魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ   作:あのさぁBOT

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第14話『誰が殺した。どうやって殺された』

 夜。

 スバルは眠らず、机に向かっていた。その机上にはメモ帳が広げられている。

 「死に戻り」で得た情報によれば、襲撃が始まるのは一週間以上も先の事だ。今回はどういうわけか、かなりの猶予がある。出来ることは多い。

 だからその猶予ある時間を一秒でも無駄にしないためにも、スバルは、前回の思い出したくもない凄惨な光景を、一つ一つ思い浮かべた。

 

 事の発端は、スバルのゲートを治療するために滞在していたクルシュの屋敷にて、フェリスが自分の身体に呪いが刻まれていることを見つけたことだった。それは、最近魔女教の襲撃に遭い、生還した十名の騎士たちに刻まれていた「命を掌握する薄気味悪い呪い」と同じであると。

 それを聞いたスバルとレムは取り乱し、その次の瞬間、レムが共感覚で気配のようなモノを感じたと言った。それは、彼女曰く、負の感情的な何か、程度の漠然としたものだったと。

 

 「呪いの発見とレムが漠然と感じた負の感情。あれがすべての始まりだった。いや、もっと前から始まってたかもしれねぇ」

 

 スバルはペンを走らせる。

 前のループで、レムは何やら焦った様子で屋敷へ急いだ。スバルはそれを追うように同行するが、その途中で彼女は自分を置いて一人で村へ向かい、恐らくだがアンを処刑しようとした。

 そして彼が追い付いた頃には全てが終わっており、レムは何者かに切断され、数人の村人の頭が爆散し、ラムは捻じ曲げられ、エミリアは氷漬けになった。

 

 「……おかしいんだ。何かが、決定的に噛み合ってねぇ」

 

 スバルは自分の書いたメモを凝視し、唸った。

 エミリアが氷漬けになるのは、パックが激怒した結果だ。それはわかる。だが、その引き金はエミリアの死だ。

 村人の頭が爆散し、レムが真っ二つにされ、ラムが捻じ曲げられ、エミリアが死ぬ。

 これを行っている犯人は誰だ?

 

 「魔女教……だよな。レムがあんなに警戒してたんだ。アンちゃんが魔女教に襲われた被害者なら、あの子を追って『本物』が近くまで来てるってことか?」

 

 スバルはこめかみを指で叩く。

 もし、アンを狙う魔女教の刺客が潜んでいるのなら、レムがアンを疑ったのも無理はない。魔女の残り香を放つ少女の近くに、本物の怪物が潜んでいたのだとしたら。

 

 「……何の前触れもなく頭が弾け飛んだ、か。多分、命を掌握するっていう例の大罪司教の仕業だよな。一体いつ掌握されたんだ? 見ただけでそれが出来る、なんてチート野郎じゃねぇといいんだが……」

 

 村人たちに一切気付かれることなく、そんな非情で残酷な芸当が出来る存在。

 そんな怪物がいるのだとしたらお手上げだ。こちらがどれだけ準備をしようと、そいつが目を横に流すだけで壊滅する。

 

 「…待てよ? なんでそいつは村人だけを殺したんだ? 前回のがそいつの仕業なら、全員同じ目に遭ってるはずだろ。俺の死因もパックだったし」

 

 スバルの思考が、急速に冷え切っていく。

 書き殴ったメモの上で、ペン先が止まった。

 

 「村人の頭は『弾け飛んだ』って言ってた。……だけど、レムは『真っ二つ』だった。ラムは『捻じ曲げられて』いた。エミリアに至っては、凍っててよく見えなかったけど、大きな傷があるようには見えなかった……」

 

 死のバラエティが、あまりにも豊富すぎる。

 もし仮に、村人を殺した「見えない死神」が屋敷の面々も殺したのだとしたら、なぜ殺害方法をわざわざ変える必要がある? 効率を重視するなら、全員の頭を一瞬で爆散させれば済む話だ。

 

 「一人じゃない……のか?」

 

 スバルは、かつてのロズワールと交わした会話を、泥の中から宝石を掘り出すような必死さで思い出した。

 

 『現場には複数の大罪司教がいたと推測されている』『記録にない手口を用いる、未知の司教の存在』

 

 「複数の、大罪司教……」

 

 言葉が唇から漏れた瞬間、部屋の空気が一気に重くなった気がした。

 一人でも国家規模の災厄。それが、この静かな領地に複数入り込んでいる?

