……見えない。
自分は――何の為に生きているのか、それすらも曖昧で確立された理由がない。
自己が薄い、という次元の問題ではなく、自分には自己が“無い”のだ。
だから、どうしたらいいのかがわからなくなった。
考えれば考えるほど答えは見えなくなり、挙げ句カグヤ達に心配させてしまっている。
迷い苦しみ、その果てに人は何かを掴む。
けれど――自分にはそんなものすら。
「っと」
「ぁ………」
俯いて歩き、更に考え事をしていたせいもあり、前方から走ってきた誰かにぶつかってしまった。
……最悪だ。立ち上がりすぐさま頭を下げる。
「気にしなくていいよ、こっちこそ急いでいたから前方不注意だった」
人が良いのか、ぶつかったのはこっちなのに許してくれた。
(この、人……)
俯いた顔を上げ、男性だとわかった瞬間、あの感覚に襲われる。
赤い髪を逆立て黒いマントを付けた青年。
その瞳には形容できない力強さが宿り、おもわず身構えてしまうほどそのオーラは大きく強い。
けれどあのケイジという少年とは違い禍々しさなど微塵も感じられず、純粋で綺麗で……。
そう、まるであのシロナさんのような……。
「……辛そうな顔をしているね。一体何があったんだい?」
「えっ……?」
「今にも泣いてしまいそうだよ、君の今の表情は」
言われて、どきりとしてしまう。
「もし君に大切な友達がいるなら話した方がいいと思う。
たとえどんなに些細なものでも、どんなに人には話せないような内容だとしても、自分1人だけで抱え込むよりはずっといいからね」
「…………」
「けれど、どうしても話せないなら……ボクが聞いてあげるよ」
「えっ……?」
「もちろん君が迷惑だと思わないなら、だけどね」
そう言って優しく笑みを浮かべる男性に、不思議な力が働いたのか。
「……聞いて、ください」
気が付いたら、そんな言葉を口にしている自分がいた。
………。
「――なるほどね。でもそんな大事な事をボクに話してもよかったのかい?」
「はい……あなたなら、笑わずに聞いてくれると思いましたから」
結局、自分が悩んでいる事をすべて今出会ったばかりの男性にぶちまけてしまった。
普通なら迷惑としか思えない自分の行為を、男性は嫌な顔一つせずに真剣に聞いてくれたのが嬉しかった。
「……じゃあ、君は確固たる信念や夢がほしいのかい?」
「………それも、よくわかりません」
「わからない?」
「自分の願いが、わからないから……何を望んでいるのかも、何をしたいのかも……わからないから」
だから、夢や信念を得たいのかと言われても、答えられない。
自分が何をしたいのかが何一つ自分で理解できないのだ、答えられるはずがなかった。
「そうか。確かにそれでは困ってしまうね」
「あの……すみません、こんな話をいつまでも話してしまって……」
「いいんだよ。ボクとしても興味深い悩みだと思うよ。レイジくん」
「えっ………」
この人、どうして僕の名前を……?
