魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ 作:あのさぁBOT
王都から、エミリアたちが帰って来た。
といっても、アーラム村の近くを竜車が通っただけで、確証があるわけではない。しかし、僕の原作知識が、その竜車に乗っているのが、スバルと喧嘩別れしてきたエミリアであることを告げていた。
それはつまり、この後すぐに、ペテルギウスがロズワール邸を包囲し、中にいる者すべてを皆殺しにすることを意味する。
遠ざかる竜車の轍を見送りながら、僕の背筋には氷の柱が突き立てられたような悪寒が走っていた。
エミリアは戻った。だが、そこには彼女の盾となるスバルはいない。そして、レムもいない。
屋敷に残っている戦力は、パックとの契約により自身のマナを使えないエミリアと、ロズワールの留守を預かるラムだけだ。
「……始まる」
呟きは、湿った森の空気に吸い込まれた。
森の深奥から、鳥たちが一斉に羽ばたく音が聞こえる。それは生命の輝きが消える前の、最後の羽音だ。
ペテルギウス率いる『指先』たちが、ロズワール邸を囲むように展開を始めている。彼らの「愛」という名の狂気が、じわじわと物理的な熱を持って、この平和な村の境界線まで浸食してきているのを感じた。
「ねえ、アンちゃん。さっきからどうしたの? ずっと震えてるよ」
ペトラが僕の顔を覗き込む。彼女の瞳は、今この瞬間にロズワール邸が危機に瀕していることなど知りもしない、純粋な色をしていた。
「……なんでもないよ。ただ、ちょっとお腹が空いただけ。朝から、あんまり食べられなかったから」
僕は震える指先を隠すように、ぎゅっと自分の腹を抱えて笑ってみせた。
ペトラは「もう、アンちゃんたら食いしん坊なんだから!」と無邪気に笑い、今度こそ僕の手を引いて家の方へと歩き出す。その温かい手の感触が、今は鋭い棘のように僕の心を刺した。
―
それから数日。
村は不気味なほど静かだった。
しかし、僕の『傲慢』のリストは、刻一刻と変化する周囲の殺気を敏感に感じ取っていた。
ロズワール邸の方は、もはや完全に「死の澱み」と化している。エミリアが絶望しているのか、あるいはラムが孤軍奮闘しているのか。もうすでにどちらも死んでいるのか。
状況から察するに、おそらく、スバルはまだ死に戻りをしていない。しても1、2回程度だろう。
でなければ、この状況が成立するはずがない。
きっと、今回のことは無かったことになるだろう。そう思うと、ただでさえ低い『試練』に対するモチベーションが、二度と掘り返すことが出来ない地の底へ沈んでいくようだ。
僕はぼうっと「アンちゃん」として過ごすことにした。
そんな膠着した時間の中、その「青」は唐突に現れた。
村の入り口、砂埃を上げて停まった一台の竜車。そこから降り立ったのは、スバルと共に王都へ向かったはずのレムだった。
だが、その姿に余裕は無く、怒りと焦りに支配されているようだった。何より、いつも献身的な光を宿していたその瞳が、今は獲物を狙う野獣のように鋭く、冷たく研ぎ澄まされていた。
「……アンさん。少し、いいですか」
ペトラたちといた僕を、レムの視線が射貫いた。
拒絶を許さない声。僕は引き攣りそうになる頬を必死に抑え、「あ、レムさん……お帰りなさい」と精一杯の「アンちゃん」を演じて見せた。
レムはそれには答えず、顎で村の外れ、人気のない裏山の方を指した。
「こ、ここじゃ、ダメなんですか…?」
「いいからついてきてください」
連れてかれたのは裏山の奥、村の喧騒が届かない鬱蒼とした茂み。
