ポケットモンスター 〜The Legend of Master〜【完結】 作:マイマイ
一度カントーに戻ろうと、一同はアーリアタウンへと向けて旅を続けているのだが……。
無事に4つのバッジを手に入れ、ポケモンリーグ出場の為カントー地方を目指すレイジ達。
アサギシティでは定期船が故障し運航していなかったため、港町アーリアタウンへと旅を続けていたのだが……。
「うひゃーっ!!」
走りながら奇声を上げるカグヤ。
しかし仕方ない、いきなりどしゃ降りの雨になってしまったのだから。
急ぎ木の下に向かうレイジ達。
「……うへぇ、何なんだよ一体」
うんざりしたような口調のカイリだが、全員が同じ気持ちだった。
何せアサギシティを出発して今日で四日目なのだが、最近の天気は異常といえる程におかしなものになっているからだ。
いつものように快晴かと思いきや、何の脈絡もなく今みたいにどしゃ降りになったり、かと思ったら晴れたりまた雨が振ったり……。
ここ数日間の天候は、あまりにもおかしいものになっていた。
「うぇ……びしょびしょになっちゃった」
言いながら、服を脱ごうとするカグヤ。
「おわぁっ!?」
「ちょ、いきなり何してるのよ!!」
慌ててヒメカがカグヤを止め、事なきを得た。
「あなたねぇ……もう少し女の子としての自覚を持ちなさいよ!」
「えー、だって下着が見せたって減るものじゃないし……」
「そういう問題じゃないでしょ!!」
「はぁ………」
雨の音に紛れて聞こえる2人の漫才に、レイジは付き合ってられないとばかりにため息を付く。
「…………」
「シロナさん、どうかしましたか?」
と、先程から空を見上げながら真剣な表情を浮かべているシロナに気づき、声を掛けた。
「……いえ、なんでもないわ」
そう返すものの、あきらかに心ここにあらずといった様子で、レイジは首を傾げる。
一体どうしたというのだろう、最近シロナはこうやって1人で考え事をする様子が多く見られる。
……尤も、それはレイジも同じなのだが。
(……まただ)
僅かに感じる、声のようなもの。
この異常ともいえる天候になってから、少しずつ頭の中に響いてくる何かに、レイジはすっかり困惑していた。
初めは気のせいかと思っていたのだが、それは日に日に大きくなっていき、今では理解こそできないものの声だという事はわかった。
しかし、どんなに集中しても何を言っているのかはわからず、しかも定期的に聞こえるわけではなく忘れた頃にやってくるものだから、余計にわからない。
(誰なんだ……僕に、一体何を伝えようとしている……)
頭の中に響く声に問いかけるが、当然答えなど返っては来ない。
多少苛立ちを感じつつ、レイジは雨が止むのを待つ事にした。
………。
数十分後、ようやく雨が上がり青空が見えた。
「ったく……何なんだよ最近の天気は」
「ホントだね……ジョウト地方ってこういう天候なのかな?」
「そんなわけないじゃない……でも、確かにおかしな天候よね……」
『…………』
愚痴に近い会話を交わすカグヤ達だが、レイジとシロナは何か考え事をしているのか、黙りこくったままだ。
「……レイジ?」
「シロナさん、どうかしました?」
「えっ……?」
「あ、いえ……ごめんなさい、何の話だったかしら?」
「もぅ、2人とも最近考え事ばっかりだよー」
「そうかな……?」
「そうかなって、自分で気づかないのか?
