ポケットモンスター 〜The Legend of Master〜【完結】 作:マイマイ
しかし、そんな彼等の前に現れたのは……1人の人間。
その人間が、レイジ達と死闘を繰り広げようなど……まだ誰も気づかなかった。
〈が、は―――!?〉
何の変哲もない、単なる右ストレート。
拳も鎧に覆われているから、人間同士ならば痛いかもしれない。
だが相手はポケモン、それもルカリオという強力なポケモンだ。
だというのに――何故アクセルはまるで弾丸のように吹き飛ばされ大木をなぎ倒しながら、森の奥に消えていったのか。
人間の、一撃で………。
「バシャーモ、ブレイズキック!!」
皆が目の前の光景に目を奪われる中、いち早く我に返ったケイジがバシャーモに指示を出す。
普通の人間に行えば、間違いなく死に至らしめるバシャーモの本気。
それを、目の前の黒い悪魔に叩き込んだ。
だが――またしても認められない現実が彼等を襲う。
――ブレイズキックが、止められた。
バシャーモの逞しい脚から繰り出された炎の蹴りが、呆気ないまでに受け止められたのだ。
それも、
間髪入れず、アスはバシャーモを掴んだ腕を振り上げ地面へと叩きつける。
その衝撃は凄まじく、バシャーモの身体全てが地面に沈んでしまうほど。
「バシャーモ!!」
「っ、ティナ、サイコセイバーだ!!」
もはや、アスと呼ばれたあの人間は普通ではないと認めるしかない。
ポケモンの力を借りねば、あっという間に全滅するという事実も、認めなくてはならない。
ボールから飛び出すと同時に、ティナは両手に握った双剣を十字に振り下ろす。
それを、同じく十字に構え真っ向から受け止められてしまった。
〈っ!!?〉
「なっ………!?」
「な、なんでだよ……俺は夢でも見てんのか!?」
カイリの叫びは、自分達の気持ちを代弁したものだった。
いかに強固そうな鎧で身を包んでいたとしても、本気になったティナのサイコセイバーをまともに受け止めるなど、もはや正気の沙汰ではない。
考えられる理由としては、あの鎧に何か秘密があるとしか……。
「坊や、アナタは波導遣いというのを知っているかしら?」
「波導、遣い……」
――波導遣い。
それは文字通り、波導という目に見えない力を操る特別な存在。
ルカリオなどがそれに該当し……ごく稀にだが、人間も波導を操る事ができるらしい。
その力は凄まじく、話によれば生身でポケモンと戦う事ができるほどの力が……。
「…………まさか」
「そう、そのまさかよ坊や。このアスは貴重な波導遣い。
それも……薬によって極限まで強化された、最強の波導遣いよ」
「薬、だって……!?」
「元々は強化人間プロジェクトの一環で作られていたのだけど……偶然実験台になる波導遣いが手に入ってね。
限界ギリギリまで薬漬けにしたら、こんなにも強くなっちゃったの」
「――――」
フレアの言葉に、レイジは思考を凍らせる。
薬漬け、何故そんな非道な事を平然と……。
〈きゃあ!?〉
押し負け、空中に投げ出されるティナ。
それを追撃する為、アスは跳躍しようと足に力を込めた瞬間。
「ドダイトス、リーフストーム!!」
ケイジのドダイトスのリーフストームが、アスの身体に直撃した。
まともに受け、煙が視界を塞ぐ中。
「っ、避けて!!」
ぞくりと、全身が総毛立ちそう叫んだレイジの声と同時に。
煙から勢いよく飛び出したアスの蹴りが、ドダイトスの巨体を吹き飛ばし木に叩きつけた。
「ドダイトス!!」
バシャーモとは違い、一撃で倒れはしなかったものの、ドダイトスのダメージは甚大だ。
――異常、などという言葉では片付かない。
それ程までに、目の前の存在はただ圧巻だった。
「…………」
再び動き、今度はドダイトスへ視線を向けるケイジの首を跳ねようと腕を伸ばし。
「ぐぁっ!?」
間一髪、彼の身体を押しのけたレイジによって虚しく空を切る事に。
しかし、掠っただけでレイジの肩から鮮血が舞う。
「レイジくん!!」
「ゴウカザル、マッハパンチ!!」
「レジェンド、ほのおのパンチ!!」
同時にゴウカザルとレジェンドを繰り出し、挟み込むように必殺の一撃を繰り出す。
それをしゃがんで避け、アスはカウンターの一撃を同時に叩き込んだ。
