魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ   作:あのさぁBOT

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第11話『自己矛盾?』

 馬車の車輪が砂利を噛む音が、乾いた午後の空気に響いていた。

 ルグニカ王都へ向かう予定の地竜の力強い足踏みと、それに繋がる数台の竜車。その横腹を見つめながら、僕はアーラム村の境界線に立っていた。

 

 「いいかアンちゃん、すぐ戻るからな! 困ったことがあったら、屋敷のラムか村長を頼るんだぞ! いい子にしてれば、王都の激レア土産を買ってきてやるから!」

 

 スバルは、まるで初めて留守番をする子供に言い聞かせるような、過保護で騒々しい言葉を投げかけてくる。

 その声は相変わらずデカくて、無神経で、けれどこちらが耳を塞ぎたくなるほどに真っ直ぐな善意に満ちていた。エミリアの王選という、彼にとっては人生の転機とも言える戦場へ向かう直前だというのに、彼の心配の半分は、たった数日前に拾われただけの「迷子のアンちゃん」に向けられている。

 その少し後ろに立つレムは、いまだ僕という存在を完全には信じきれていないのだろう。風に揺れる水色の前髪の隙間から覗く瞳は、冬の夜の湖のように冷たく澄んでいる。

 彼女はスバルが僕に向ける無防備な信頼を危ぶむように、あるいは僕の喉元にいつでもモーニングスターを叩き込める距離を測るように、無言のまま形式的な会釈だけを返した。

 

 「……うん。いってらっしゃい、スバルくん。気をつけてね」

 

 僕は村の子供たちに混じり、ちぎれるほどに手を振り返す。泥に汚れた服を新調し、髪を整えた僕の姿は、村の誰が見ても「恩人に縋る健気な孤児」そのものだったはずだ。

 竜車の轍が描く線が遠ざかり、その音が森のざわめきに溶けて聞こえなくなるまで、僕はその笑みを貼り付け続けた。

 

 そして、最後の一人が広場から去り、背後に人の気配が完全になくなった瞬間。

 僕の頬から温度が消え、吊り上げていた口端が重力に従って垂れ下がった。

 肺に溜まっていた熱い空気を吐き出す。それは安堵などではなく、もっとドロドロとした、内臓を腐らせるような焦燥感だった。

 

 (……行った。これで、僕の『身を挺して守ってくれる防波堤』がいなくなった)

 

 喉の奥がヒリつく。

 最強の盾であり、この世界で唯一「僕を救うこと」に価値を見出していたスバルが去った不安。

 同時に、僕の頭蓋をいつでも粉砕できた「青い処刑人」レムが消えたことによる、針の筵から降りたような歪な開放感が、胸の中で醜く混ざり合う。

 だが、猶予はない。

 原作知識という名の呪いが、僕の脳裏で警報を鳴らし続けている。

 スバルはこの後、王都でユリウスに惨敗し、エミリアと亀裂を生じ、精神をズタズタにされるはずだ。彼が絶望のどん底で泥水を啜っている間、この平和な村には、逃れようのない死が訪れる。

 僕の「同僚」であるペテルギウスの手によって、ここは火と血が吹き荒れる屠殺場へと変貌するのだ。

 

 「……アンちゃん? どうしたの、そんなに怖い顔して。地面に穴が開いちゃうよ?」

 

 不意に服の裾を引かれ、心臓が跳ねた。

 視線を落とすと、そこには村の少女、ペトラが立っていた。彼女は僕の異変を察したのか、大きな瞳に不安の色を浮かべて覗き込んでいる。

 僕は一秒にも満たない時間で脳内のスイッチを切り替え、筋肉を制御して「アンちゃん」を再構築した。眉を少しだけ下げ、頼りなげな笑みを浮かべる。

 

 「ううん、なんでもないよ、ペトラちゃん。……スバルくんが行っちゃって、少しだけ、心細くなっちゃっただけ」

 「もう、びっくりさせないでよ。でも、その気持ち、私もよく分かるな…。寂しいよね。 あ、そうだ。ほら、うちでお菓子食べていく? お母さんが焼いたのがあるの」

 