急に黙ったなと思ったら今みたいに難しい顔してるし……どうしたんだよ?」
「……私は少し、最近の異常な天候について考えていたの。
いくら何でもこんな自然現象なんて存在しないから、その理由を推理していて……」
「えっ、じゃあ……この天候は誰かが意図的にやっているって事ですか?」
「わからないわ。憶測でしかないし、たとえそうだとしてもそんな事をする目的が理解できない。
けれど……私にはこれが自然の仕業だとは思えないの」
「……だとしても、一体誰がこんな……」
「天候を好きにできるなんて、神様じゃあるまいし……」
(………神様)
何故だろうか。
その単語が、妙に頭に引っ掛かる。
「——気にしないで。全部私の憶測に過ぎないから」
わざと明るい口調でそう口にするシロナ、するとカグヤ達も気にしない事にしたのか雰囲気が元に戻る。
しかし――レイジにはどうしてもシロナの言葉を頭から離す事ができない。
彼女の推理は確かに憶測だ、確たる証拠があるわけでもない。
だが、まったくの的外れというわけでもないのだ。
このような異常な天候、しかもつい最近急にこうなったのだ、自然の仕業ではないと断言できる。
(一体、何が起ころうとしているんだ……?)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――陽の光が届かない深海。
人間など存在していられるわけもなく、海に住むポケモン達だけの楽園で。
その聖域を汚そうとする存在が、降臨していた。
それは、深海の風景に溶け込むような漆黒の巨大な潜水艦。
その外観には、「R」という巨大なエンブレムが刻まれている。
「――ロキ様、目標は未だ逃亡中です」
コンソールを操作しながらそう話すのは――犯罪組織であるロケット団の団員の1人。
そして、ロキと呼ばれた男はゆっくりと席を立ち低い声で部下達に指示を出す。
「このまま追い続けろ、肉眼で確認できる距離になったら砲撃を開始するんだ」
「砲撃を、ですか?」
「しかし、必要以上のダメージを与えればいかにルギアとて……」
「構わん。死ななければそれでいい」
感情や躊躇いなど一切見せず、ロキは言い放つ。
それを聞き、数人の団員が息を呑む。
このロキという男こそ、ロケット団のボスであり。
このような大掛かりな潜水艦を用いて、海の守り神であるルギアを捕らえようとしていた。
「――ルギアとの距離、およそ1500!!」
「撃て」
短く告げ、同時に十数発も魚雷がルギアへと向かっていく。
しかし、その悉くを回避し潜水艦へと身体を向けるルギア。
「超音波装置を作動させろ」
瞬間、潜水艦から辺り一面を包み込む程の巨大な超音波が響き渡る。
これはズバットなどが使う「ちょうおんぱ」を単純に強力にしたもので、これの前ではたとえルギアであっても無事では済まない代物だ。
そして、その超音波をまともに受け苦しむルギア。
「今だ。撃て」
「ロキ様、このままデッドボールを放てば……」
「無傷では改良型のデッドボールでも捕らえられんよ、ルギアはそれだけ強大な存在だ。
“アレ”も捕らえる際に相当ダメージを与えただろう?」
「………わかりました」
頷き、魚雷を発射させる団員。
二十発近い魚雷は、吸い込まれるようにルギアへと命中する。
(これだけ受ければ、充分か)
あまり痛めつけて殺してしまえば元も子もない。
そう思い、ロキはデッドボールを放とうと部下へ指示を出そうとし。
――凄まじい衝撃が、潜水艦に走った。
「むっ―――!?」
一体何が、そんな事考えずともわかる。
(ルギアめ……まともに受けたというのに、まだ抵抗する力が残っていたか……)
さすが伝説と謳われるポケモンだ、自分の認識が甘かった。
「ロキ様、ルギアの反応が!!」
「ふむ……逃がしたか」
言葉とは裏腹に、ロキはまるで予期していたかのように素っ気なく呟く。
「所詮手負いだ。そう遠くに逃げたわけではあるまい。
私は少し休む、何かあれば連絡しろ」
そう言い残し、ブリッジを出るロキ。
「………さてルギアよ、どうするつもりだ?」
まともに魚雷の洗礼を受けたのだ、次に遭遇すれば逃れる事などできないだろう。
(ホウオウの時は邪魔されたようだが……今回はそうはいかん。
――だが、あの少年達の力……気になるな)
どちらも人間ばかりか、ポケモンですら持たないような不思議な力。
それを操る事ができるなど、一体どのような存在だというのか。
(ルギアを捕らえた後に、接触してみるか。もしフレアの言った通り使えるなら部下にするとしよう)
しかし、もし邪魔な存在に成りうるなら………。