吹き飛ばされるゴウカザル達だったが、どうにか踏みとどまり――あの力を解放させる。
「ゴウカザル、オーバードライブ!!」
「レジェンド、もうかを発動しろ!!」
両者、凄まじい炎をその身に宿し、今度こそ決める為に全力で対峙する。
「ブルーフレア・バースト!!」
「シャイニングフレア!」
蒼き炎と白き炎が混ざり合い、アスに直撃。
凄まじい爆音と熱風を巻き起こし、空気中の水蒸気が蒸発して視界が白く染まってしまう。
「やったか………!?」
今の一撃は確かに届いたはず、むしろあの一撃をまともに受けて原型を留めていたとしたら……あれは人間ではない。
「――凄いわね。これだけの炎を繰り出す事ができるとは思わなかった。でも…それだけじゃまだ足りないわ」
「――――」
煙が、少しずつ晴れていく中。
ガシャンと、金属音が中から響き渡ってくる。
そして…レイジ達の表情が固まった。
「……嘘、だ、ろ……?」
震える声で、カイリはどうにかそれだけを口にする事しかできない。
――生きている。
黒い鎧は原型を留めないまでに破損しているが、アスはまだ……生きていた。
「…………」
無言で、ボロボロになった鎧をパージする。
黒い兜も脱ぎ捨てられ、ここでようやくアスの顔を見る事ができた。
一番初めに驚いたのは、まずアスが年端もいかぬ少女だということ。
亜麻色の髪に、無機質な青の瞳は完全にハイライトを失っている。
線は細く、本当に目の前の少女がアスなのかと疑いたくなった。
「あら凄い、あの鎧はポケモンの攻撃に耐えられるほどの強固なものだったのに。
しかも波導の力で更に硬さを増していた状態で、よく破壊できたわね」
「女の子……?」
「波導遣いだから、いかつい男だと思ったの?」
「…………どうして」
「………?」
「どうして、こんな事を平然とやってのける!? まだ子供なのに、どうしてこんな……」
「仕方ないのよ坊や、ボスの命令だから」
「ふざけるな!! 仕方ないなんて理由で許される事なんかじゃない!!」
こんな事をするなど、悪魔としか言いようがない。
だから許せない、許すわけにはいかない。
「…………坊やは本当にまっすぐなのね。羨ましいと思えるくらい……」
「えっ……」
「けどね坊や、この世の人間全てが坊やのような優しい人間というわけじゃないの。
それに……誰もが坊やのように他人の為に生きられるほど強くはないのよ」
それは、一体誰に向けられた言葉だったのか。
後悔するような、どこか寂しげな瞳を宿し……フレアは言った。
「ラティオス、ラスターパージ!!」
「カイリュー、はかいこうせん!!」
「っ、待っ―――」
後ろから放たれる攻撃。
それはまっすぐアスへと向かい……彼女は腕を交差させて真っ向から受け止めた。
地面を削りながら、少しずつ後ろに下がっていくアス。
しかし、すぐにアスはラスターパージとはかいこうせんの同時攻撃を完全に防ぎきった。
「そんなバカな、こんな事が………!」
「ガブリアス、ドラゴンダイブ!!」
「エンペルト、ドリルくちばしです!!」
今度はシロナとミカンが攻撃を仕掛ける。
ガブリアスのドラゴンダイブと、エンペルトのドリルくちばし。
それを、アスはカグヤ達の時のように再び真っ向から受け止める。
「っ、そんな……まだ届かないなんて」
「ならカノン、お前も手伝うんだ!! はかいこうせん!!」
「サンダース、かみなり!!」
更にカノンとサンダースの攻撃も加わり、あまりの威力に再び大爆発が起きた。
あれだけの同時攻撃を受けたのだ、もう自分を守る黒い鎧はない、だから今度こそアスは……。
「っっっ」
再び、レイジ達の表情が凍りつく。
……まだ、生きている。
全身から血を流し、自分の周りの地面を赤く染めながらも……アスは未だに健在だった。
「……不死身か、奴は」
「………なるほど、これは予想外にいいデータが取れたわ」
(……データ?)
「アス、もう遊びは終わりにしましょう。――はどうだんで決めてしまいなさい」
フレアを指示を受け、アスは足に力を込めながら両手をレイジ達に向けて突き翳す。
すると――彼女の周りには複数のはどうだんが現れる、その数たるや十や二十ではきかない。
更に、その大きさはアクセル達のそれより大きく上回っている―――!
