魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ 作:あのさぁBOT
ロズワール邸での朝の仕事を終え、スバルは軽い足取りでアーラム村へと向かっていた。
道中、村人たちと挨拶を交わすスバルだったが、そこで耳にしたのは少し奇妙な話だった。
「おーいスバル。あのお嬢ちゃん、少し……いや、かなり変わってるな?」
「ん、アンちゃんのことか? どうした、村長」
「いやな、さっき広場で見かけたんだが、あの子、村の子供や大人たちに手当たり次第に抱き着いて回ってるんだ。それも、なんだか必死な顔でな……。まるで、温もりを確かめるっていうより、離しちゃいけない宝物でも掴むような……そんな気迫でよ」
「え? 抱き着き魔……? あの内気そうなアンちゃんが?」
スバルは首を傾げた。あの、恐怖で震えていて、引っ込み思案な幼女が、自ら進んで村人に抱き着いている?
不思議に思いながら村の奥へ進むと、民家の軒先で、まさにその現場に遭遇した。
「……っ、……っ」
「お、おお、よしよし。どうしたんだい、アンちゃん。そんなに強く抱きついて。おばちゃんはどこにも行かないよ?」
洗濯物を干していた村の女性に、アンが全力でしがみついていた。その小さな背中は小刻みに震えており、顔は女性の背中に埋められて見えない。
だが、スバルの位置からは見えた。
女性の背中に回されたアンの指先が、布地を白くなるほど強く握りしめているのを。
それは甘えている子供の姿というより、「今、この瞬間の生存を確認している」かのような、切実で、どこか不気味なほどの執着に見えた。
(……やっぱり、相当参ってるんだな。誰かと触れ合ってないと、自分が消えちまうって思ってるのか……?)
スバルの胸に、得体の知れない疼きが走る。
彼女は、村の誰もが持つ「命の灯火」に縋っているのだ。当たり前のように存在したそれが、ある日突然消えてしまう恐怖を知ってしまったのだろう。
彼女の心中を思い、あの時間を邪魔しないよう、スバルは遠目でその光景を見ていた。
しばらくすると、アンは女性から離れていった。
その彼女の瞳には、一瞬だけ、幼女に似合わない計算高い意思が混じっていた気がしたが、次の瞬間にはいつもの「怯えた迷子の幼女」の瞳に上書きされていた。
スバルはその後を追った。
「よおアンちゃん! 今日も元気に、死ぬほど可愛いなおい!」
休憩所のテラス席。貸し与えられた少し大きめの寝着を村の服に着替えたアンが、スープの入った木皿を前にちょこんと座っていた。
スバルの姿を見つけると、アンはビクッと肩を揺らし、それからどこか救いを求めるような、あるいは「見てはいけないものを見た」かのような、複雑な潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。
「……スバル、くん」
「おうおう、その消え入りそうな声! 守護欲をガンガンに刺激してくるぜ。体調はどうだ? 飯は食えてるか?」
アンの隣にどっかりと座る。彼女は一瞬だけ距離を取ろうとしたが、諦めたようにまたスープに視線を落とした。
その横顔は、泥を落とすと驚くほど整っていた。黒髪に一筋混じる赤いメッシュが、彼女の過酷な生い立ちを物語っているようで、スバルの胸がチリリと痛む。
「……おいしい。おいしいけど……あのメイドさんの視線が怖いかな…」
アンタレスが差す方角には案の定、不機味なほど無表情なレムが、給仕用のトレイを抱えたまま彫像のように立っていた。
その視線は、アンの頭蓋骨を貫通して、中の脳みそまで検品しようとしているかのような鋭さだ。
「はは……。まあ、レムも悪気があるわけじゃねーんだ。……多分、お前のことが気になって仕方ないんだよ、別の意味で」