 

 「頭を爆散させる奴。レムを斬った奴。そして、ラムを捻り潰した奴……」

 

 バラバラだったパズルのピースが、血に塗れた完成図を描き始める。

 

 スバルは立ち上がり、窓の外の闇を見つめた。

 平和に見えるアーラム村の向こう側、漆黒の森の中に、それぞれ異なる殺意を持った怪物が潜んでいる。

 その中の一人は、あの子――アンちゃんを狙っている。

 いや、あるいは。

 

 「あの子を『エサ』にして、俺たち全員を、じわじわと殺そうとしてるのか……?」

 

 その仮説に至った瞬間、スバルの胃の底が焼け付くような怒りで満たされた。

 あんなに怯えている少女を、最悪の脚本の舞台装置として利用し、誰であろうと残酷に始末する。そんな冷酷非道なことをしでかすカルト集団など、あってはならない。

 

 「ふざけるな……。ふざけるなよ、魔女教……!」

 

 スバルは震える手で机を叩いた。そうして机に突っ伏したくなるような絶望感を、強引に怒りで上書きしたのだ。

 今の自分に、止まっている暇はない。

 

 「戦力がいる……。今のままじゃ、確実に詰む」

 

 屋敷にはラムが、村には自警団がいる。だが、前のループでは彼らも赤子の手をひねるように殺された。ロズワールは今回も不在を決め込む可能性が高い。頼みの綱であるパックも、エミリアが死ななければ本気を出さない。

 だが、それでは遅すぎるのだ。

 

 「誰か……、この状況をひっくり返せる、規格外の助っ人が必要だ」

 

 スバルの脳裏に、王都で出会った騎士たちの顔が浮かぶ。

 燃えるような赤髪の騎士ラインハルト。鼻持ちならないが、その実力は確からしい紫紺の騎士ユリウス。そして、老練な剣技を誇るヴィルヘルム。

 

 「……呼んでくるしかない。俺が、俺の口で、あいつらを説得して……」

 

 スバルはペンを置き、握りしめていた拳をゆっくりと開いた。

 王都での醜態、エミリアとの決別。それらを思い出すだけで胸が締め付けられる。しかしそれらの事実も、良くも悪くもループのおかげで無くなった。

 やり直せる。今度は醜態を晒さない。騎士の不興を買うことも、エミリアと決別することもしない。パーフェクトコミュニケーションを叩きだして、全員味方につけて、迫りくる大罪司教とかいう奴らをぶちのめすのだ。

 

 スバルは隣の部屋――アンが眠る壁の向こう側へと視線を向けた。

 あんなに小さくて、ただ生きるために必死で誰かの温もりを求めている幼女が、大罪司教という化け物たちの盤面に置かれている。それを指をくわえて見ていることなど、スバルには不可能だった。

 

 「――全員だ。アンちゃんも、レムも、ラムも、エミリアたんも、村の奴らも……。一人残らず、俺がこの手で生きて明日を迎えさせてやる」

 

 スバルは窓を開け、夜の冷気を深く吸い込んだ。

 漆黒の森から漂ってくる魔獣の気配も、その奥に潜む狂信者たちの殺意も、今のスバルには関係ない。

 来る王選の日、スバルは再び王都へと赴く。そこには王選候補者とその騎士たちが集っている。その時がチャンスだ。

 

 「見てろよ、運命。……お前の予定調和、俺が全部ぶっ壊してやるからな」

 

 スバルの三白眼には、死の淵を覗いた者だけが宿す、昏くも鋭い不屈の輝きが宿っていた。

 その夜、ロズワール邸の廊下を吹き抜けた風は、嵐の前の静けさを告げるように、ただ冷たく、そして静かだった。

 