「みんな、早く逃げるんだ!!」
「遅いわよ、坊や」
放たれるはどうだん。
レイジの声は撃ち出された音にかき消され、都合四十近い巨大なはどうだんが、雨のようにカイリ達へと降り注ぐ。
爆音が、衝撃が全てを呑み込んでいく。
自分は夢を見ているのだろうか、そんな現実逃避のような考えを思考に張り巡らしながら。
レイジは、迫り来るはどうだんの雨を、見つめる事しかできなかった。
………。
パチパチと、何かが爆ぜる音で、レイジは目を醒ます。
どうやら気絶していたらしい、全身に激しい痛みが走るが、どうにか生きているし動けるようだ。
のろのろと起き上がり、現状を確認しようとして……レイジの思考は凍り付いた。
「――――」
声が、出ない。
レイジの後ろ、すなわちカグヤ達が居た場所はただの地獄と変わっていた。
まず第一に、誰も立っておらず地面に沈んでいる。
その地面もまるで隕石が落ちてきたかのように、幾つものクレーターができあがりあのはどうだんがどれだけの威力があったのかを物語っていた。
ポケモン達もまた、誰もが倒れ……生きているのか確認できない。
「――まだ全員生きているようね。はどうだんが命中する直前にポケモン達が盾になった……なるほど、素晴らしい友情だこと」
「チッ、悪運だけは強いみたいだな」
対するフレア達は勝利を確信したのか、いつもの調子を崩さない。
……絶望的な状況だ。
完全に、こちらの敗北だと認めなくてはならなかった。
「さてと……坊や、これでわかったでしょ? アナタはワタシ達についていくしかないの。
坊やがこれ以上抵抗せずに来てくれるのなら、トドメはささないでおいてあげるわ」
「…………」
それは、とてつもなく甘い誘惑だった。
おそらくフレアの言葉に嘘偽りはない。
自分がおとなしくついていけば……カグヤ達の命は助かる。
そう――自分が犠牲になれば彼女達は。
「……そんな、事……絶対に、させない……!」
「レイジくん、は……つれていかせない、わ」
「―――っ」
「あら……まだ意識があったの?」
つまらなげにそう吐き捨てるフレアの視線の先には、傷だらけになりながらも立ち上がるカグヤとシロナの姿が。
息も絶え絶え、意識を保っているだけで精一杯のはずなのに、彼女達はレイジを助ける為に立ち上がった。
「ケッ、そんなボロボロの状態で一体何ができるんだよ!!」
「絶対に、行かせないわよレイジくん………!
貴方は、私達の傍に居てくれなきゃ……ダメなんだから!!」
「そう、だよ……レイジが居なかったら、私……泣いちゃうんだから!」
「…………」
自分を犠牲にするな、と。
そんな悲しい選択をするなと、彼女達は必死に訴えている。
「―――っっっ」
その気持ちは、踏み躙るわけにはいかない。
彼女達が望まないのならば、そんな決意は無駄でしかないと。
だから、レイジは緩みかけた自身をしっかり正す。
「――ああ、そうだね」
「………?」
「君達が望まないなら僕は……最後まで諦めないよ」
そう告げて、レイジは真っ向からフレア達と対峙する。
「……テメェ、ここまで痛めつけられてまだわからねえのか?
お前達は負けたんだよ、ならこのままおとなしく」
「まだ、手はある」
左手で右腕を掴み、アスに向けて翳した。
それを見て、マーダは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「ハッ、何をするかと思えば……テメェの力なんぞ通用しねえよ。大体それはポケモンにしか効果は」
「そんなもの、やってみなければわからない。それに……最後まで、諦めたくなんかないから」
彼女達は、最後まで諦めない選択をした。
ならば、自分も同じ道を歩まなくては嘘になる。
だから……試せるものはなんだって試さなくては。
(……遠くからじゃダメだ、避けられる可能性がある。なら――直接この力を叩き込むしかない!!)
地を蹴り、真っ直ぐアスへと向かっていく。
その動きはいつもの彼とは違い遅く、けれど迷いなどないものだった。
そんな彼にも、アスは容赦しない。拳を握りしめ、彼の頭蓋を砕こうと突き出し。
「―――っ」
紙一重で避け、瞼の上が切れ鮮血が舞う。
それには構わず、隙を見せたアスに、自分の手を置くレイジ。
(届け―――!)
そして願いを込め、力ある言葉を解き放つ。
「――在るべき姿に還るんだ!!」
瞬間、眩い光がアスとレイジを包み込む。
「うぉっ!?」
「くっ!?」
おもわず目を逸らすフレアとマーダ、しかし光は収まるどころかその勢いを増していく。
「こ、これは……!?」
違う、この間見た光とは規模も輝きも。
前よりも、遥かに凄まじい。
(届け、届け………!)