スバルは苦笑いしながら、レムに「少し肩の力を抜けよ」と視線で合図を送る。
レムはわずかに眉を寄せたが、結局は小さく会釈をして、少しだけ距離を置いてくれた。
「ほら、あいつも反省してんだよ。アンちゃん、そんなに怖がらなくて大丈夫だ。このナツキ・スバルが、文字通り命に代えても守ってやるからな」
スバルが親指を立てて笑ってみせると、アンは「……いのち」と小さく呟いて、スープを掬う手を止めた。
その瞳に、一瞬だけ、ゾッとするほど深い暗闇が混じるのをスバルは見逃さなかった。
(……相当、酷い目に遭ってきたんだろうな)
魔女の残り香。家族との死別。独りきりでの逃亡。
この小さな肩に、一体どれだけの絶望を背負わされてきたのか。
アンの視線はスバルを見ているようで、その実、その背後にある「何か」……自分を追いかけてくる死神でも見ているかのように怯えている。
スバルは、アンが口にした「いのち」という言葉の重みに、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
自分の命をチップにして世界を書き換える。そんな誰にも言えない秘密を抱えるスバルにとって、幼女の瞳に宿った暗闇は、鏡合わせの自分を見ているような、言いようのない共鳴を引き起こした。
「……スバルくんは、どうしてそんなこと言えるの?」
アンが顔を上げた。その瞳には、子供らしい純粋さではなく、もっと乾いた、諦念に近い響きが混じっていた。
「自分の命なんて、一番大事なものなのに。それを他人のために……僕みたいな、会ったばかりの人に、簡単に差し出せるなんて、おかしいよ」
「……ははっ、確かにな。自分でもお人好しが過ぎる自覚はあるよ」
スバルは照れ隠しに後頭部を掻きながら、けれどその目は真剣な光を湛えてアンを見つめた。
「でもさ、アンちゃん。俺は知ってるんだ。失った悲しみってやつを。……あの日、お前が失った温もりを、俺はもう一度、お前に取り戻してやりたいって勝手に思っちまったんだよ。だからこれは俺のワガママだ」
その言葉を聞いたアンは、まるで理解不能な古代語でも聞かされたかのような、純粋な困惑の表情を浮かべた。
数秒の沈黙。彼女の思考回路が、スバルの発した「自己犠牲」と「ワガママ」という矛盾した概念を処理しきれず、完全にショートしているのが見て取れる。
「……意味が、わからないよ」
アンは木のスプーンを皿の縁に置き、心底不可解そうに首を傾げた。
その瞳に宿っているのは、感動でも疑念でもない。もっと根源的な「生物としての価値観の相違」に対する戸惑いだ。
「失ったものを取り戻すために、今持っている一番価値のあるものを捨てるなんて。計算が合わない。スバルくんは……馬鹿なの? それとも、自分の命に価値がないと思ってるの?」
「お、おいおい、サラッと毒を吐くなよ! 馬鹿じゃねーよ、これでも現代日本……じゃなくて、ルグニカを代表する熱い男なんだぜ?」
スバルは思わず苦笑いをもらした。
アンの言い草は、あまりにも即物的で、そしてあまりにも「生きる」ということに対してストイックすぎる。まるで、一秒でも長く生き延びるために、余計な感情をすべて削ぎ落としてきたサバイバーのような、冷徹なまでの生存本能。
けれど、その奥底にあるのは――「自分は守られる価値がない」という、悲しいまでの自己否定だとスバルには思えた。
「価値がないなんて思ってねーよ。むしろ、俺の命は超高級品だ。だからこそ、ここぞって時にドカンと使うんだよ。アンちゃんみたいな可愛い女の子の涙を止めるためなら、お釣りが出るくらいだと思わねぇ?」
「……思わない。全く思わない」
アンは食い気味に答え、本当に、本当に嫌そうな顔でスバルを見た。