 ペトラは明るい声で笑い、僕の手を握ろうとした。

 その瞬間、僕の指先が微かに震えた。彼女の掌から伝わる温もりが、僕の権能を通じて情報として流れ込んでくる。彼女の命が今、どれほど鮮やかに僕の指先に『接続』されているかが。

 

 「……ありがとう。でも、その前に少しだけ、お散歩してきてもいいかな? 頭を冷やしたいの」

 「え!? 私も一緒に行っていい?」

 「うーん、今はちょっと一人になりたい気分かな。……すぐ戻るから、待っててくれる?」

 

 彼女の親愛を適当にいなし、僕は村の境界線――魔獣除けの結界が張られた森の入り口へと歩き出した。

 そこは、陽光が届かない巨木が立ち並ぶ、昼間でも夜の気配が残る場所だ。

 人目が完全になくなったことを確認し、大木の影に身を隠す。湿った土の匂いと、腐敗した落葉の臭いが鼻をつく。

 僕は周囲を一度警戒し、震える手で懐から「それ」を取り出した。

 

 ペテルギウスから渡されたミーティア、『対話鏡』。

 金属製の冷たい蓋を開くと、濁った鏡面が揺れ、そこに一度見たら悪夢にまで出てくるような男の貌が映し出された。

 

 「――おやおや、おやおやおやおや。潜入任務は順調のようデスね、アンタレス」

 

 鏡の向こうで、ペテルギウスが静かに、それでいて鼓膜を削るような狂気を孕んだ声で僕の名を呼んだ。彼は首を不自然な角度に折り曲げ、自らの指を噛み、その血で汚れた口端を歪ませて笑っている。

 僕は背後の大木に後頭部を預け、冷たい岩のような樹皮の感触で現実を繋ぎ止めた。

 木々の隙間から、平和を絵に描いたようなアーラム村の煙突が見える。夕食の準備を始める頃だろうか。あそこには、僕に菓子を焼いてくれたおばさんや、不器用ながらに頭を撫でてくれた自警団の男たちがいる。

 僕は深く、深く息を吐き、感情を殺して鏡に向き直った。

 

 「……報告します、ペテルギウスさん。計画通り、村の内側に入り込み、信頼を獲得しました。そして先ほど、メイザース辺境伯、半魔の娘とその騎士、そして従者のメイドが王都へ向かいました。現在、屋敷と村にまともな戦力は残っていません」

 

 自分の声が、自分でも驚くほど冷徹に響く。

 ペトラに菓子を誘われた「アンちゃん」の声ではない。数多の命をストックし、破滅の盤面を俯瞰する大罪司教『傲慢』としての声だ。

 鏡の向こうで、ペテルギウスが歓喜に身を震わせ、自身の指を噛み砕かんばかりの勢いで福音書を抱きしめた。

 

 「素晴らしい! 実に見事、実に勤勉デス! 障害は排除され、舞台は整いマシタ! では、ワタシたちも勤勉に福音に従い、その地へ『愛』を届けに参りましょう。試練の時は、始まるのデス!!」

 

 狂った咆哮。鏡越しでも伝わる血の匂い。

 ペテルギウスは今にも信徒を引き連れ、こののどかな村を赤い地獄へ塗り替えるべく動き出そうとする勢いだ。

 しかし、僕はそこで待ったをかけた。

 

 「待ってください、ペテルギウスさん。……実は、アーラム村の住人のうち約二百名はすでに僕の権能の手中にあります」

 

 その言葉に、ペテルギウスの奇妙な動きがピタリと止まった。

 剥き出しの眼球が鏡を突き抜けて僕を射抜き、狂乱の合間に、冷徹なまでの司教としての視線が混じる。

 

 「……何デスと? 二百名、デスか?」

 「はい。潜入期間中、手当たり次第に『接触』を済ませました。今、この村の連中の命は、僕の意思一つでどうにでもなるものです」

 

