ポケットモンスター 〜The Legend of Master〜【完結】 作:マイマイ
仲間は散り散りになり……。
――波の音が聞こえる
静かな子守歌のように優しく鼓膜を刺激され、カイリはゆっくりと覚醒した。
「……うっ……」
初めに感じたのは砂が口に入った不快感。
すぐさま吐き出し、次に感じたのは身体の痛み。
しかしこちらは気にする程のものではなかったので、そのまま起き上がった。
「……ここは」
砂浜に倒れていた自分の状況を確認しつつ、カイリはすぐさま思い出す。
そうだ、ラティオスのギガインパクトを受けて、そのまま海に……。
「ヒメカ!!」
幼なじみの名を呼ぶ。
だが、周りにカイリ以外の人間はいない。
「レイジ、カグヤ、シロナさん、ミカン!!」
……彼の声に応えてくれる仲間はいない。
「……まさ、か」
――自分だけ、生き残った?
そんな考えを頭に浮かべてしまい、カイリはすぐさま振り払う。
(そんなわけねえ……あいつらが、そう簡単にくたばるかよ!!)
自分とてこの小島に流れ着いたのだ、ならば同じように他のみんなもどこかに……。
そう思い、カイリはすぐさまその場を離れ仲間達を捜し始めた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
走って走って、ただがむしゃらに走り続ける。
どれくらい走ったのか、肺は痛み喉が水分を欲しがってきた頃。
「っ、ミカン!!」
自分と同じように、砂浜で倒れている少女――ミカンの姿を視界に捉えた。
急いで駆け寄り、ミカンを抱き起こす。
「ミカン! おい、しっかりしろ!!」
呼びかけるが、返事がない。
(こ、こういう時は……そうだ、人工呼吸!!)
思い出し、すぐさま実行に移そうとして……はたと気づく。
……人工呼吸、別の名はマウス・トゥー・マウス。
すなわち、それを行うには唇と唇を重ねなければいけない。
「…………」
ちょっと待て。
緊急事態なのはわかる、だが……本当にいいのだろうか?
もしかしたら相手はファーストキスかもしれない、ちなみに自分はバリバリのファーストである。
だというのに、いくら人工呼吸とはいえそのような行いは、ひどく罪悪感を抱いてしまうというか……。
(って、そんな事考えてる場合じゃねえ!!)
別に自分はやましい気持ちがあるわけじゃない、ただ純粋にミカンを助けなければと思っている。
そうとも、ならば何を躊躇う必要があるというのか。
……少し言い訳のような気がするが、とにかくカイリはゆっくりとミカンの唇に。
「んぅ……」
(えっ……?)
ミカンの口から放たれる僅かな声。
それと同時に、彼女の瞳も開かれ……。
『――――』
唇が触れ合う数センチといった所で、互いの目が合ってしまった。
「…………」
「あ、いや……」
まだ状況がよくわかっていないミカンと違い、カイリは誤解を解こうとするのだが……言葉が出てこない。そして――
「き――きゃぁぁぁぁっ!!!」
「おぶっ!!」
耳をつんざくような悲鳴と共に、とんでもなく気合いの入ったビンタがカイリの頬に叩き込まれた。
その威力は凄まじく、ゴロゴロと砂浜を転がってしまうほど。
「な、何をしようとしていたんですか!?」
「待て待て! 誤解だよ誤解!!
俺はただ人工呼吸しようとしただけで、無理矢理キスしようとしたわけじゃないんだ!!」
「えっ……人工呼吸……」
そこでようやく、ミカンは自分の身に何が起きたのかを思い出した。
「………ここは?」
「わからねえ、たぶんアーリアからそう離れてない小島だろうけど……俺もさっき目が醒めたばかりだからな……」
「じゃあ、ヒメカさん達は……?」
「……まだ見つかってない。けどきっとみんななら大丈夫だ!!」
根拠はない、けれどそう信じるしか道はないのだ。
「……そうですね。私達だって無事でしたし……きっと大丈夫ですよね?」
「ああ!!」
……カイリもミカンも、己の中にある不安から目を背けるように、わざと明るい口調でそう言い合った。
と、空が暗くなり程なくして雨が降り始めてきた。
「とりあえず、どこか休める場所を探そう。
レイジ達を見つけなきゃいけねえけど、俺達が万全な状態じゃなきゃ意味がないからな」
「はい――いたっ」
立ち上がろうとしたミカンだが、突然うずくまり足を押さえた。
「どうした?」
「わ、わかりません……けど足が痛くて……」
「ちょっと見せてみろ」
そう言いながら、ミカンの足に手を伸ばすカイリ。
「あっ……」
「……腫れてはないから捻挫の類じゃなさそうだな、ちょっと足を挫いただけか……」
「あ、あの……カイリさん」