(その時は――始末すればいいだけだ)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「――ふへぇ、ようやく着いたか」
港町アーリアタウンに着いた瞬間、うんざりしたような声を出すカイリ。
この異常な天候のせいで、アーリアタウンに着くまで一週間も掛かってしまったのだから無理もないが。
「レイジ、何だかみんな楽しそうだね」
「ミカンさんが言ってたお祭りが近いからじゃないかな、ほら」
指を指すと、ちょうど今日祭りが始まった事を知らせる看板が。
「なんかラッキーだな、なあレイジ、祭りを楽しんでからカントーに帰らないか?」
「そうだね……みんなはどうしたい?」
「もちろん私は賛成!」
「そうね。ポケモンリーグまでまだ時間はあるし、楽しむのも良いと思うわよ」
「……まあ、こうなるってわかってたから、わたしからは何も言わないわ」
どうやら決定のようだ、若干一名は諦めから来ているようだが……。
「ねえレイジくん、色々見て回ってみない?」
「えっ?」
言いながら、レイジの腕に自分の腕を絡めるシロナ。
「レイジくん、背が伸びたからちょうどいいわね」
前は自分の方が僅かに高かったが、今では彼が自分より高くなっている。
これならば、こうしていてもおかしくはない。
「……シロナさん、どうしてレイジと2人だけで行こうとするんですか?」
さっさと行こうとするシロナだったが、そうはさせまいとカグヤもレイジの腕に抱きつく。
右にシロナ、左にカグヤ。
(何か、居心地が悪い……)
なんともいえない微妙な空気に、胃が少しずつ痛くなっていくような気がした。
「ならカグヤも一緒に来る?」
「当たり前です。シロナさんと2人だけにしたらレイジがエッチな事しそうですから、私は監視役です」
「君は僕をなんだと思ってるんだ……?」
「私は、レイジくんにならいいけど」
『はぁ!?』
「……冗談よ。それじゃあレイジくん、行きましょう」
「ちょっと、勝手に行かないでくださいよ!!」
わーわーと騒ぎながら、さっさと町の中に入っていくレイジ達。
もはやカイリとヒメカは完全に忘れ去られており、そんな2人もあんなドロ沼現場に首を突っ込みたくないので黙っておく。
「……レイジ、大変だな」
人込みでレイジ達の姿が見えなくなってから、カイリは彼に同情の言葉を送ってあげた。
しかし助ける事はできない、下手に口出しすればこっちに飛び火するからだ。
「まったく、勝手な行動をして……」
いつものように呆れるヒメカだが――ここで、ようやくある事実に気づく。
(あれ……? 今、もしかしてカイリと2人っきり……)
瞬間、ヒメカの顔が真っ赤に染まる。
拙い、待った、えっ。
全然身構えていなかった、まさかここで彼と2人っきりになるなど想定外だ。
(お、落ち着きなさいヒメカ……こ、これは考えようによってはチャンスにならないかしら……)
邪魔者はいない、おまけに今は町中お祭り気分で雰囲気も悪くない。
こういった場所でデートをすれば、必ず思い出に残る。
カイリの性格からしてデートとは思わないかもしれないが、それでも互いの距離を縮める絶好のチャンスと言えるはず。
「あ、ああああの……カイリ」
恥ずかしい、おもいっきりどもってしまうなど普段の自分からは想像もつかない情けなさだ。
だが幸いにも、カイリはヒメカの様子に気づいた様子はない。
落ち着きなさい、ヒメカは精一杯自分に言い聞かせてから、勇気を出して声を出した瞬間。
「あの、わたしと――」
「こんにちは。カイリさん、ヒメカさん」
凄まじく間の悪いタイミングで、少女の声が耳に入ってきた。
「あれ……ミカン?」
声を掛けてきたのは、アサギシティにいるはずのミカンだった。
「どうしてミカンがこんな所に居るんだ?」
「はい、実はジムの皆さんから「たまには羽を伸ばしてきてください」と言われて……それでせっかくですから、アーリアのお祭りを見に行こうと思ったんです」
「なるほどなぁ……」
「あの、レイジさん達の姿が見えませんが……」
「あいつらは先に行っちまったんだ。……邪魔したら殺されそうだしな」
「? はあ……」
ぽつりと呟いたカイリの言葉の意味がよくわからず、ミカンは首を傾げる。
「…………」
一方、ヒメカは拳を握りしめ震えていた。
わかっている、彼女に悪気が微塵もないとわかってはいるのだ。
しかし、それでも邪魔された事には変わりなく……。
「邪魔しないでよ!!」
と、叫んでやりたい衝動に駆られてしまった。
「そうだ! もし宜しければ私がお祭りを案内してあげましょうか?」
「えっ、いいの?」
(ちょ―――!?)