 ペテルギウスの喉から、ギチギチと骨が軋むような音が漏れる。

 彼は数秒の沈黙の後、自らの顔を爪が食い込むほどに強く掻きむしり、歓喜の咆哮を上げた。

 

 「ああ……ああ! なんという! なんという傲慢な勤勉! 二百の命をその手に収め、舞台そのものをアナタの持ち物にしたというのデスか! 素晴らしい、素晴らしいデス、アンタレス!! ワタシが目に見える手で彼らを屠るまでもなく、アナタはすでに、彼らの魂を所有物へと変えていたのデスね!! ああ、脳が震える震える震える――っ!!!」

 「……ええ。ですから、提案です。この村の連中を、今すぐ殺すのは非効率的です」

 

 僕は必死に言葉を紡ぐ。脳内の生存計算機をフル回転させ、ペテルギウスの「愛」という名のロジックに合致するよう言葉を選び抜く。

 

 「彼らは僕の予備の命――つまり、僕たちが今後、半魔の娘にさらなる『試練』を与えるための、生きた防壁であり、高品質な消耗品です。今ここで無意味に散らすより、僕が管理し続け、必要な瞬間のために取っておく方が、福音の成就に役立つと思いませんか?」

 

 嘘だ。全部、真っ赤な嘘だ。

 心臓が肋骨を突き破りそうなほど激しく打ち鳴らされ、胃の辺りが不快に焼けつく。

 管理、なんて聞こえの良い言葉を使っているが、僕がやっているのは単なる村人の私物化だ。もっと卑俗な言い方をすれば、「僕のストックなんだから勝手に壊すな」という身勝手な独占欲。

 けれど、狂信者のペテルギウスにとって、「効率的な魔女への奉仕」という理屈は、何よりも抗いがたい蜜となる。

 

 「……なるほど、なるほどなるほど!! 資源! 備蓄! 魔女の愛を体現するための予備!! アナタの言う通りデス! 彼らの命をワタシの手で刈り取るよりも、アナタという器に詰め込み、より巨大な試練へとぶつける……これぞ正に、福音の導きデス!!」

 

 ペテルギウスは納得したように何度も頷き、鏡の向こうで狂ったように踊り始めた。

 彼の狂気は、僕の「提案」を「魔女へのさらなる献身」として受理したのだろう。

 とりあえず、第一関門は突破だ。これで、ペテルギウスが予告なしに村へ突入し、ペトラや村長を「見えざる手」でひねり潰す事態は回避できた。

 あと、一つ聞いておきたいことがある。

 

 「……それで、具体的な作戦はどうされるつもりですか? あなたが動くタイミングを把握しておかなければ、僕の潜入も無意味になります」

 

 ペテルギウスが、首をボキリと真横に鳴らして動きを止めた。

 彼は血走った眼球をギョロリと動かし、恍惚とした表情で計画を語り始めた。

 

 「そうデスね…。アナタが勤勉にアーラム村を掌握したというのなら、ワタシたちはこれから指先を伴い、ロズワール邸付近の深い森に潜伏いたしマス。そして……半魔の娘たちが王都から戻ったその瞬間、屋敷を全方位から包囲。逃げ道は絶たれ、助けは来ない、孤立した絶望の中で、彼女が魔女の器として相応しいか、ワタシが直々に試練を与えるとしマショウ」

 

 ロズワール邸の包囲。

 原作通り、いや、アーラム村に人を使わない分、それ以上に徹底した殲滅計画だ。スバルたちが疲弊して戻ってきたところを、待ち伏せていた大軍で叩き潰すつもりなのだろう。

 スバルは苦労するだろうな、と僕は他人事のように苦笑した。

 

 「では、アンタレス。ワタシたちはこれより、ロズワール邸付近の森に潜伏しマス。アナタはそのまま村に残り、王都から戻る半魔の娘を、内側から確実に着実に堅実に『詰み』へと誘うのデス!!」

 「……わかりました」

 

