ポケットモンスター 〜The Legend of Master〜【完結】 作:マイマイ
しかし傷は深く、休息をとるため一行はカンナギタウンへと赴いた。
カンナギタウンにある、シロナの実家。
そこで、1人の少女が楽しそうにニコニコしながらある部屋に向かっていた。
その手には、朝食と思われる食事が置かれたトレーを持っている。
彼女の名はイリナ、チャンピオンシロナの実の妹である。
シロナをそのまま幼くそして小さくした容姿は、将来性を充分に感じさせるほど整ったものだ。
金糸の髪もシロナによく似ており、特徴的……というか、はっきり言って変わった髪飾りも姉と同じもの。
目的の場所に辿り着き、ドアを数回ノック。
「お兄ちゃーん、入るね?」
訊いておきながら、許可を貰わずに部屋へと入るイリナ。
そして部屋の中には、痛々しく頭や身体に包帯を巻きベッドの中で上半身だけを起こして窓の外を見ているレイジが、来訪者を迎え入れてあげた。
「おはよう、イリナちゃん」
「おはようお兄ちゃん、朝ごはん持ってきたよ」
言いながら、トレーをレイジに渡すイリナ、受け取りながらも彼は苦笑を浮かべ口を開く。
「自分で取りに行ったのに……」
「ダメだよ。お兄ちゃんは重病人なんだから」
「そうかな? そんな事ないと思うけど……」
「そんな事あるから言ってるの! まったくもぅ……しょうがないお兄ちゃんだなぁ」
頬を膨らませるイリナに、レイジはついつい苦笑を浮かべてしまう。
こういう所は、姉妹共々変わらないらしい、シロナもこうやって拗ねた事があるのだ。
「むっ、何笑ってるのお兄ちゃん?」
「何でもないよ。それじゃあいただきます」
「はい、召し上がれ」
早速持ってきてもらった朝食を口に運ぶレイジだが……。
……何故か、先程からイリナが自分が食事をしている所をジッと見てくるので、正直食べづらい。
「あの…イリナちゃん、そんな風に見られてると食べづらいんだけど……」
「イリナの事は気にしなくていいよ?」
(気にするから言ってるんだけど……)
だがしかし、ニコニコと笑みを浮かべているイリナにこれ以上強く言うのは可哀想だと思い、気にしない事にした。
そんな彼を、イリナはただジッと見つめ続ける。
(お姉ちゃんの王子様……うん、顔よし性格よしで文句ないね)
勝手に心の中でレイジに対する査定を行うイリナ。
と、外からイリナにとってすっかり聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ピカピー!」
〈お父様ー!〉
「ん……?」
視線を窓の外に向けるレイジとイリナ、すると自分達に向かって手を振っているヒカリとティナの姿が。
しかし、ヒカリはともかくティナはいつもと違う格好をしている。
首にはマフラーを巻き、頭には白いニット帽を被り、そして足には……。
「……スケート靴?」
そう、靴底にブレードが装着された所謂スケート靴を履いているのだ。
よく見ると、彼女達が立っている場所は氷の上。
どうやらスケートを楽しんでいるようだ、少し離れた場所ではカイリ達も滑っている。
みんな怪我が治ったばかりだというのに、元気なものだ。
〈きゃん!!〉
いきなり可愛らしい悲鳴を上げ、見事にすっ転びお尻を強打するティナ。
どうやらスケートは苦手なようだ、なんでもそつなくこなす彼女にしては珍しい。
「楽しむのはいいけど、はしゃぎすぎて怪我しないようにねー?