それは困る、そんな事されたら今までの計画が全て水の泡に……。
「はい。私何度かこのお祭りに来た事がありますので」
「じゃあ頼むよ」
「はい!」
(あぁぁぁ………!)
バカイリのせいで、ヒメカの計画は粉々に砕け散ってしまった。
こうなってしまっては、もはや「いいです」なんて断る事などできない。
よしんば断ったとしても、理由を話す事ができない以上……もはや諦めるしかない。
「おーい、ヒメカ。行くぞー?」
「………………わかってるわよ」
後でバカイリはボコボコにしてやる。
密かにそう決心をしながら、ヒメカはカイリとミカンの後を追った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…………」
ヒメカは怒っていた。
それこそ、古い表現だが【ゴゴゴゴ……】みたいな感じである。
理由など説明するまでもないが、少し前に歩いているカイリとミカンのせいである。
(何よ……カイリってばだらしない顔して……)
彼の名誉のために言っておくが、断じて彼はだらしない顔などしていない。
ただヒメカがそう見えているだけで、特別変な事はしていないのだ。
――ミカンに変な意図などない。
彼女は親切だから、こうやって自分達を案内してくれているだけだ。
それはわかっている、だがそれでも……ああやって仲良さそうにさせるのは辛い。
(………子供ね)
そして、そんな事を考えてしまう自分が嫌になる。
「ヒメカさん、どうかしましたか?」
「……いえ、なんでもないわ」
ほら、案の定心配されてしまった。
「どうしたんだよ、さっきから元気ないぜ?」
(誰のせいだと思ってるのよ……)
そう言えたらどんなに楽か。
……いや、カイリだって悪くはないのだ。
自分とカイリは単なる幼なじみ、少なくとも彼の中ではそうだ。
だというのに、責め立てたり八つ当たりするのはそれこそお門違いというもの。
「……ごめんなさい、ちょっと1人にしてくれるかしら?」
言いながら、逃げるようにその場を後にしようとするヒメカ。
「お、おいヒメカ!」
そんな彼女の腕を、カイリは慌てて掴む。
「っ、カイリ……」
「お前マジでどうしたんだよ? さっきから様子が変だぞ」
「なんでもないから……」
「なんでもないように見えないから言ってんだろうが、何年幼なじみやってると思ってんだよ?」
「―――っ」
幼なじみ。
そうだ、所詮彼は自分の事など幼なじみとしてしか……。
「……バカみたい」
「は……?」
「なんでもないわよバカイリ、ただ疲れただけだから気にしないで」
振り払うように、カイリから離れるヒメカ。
「なっ、人が心配してんのにバカはないだろ!」
「ふふっ、バカイリだからバカイリって言っただけよ」
「な、なにーっ!!」
ぎゃー、と騒ぎ立てるカイリに、ヒメカは精一杯の笑みを浮かべる。
……今は、こうやって誤魔化すしかない。
軽く受け流せるほど自分は大人ではないし、かといって感情のままにカイリを責め立てる勇気もない。
なら――こうやって自分の感情を抑え込むしか道はないのだ。
「…………」
2人の様子を、ミカンはジッと見つめている。
(ヒメカさん、どうしたんでしょうか……)
カイリと同様に、彼女もヒメカの心中を理解できていない。
様子がおかしいというのはわかるが、それが自身に向けられた嫉妬だとは気づけなかった。
「さあミカン、早く行きましょう?」
「は、はい……」
いきなり声を掛けられ少しどもってしまうが、どうにか返事を返す。
その声色に、おかしな様子は見受けられない。
(気のせいだったのかしら……?)