 対話鏡の蓋を閉じた瞬間、僕は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 冷や汗が滝のように流れ、指先がガタガタと震えて止まらない。酸欠気味の脳がズキズキと痛み、視界がチカチカと点滅する。

 

 「はぁ…っ…死ぬかと、思った……」

 

 絞り出すような声が、冷たい森の空気に溶ける。

 僕は自分の脳内にある「リスト」を、まぶたの裏でそっとなぞった。

 そこには、今しがたペテルギウスに豪語した通り、およそ二百もの鮮やかな赤い灯火が整然と並んでいる。

 村長。野菜をくれたおばちゃん。不器用な自警団の男。そして、今も僕を待っているペトラ。スバルが「守る」と言い、あんなにも大切に慈しんでいた人たち。

 僕は彼らと「仲良くなる」たびに、笑顔の裏側で権能の牙を立て、その命の所有権を無慈悲に僕のリストへと書き換えていったのだ。

 

 「……はは、最悪だ」

 

 自嘲の笑みが、乾いた土の上にこぼれ落ちる。

 僕は、スバルに嫌われたくない。彼に殺されたくない。

 そのためなら、どんな卑怯な嘘を使ってでも彼に「アンちゃんは無実の味方だ」と思わせ続けたい。

 もし正体がバレて、スバルが僕に怒りの刃を向けたとしても、「殺害」という選択肢を選べない程度には、彼の心の中に深く入り込んでいたい。

 けれど、そのスバルに好かれたいと願いながら僕がしたことは、彼が愛する村人たち全員の首に、見えない死の首輪をはめることだった。

 何故なら、僕は誰よりも死ぬのが怖いから。

 

 (スバル、君は僕を抱きしめて『守る』と言ってくれたけど、結局僕が一番信じられるのは、この権能のストックだけなんだ)

 

 もし今、僕がこの場で誰かに刺されたら、僕の身代わりに死ぬのはスバルがさっきまで笑顔で挨拶していた村人だ。

 「スバルの隣にいたい」という願いを叶えるための保険として、スバルの「大切なもの」を略奪している。この矛盾。

 

 「友を得られる……か。嫌な冗談だよ…」

 

 福音書の言葉が脳裏をかすめる。

 友を得るために、友の宝物を奪う。そんな歪な関係を、この呪いのような本は「正解」だと告げているのだろうか。それともこの本に記されている「友」とはまた別の誰かを指すのだろうか。

 福音書と言うのは、読者にあまりにも不親切だ。

 

 「……アンちゃん? こんなところにいたの?」

 

 背後から、混じりけのない無邪気な声がした。

 振り返ると、さっき別れたはずのペトラが、心配そうにこちらへ駆けてくるところだった。

 その手には、約束していたのであろう紙に包まれた焼き菓子が握られている。

 

 「ほら、お母さんに言って、一番いいやつ貰ってきたよ! 一緒に食べよ?」

 

 駆け寄る彼女の足音に合わせて、彼女の胸の奥で灯る命の火が、僕の視界の中で鮮やかに、あまりにも無防備に明滅している。

 僕が意図すれば、彼女は今この瞬間に物言わぬ肉塊に変わる。

 あるいは、今後起こる戦いで、僕が致命傷を負ったとき、彼女の未来は僕の身代わりとして霧散する。

 

 「……うん、ありがとう。ペトラちゃん」

 

 僕は再び、完璧な「アンちゃん」の顔を張り付けた。

 震える手を隠しながら、彼女から差し出された温かい菓子を受け取る。

 

 「おいしいね!」

 「うん。おいしいね」

 

 そう言って笑う僕の心は、冷たい氷の海に沈んでいた。

 スバルが命懸けで守ろうとしているこの平和を、文字通り「盾」にして、僕は生き延びようとしている。

 いつか彼がこの真実を知ったとき、あの三白眼に宿るのは同情か、それとも救いようのない軽蔑か。

 考えたくもない。

 僕は、ペトラが差し出した菓子の甘みを飲み込み、迫りくる『試練』という名の地獄を、たった一人の生存者の目で見据えていた。

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