まだお互いに名乗ってないのに……。
「やっぱりね。ポケモンと話す力を持った少年がいるとシロナくんから聞いた事があったけど……まさか本人に会えるとは」
「シロナさんを知っているんですか?」
「もちろん。同じチャンピオンだからね、知らないわけがないさ」
「同じ……チャンピオン?」
その言葉に疑問を抱いていると、男性はようやく自分の名前を明かしてくれた。
「そういえばまだ名乗っていなかったね、ボクはワタル。
このカントー地方のチャンピオンの肩書きを持つドラゴン使いさ」
尤も、その名は信じられるようなものではなかったが。
「チャンピオン……カントー地方最強のポケモントレーナー……」
「一応はね。……しかしシロナくんの言ったように、ポケモンを大事にしているトレーナーのようだ。目を見ればわかる」
「ど、どうも……」
シンオウだけでなくカントーのチャンピオンにも会えるとは……自分の遭遇率の高さに驚いてしまう。
「それでレイジくん、さっきの悩みだけどね……正直、それは君自身が見つける以外に解消させる方法はないんだ」
「…………」
それは、わかっている。
たとえ他人から答えを貰ったとしても、それは所詮「答え」でしかないのだ。
自分の求めるものは、自分自身で見つける以外術はない。
けれど、それでもワタルさんの言う通り、話しただけでもすっきりできた。
まだ答えは見いだせない、けれどいつまでも悩んでいても自身を追い詰めていくだけ。
ならば、この旅を続けて見つけるしかない。
そして、彼の言った事は間違いだと、胸を張って言えるくらいの答えを探し出してみせる。
「――うん。いい表情になったね、まだ迷いは見えるけど……今はそれでもいいと思う。
人はいつだって迷い、その度に強くなっていくのだから」
「ありがとうございます、ワタルさん」
精一杯の感謝を込めて、ワタルさんに頭を下げた。
けれど彼は、「気にしないで」と優しく笑うばかり。
「さてと。それじゃあボクはそろそろ行くとするよ」
「あ、はい。本当にありがとうございました」
「どういたしまして」
「……そういえば、ワタルさんはどうしてタマムシシティにやって来たんですか?」
ふとした疑問、自分にとっては本当に何気ない問い掛けだった。
「…………」
けれど、僅かにワタルさんの表情が変わる。
それを疑問に思い、更に問い掛ける。
「あの……どうかしたんですか?」
「ああ、いや……ちょっとね」
それから、ワタルさんはそれ以上何も言わずに黙ってしまった。
ちょっと、などという様子ではないのはすぐにわかる。
けれど、それ以上追求する権利はないし彼にも迷惑になるだろう。
それでも――不思議と気になってしまった。
「――レイジくん」
「はい」
「シロナくんから聞いたのだけど、君はロケット団という組織の人間と戦った事があるんだって?」
「……………はい」
クチバシティで戦ったマーダとフレア。
あの2人は口走っていた「ロケット団」という名前。
シロナさんと予想した通り、組織の名前だったようだ。
「けど、それがどうかしたんですか?」
「……本当はボク1人で行こうと思ったんだけど、優れたトレーナーである君に協力してもらいたいんだ」
「………?」
協力、とは一体どういう事なのだろうか。
「実はね……」
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「なぁレイジ、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だよカイリ、心配掛けてごめん。
カグヤとヒメカもごめんね、あのケイジとかいう人に言われた事をあれこれ考えちゃったんだ。
でももうこれっぽっちも気にしてないし気にする必要もないから、大丈夫だよ」
「それはよかった。カグヤってばわたし達と買い物してる時もいつも以上に落ち着きがなくて大変だったんだから」
「うぅ……ごめん。でもいつも以上って……私、そんなに落ち着きないかな?」