「ん?」
顔を上げ、赤い顔になっているミカンを見て……自分の軽薄な行動に気が付いた。
いきなり足をベタベタと触っているのだ、彼女にとって恥ずかしいことこの上ないだろう。
「わ、わりぃ!!」
「い、いえ……」
熱い顔と早くなる鼓動に躊躇いを覚えつつも、ミカンは不思議な感覚に感じていた。
確かに恥ずかしかった、けれど……嫌悪感や不快感などはない。
むしろ、心配してくれて嬉しいとさえ思えた。
「た、立てないか?」
「はい……ちょっと厳しいです」
「……そっか。じゃあ俺に乗ってくれ」
「はい……?」
ミカンに背を向け、しゃがみ込むカイリ。
「おんぶだよ、おんぶ」
「ええっ!?」
「しょうがねえだろ、歩けねえんだから。おんぶが嫌ならだっこにするか?」
「あぅ……じ、じゃあおんぶでお願いします」
おずおずとカイリの背中に乗る。
「しっかり掴まってろよ、行くぞ」
立ち上がり、砂浜から中央の森の中へと足を踏み入れるカイリ。
「…………」
逞しい身体、自分とはまるで違う“男”の彼に、胸が高まる。
(わ、私……どうしたのかしら)
こんな感情、今まで抱いた事がない。
顔は熱くなり、鼓動は高鳴り、けれど……暖かくて不思議な感覚。
彼と共に居られるのが、嬉しいと……そう思えたのだ。
「――おっ、あそこなんかよさそうだな」
歩き続けていると、洞窟を見つける。
中に入るとそこは狭く、けれど雨風は凌げそうだ。
「……くちゅん」
「大丈夫か?」
「は、はい……くちゅん」
くしゃみを連発するミカンだが、それは仕方ないかもしれない。
なにせ自分も彼女も服がびしょ濡れだ、早く乾かして身体を暖めなくては風邪を引いてしまう。
「ゴウカザル」
ボールからゴウカザルを取り出すと、洞窟の中がほのかに暖かくなる。
「ミカンの傍に居てやってくれ」
「あ、あの……カイリさんはどこへ?」
「燃やせる木々を探してくるよ、服を乾かさないといけないしな」
言いながら、外に出るカイリ。
(雨が強くなってきた……)
これは急がないと、自分も危ないかもしれない。
そう思い、カイリは少し歩くスピードを速めながら燃料になる木の枝などを探す。
(こういう時、レイジならもっと上手く立ち回れるんだけどな……)
そう思うと、なんだか情けなくなってくる。
(………レイジ)
彼は無事だろうか、無茶ばかりするから心配だ。
それに――ヒメカも。
いつもは気丈な彼女だが、その実とても脆い所があるのをカイリは知っている。
(泣いてねえよな……)
彼女が泣いている姿を想像するだけで、胸が締め付けられるように痛くなる。
(っ、こんなネガティブな事考えてどうすんだよ俺は!!)
今は皆の無事を祈り、そして自分のできる事をすればいい。
そう自分に言い聞かせ、カイリは再び燃料探しをしていると……。
「マスター!!」
「え―――」
前方からの声に顔を上げた瞬間、何かが抱きついてきた。
「カノン!!」
「マスター、よかった……無事だったんですね」
瞳に涙を滲ませるカノン。
「カノンも無事でよかった……。そうだ、他のみんなを見なかったか?」
「……いえ」
「そうか……」
どうやら、この島に居るのは自分とミカンだけのようだ。
しかし、カノンと再会できたのはとても嬉しい。
「カノン、ミカンも無事だったんだ。今は洞窟で休んでいるから一緒に行こう?」
「はい!!」
………。
「――カノンさん!」
「ミカン、無事でよかった……」
互いに再会した事を喜び合うミカン達を見つめながら、カイリはゴウカザルと協力して焚き火を作る。
「ゴウカザル、サンキューな」
「ウキッ!」
暖は採れた、しかし……まだ服は濡れたままだ。
もちろん乾かしたい、しかし身体を隠すようなタオルも予備の着替えもない以上、このままでいるしかない。
「くちゅん!」
「ミカン、大丈夫か?」
「は、はい……」
そう答えるものの、比較的軽装な彼女ではあきらかに寒そうだ。
「ほら、これでも羽織ってろよ」
上着だけは完全に乾いてくれたので、それをミカンの身体に掛けてあげた。
「いえ、そんな……カイリさんが風邪を引いてしまいますから」
「大丈夫だ。ゴウカザルもいるし、頑丈だけが取り柄だからな俺は」
とはいうものの、確かに寒い。
しかし、女の子であるミカンに風邪を引かれるよりはマシだと自らを奮い立たせる。
(……カイリさん)
彼の優しさ、彼の言葉が胸に染み込んでいく。
(嬉しい……)
彼に優しくしてもらう事が、こんなにも嬉しいと感じるなんて……。
――もっと、彼の傍にいたい。
まるで当たり前のように、ミカンの中でそんな感情が芽生える。
けどそれがおかしな事だとは思えない、むしろその感情すら嬉しいと思えた。