レムは足を止めると、振り返ることもなくその右手を横に流した。チャキリ、と金属が擦れる不吉な音が響き、彼女のメイド服の袖から、無骨な棘が並ぶ鉄球――モーニングスターが重々しく地面に落ちた。
「……レム、さん……?」
僕は震える声を絞り出した。足がすくむ。逃げ出そうにも、背後にはレムの殺気が壁のように立ちふさがっている。
「アンさん。……いえ、魔女教徒」
レムがゆっくりと振り返る。その額からは、純白の輝きを放つ『鬼の角』が突き出し、周囲の空気をバチバチと震わせていた。
彼女の鼻は、僕からの濃密な「魔女の残り香」を、明確な敵意として認識している。
「私のスバルくんと姉さまに何をした。答えろ」
「な、何って……急に言われても………」
「白々しいッ!!」
激昂と共に振り下ろされた鉄球が、僕のすぐ横の地面を粉砕した。土砂が頬を打ち、恐怖で呼吸が止まる。
「数日前、スバルくんのゲートを治療していたフェリスさんが、呪いを発見したんです。それは、最近十名の騎士たちに刻まれたものと同じだと、フェリスさんは告げました。そして時を同じくして、共感覚で姉さまの身に何かが起きたのが伝わってきました。それは、漠然とした、気配のようなモノでしたが……ここまで言えば、愚かな魔女教徒でも分かるでしょう」
レムの瞳には、かつて家族の大切なものを奪われた夜を憎むような、地獄の業火が宿っていた。
「スバルくんは……あの人はお人好しだから、あなたの可哀想な境遇に騙された。けれど、レムの鼻は騙せません」
レムがじり、と間詰めを寄せる。鉄球が土の上をずるりと這い、死神の鎌のような音を立てた。
「この村に来た時から、あなたからは腐った臭いがしていました。ですが、スバルくんがあなたを信じると言ったから……レムは、自分の鼻を疑うことにしたんです。けれど、それは間違いでした」
レムが一歩、踏み出す。そのたびに、鎖がジャラリと鳴り、死神の足音が近づいてくる。
「あなたは村の人たちにも触れて回っていましたね。……何をした。何を植え付けた。答えろ、狂信者。何を隠しているッ!!」
「……っ、ちが、違うんだ。僕は、ただ……っ」
僕は必死に首を振った。だが、言葉が出ない。
僕はただ、生きたかっただけ。安心感を得たかっただけ。それを言って何になる?
僕が彼らに触れるたび、権能を通じて彼らの『命の所有権』を奪ったのは事実だ。レムが感じているのは、その歪な支配の臭いだ。
「家族を殺された小さな女の子を演じて、陰で舌を出して笑いながら、この村を、スバルくんや姉さまを、レムの居場所を内側から腐らせたかっただけ、ですか?」
「違う……僕は、死にたくなかっただけだ……!」
僕の本音が、漏れ出した。
だが、その言葉はレムにとって、最悪の肯定として響いた。
「……自分の命のために、他者を踏みにじる。ええ、まさしく魔女教の、傲慢な理屈です」
レムの瞳から、最後の一滴の慈悲が消えた。
その代わりに溢れ出したのは、ドロドロとした純粋な憎悪。
「その薄汚い命のために、スバルくんの善意を泥で汚し、姉さまの安寧を奪い、村の人たちを呪った……。万死に値しますッ!」
「まっ、待って――!!」
僕が伸ばした手は、空を切り、絶望に震えた。
目の前のレムが、歪な笑みを浮かべた気がした。それは怒りの極致に達した者が浮かべる、破滅の微笑。
「――死んで償え。痴れ者が」
レムの腕が、しなりを上げて跳ねた。
重厚な鎖が空気を切り裂く、不吉な高音が鼓膜を打つ。
次の瞬間、視界を埋め尽くしたのは、血の臭いを湛えた、黒く巨大な鉄の塊。有無を言わさない死の気配。
死ぬ?
