ポケットモンスター 〜The Legend of Master〜【完結】 作:マイマイ
譲れぬものの為に少年は命を懸け、立ち向かっていく。
その果てに待っているのは、ほんの小さく囁かな奇跡。
「…………」
「――――」
互いに眼前で睨み合う。
最後の一撃、それは同時に放たれ。
僕の拳は、ヤツに届く事はなかった。
けれど……同時に、ヤツの拳も僕には届かず。
互いの一撃は不発に終わったというのに——ロキは地面に倒れ込んだ。
「――時間切れか。なんともお粗末な結末になったものだ」
自身の敗北を悟ったというのに、ロキはいつもと変わらない口調で呟きを漏らす。
口元には笑みを浮かべているが、それは誰に向けられたものなのか……。
「……アルセウスは、私が謀反を起こした時に、ある呪いを残した。
それは肉体の老化を促進するというものでな、まだもう少しは保つと思ったが……どうやら当てが外れたようだ」
そう告げるロキの身体は、端から見ればあまり変わっていないように見える。
しかし、内部は既に穴だらけのボロボロ、普通の人間ならばとうに生き絶えているだろう。
「……どうして、そこまでして」
「何故も何もない、私は自分自身が許せなかったのだよ。
身勝手なアルセウスによって創られ、役目を終えれば消える……人間ではない自分が、堪らなく嫌だった」
だから、そんな自分が存在するこの世界を憎んだのだ、と。ロキは、死に行く身体を誤魔化しながら、最後の告白を続ける。
……彼は悪だ、どうしようもないくらいの悪だ。
それは絶対に変わらない、変わらないけど……。
真に彼を責め立てる人も、存在しないと思った。
前に僕は彼を可哀想な人だと言った、それは皮肉ではなく……心の底からそう思ったこと。
自分は何もないと、人間に劣る存在だと決めつけて、耐え難い苦しみを味わい続けた。
……それは間違いだ。
だって、自分がどんなものなのか決めるのは自分自身。どんな事実があろうとも……「これが自分なのだ」という確固たる意志があれば、何にだってなれる。
他人も立場も出生も関係ない、たとえ世界中の人が否定しても……自分を持っていれば、いくらでも変われるのだ。
口で言うのは簡単かもしれない、けれど自分で変わろうと思えばなんでもできる。
人間はそこまで弱い存在だとは、思っていないから。
「お前は何故人を信じる? あんな不確かなものを、どうして何も考えずに心を開けるのだ?」
「……僕だって、無条件で人を信じているわけじゃないよ。
誰だってそうだ、他人の心は読めないから自分にとって得な事がなくては人を信じることなんてできない」
悲しい事かもしれない、しかしそれが現実なのだ。
自分にとって何か得になるから、損になる事はないから、そうでなくては人など信じられるはずがない。
これを否定する人は、どこか人間として欠落しているだろう。人という生き物は総じてそんなものだ。
だから僕は否定しない、僕が人を信じるのは自分にとって得になるから。
でも……それでいいのかもしれない。
そもそも人間は不完全な生き物だ、そんなものが完璧に振る舞おうとするのが間違いなのだ。
それ故に人は過ちを繰り返す、それは未来永劫変わらないと断言できる。
けれど、その過ちを止めるのもまた人間であり、不完全な故に無限の可能性を秘めていると信じているから……僕は今ここに居る。
未来は、誰かが決める事ではない、この世界に生きる全ての生き物が決める事だ。
「あなたは傲慢なんだ、自分1人が辛い目に遭っているのだと思って世界を憎んだだけ。――可哀想なのは、あなただけじゃない」
「…………」
「でも、僕にはあなたを完全に否定する事はできない。
もし僕もあなたと同じ立場だったら……あなたと同じ事をしていたかもしれないから」
所詮、僕も弱く脆い人間でしかない。
仲間が居たからここまで来れた、支えられてきたからここに居る。
だから……僕には彼を否定する権利はない。
「――まったく、こうまで違うと……もはや笑い話だ。
さあ、お前の勝ちだぞレイジ。勝者となったのだから早く装置を切るがいい。敗者は、このまま消えるとしよう」
そう言って、ロキは笑いながら目を閉じ――二度と動かなくなった。
この男らしい、皮肉めいた最期。
けど、生涯忘れないであろう彼の最期。
それをしっかりと目に焼き付けながら……。
「………ふぅ」
そっと、全てが終わった事に対する安堵のため息を吐き出した。
………。
「――止めたわ」
制御装置から離れながら、フレアさんはそう告げる。
これで神の雷は放たれる事はなく、カイリ達も今頃は戦いを終えている事だろう。
「レイジ、大丈夫?」
「大丈夫じゃない。っていうかこのやり取り何回目?」
カグヤとシロナさん、そしてティナに支えられながら、座り込んでいる僕の身体は……正直直視したくないくらい酷い状態だ。
両腕は折れてるし、所々裂けていて血も足りない。
どうしてこんな状態で生きているのか、自分の身体に問いただしてやりたいくらいだ。
〈…………〉
「――ティナ、戦いはもう終わったんだ。だからそんな顔をしないで」
〈……お父様、わたくしはどんな事があってもあの男を生涯許す事はできません。
わたくしの母や弟を道具として利用し侮辱したあの男だけは……〉
「それでもいい、それでもいいからそんな憎しみに満ちた顔はやめてほしい。ティナは笑った顔の方が断然綺麗なんだから」
〈…………お父様は、本当に優しすぎますね〉
皮肉めいた口調でそう反論するティナだが、表情はいつもの柔らかいものに戻っていた。
……さあ、もうすぐ終わりだ。
全てが終わった今、これ以上僕が生きている事はできないだろう。
アルセウスは全てが終われば、僕は死ぬと言っていたのだから。
……心残りがないと言えば嘘になる、まだ死にたくないと思っている。
でも、全て承知の上で力を解放したのだ、悔いがあるわけがない。
――ああ、なんだか眠くなってきた。
きっとみんなは僕を怒るだろう、身勝手な事をしたのだから当然だ。
あと……カグヤとシロナさんの想いに答えられなかったのも、謝らないと。
だけどもう限界だ、意識は今か今かと眠りの世界を待ちわびている。
(……ごめん、みんな。ありがとう)
謝罪と感謝の言葉を述べて、僕は目を閉じる。
すると意識は急激に薄れていき……ぷつりと、闇の中へと落ちていった。
……。
…………。
………………。
……………………あれ?