「もし自分が落ち着いた人間だと本気で思っているなら、わたしは全力であなたを叱るわ」
「うぅ……」
うなだれるカグヤに、全員が笑みを浮かべる。
いつも通りの夕食風景に、4人は安堵していた。
「けどよ、もう気にしてないなら明日はジム戦に挑戦したらどうだ?」
「そうね。手に入れば3つ目になるんでしょ?」
「私はもう4つだから、ポケモンリーグに出場できるよー」
「別にそんな事誰も訊いてないわよ。それよりどうするの?」
軽く辛辣なツッコミをしつつ、再び問い掛けるヒメカ。
ちなみに、カグヤは今のツッコミによりヘコんでいた。
「そうだね。せっかくだから挑戦してみるよ」
「まあお前なら楽勝だろうな」
「それはわからないよ、相手はジムリーダーなんだから」
他愛のない話。
……だが、レイジの心中は穏やかではなかった。
――ワタルから言われた言葉を思い出す
「この街に、ロケット団という組織の基地があるんだ」
ワタルがタマムシシティに来た理由は、そのロケット団の基地を壊滅させる為だった。
ロケット団――ワタルの話によるとポケモンを使って金儲けをする犯罪組織らしい。
なんと、この街にあるカジノやゲームコーナーはロケット団が秘密裏に経営しているらしく、更にその地下に基地があるというのだから二重に驚いた。
そして、ワタルがレイジに協力してもらいたいことがあると言った。
それは――レイジにもロケット団の基地を壊滅させる手助けをしてほしいとの事だった。
「レイジくん程の優秀なトレーナーならば、助っ人としてこれほど頼もしい存在はいない」
そう言ったワタルだったが、レイジとしては驚きを隠せなかった。
まさかそんな国際警察の真似事をしてくれなどと言われるとは……よほど人手が足りないのだろうか。
本音を言えば断りたかった、優秀と言ってくれたのは嬉しいが、自分のような子供にそんな大役が務まるとは到底思えなかったからだ。
だが――それでもレイジはすぐに協力を申し出た。
確かに務まるとは思っていない、だがポケモン達を道具のように使うロケット団を許す事はできない。
そう告げると、ワタルは嬉しそうに笑みを浮かべてきた。
「ありがとう。やはりシロナくんの言った通りの子だよ、君は」
そうしてワタルと一度別れ、夜中に集合する事に決め現在に至る。
……もちろん、カイリ達には話していない。
彼等を自分の我が儘に付き合わせるわけにはいかないからだ。
だから、レイジは心の中で彼等に謝罪する。
勝手な事をする自分を許してほしい、と。
………。
人もポケモンもすっかり寝静まり、静寂が訪れるタマムシシティの夜。
レイジはカイリを起こさないように部屋を出て、集合場所へと急ぐ。
「やあ、レイジくん」
既にワタルは到着しており、これから犯罪組織と戦うとは思えない落ち着きようだ。
さすがチャンピオンというべきか、それとも自分が気を張りすぎているだけなのか。
「それじゃあ、さっそく行くとしようか。でも、本当に彼等に言わなくてよかったのかい?」
「はい。……巻き込むわけにはいきませんから」
「……そうか、では行くよ」
歩き出すワタルの後ろについていくレイジ。
しかし、どうやって侵入するのだろうか。
タマムシのゲームコーナーの前に立ち尽くしながら、そんな事を考えていると、ワタルは何故か建物の裏側へ。
「ワタルさん?」
「こっちだよ」
言いながら、おもむろに壁に手を添えるワタル。
瞬間――まるで切り取られたかのように壁が動き、地下へと続く階段が現れた。
「予備の入口のようだね、さあ……準備はいいかい?」
最終確認の問いかけに頷きを返し、レイジはワタルと共に闇が広がる地下へと足を踏み入れた―――
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――階段を降りる音だけが鼓膜に響く
周りは電気がないため薄暗く、すぐ前を歩いているワタルの姿でさえよく見えない。
「…………」
一歩一歩進む度に、自分の鼓動が早くなっていくのがわかる。
緊張と恐れ、不安を隠しきれないのだ。
無理もない、レイジはまだ14歳の少年だ。