手を押し出し、力を解放し続ける。
……その度に、自分が消えていくのが実感できた。
まるで力の代償だと言わんばかりに、“レイジ”という個人が消えていく。
だが、それでも構わなかった。
目の前の何の罪もない少女を救えるのなら、自分という存在が削られても問題は……ない。
だけど、一つだけ問題があるとするならば。
――大切な人達すら、自分の頭の中から無くなってしまう事くらいか。
「―――――、ぁ」
心が、砕けそうだ。
もう保たないと、身体が訴えている。
(もう少し……もう少しで……)
消えていく心にも関心はなく、ただ目の前の少女を救う事だけを考えて。
レイジは、己が力の全てを解き放った――
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光は眼球を焼き、暫し視界を奪っていく。
けれど現状を知るために、フレアとマーダはレイジ達へと視線を向け。
「なん、だと……!?」
驚愕の現実を、目の当たりにした。
「…………ふぅ」
ほっとしたような息を吐くレイジ。
……傍らには、彼に寄りかかり目を閉じているアスの姿が。
そう、届いたのだ。
誰もが、レイジ自身ですら届かないと思っていた力がアスに届き、呪縛から解き放たれた。
尤も、これから少しずつ体内に残った薬を除去していかなければならないが……最悪の結果にはならないだろう。
(何てこと……! 坊やの力はここまで強大だなんて……!?)
予期せぬ結果に、フレアも焦りの色を隠せない。
しかし、マーダの口元には邪悪な笑みが。
「小僧、確かにお前はよくやったよ。だがな……もう力なんて使えないだろ?
頼みのポケモン達も全員戦えない、後ろの2人は動く事すらできない。
――どの道、オレ達の勝ちは揺るがねえんだよ」
「くっ………!」
身体に力を込めるシロナだったが、どんなに頑張っても動いてはくれず、それはカグヤも同じだった。
ポケモン達も、先程の攻撃で自分達の盾になってくれたので、もう戦う力は残されていない。
ここまでか、そう諦め掛けたその時。
「……僕には頼れる友達が居るから、絶対に負けたりしないよ」
穏やかで、それでいて力強い口調でレイジはそう言った。
瞬間――
「ぐは―――っ!?」
くぐもった悲鳴は、マーダの口から放たれる。
彼だけではない、他の団員やポケモン達からも悲鳴が上がる。
「これは……!?」
見覚えがある、あれはサイコウェーブだ。
しかし、レイジ達のポケモンは全員戦闘不能になっているはず、だというのにこれは……。
「…………」
レイジを守るように、三体のポケモンが彼の周りに浮いている。
それは――伝説のポケモンであるアグノム、ユクシー、エムリット。
その三体が、このエイチ湖に集結していた。
「……ありがとうみんな、本当にありがとう」
慈しむように、アグノム達を優しく撫でる。
気にしなくていいよ、アグノム達はニコッと笑みを浮かべながらそう返してくれた。
「……わかっただろフレア、こいつは……確実に始末しなきゃいけない人間だ。
こいつを野放しにしていたら、いつかオレ達の方が足元を掬われる羽目になるぞ!!」
「…………」
「……もう、やめにしませんか?」
これ以上、自分達が争う必要はない。
戦わずに、分かり合おうとレイジは歩み寄る為に言葉を紡ぐ。
(………綺麗ね、坊やは本当に……)
眩しくて、直視できない程に、彼の心は澄んだ美しいものだ。
だから、そんな彼の言葉は確実にフレアの心を揺さぶっていく。
頷けと、彼の言葉を肯定してしまえと、内なる自分が訴えかけるが……。
それでも、もう戻れないところにまで来てしまったのだ。
「……ごめんなさい坊や、残念だけど……坊やの言葉には頷けないわ」
「…………」
「だけど、ワタシのような救いようのない人間にまでそう言ってくれたのは……嬉しかった」
ごめんなさい、もう一度謝罪の言葉を口にしてフレアは自分の懐から何かを取り出す。
それは球状の物体、小さなボールのようなものを手に取り、おもいっきり地面に叩きつける。
瞬間、網膜が焼けてしまいそうな閃光が走り、おもわず顔を隠す。
そして暫くして、視力が回復した時には……フレア達の姿は、虚空へと消えていた。
「……………」
逃げられた。
いや……逃がしてしまったと言った方が正しいかもしれない。
「ぁ、――――っ」
頭にノイズが走る。
自分自身を維持するために、座り込んだ。
「レ、レイジくん……」
「……ユクシー、アグノム、エムリット。悪いけど、力を貸してくれないか?」
情けない話だが、もうまともに動けないのだ。
それどころか、このままでは自分の心が……。
「っ」
余計な事は考えるな、自分をしっかり保て。
必死で自分に言い聞かせる、何故ならそうしなければ自分が消えてしまうから。
そうこうしている間に、アグノム達がサイコキネシスで全員をぷかぷかと宙に浮かせている、これだけの数を難なく運べるのは流石と言うべきか。
「それじゃあ、カンナギタウンのシロナさんの家までテレポートをしてくれ。場所はわかるね?」
こくりと頷き、テレポートの準備に入るアグノム達。
そして、テレポートによって移動する瞬間。
(………人は、生きているべき存在なの?)
レイジは、人の存在価値について一人自問していた。
To.Be.Continued...