それは芽生え始めた僅かな恋慕、ミカンという少女が生まれて初めて抱いた異性への感情。
慣れない感情は、おとなしい彼女を大胆な行動へと移らせた。
「あ、あの……カイリさん」
「ん?」
「さ、寒いでしょうから……そ、その、えっと……」
「………?」
「く、くっ付いていれば……暖かいと思いませんか?」
「…………」
ポカンとした表情を浮かべてしまうカイリ。
一体、彼女は何を言っているのか。
「え、えっと……あぅ」
自分で言って恥ずかしがるミカン。
「あ、えっと……冗談、じゃないみたいだな……」
「………はい」
「いや……せっかくの提案だけどさ、さすがにそれはマズいと思うんだよ」
混乱する頭のまま、どうにか言葉を紡いでいく。
というか、彼女は一体どうしてしまったというのか。
「……嫌、ですか?」
「嫌とかじゃなくて、俺は男でミカンは女の子で」
「嫌じゃ、ないんですね?」
「えっと……まあ、そうだけど……」
「じゃあ……失礼します」
立ち上がり、おずおずとカイリの隣に座り込むミカン。
そして、そのまま頭を彼の肩に乗せ密着してきた。
「ミ、ミカンさん……?」
「…………」
ミカンは何も返さない、というより何か話す余裕など残されていなかった。
行動したのは自分だが、あまりにも大胆な行動に彼女の頭がパニックを引き起こしているのだ。
(わ、私ってばなんてはしたない……。
で、でも……カイリさんが風邪を引いてしまったら嫌だし……)
(い、一体どうしたんだよミカンの奴……。お、俺は一体どうしたら……)
それぞれ顔を真っ赤にしながら、しかしその場から動く事はなく身体を寄せ合いながら時を過ごす。
(マスター……青春してますね)
完全に空気と化したカノンとゴウカザルは、邪魔をしないようにと2人から離れ、静かにそう光景を見つめていた……。
………。
「……んっ……」
目を開ける。
……知らぬ間に眠っていたのか、外からは朝日が差し込んでいた。
「……すー…すー……」
すぐ隣で聞こえる寝息にぎょっとする。
(おいおい、マジかよこれ……)
どうやらあのまま眠ってしまったようだ、すり寄るような姿勢のミカンを見てある意味寿命が縮まった。
そのすぐ近くにはゴウカザルが眠っており……。
(……カノン?)
外に出ていたはずのカノンの姿が見当たらない。
ミカンを起こさないように離れ、洞窟の外へ。
すると、カノンの姿はすぐに見つかった。
「カノ―――」
彼女の名を呼ぼうとした瞬間。
彼女から感じる凄まじいオーラに、おもわず口を閉ざしてしまった。
……違う。
いつもの明るく、優しげな彼女とは。
今のカノンは、ラティアスと呼ばれる伝説のポケモンに相応しいまでの力強さを感じられる。
「……マスター、おはようございます」
「お、おぅ……」
いつもの笑顔を向けられ、先程とのギャップに面食らいながらも挨拶を返す。
「……マスター、もう少し休んだら行きましょう」
「えっ……」
一体どこに行こうというのか、そんな質問をする前にカノンは言葉を続ける。
「ルギアを助ける為に、ロケット団を止めなくては」
「……カノン」
それは、確かにそうだ。
あのような者達を、このままにしておくわけにはいかないという気持ちは、カイリとて同じ。
しかし……もしもう一度戦う事になれば、カノンは否が応でも兄であるラティオスと……。
「兄は私が止めます」
「…………」
「もう迷いません。他の誰でもない、私が兄を止めてみせます」
そこには、確かな決意が見て取れる。
カノンは、本気で自分がラティオスを止めると決意を固めたようだ。
「ですからマスター、兄と戦うのは……私にやらせてください。
ワガママなのはわかっています、でも……兄だけは」
「……わーってるよ。わかってるからそれ以上何も言うな」
「マスター……」
「でも、最後まで諦めたりすんなよ?
俺はラティオスを救いたいと思ってる、お前と同じようにな。
だから……何があっても最後まで諦めたりするんじゃねえぞ?」
「……ありがとうございます、マスター」
「よっしゃ、じゃあまずは腹ごしらえだな。その後出発するとしようぜ」
「わかりました。ああそういえば、昨日きのみが沢山実っている場所を発見したんですよ」
「よし、じゃあそれを朝メシにするか。案内してくれ」
「はい、こちらですマスター」
カノンに連れられ、食料調達へと向かうカイリ。
(レイジ、ヒメカ……そしてみんな、無事でいてくれよ……)
友や仲間の無事を考えながら、少年は再び戦いへと赴く。
――胸に確かな決意と覚悟を抱きながら。
To.Be.Continued...