思考が白濁する。多くの魔女教徒を打ち砕いたその一撃が、今度は「傲慢」の名を冠しただけの、空っぽな大罪司教の僕に振り下ろされる。
死ぬ。
死にたくない。その一心で、僕は目を剥き、意識の奥底にあるリストに指をかけた。
死ぬんだ。
この場にいない誰か。ペトラか、村長か、あの自警団の男たちか。
嫌だやめろ。
誰でもいい。死にたくない。僕の代わりに、誰か、誰か死んでくれ――。
鉄球が、僕の視界を完全に塗り潰した。
「――ぶ、っ」
凄まじい衝撃。頭蓋骨が砕ける不快な音が脳内に響き、景色が万華鏡のように粉々に弾け飛ぶ。痛みすら通り越し、世界が真っ白な光に包まれる。
僕の意識は、そこで一度、何もない、死の虚無へと落ちた。
そして数秒後、僕は自分の指先がピクリと動くのを感じた。
鼻を突くのは、鮮烈な血の臭いと、焼けるような土の香り。そして、耳に届くのは、ジャラリ……という、レムがモーニングスターを引き戻す冷酷な音。
「……ぁ、……っ」
僕はゆっくりと、泥の中から顔を上げた。
本来なら、僕の頭は今の衝撃で熟れた果実のように弾け飛んでいたはずだ。だが、僕の頭には傷一つない。代わりに、僕の脳裏にある『リスト』から、鮮やかだった十の灯火が、ぷつりと糸が切れたように消滅していた。
誰が死んだのか、確認する余裕すらない。
ただ、僕の『傲慢』の権能が、10人の命を僕の頭蓋骨の代わりに差し出したのだ。
「……な、……」
モーニングスターを構え直そうとしたレムの動きが、凍りついた。
その瞳に宿るのは、驚愕。そして、生理的な嫌悪を極めた絶望的な拒絶。
「頭を……完全に潰したはずです。だというのに、傷一つ、ない……?」
レムの声が、細く震えている。彼女は、今自分がしたことの意味が分からず、ただ目の前で泥を払って立ち上がる『アンちゃん』という名のナニカを、この世の終わりのような形相で見つめていた。
僕は震える身体を起こし、立ち上がる。
「化け物めッ」
レムの言葉が、耳の奥で嫌な音を立てて弾けた。
「化け物」。その一言が、僕の中で張り詰めていた何かを、音を立ててブチ切った。
「…………化け、物?」
僕は、自分の声が自分のものではないように低く響くのを聞いた。
怒りで視界が赤く染まる。指先はまだガタガタと震えている。心臓は、代わりの十人が死んだショックで、ひっくり返りそうなほど脈打っている。
それなのに、腹の底から焼け付くような熱い塊がせり上がってきた。
「……ふざけるなよ」
僕は泥を払い、レムを真っ向から睨みつけた。
そこにはもう「アンちゃん」のフリをする余裕なんて、微塵も残っていなかった。
「化け物だって……? 殺しといて、よくそんなことが言えるなッ!! 今、お前は僕を殺したんだぞ! 迷いもせず、事情も聞かず、頭を、粉々にしたんだッ!!」
僕は自分の頭を指差して叫ぶ。
感覚は残っている。鉄球が脳漿をぶちまける、あのゾッとするような衝撃。意識が断絶するあの瞬間。
「痛かったんだぞ……! 怖かったんだよ!! 死にたくなくて、必死で……必死で生き延びようとしてる僕を、お前は笑って踏み潰そうとしたんだ! それを棚に上げて、化け物……!?」
「黙れッ! 生き返る人間など、まともなはずがない! あなたが今、何をしたのかは知りませんが……その不気味な命、レムが何度でも、塵になるまで叩き潰してあげます!」
レムが再び鎖を唸らせ、モーニングスターを振り上げた。
角から放たれるマナが周囲を圧し、空気そのものが彼女の怒りに同調して震える。
だが、今の僕は不思議と怖くなかった。ただ、理不尽な暴力に対する、救いようのない殺意だけが僕を突き動かしていた。
「何度でも……? 何度でも殺すのか。こんなにも死は苦しいのにッ!! 何度も殺すのかッ!! ふざけるな!! 気に食わない奴を魔女教徒だと決めつけて、殺して、それで死ななかったら化け物だと蔑んで、また殺すッ!!」