カイリもミカンも気づかない、彼女が自分の感情を精一杯抑え込んでいる事に。
感情のままに口を開けば、2人を傷つけるからと自らを抑えている事に。
「ったく……よくわかんない所はカグヤに似てきたよな」
「カグヤが聞いたら怒るわよ?」
「大丈夫だよ。怒ったとしても、あいつすぐに忘れるから」
「あら、そんな事言ってもいいの? その事も全部話しちゃいましょうか……」
「おまっ、なんでバラす気満々なんだよ!?」
「口は災いの元、実際に痛い目に遭わないとわからないでしょ?」
「お前なぁ……」
うなだれるカイリに、ヒメカはようやく自然な笑みを浮かべられた。
(うん……大丈夫)
現金なものだ、こうやって彼と会話できただけで先程まで内側にあった黒い感情が薄れていくのだから。
「ミカン、案内してくれるかしら?」
ようやく、彼女にも笑顔を浮かべられた。
「はい、行きましょう」
ミカンもヒメカが元に戻った事に安堵しつつ、笑みを返す。
(せっかくのお祭りだもの、2人っきりになれないのは残念だけど……)
それでも、素直に楽しまなければ損というものだ。
そう思い、ヒメカは一度自分の心に蓋をした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…………」
レイジは困っていた。
周りの男達からしたら、困るどころか羨ましいと思えるような状況だが、彼にとっては困り事だ。
「レイジ、次はあっちに行ってみようよ!」
「レイジくん、次はあそこに行ってみましょう」
右からはシロナ、左からはカグヤに引っ張られ、自分の足で歩けていないのだ。
「……シロナさん、私とレイジはこっちに行くんですけど?」
「あら、私はレイジくんとこっちに行きたいのだけれど……」
「お一人で行ったらどうでしょうか?」
「レイジくんと一緒じゃなきゃ意味ないもの」
(僕の意志は?)
そう言いたいが、どうせ無視されるに決まっているので黙っておく。
諦めというのも大事だと悟ったレイジ15歳。
だが、別に引っ張られるのが嫌というわけではない、2人が楽しんでくれるというのはレイジとしても嬉しいから。
でも……先程から密着しているせいで、あまり居心地が良くないのだ。
いや、居心地が良くないわけじゃなく寧ろ心地良いと言えなくもないが、恥ずかしい事この上ないのも確かで。
何故か? それは先程から女性の象徴が腕にあたっているからである。
(最低だ……)
そんな事を考えてしまう自分に、軽い自己嫌悪を覚えるレイジ。
しかし彼も立派な男、そんな事を考えてしまうのも致し方ない。
「レイジくん、どうかした?」
「えっ!? あ、いや……なんでもないです」
シロナの端正な顔が眼前に迫り、おもわず頬を赤くして視線を逸らす。
(むっ……)
それを見て、カグヤはますます不機嫌になっていった。
(……どうしたのかな、なんでこんなにイライラするんだろ……)
シロナは自分にとって尊敬している先輩トレーナーであり、いつか越えなくてはならない壁でもある。
彼女の事は好きだ、飾らない人柄や親身になってくれる優しい性格などが。
でも……レイジが絡むとどうしても感情のコントロールが上手くいかない。
初めは気のせいだと思っていた、けれどレイジとシロナが2人だけでいるのを見ると……イライラする。
(私、ヤキモチ妬いてるのかな……?)
カグヤとて、嫉妬の概念くらいはわかる。
故郷のマサラタウンに居た頃は、同年代の女友達とそういう話をした事があるからだ。
その時はまったくもってよくわからなかったし、今だってわかったわけじゃない。
けれど、前々から薄々思っていたのだが……やはりこの感情は、嫉妬なのだろうか。
それならば話は早い、レイジとシロナが仲良くしているのを見て機嫌が悪くなる理由になる。
しかし……カグヤがレイジに対して抱いているこの感情が、恋慕なのかがわからない。
レイジは好きだ、大切な幼なじみで尊敬できる男の子でずっと一緒に居たいと思っている。
だがそれが恋なのか家族愛なのかが、カグヤにはわからなかった。
ずっと傍に居るのが当たり前過ぎて、自分の想いがどちらに傾いているのか気づけない。
思い悩むカグヤの様子に、シロナが気づく。
(本当に顔に出やすいのね、カグヤは……)
こう言っては彼女に失礼かもしれないが、今何を考えているのか手に取るようにわかってしまう。