まだ子供と呼べるほどの彼が、こんな緊張感溢れる場所に赴いて平静を装えるはずがなかった。
それでも必死で声を押し殺し、ただ黙ってワタルの後ろを歩く。
(……強い子だ)
そんな彼の息遣いを耳に入れつつ、ワタルは思う。
自分の不安や緊張を自分に知らせない為に、精一杯我慢している。
迷惑を掛けるわけにはいかない、そう思っているのだろう。
(シロナくんが気にかけるわけだよ……)
この間、彼女の方から電話を掛けてきた事には驚いた。
一体何の用かと思えば、とても将来が有望で面白い男の子に会ったと言った後…延々と彼の事について聞かされたのは記憶に新しい話。
やれ優しいだの、やれ可愛らしいだの、やれ魅力的だの。
画面越しの彼女はただひたすらに嬉しそうで、彼の話をしている姿はまさしく恋する乙女のようだったとワタルは記憶している。
半分は聞き流していたのだが、彼女にそこまで言わせるそのレイジという少年に会ってみたいと思った。
そして今日、偶然その少年に出会い――彼女の言葉は決して大袈裟なものではないと理解した。
まだ多少話した程度だが、彼の言葉の端々からポケモンに対する確かな信頼と愛情を感じ取る事ができたし。
今だって、自分の恐怖心よりもポケモンを助けるという想いを強くして自分の手助けをしようとしてくれている。
ポケモンを好きでいられる人間は、いずれ心も身体も強いトレーナーになれるものだ。
「――楽しみだ」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
そう、本当に楽しみだ。
半年後に開かれるポケモンリーグ、そこで自分と彼が戦えたら……そう思うと楽しみで仕方ない。
もちろん彼が優勝するとは限らないが、それでも楽しみだと思ってしまう辺り、自分も彼に対して並々ならぬ期待を抱いているということか。
――階段が終わる。
通路の少し先には扉があるが、近づいてみても物音は聞こえない。
「……誰か、いる?」
「……入ってみないとわからないな」
しかし、入った瞬間襲われてしまえばたまったものではない。
「――アクセル」
ボールを取り出し、中からアクセルを出す。
〈父上、お呼びでしょうか?〉
「アクセル、奥の部屋に誰か居るか波導を感じ取ってくれないか?」
周りに聞こえぬよう、耳元で話し掛ける。
〈かしこまりました、少々お待ちを〉
「お願いね。……ところでアクセル」
〈なんでしょうか?〉
「どうしてボールから出す度に僕に向かって片膝を付くの?」
まるで主君に従う騎士のようなポーズをするアクセルに、前々から不思議に思っていた事を問い掛ける。
ちなみに、今も出した時はこちらに対して片膝を付いていた。
〈もちろん我が主人であり尊敬する父上の前に出たのですから、そうしなければ失礼にあたるではありませんか〉
「……君はいつの時代のポケモンなの……?」
おもわずそんなツッコミを口にしてしまったが、アクセルらしいといえばらしいのでそれ以上追求するのはやめた。
そんなレイジに首を傾げながらも、目を閉じ精神を集中させるアクセル。
(なるほど、波導を感じ取れるリオルを使って奥の部屋に人間がいるのかを確かめるのか……)
〈――お待たせ致しました父上、奥の部屋にはおよそではありますが二十人ほどの人間がいます。
それと数匹のポケモンの波導も感じられました、あいにくと正体まではわかりませんが……〉
「充分だよアクセル、ありがとう」
目線を彼に合わせ、優しく頭を撫でてやる。
くすぐったそうにしながらも、アクセルは嬉しそうに笑みを零した。
(……とても信頼し合っている、お互い良いパートナーと巡り会えたみたいだね)
しかし、待ち伏せをされているという事は、初めから自分達が侵入されているのがバレていたということ。
侮っていたわけではないが、相手は予想以上に手強そうだ。
「……どうしますか?」
「そうだね。数の上ではこちらが不利だけど……待ち伏せしてくれたのは好都合かもしれない」
そう言いながら、懐から6つのモンスターボールを両手で取り出すワタル。