おかしいな、どうしてまた意識が戻ってるんだ?
僕は死んだはずだ、アルセウスに力を解放してもらって、ロキとの戦いを終えた後に……。
それなのに、どうしてまた意識が……?
……とりあえず、一度目を開けてみる事にする。
「あ、起きた」
すると、そこには普段通りの彼女と……仲間達の姿が。
「……………あれ?」
僕は夢でも見ているのだろうか、とりあえず頬を抓ってみる。うん、凄く痛い。
「えっ、え?」
驚く事はそれだけではなく、見ると身体もすっかり元通り。痛々しい傷など初めから無かったかのような状態に戻っていた。
更には、ぐしゃぐしゃのボロボロになっていたスズラン島も、戦闘前に戻っているがそれはさておき……。
……僕は、どうして生きているのか。
「気がついたか」
「……アルセウス」
宙に浮かぶアルセウスに声を掛けられ、少しふらつきながらも立ち上がる。
と、頭の中に直接響くような声が聞こえ始めた。
〈どうやら上手くいったようだ、これでお前の命は救われた〉
「は………?」
「? レイジ、どうかしたの?」
どうやらこの声はみんなには聞こえていないようだ。
しかし……一体アルセウスは何を言っているのか理解できない。
いやそもそも……どうして僕が生きているのも理解できない。
すると、アルセウスはみんなと僕とで分けて会話を始めた。
「カイリ、ケイジ、お前達の力は返してもらったぞ。全てが終わった今……この力は過ぎたものだ」
(ディアルガとパルキアの力を一部、それを純粋な生命エネルギーに変換してお前に与えた)
「そしてティナ、すまないがお前のサイコパワーも頂いたぞ。
皆の傷や建物の修復の為に私の力を使ったのだが……少し足りなくてな」
(ティナのサイコパワーも上乗せをしたから、これでお前も普通の人間として生きる事ができる。
尤も、代償としてお前の能力は全て無くなってしまったが)
「…………」
「あっ、じゃあこの喪失感みたいのは……力が無くなったからか」
「フン、別にあっても無くても構わない力だ、消えた所で支障はないさ」
「ティナはどう? なんか変な感じはない?」
〈大丈夫ですよカグヤ、違和感はありますが問題はありません〉
皆が話し合う中、僕とアルセウスだけの会話は続く。
(確かにお前は当初死すべき運命だった、だが……お前はまだこの世界に生きているべきだと思ったのだ。
私の傲慢で身勝手な考えで生み出されたというのに、お前は自らの意志で戦い私達を救ってくれた。――お前は、幸せになるべきだ)
「……アルセウス」
気づけば、涙を流していた。
それを見てみんなが軽くパニック状態になっていたけど、今はフォローに回る余裕はない。
……ああ、僕はまだ生きる事ができるのか。その事実が凄く嬉しい。
そして、みんなに悟られないようにしてくれたアルセウスの優しさも、嬉しかった。
「お、おい。どうしたんだよ!?」
「……なんでもない、なんでもないよ」
「なんでもないって……とてもそうは見えないけど」
「大丈夫だから。……それよりアルセウス、ロキは……」
「――ロキは消えた。元より短き命……もう二度と、目覚める事はないだろう」
「…………」
当たり前の問いをしてしまった。
でも……彼だって、もしカグヤ達のような人が傍に居たら……こんな事をしなかったかもしれない。
そう思うと、少しだけ胸が痛んだ。
「まあ、でも……これでロケット団も終わりだな」
「だが、まだ多くの支部が残っている、完全に壊滅するまではまだまだ時間が掛かりそうだ」
「それなら大丈夫よ。ワタシが既に国際警察に情報を流したから」
「フレアさん……」
「………ワタシにもね坊や、ロキ様と同じく自分には何もなかったの。
泥をすするような生き方をしてきて……気がついたらロケット団という犯罪組織に身を寄せていた。
何が正しくて、何が間違っていたのかはまだわからない……けど、ワタシにはこうした方がいいと思ったの。今までの過ちを償う為にも、ね」
そう告げるフレアさんの表情は、今まで見た事がない憑き物が晴れたような顔だ。
……これで彼女の全てが許されたわけじゃない、でも変わろうと努力している姿は美しかった。
――雄叫びを上げ、ディアルガ達が空へと昇っていく。