「死んだら、そこで全部終わりだよ。温もりも、スープも、明日も……何もかも消えちゃうんだよ。頑張って築き上げた友情も、今まで重ねてきた努力も、これから楽しみなことも、何もかも全部」
「アンちゃん……」
「スバルくんは、自分の命をなんだと思ってるの。……そんなに簡単に、誰かのために投げ出して。そんなことしてたら、いつか本当に……取り返しのつかないことになるよ」
アンの小さな手が、テーブルの上で微かに震えていた。
彼女にとって、命とは「奪い、奪われ、必死に守り通すもの」なのだろう。そんな綱渡りの世界を生きる彼女から見れば、スバルの献身は、まるで崖っぷちでダンスを踊る狂人のように見えているに違いない。
スバルはそんな彼女の頑なな視線に、思わず肩の力を抜いて「ふっ」と笑った。
「ははは、参ったな。正論すぎてぐうの音も出ねぇや。……でもさ、アンちゃん。そうやって怒ってくれるってことは、アンちゃんは俺が死ぬのが嫌だってことだろ?」
「え、いや、そうじゃ……いや、うん、そう。そうだよ…」
「今否定しようとした!? …まぁ、俺の命を大事にしろって怒ってくれる奴がいるなら、俺はもっと頑張れるんだよ」
スバルは手を伸ばし、アンの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
アンはまた「理解できない」という顔をして身を縮めたが、今度はその表情に、どこか居心地の悪そうな、それでいて少しだけ毒気が抜けたような、年相応の幼さが混じっていた。
「とにかく、約束だ。俺は死なないし、お前も守る。それでオールオッケー。文句なしだろ?」
「……本当に、おかしいよ、スバルくんは」
アンは不服そうに頬を膨らませ、再びスープを口に運んだ。
その背後で、ずっと様子を伺っていたレムが、わずかに表情を緩めたのをスバルは見逃さなかった。
(……こいつを守るって決めたのは、正解だったな)
スバルは確信する。
この幼女の瞳から絶望が消え、いつか「もう怖がらなくてもいいんだ」と心から笑える日が来るまでこの子を守り抜く。
それが、自分がこの村で成すべき「ワガママ」の一つなのだと。
夕暮れの穏やかな光が、理屈の通じない二人と、それを見守る一人のメイドを、優しく包み込んでいた。
―
アンに「おかしい」と断じられ、どこか釈然としない温かさを胸に残したまま、スバルはレムと共にロズワール邸への帰路についていた。
夕闇が迫る森の境界線。ふと振り返ると、遠くにアンの小さな背中が見えた。彼女はまた、村の入り口で自警団の男に声をかけ、その胸に縋り付いているようだった。
屋敷に帰り着いた頃には、日は完全に沈み、冷たい月光が尖塔を白く照らしていた。
アンのあの切実すぎる抱擁と、「命への執着」が頭を離れない。スバルはどこか心ここにあらずの状態で、レムと共にロズワールの執務室へと向かった。報告を終えれば、今日の業務は終了だ。
「失礼しまぁーす。ロズっち、戻ったぜ。……っと?」
重厚な扉を開けた瞬間、室内に満ちていた「熱」にスバルは気圧された。
いつもなら軽薄な様子で出迎えるはずのロズワールが、珍しく机に広げられた数枚の書簡を凝視し、その不気味なピエロメイクの下で険しい表情を浮かべていたのだ。
「おやぁ。お帰り、スバル君。それにレム。……少し、予定より早かったかなぁー?」
「いや、村で一悶着あったからな。……なんだ、随分と深刻な面構えじゃねーか。エミリアたんに嫌われでもしたか?」
「冗談を言っている余裕はなさそうだよ、スバル君。……ついさっき、王都の伝令から、実に嫌な知らせが届いてねぇーえ」
ロズワールは一枚の報告書をスバルの方へと滑らせた。そこには、近衛騎士団の印章が押されている。