「ワタルさん?」
「レイジくん、これは正々堂々としたポケモンバトルじゃない。だから君の手持ちは初めから全て出しておいたほうがいいよ。
それと……これは卑怯でもなんでもないから勘違いしないでほしい」
よくわからない事を言いながら、ワタルはおもむろにボールを全て奥の部屋へと投げ入れ。
「みんな、出てきた瞬間に手当たり次第にはかいこうせんだ」
これまたよくわからないというか……耳を疑うような命令をさらりと告げ扉を閉めた。
「ちょ―――」
レイジが何か言いかけた瞬間――奥の部屋から爆音が聞こえた。
……その中で悲鳴や阿鼻叫喚も聞こえたような気がしたが、気のせいだと思いたい。
ワタルはすぐさま扉を開けて中に入ったので、自分もその後に続いたのだが……。
「うわー……」
〈こ、これは……凄まじいと言いますか、エグいといいますか……〉
おもわず、げんなりとした声を出してしまった。
奥の部屋は広く、おそらく倉庫だったのだろう。
しかし、周りに倒れているのは黒い服を着た男女の群れ。
全員が同じような服装なので、これがロケット団の制服なのだろう。
しかし……先程ワタルのポケモン達が一斉に放ったはかいこうせんにより、ポケモンを出す間もなく気絶させられている。
何体かは外に出ていたのだが、そちらも例に漏れず全員戦闘不能。
哀れというより、可哀想だと全力で同情したくなった。
「数ではこちらが不利だからね、こういった奇襲を用いらなきゃとてもじゃないけど勝てないよ」
あっけらかんとそう言い放つワタルだが……なんだか彼が破壊神のように見えてしまうのは、自分の心が廃れているせいなのだろうか。
やっぱりチャンピオンという存在は、色々な意味でどこか普通ではないと思った瞬間だった。
それにしても――ワタルの連れているポケモンはどれも凄い。
ボーマンダにリザードン、ガブリアスにカイリュー等、そうそうたるメンバーだ。
さすがチャンピオンは違うということか。
だが……人に向かってはかいこうせんを放つとは……ちょっと目の前の青年が恐くなった。
しかもどのポケモンもデカいから、たとえ部屋が広くても狭く感じてしまう。
それはワタルも同じ気持ちなのか、リザードン以外のポケモンを全て戻した。
「さあレイジくん、先を急ごう!」
「はい」
……正直、自分はいらないんじゃないかと思ったが、そういうツッコミは野暮だと思いやめた。
気絶している団員達を尻目に、部屋を出て先を急ぐ。
すると、あれで全てではなかったらしく、正面から数人の団員達がこちらに向かってモンスターボールを投げてきた。
出されたのは、ズバットとラッタとアーボ。
「リザードン、はかい――」
「ティナ、サイコキネシス!!」
ワタルの声を遮って、ティナを場に出すと同時に指示を出す。
ボールから飛び出すと同時に、ティナのサイコキネシスが展開され三匹が宙に浮く。
「そのまままとめてでんげきは」
動けなくなった三匹にでんげきはが命中し、一撃で全てのポケモンが戦闘不能に陥った。
(………速い)
指示の速さ、そしてポケモンの技の強さ、そのどちらも賞賛に値するものだ。
「な、なんだこのガキ……強すぎる!!」
予想外の強さに、団員達は驚愕に満ちた声を上げるが、レイジからしたらあなた達が弱いのだと言ってやりたかった。
ポケモンをまともに育てていないし、指示を出すのも遅すぎる。
おそらくバトルに慣れていないのだろう、付け焼き刃では彼に通用するはずがない。
「ありがとうティナ、じゃあ行くよ!」
〈ストップ!!〉
再び走り出そうとしたのだが、何故かティナによって止められる。
「ティナ?」
彼女を見ると、あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべている。
一体どうしたというのか、首を傾げていると。
〈……アクセルには頭を撫でたのに、私にはしてくれないの?〉
なんとも可愛らしい不満の声が聞こえてきた。
「ティ、ティナ……」