それと、ルギア達が変な事しないように見張っておいてよ?」
〈大丈夫ですよ。ルギアはかまくらを作って縮こまってますからー〉
「………なるほど」
それならば大丈夫そうだ、しかしルギアは意外と寒さに弱いのだろうか、海の神様なのに。
楽しんでねー、そう言うと顔を引っ込め再び食事を開始する。
参加したいのは山々だが、あいにくとまだ怪我が治っていないので諦めるしかない。
――エイチ湖の事件から既に4日。
他のメンバーは1日で治る程度の軽い怪我だったのだが、レイジだけはそうはいかず、2日間眠り続けた。
更に怪我も重く、今もまだ傷口が塞がっていない。
しかし、その殆どはあの波導遣い――アスとの戦いによって生まれた傷ではない。
(……力の反動が、大きくなってる)
そう、これはあの力を使った代償によるもの。
今まではそんな事などなかった、頭痛などの後遺症はあったものの、このように身体が傷つくなどという事は……。
それに、これはもちろんみんなに話してはいないのだが。
レイジ自身の記憶が、曖昧になっている。
少しずつ、けれど確実に過去の記憶が文字通り消えているのだ。
どんなに思いだそうと記憶の引き出しを探っても、その引き出し自体が消えている。
こんな現象、話せるはずがなかった。
「――ちゃん、お兄ちゃん!!」
「っ、あ……何?」
イリナの声で我に返る、情けない……こんな小さな子に心配そうに見つめられている事に気づき、レイジは内心己を罵倒した。
そんな彼の心中に気づかないイリナは、ようやく返事を返してくれたレイジに頬を膨らませながらも、気になっていた事を口にした。
「お兄ちゃんって、お姉ちゃんとキスした?」
「ぶっ―――!?」
おもわず、口の中に入っていた食べ物を盛大に吹き出しそうになってしまった。しかしどうにか耐えた事にレイジは自分へ賞賛を送ってやりたい。
と、どうでもいい事を考えながら視線をイリナへと向ける。
「イ、イリナちゃん……何をいきなり……」
「だって、お兄ちゃんとお姉ちゃんって恋人同士なんでしょ?」
「そんなの、誰から聞いたのさ……」
「聞いたわけじゃないけど、お姉ちゃん前に「王子様が現れた」とかメルヘンチックな事を言ってたから……」
何を言ってるんですかシロナさん、レイジはこの場にいない彼女に問いかけたくなる。
しかし、シロナの中ではレイジと恋人同士……になる未来しかないので、少なくとも彼女の中では嘘にはならない。甚だ迷惑な話である。
「イリナちゃん、僕とシロナさんは恋人同士じゃないよ……」
「えー……違うの?」
「違うよ。っていうか何でそんなに残念そうなのさ?」
「だって、ようやくお姉ちゃんに春が来たのかと思ったのに……」
さりげなく暴言を吐くイリナだが、幸いにもここにはレイジしか……。
……レイジしか、いない“わけ”ではなかったようだ。
「…………」
レイジの顔が固まった事に、イリナは訝しげに首を傾げる。
一体彼は何を見ているのか、視線の先はこの部屋の入口の方だが……。
イリナもそちらに視線を向けて……固まった。
「……イリナ、誰がいつまで経っても寂しい青春しか送ってない年増ですって?」
誰もそんな事は言ってないし思ってもいないが、シロナの中ではイリナの発言がそう聞こえたようだ。あんたどんな耳してるの?
明らかに私怒ってます、そりゃあもうハードマウンテンの噴火のように怒ってますといわんばかりの表情を浮かべ、シロナは素早くイリナの身体を腰から抱きかかえる。
「レイジくん、ゆっくり休んでね? ――イリナは、少しお姉ちゃんとお話しましょうか?」
レイジには満面の笑み、イリナには悪魔の笑みを浮かべるシロナ、まるで百面相だ。
「ま、待ってよお姉ちゃん!! 確かにイリナはお姉ちゃんがあまりにも男が寄り付かないから大丈夫かなー、とか。このままじゃ変に暴走して女の子が好きになっちゃったりしないかなーとか思ってたけど、別にお姉ちゃんを年増とかそんな風に思ってないよ!?」
……口は災いの元、とはよく言ったもので。
イリナは今、自分がどれだけ失礼な事を口走ったのか自覚していないらしい。
そしてシロナは、額に青筋を浮かべながらイリナと共に部屋から出て行った。