根が純粋で素直だから、考えている事がすぐ顔に出てしまうのだろう。
しかし、こういう事に関してはレイジは一向に気づかないというのも、おかしな話である。
カグヤの事に関しては、驚くくらい鋭いというのに……。
(いえ……気づかない、というわけじゃないみたいね)
おそらく彼は気づいている、自分の意志でなのか無意識でなのかはわからないが。
だから、今思い悩んでいるカグヤに何も言わないのだろう。
……まあ、散々自分達があちこちに引っ張り回しているせいでもあるかもしれないが。
(……恋って、思ってた以上に難しいのね)
やはり、どんな物事も経験してみなければわからないと納得する。
――まあ、それはともかくとしてだ。
「レイジくん、行きましょう」
「あっ、ちょ、ちょっとシロナさん!」
今のうちに2人っきりになりましょう、そんな小狡い事を考えてしまうシロナ。
「こらーっ、勝手にレイジを連れていかないでくださいよ!!」
そうは問屋がおろさないとばかりに、反対側へと引っ張るカグヤ。
「………はぁ」
諦めたとはいえ、あまり良いものではない。
(僕は押しが弱いのだろうか、それとも周りに流されやすいのか……)
どちらにしても、男として情けない事には変わりないかもしれない。
そんな事を考えつつ、2人の引っ張り合いが終わるのを待つ事にして。
「――相変わらずの馬鹿面だな、お前は」
あまり聞きたくない類の声が耳に響き、レイジは表情を強ばらせた。
「君は……」
「…………」
口を開くなり、無言で睨んでくる少年。
忘れるわけがない。
彼は、あの時カイリのジャノビーの命を刈ろうとした……。
「――ケイジ」
隣に居るカグヤから、低く重い声が聞こえた。
「……あのザコはいないようだな」
「カイリのこと?」
「それ以外に誰がいるんだよ、オレに手も足も出なかったザコが」
「っ、相変わらず失礼な男ね!!」
食ってかかるカグヤだが、ケイジは気にした様子もなく鼻で笑う。
と、視線がシロナへと向けられた。
「……シンオウチャンピオン様がいるとはな」
「こんにちは」
向けられる敵意など無意味だと言わんばかりに、シロナは笑みを浮かべ挨拶する。
それが気にくわないのか、ケイジは視線を逸らした。
「君は、どうしてここに?」
「あぁ? 答えなきゃいけないのか?」
「いや別に、じゃあね」
別段気になったわけではなく、ただなんとなく訊いただけだ。
半ば予想通りの返事が返ってきたので、レイジはすぐさま2人を連れてその場から離れようとするが。
「ちょっと待て」
「……何? 別に君とこれ以上話す理由はないけど」
「お前、あの時見せた力はどこで手に入れた?」
「…………」
こちらの事情などお構いなしのケイジにため息をついた。
「そんなのわからない、僕だってどうして自分にこんな力があるのかわからないんだから」
「何だと……?」
「僕には幼少期の記憶が無い。どこで生まれたのかも親が誰なのかも知らないんだ。
だから、君の質問にはこう答える以外ないの」
「…………」
「これで満足? ならもう行かせて――」
「親が、いないのか?」
「育ての親はいる、でも……本当の両親は知らない。ポケモンしか住んでいない人里離れた森の中に居たから、捨てられたんじゃないの?」
あっけらかんと、他人事のようにそう告げるレイジ。
今更、そんな事実に何かを感じるほど引きずっていない。
それに今の自分は1人じゃないのだ、振り返れば自分を知ってくれる家族や友達がいるなら、気にする必要など微塵もないはずだ。
「…………」
「………?」
急に押し黙るケイジに、レイジは首を傾げる。
「――お前は」
「何?」
「………いや」
何か言いかけ、しかし勝手に中断するケイジ。
(はぁ……何なんだよまったく)
レイジとしては、もうこれ以上彼と関わり合いになりたくない。
いや、レイジ自身は別に構わないのだが……さっきから後ろで不機嫌全開の表情を浮かべているカグヤがいるのだ。
これ以上関わると、カグヤの堪忍袋の尾が切れかねない。
「おい、一つだけ教えろ」
「何……?」
「お前、親を恨んでいたりするか?」
「…………」
その声色は、今まで聞いたものとは違う、躊躇いがちなものだった。
――親を恨んでいるか。
何故、彼はそんな事を訊いてきたのか……彼の心中がわからない。