やがて不思議な空間が現れ、それぞれ違う場所へと帰って行った。
「おいおい、随分せっかちだなディアルガ達」
「ホントだよね、しっかりお礼したかったのに」
「ディアルガ達に礼は不要だ、お前達の優しさで充分だったからこそ、立ち去ったのだから」
「……アルセウスも、行くの?」
「ああ。おそらく二度と会う事もあるまい。
レイジ、そしてこの世界に生きる沢山の子ども達、私の身勝手な行いでこの世界に悲しみを増やしてしまった事を、どうか許してほしい」
頭を下げ、謝罪の言葉を口にするアルセウス。
この世界を創造した神の真摯なる謝罪。
「気にすんなよアルセウス、終わりよければ全てよしだ!!」
「カイリほど単純にはいかないけど、あなただってこの世界を想って故の行動なのだから、誰も責める事はできないわよ」
それを聞いて、みんな口々にアルセウスを許してくれた。
……ああ、やっぱり人はまだまだ捨てたものじゃないかもしれない。
「レイジ」
「…………」
「お前は、この世界に生まれてきて……よかったと思っているか?」
「もちろん。思ってるに決まってるじゃないか」
迷いもなく、はっきりとアルセウスに返す。
選定者として生まれ、そして今は人としての生を手に入れた。
なのにどうして、幸せではないと思えるというのか。
僕の答えに満足したのか、アルセウスは大きく頷きを返した。
「では最後に、お前に問いたい事がある」
「えっ……?」
真剣な瞳を向けられ、おもわず身体が強張った。
一体何を言われるのだろう、そう思っていると。
「レイジ、選定者のお前は……人間が、そしてこの世に生きる者達が、これ以上生きている価値があると思うか?」
あくまで選定者としての自分に、最後の問いを投げかけてきた。
「…………」
人間、そしてこの世に生きる者達。
それが果たして、本当にこの世界で生きているべき存在なのか否か。
アルセウスは、ちゃんとした答えを望んでいる。
「………そうだなぁ」
みんなも、僕の答えがどんなものか気になるのか、固唾を呑んで見守っている。
……今までの旅、今までの思い出が、蘇っていく。
沢山の出会いと別れ、増えていった仲間と――失った仲間。
その全てがあるから、今の僕は在る。
だから、僕の答えはこれしかない。
「――正直、人間は生きていてもしょうがない存在だと思う」
「えっ!?」
「レ、レイジ!?」
「…………」
「だけど、不完全な存在だからこそ未来がわからなくて面白いとも思ってる。
アルセウス、選定なんか初めからできなかったんだよ僕達には、だって未来なんかそれこそ神様にだってわからないんだから。
その上で、僕が答えを出すとするなら……やっぱり“わからない”って答えしか出せないよ」
なんとも曖昧で、中途半端な答え。
だけどそれでいいのだ、誰にも答えを出す事ができないのなら、ずっとわからないままでも構わない。
「……そうか。それがお前の答えか」
満足したのか、穏やかな声でアルセウスはそう呟き――飛翔した。
「アルセウス……?」
「ありがとうレイジ、ありがとう……この世界に生きる者達。
私は静かにこの世界を見守る事にしよう、彼が見つけた答えに従って」
アルセウスの身体が消えていく。
帰るのだ、決して何者も入れない空間へと。
もう二度と会えない、そう思うと少しだけ寂しくはあるけど……。
僕は、僕達は何も言わずに手を振ってさよならをした。
そして、アルセウスは最後に大きな頷きを返しながら。
今度こそ、この世界から消えていった。
「行っちゃった……」
「うん……」
「はぁー……ようやく終わったな」
「何言ってるのよ。あなた1人が苦労したわけじゃないんだから」
座り込むカイリにツッコミを入れるヒメカ、すると周りからは笑い声が木霊する。
それを少し離れて見てから、僕はもう一度空を見上げる。
――人間ってなんだろう。
――世界ってなんだろう。
――善悪ってなんだろう。
それらは全て、人の一生では決して辿り着けない難問だ。
でも……いつかは、少しだけでもいいから近づいてみたい。
その為にも、今を一生懸命に生きていかないと。
そんな誓いを、そっと胸の中に宿しながら。
僕は暫し、空を眺めていた―――
To.Be.Continued...