――数分後、イリナの悲鳴がカンナギタウン全体に響き渡ったのはまた別の話。
一方、カイリ達は久しぶりにスケートを楽しんでいた。
なにせレイジが治るまでこのカンナギで足止めなのだ、彼には悪いがゆっくりさせてもらおう。
と、少し離れた場所から情けない声が聞こえてきた。
「カ、カイリさ〜ん」
声の主はミカン、いつものワンピース姿ではなく白いコートとマフラーを身につけ、足には当然ながらスケート靴を履いている。
しかし、その格好はまるで生まれたての動物のようにプルプルとしていて危なっかしい、今にも転んでしまいそうだ。
だがそれも無理はない、ミカンは今回初めてのスケート体験なのだ、むしろこんな格好ながらまだ一度も転んでいないのは褒められるべきである。
そんなミカンに苦笑しつつ、慣れた動きであっという間に彼女の元へ。
そして転ばないようにしっかりとミカンの手を握るカイリ、当のミカンは彼の行動に僅かながら頬を赤く染め上げる。
「転んでも構わねえから少しずつ慣れていこうな?」
「は、はい……」
おもわぬ役得に、ミカンは内心ガッツポーズをする中、そんな彼等を面白くなさそうに見つめるヒメカ。
ようするに嫉妬、自分以外の女の子に優しくするのが気に入らないだけなのだが、ヒメカはいつものようにカイリへと八つ当たりはせず、ただ黙って彼等を見つめていた。
今回ばかりは仕方ない、ミカンはスケートが初めてだし、カイリもなんだかんだで面倒見がいいから、自然とああなるのはわかっていた。
……面白くないが、ここは我慢しよう。それに後で甘えればいい……そこまで考えて、ヒメカは顔を赤くさせる。何を考えているのか……。
「ヒメカ、何顔を赤くしてるの?」
久しぶりに人間形態になり、スケートを楽しんでいるカノンがヒメカの様子がおかしいと話しかけたが、トリップしている彼女には届かない。
どうでもいいがカノン、いくら人間より遥かに身体が屈強とはいえ、半袖にスカートで雪が降る中スケートをするのはどうかと思う。
「――みんな楽しんでるね」
彼等から少し離れたリンクの外で、カグヤはのほほんとカマクラの中で様子を見ながらお茶を啜る。
ちなみに、ちゃんと餅も用意してみた。もうすぐ焼けそうだ。
「カグヤ、お前は楽しまなくていいのか?」
カマクラの中には入らずに、カイリ達を見守っているロストはそう問うが、カグヤは首を横に振って言葉を返す。
「だって、レイジがいないのに遊んでもつまらないよ」
「はっ、お前あいつに依存しないと生きていけないのか?」
小馬鹿にしたようなケイジの言葉にも、カグヤはうん、とすぐさま頷く。
依存しているという自覚はあるし、そんな事でいちいち目くじらを立てていてはケイジと会話するのは不可能だ。
「ところでケイジ、何で居るの?」
身も蓋もないような物言い、彼女にしては素朴な疑問だったのだが、言い方がいまいちアレなので、さすがのケイジも顔を引きつらせる。
「……居たら悪いのか?」
「もぅ、すぐそうやってひねくれた言い方するんだから……」
「……いや、今回ばかりはお前が悪いぞ、カグヤ」
何で居るの、なんて言い方をされれば誰だってそう思う。
先程も言ったが彼女に他意はない、しかし……もう少し言い方を考えた方がいいとロストは思った。
「それで、何で居るの?」
「……カリを返したいからだ、あのロケット団とかいう奴等にな。
お前達の近くに居ればあいつらはまた現れるだろう? なら……暫くは行動を共にさせてもらうぞ」
「ふーん……」
なんだかんだで、ケイジも結構根に持つタイプらしい、ちょっとズレた感想を抱くカグヤ。
――スケートを楽しむポケモン達。
早くも慣れてきたのか、ティナは既にスイスイと滑っている。その姿は美しく周りからの視線を集めていた。
と、彼女のお尻に何かがぶつかってくる。
何事かと振り向いてみると……そこにはプルプルと顔を横に振っているソウルの姿が。
〈ソウル、大丈夫ですか?〉
〈う、うん……ごめんねティナ、急に止まれないんだ〉
〈仕方ありませんよ。それよりルギアはおとなしくしていますか?〉
〈さっきくしゃみを連発しながら寒い寒いって言ってたよ。それとね、リオンは散歩に言っちゃった〉