僕は一歩、踏み出した。
「『五名消費』ッ!!」
権能のリストにある、五つの灯火が消える。同時に、僕の身体に尋常でないエネルギーが駆け巡った。
レムが放ったモーニングスターを、片手で受け止める。
凄まじい衝撃が手の平を伝わる。本来なら腕ごと消し飛ぶはずの質量。だが、『五名』の命が捧げられた力は、その程度では揺るがない。
「………なッ」
レムの顔が驚愕に染まる。
そんな彼女をよそに、僕は刺すような声で虚空へ呟く。
「――剣」
僕の呟きに呼応するように、背後の茂みが不自然に波打つ。
影の中から、音もなく、まるであらかじめそこに存在していたかのように、灰色のローブを纏った魔女教徒が姿を現した。その男は虚空を見つめたまま、恭しく一本の獲物を差し出す。
それは、僕という小さな女の子の体躯にはあまりにも不釣り合いな、無骨で巨大な『処刑人の大剣』だった。
僕はその柄を掴む。ずしりと重い鉄の感触。
本来なら持ち上げることすら叶わないはずの代物だが、権能によって強化された僕の腕は、それを羽のように軽く扱い、レムに向かって切っ先を突きつけた。
「殺す」
僕の声は、自分でも驚くほど静かだった。
怒りに任せて叫び散らすフェーズは終わった。僕はただ、眼前にいる「僕を殺した女」を排除しなければならない。
足に力を込める。
一歩踏み出した瞬間、地面が爆ぜた。
「――っ、は!?」
僕は一瞬でレムの懐へと潜り込み、見上げるような形で彼女と視線を合わせた。
その瞳――驚愕と、恐怖と、そして最後まで僕を「邪悪」だと断じる拒絶の色。
それを見た瞬間、僕の心の中にあったわずかな躊躇が霧散した。
一閃。
僕は、巨大な処刑剣を、下から上へと一気に振り抜いた。
重厚な鉄の塊が、横腹から斜め上の肩にかけて、メイド服の柔らかな布地を裂き、肉を断ち、骨を砕く。
レムの華奢な身体を起点として、世界が斜めにズレた。
抵抗など無意味だった。五名の命を代償にした一撃は、鬼の硬度すら紙細工のように無力化した。
「……あ……」
レムの唇から、小さな吐息が漏れる。
彼女の体は上下に分かたれ、鮮血の飛沫が空中に真っ赤な弧を描いた。
重力に従い、彼女の上半身がゆっくりと地面へ向かって滑り落ちていく。散らばる青い髪。宙を舞う白いヘッドドレス。
ドサリ、と。
物言わぬ肉塊となった彼女が地面に転がった。
断面から溢れ出す内臓と血が、裏山の枯れ葉をどす黒く染めていく。あんなに鋭かった鬼の角は、光を失ってパキリと砕け散った。
「…………はぁ、はぁ、はぁっ……」
僕は、返り血で真っ赤に染まった処刑剣を杖代わりに、その場に膝をついた。
死んだ。殺した。
あのレムを。スバルを何度も救い、誰よりも彼を愛したはずのヒロインを、僕はこの手で真っ二つにした。
「……僕が、やったんだ。……死にたくなかったから。……あいつが、殺そうとしたから……」
静寂が、耳に痛いほど裏山を支配していた。
足元に転がる「かつてレムだったもの」。傷口からもう血は流れておらず、目にはかつての光は無く、濁り切っている。
その光景を、僕はただ見つめた。
(……これで、いいんだ。僕を殺そうとする奴が悪いんだ。僕は、ただ……。それにどうせ、この世界は巻き戻る……このことも、無かったことになる………)
自分に言い聞かせる言葉が、泥を啜るような卑屈な味を帯びて喉に絡みつく。
ふと、脳裏の『リスト』に意識を向けると、そこには僕を「アンちゃん」と呼んで慕ってくれた村人たちの灯火が、黒い空洞となって無残に穿たれていた。彼らの命を、僕は今、自らの怒りと保身のために使い潰したのだ。
「――あは、ははは」
乾いた笑いがこぼれる。
僕は返り血を拭うことも忘れ、昏い悦びに震えながら福音書を抱きしめると、地獄のような夕焼けに染まる森の奥へと、音もなく消えていった。