「王都から少し離れた街道沿いの村が、壊滅した。……実行犯は、魔女教だ」
「……っ!」
スバルの喉が鳴った。魔女教。その不吉な単語が出るたびに、腹の底が冷たくなる。レムとラムの故郷を滅ぼし、アンちゃんにあんな思いをさせた、最悪な集団。
だが、ロズワールの言葉はそれだけでは終わらなかった。
「ただの襲撃じゃない。……近隣を巡回していた王国騎士団の小隊が返り討ちに遭い、生還した騎士たちは、何らかの呪いによって『自ら喉を潰し、声を捨てた』そうだ。……さらには、彼らの魂そのものが、目に見えない杭で打ち付けられたように、何者かに『所有』されているという報告まで上がっている」
隣にいたレムの肩が、びくりと震えた。彼女の瞳に宿る怒りと憎悪が、静かに、しかし確実に温度を上げていく。
「騎士が、自ら……? 魂の所有……? なんだよそれ、意味分かんねーよ」
「私も意味が知りたいものだぁーね。……ただ、現場には複数の『大罪司教』がいたと推測されているから、十中八九そいつらの仕業だろうねぇーえ」
「……だいざい、しきょう?」
スバルは聞き慣れない単語を口の中で転がした。言葉の響きだけで、生理的な嫌悪感が這い上がってくる。
「そうだぁーよ。魔女教の中でも、魔女の寵愛を一身に受けたとされる、最悪の幹部たち。一つ一つが国家を揺るがす災厄みたいなものだね。……今回、特に王都が警戒しているのは、記録にない手口を用いる『未知の司教』の存在なんだよねぇーえ」
「そいつが、今回の主犯なのか?」
「断定はできないけぇーれど、騎士たちを廃人にし、命の所有権を奪い去る。他の大罪司教によって殺されずに生かされていることから察するに、協力しているのは確かだ……スバル君、君は村で妙な気配を感じなかったかなぁーあ?」
ロズワールの鋭い独眼が、スバルの内面を暴こうと射貫いてくる。
スバルの脳裏に、村で出会ったアンの姿が浮かんだ。魔女の残り香。震える小さな手。そして、異常なまでに温もりを求めて村人に抱きついて回っていた姿。
(……いや、アンちゃんは「被害者」だ。あんな小さな子が、騎士を廃人にするような化物なわけがない)
「……いいや、村は平和だったよ。ただ、この前、魔女教に故郷を襲われたっていう女の子を一人、保護したくらいだ」
「…………そうかい。ならいいんだぁーけど」
ロズワールはそれ以上追求せず、再び書類に目を落とした。だが、その口調には隠しきれない棘が含まれている。
「スバル君、忠告しておくよ。魔女教……とりわけ大罪司教は、人の皮を被った『狂気』そのものだ。彼らには、君の言う『情』や『理屈』なんてものは一切通用しない。もし見かけたら、話そうなんて思わずに逃げることだ。……さもないと、君の命さえ、そいつの『持ち物』に書き換えられてしまうかぁーらね」
執務室を出た後、廊下の冷たい空気がスバルの火照った頬をなでた。
隣を歩くレムの拳は、赤くなるほど強く握りしめられている。
「……スバルくん。レムは、許せません」
「レム……」
「命を、モノのように奪い、弄び、あまつさえ『所有』するなど。……その『傲慢』な魔女教徒。レムが、この手で必ず」
彼女の瞳に宿る、昏い殺意。
スバルはそれを宥める言葉が見つからなかった。
他人の命を所有物とする、未知の「傲慢」な大罪司教。そして、村で「命が消えるのが怖い」と泣いていた幼女。
二つの影が、スバルの頭の中で不気味に重なり、消える。
(……大丈夫だ。俺が守る。魔女教からも、大罪司教からも。エミリアたんも、レムも、アンちゃんも)
スバルは自分の胸を強く叩き、己の決意を再確認する。
だが、その決意を嘲笑うかのように、窓の外の夜の森は深く、静かに、牙を剥いて彼らを待ち構えていた。