〈なるほど……〉
リオンもルギアも、どうやら問題を起こす事はなさそうだ。ならもう少し遊んでいても大丈夫だろう。
そう思い、ティナはもう少しスケートを楽しもうとしたところで……動きを止める。
彼女の視線の先には……ミュウツーが腕を組みながら、静かに空を見上げていた。
〈ミュウツー、どうかなさいましたか?〉
「…………」
ティナの言葉にミュウツーは答えず、僅かにムッとなったが気にせず横に立つ。
そこでようやく彼女の存在に気づいたのか、ミュウツーが口を開いた。
「………何だ?」
〈もぅ……無視するのはよくないですよ。それより、何を黄昏ているのですか?〉
「…………」
(また無視ですか……)
聞こえないようにため息をつきつつ、ティナはミュウツーから離れようとして……彼から、問いかけられた。
「――おい」
〈はい?〉
「……お前、もしレイジが殺されそうになったら……そいつを殺すか?」
なんとも物騒で、唐突もない質問。
突然の問いかけに訝しげな表情を浮かべるティナだったが……律儀にその問いの答えを口にする。
〈殺しますよ〉
はっきりと、迷いのない声で。
「………意外だな。あのレイジのパートナーだから、甘い答えが返ってくると思ったが……」
〈……確かに、お父様は誰かを殺めるなどという事は、たとえどんなに救いようのない者でも望んではいません。
ですが……わたくしにとってお父様は全て、だからそんなお父様を奪おうとする者は……たとえ誰であっても、許すわけにはいきません〉
こんな考えは、間違いでしかない。
なによりレイジがそれを望まない、しかし……ティナは彼ほどに善を貫き通す事はできない。
他者の命を奪う、それはこの世界において許されない最大の業。それを犯してしまえば……彼は絶対に悲しむ。
そんな事はしたくない、したくないが……彼を守る為ならば、そのような業など簡単に背負える。
「……お前は、レイジを守るためならば誰かを殺める事ができるのだな」
〈正しい事ではないという自覚はありますが。しかし、何故そのような質問を?〉
そう問いかけると、ミュウツーはいつもの無表情の中にも……僅かな躊躇いと迷いを見せ、口を開いた。
「…………ワタシは、次に奴等と出会ってしまったら、己を抑える事ができなくなるかもしれない」
〈…………〉
奴等、という言葉にティナの表情も強張る。奴等とは言わずもがな、ロケット団の事だ。
……家族であったフジ博士とその娘であるアイを奪われ殺された過去は、ミュウツーによって堪え難い苦痛と怒りと憎しみをその身に植え付けた。
それを簡単に割り切れ、などという事は絶対に不可能だ。憎しみという感情はそれ程までに心に根付いてしまうものだから。
「今とて奴等が憎い、許されるなら今すぐに探し出し根絶やしにしてやりたいという思いがある。
だが……ロストやレイジがそれを望まない以上そんな事は許されない。それでも、この憎しみが消えず……いつ暴走するかわからないのだ」
〈……ミュウツー〉
思いがけない告白に、ティナは何も言えず彼の言葉を待つ。
ミュウツーは、無表情の中に宿す苛立ちとも悲しみとも取れる色を隠そうとせず、ティナにある願いを託した。
「ティナ、もし……もしもだ。ワタシが憎しみに囚われ暴走してしまった時は……お前が、ワタシを殺してくれ」
頼む、そう言ってミュウツーは頭を下げた。今までに見せた事などもちろん一度としてない。
〈……………〉
ティナは答えない、否、答える事ができない。
そんな事などもちろんしたくはない、けれど……このような彼を見たのは初めてだったから……断る言葉を出す事ができなかった。
……しかし、それでも。
〈――わかりました、もしそうなった時は……あなたは、わたくしが殺してあげます〉
ティナは、ミュウツーの決意を否定する事はできず、はっきりとそう言い放った。
「………すまないな」
それは、何に対する謝罪だったのか。ミュウツーはそう言い残すと、音もなくその場を去っていく。
その後ろ姿を見て、ティナは悲痛な表情を浮かべていた。
〈ミュウツー……もしそんな未来がやってきたとしても……最後まで、諦めてはいけませんよ〉
To.Be.Continued...