けれど、有無を言わせない雰囲気を感じ取り、レイジは問いに答えた。
「恨んでないよ」
ただ一言、はっきりと告げる。
「………何故だ?」
「何故って……恨む必要がないから」
「お前は親に捨てられたんじゃないのか? それなのに何故……」
「憎しみは憎しみを呼ぶだけだ。僕だってもちろん気になったよ、どうして僕は捨てられたのか。
でもね……憎しみを抱いたとしても、今も過去も変わる訳じゃない。
なら、僕は今の自分がちゃんと在るならそれで構わない」
自分自身に言い聞かせるように、レイジははっきりとした口調で告げた。
――憎しみを、抱くわけにはいかない。
あの感情は人を狂わせる、たとえどんな人間であったとしても、憎しみに身を焦がしてしまったらその末路は……悲しいものになってしまう。
だから、どんな事があってもレイジは憎しみを抱かないように己を律しているのだ。
「…………」
レイジの答えを聞き、ケイジはまるで尊いものを見るかのように彼を見つめていた。
「……君は、誰かに恨みを抱いているの?」
「……お前に話す意味はない」
冷たく言い放ち、その場から立ち去ろうとするケイジ。
「ケイジ!!」
「……お前、セキエイリーグに出るんだろ?」
「えっ……そ、そうだけど」
「………そうか」
一方的に質問され、困惑するレイジをよそに、今度こそケイジはその場から立ち去っていってしまった。
「……何なの、あれ」
「…………」
あの質問の意図は、何だったのだろうか。
結局わからずじまいだったものの……。
ケイジという少年にとって、何か意味のあったものだったのだろう。
それだけは、理解できた。
「ていうか、ジュンサーさんに連絡しなくていいの?」
「……やめとこう。そんな事する必要はないよ」
「でも……」
「大丈夫だよ。きっと大丈夫」
あの時、彼がやった事は決して許されるものではない。
でも、きっと大丈夫だと思えたのだ。
「カグヤ、レイジくんもこう言っているし、これ以上考えてもしょうがないわよ」
「むぅ……」
カグヤとしては納得できるものではなかったが、そこまで言われては引き下がるしかない。
「それより、祭りを楽しもうよ」
「…………そうだね」
ニコッと笑みを浮かべ、レイジに強く抱きつくカグヤ。
「ちょ、ちょっとカグヤ」
「えへへ……」
こうやって抱きついているだけなのに、たまらなく嬉しくなる。
(家族、だから?)
本当にそうなのだろうか?
(……まあ、いっか)
今は、この幸せを噛みしめていればいい。
(やるわね、カグヤ)
負けじと、シロナも抱きしめる力を強める。
「うっ……」
2人の行動と周りの視線で、顔が赤くなっていくレイジ。
端から見れば微笑ましく、幸せそうに見える光景であったが。
――終わりは、唐突に訪れる。
「――――」
どくりと、鼓動が響く。
(この、感覚は……)
ノイズのように頭の中に響き渡る何かの声。
今までよりも強いそれに、おもわず顔をしかめてしまう。
「レイジ?」
「どうしたの? レイジくん」
(……誰だ、僕を呼ぶのは)
近くから感じる違和感。
それが、だんだんとこの町に近づいてくる。
「っ」
たまらず2人の手から離れ、海辺へと向けて走り出すレイジ。
「レイジ!?」
「カグヤ、追いましょう!!」
すぐさまカグヤ達もレイジの後を追う。
(くっ………)
ノイズは痛みに変わり、海辺に近づく度に大きくなっていく。
確かめなければ、その感情のままに――海辺へと辿り着いた。
静かに波を作り、平穏そのものの青い海。
特におかしな点などは見受けられず、しかしレイジは感じていた。そして―――
「――――来る!!」
その言葉を口にした瞬間。
突如として水柱が立ち上り、何かがレイジの前へと倒れ込んできた。
「っ!!!?」
声にならない驚愕の声を上げるレイジ。
「レイジ、どうし――って、ええっ!!?」
「こ、これは!?」
追いついたカグヤ達も、海から飛び出してきた存在を見て、驚愕する。
――5メートルを超える巨体。
透き通った白い身体は、見る者を魅了するほど美しいものだが……今はところどころを赤く染め上げている。
「どう、して……」
そう呟かずにはいられない。
何故なら、目の前で横たわっている存在は……。
海の守り神と謳われる、伝説のポケモンである――ルギアだったからだ。
To.Be.Continued...