今はそんな場合じゃないんだけど……そんな言葉が喉元まで上がってきたが、言ったらますます唇を尖らせるので仕方なくしゃがんで彼女の頭を撫でてあげた。
〈えへへ……〉
嬉しそうに笑みを浮かべるティナを見て、ついつい口元が緩んでしまう。
「はい、おしまい」
〈やだ、もっと〉
「ティナ、今はそんな事をしてる場合じゃ」
〈じゃあもう戦ってあげない〉
「むっ……」
今日の彼女はなんだかワガママだ。
いつもはこんな風にならないというのに、一体どうしたというのか。
(しょうがないな……)
ボールの中からヒカリを取り出し、ティナを抱きかかえ頭を撫でながら走り出す。
〈わーい!〉
「もぅ……今回だけだからね?」
〈はーい!〉
本当にわかっているのだろうか、ニコニコと笑いながらなのでいまいち信用できない。
そう思っていると、いきなり頭部に重みを感じた。
「ちょ、ヒカリ?」
ヒカリがレイジの頭の上に乗っかったのだ。
重くはないが、彼女の意図がわからず問い掛ける。
「ちょっとヒカリ、どうして僕の頭に乗るの?」
いつもの光景と言えばそこまでだが、今は状況が状況だ。
それはティナとヒカリとてわかっているはずなのに……。
〈ティナばっかりズルいよ! ピカもレイジに甘えたい!!〉
ティナもヒカリも、レイジの思っている以上に子供だったようだ。
「いや、けどさ……」
〈ティナは許してピカは許さないの?〉
「うっ……」
そう言われてしまえば、もはやレイジに反論の余地はなく。
「……わかったよ。でも向こうが襲いかかってきたらちゃんと戦ってね?」
呆気なく折れてしまった。
だが仕方ない、ポケモンという存在にはとことん甘いのがレイジという人物なのだから。
「一体どうしたんだい?そのキルリアとピカチュウは何て言っているんだ?」
「………いえ、なんでもないです」
さすがに今の会話を教えるのは恥ずかしいし、情けない。
適当に誤魔化しながら、レイジは先に急ぐ事にした。
両手でティナを抱え、頭にはヒカリを乗せながら……。
………。
「――大分進みましたけど、一体どれくらい居るんでしょうか?」
都合五十人は超える団員を倒してきたが、どれも下っ端ばかりで幹部クラスの人間が見当たらない。
ここには初めから居なかったのだろうか……そんな考えが頭をよぎる。
それに自分はともかく、ティナ達には僅かながら疲れの色が。
当然だ。トレーナーである自分が指示を出すとはいえ、実際に戦うのは彼女達なのだから。
対するワタルのポケモンはまったく疲れの色を見せていない。
鍛え方が違うのか、そう思うと少し悔しいと感じてしまう。
「レイジくん」
立ち止まり声を掛けるワタルに、レイジも立ち止まった。
そして、彼はおもむろに目の前の扉を開く。
「――あら。さすが坊やとチャンピオンのコンビね。もうここまで来るとは思わなかったわ」
中から聞こえた女性の声を聞き、レイジはおもわず身体を強ばらせる。
……忘れるわけがない。
この声は、かつてクチバでラティアス――カノンを捕らえようとしたロケット団である、フレアのものだ。
「――なるほど、君達は違うようだ」
先程とは違い、どこか余裕の色を見せなくなったワタル。
中に入ると、そこにはフレアだけでなく…同じくクチバで戦ったマーダという名の青年の姿も。
「チッ、使えねえ部下達だな」
「そう言わないの。この2人が相手なら分が悪すぎるわ」
「…………」
視線を相手に向けながらも、自分達の状況を確認する。
部屋の中はさほど広くはなく、所々に物が置かれている為小柄なポケモンでないと素早く動く事はできないだろう。
だがそれよりも、レイジはフレア達の後ろにある大型の機械の方が気になった。
ゴチャゴチャとパイプや器具が所狭しと付けられた謎の機械。
だが――何だろうこれは。
ただの機械、目的やどういったものなのかはわからないが、酷く不快なものに見えた。
あれはあってはならないもの、この世に存在してはならないものだと、内なる自分は訴えかける。
だから、レイジはすぐさま自分のポケモン達に指示を出した。
「アクセル、はどうだんであの機械を壊すんだ!」
「なっ――!?」
「っ、チィ――!」
レイジの指示を聞き慌てて機械を守ろうとする2人だが、既にアクセルの攻撃は止められない。
放たれるはどうだんは、まっすぐ奥にある機械へと向かっていき――爆音を上げて粉々に砕け散った。
飛び散る破片、だがその中であるものがレイジの足元に落ちてきた。
それは、漆黒の禍々しいモンスターボール。
「これは………!」
間違いない、あの時バンギラスとハガネールが入っていたモンスターボールだ。
それがあの破壊した機械から出てきたということは……。
「――やってくれるじゃない坊や。もしかしてそのデッドボールの存在を知っていたの?」
「デッドボール……このモンスターボールの名前か!」
「……もしかして、知らずに破壊したというの……?」
「そんな事はどうでもいいだろフレア、このガキ……ナメた真似を」
「待ちなさいマーダ、確かに破壊されたのは誤算だけど、別にこのデッドボール製造機はこれだけじゃないわ。
だからそんなに怒る必要はないわよ」
やはりこのモンスターボールはあの機械で造られていたようだ、不快感を感じた理由がこれで理解する。
「一体これは何だ? 普通のモンスターボールじゃないようだが……」
「そうね。ここまで来た坊やとチャンピオンに敬意を証して特別におしえてあげる。
これはデッドボール、ロケット団が開発した特殊なモンスターボールよ」
「特殊な、モンスターボール……?」
「そう。このボールで捕らえたポケモンはデッドポケモンと化し、理性を失い痛みも感情も失う狂戦士になるの。
死ぬまで戦う究極の兵器、それを作る事ができるのがこのデッドボールなの」
「なんてひどい事を……ポケモンを何だと思っているんだ!!」
あまりの発言に、ワタルは怒りを露わにするが、フレアはまったく悪びれた様子もなく言葉を続ける。
「我々にとってポケモンは道具よ。それ以上でもそれ以下でもない。
だから罪悪感を抱く必要もないし、私達はこれが罪だとは思わない。
道具だと思ってる存在に、どうしてそんな感情を抱かないといけないのかしら?」
「――――」
言葉が、出ない。
目の前の彼女の言っている事が、よく理解できない。
あまりにも酷すぎる言葉に、同じ人間なのかと本気で思ってしまった。
ポケモンは道具だと、自分達にとって苦しもうが傷つこうがそれこそ関係ないと。
そんな事を言う彼女が、本当に人間なのか疑わしくなった。
怒りよりも、憎しみよりも悲しみの感情がレイジの内側に溢れていく。
「――どうして、そんな顔をするの?」
「えっ……?」
「今にも泣きそうな顔になってるわよ、坊や」
「…………」
だって、仕方ないではないか。
確かに怒りはある、絶対に許さないという気持ちも存在する。
だがそれでも……彼女達が可哀想だと思ってしまったのだ。
ポケモンを愛せない事が、ポケモンを道具だと思ってしまう事が、レイジにとってこんなにも悲しい。
「……不思議な坊やね、あなたは今私達に同情してる。
ポケモンに対して深い愛情を抱いているあなたなら、私達を憎むかと思ったのに……」
そう呟きながら、フレアは懐からモンスターボールを取り出す。
だが、それはただのモンスターボールではなく、先程アクセルが破壊したデッドボール―――!
「多分時間稼ぎにしかならないけど、私達は一応幹部だから捕まるわけにはいかないの」
「待て! リザードン、弱めのかえんほうしゃで彼女達を止めろ!」
指示を受け、かえんほうしゃをフレア達に放つリザードン。
だがそれを避け――デッドボールが投げられる。
「さよなら坊や。また会いましょう」
「逃がさない!」
すぐさま追い掛けようと地を蹴り——悪寒を感じて飛び退いた。
瞬間、自分が通ろうとした地面に鋭利な刃物で斬りつけたかのような傷跡が生まれる。
急ぎそちらに視線を向けると……。
「――アブソル」
そこには、わざわいポケモンと呼ばれる存在であるアブソルが。
殺気立った瞳を、レイジ達へと向けていた………。
To.Be.Continued...