 

 スバルはさらなる情報を求め、禁書庫を訪れていた。調べる内容は『大罪司教』について。あの惨場を引き起こした存在について、少しでも知っておきたいからだ。

 

 「……大罪司教について知りたいだなんて、お前、ついに頭のネジが全部吹き飛んだのかしら。そんな薄汚い連中のことを知っても、反吐が出るだけなのよ」

 

 椅子の上で分厚い本を広げていたベアトリスは、露骨に不快そうな顔でスバルを見下ろした。

 だが、スバルの瞳に宿る、逃げ場のない切実な光に気づくと、彼女は小さく溜息をつき、一冊の、装丁も剥がれかけた古書を放り投げた。

 

 「ベティが持っているのは、過去の被害報告と伝説を編纂しただけのものかしら。本物について知りたければ、福音書でも拾ってくることなのよ」

 「おう、ありがとな。ベア子」

 

 スバルは受け取った本の重みに、反射的に顔を歪めた。

 そこには、百年以上もの間、世界を震え上がらせてきた狂信者たちの記録が刻まれていた。といっても、肝心の大罪司教の記録は少なく、名前と容姿が判明しているのは二人だけであった。

 

 「……『怠惰』ペテルギウス・ロマネコンティ……『強欲』レグルス・コルニアス……」

 

 スバルはそのページを食い入るように見つめた。

 

 「『怠惰』の手口……。謎の念力。これによって、対象を文字通り引き裂き、蹂躙する。……不可視の攻撃。これだ、ラムを捻り潰したのは、これに違いない」

 

 スバルは震える指で文字をなぞる。

 前のループでのラムの凄惨な死。あれがもし、目に見えない力によるものだったとしたら、どれほどの達人であっても防ぎようがない。ラムはきっと、この力によって不意を突かれて死んだのだろう。

 

 「そして……『強欲』。城塞都市ガークラを一人で壊滅させた、最悪の司教。その手口は不明だが、英雄『八つ腕』のクルガンの力を以てしても傷一つつけられなかった。また、頑強な城壁を砕き、切り裂いた記録もある……。レムを真っ二つにしたのは、物理的な刃じゃなくて、こいつの力の結果か……?」

 

 読み進めるほどに、スバルの顔から血の気が引いていく。

 『怠惰』の目に見えない暴力と、『強欲』の触れるものすべてを削り取る断絶。

 前のループの犯人がこの二人だとしたら。それこそ、ラインハルトを連れてこない限り、自分たちに勝ち目はない。

 

 「……ベア子。その、頭が弾け飛ぶような攻撃をする奴は載ってないのか? 『命を掌握する』とか、そういう……」

 「……そんなものは知らないかしら。大罪司教の枠は六つ。空席もあれば、入れ替わりもある。けれど、『命を掌握する』司教なんて、聞いたこともないのよ」

 

 ベアトリスの答えに、スバルは再びメモ帳を睨んだ。

 載っていない。つまり、そいつは「未知」なのだ。

 記録に残っている『怠惰』や『強欲』、そして記録にすらない『頭を爆散させる謎の司教』。

 

 最低でも三人。

 この平穏な村のすぐ傍に、三人の怪物が潜んでいる。

 

 「……三人の、大罪司教」

 

 スバルは乾いた笑い声を漏らした。笑うしかない。

 一国の軍隊すら蹂躙する化け物が、この狭い領地に三人。まるで世界の終わりを告げるオーケストラが、自分のすぐ後ろで開演を待っているかのような絶望感。

 ベアトリスは、そんなスバルの様子を椅子の上からジッと見つめていた。その瞳は、いつもの不遜な輝きを失い、まるで得体の知れない深淵を覗き込んでいるかのような、薄暗い観察の色を帯びている。

 

 「……なんだよベア子。そんなに見つめられたら、隠してたベア子への愛がバレちまうだろ。サインなら後でいくらでも書いてやるからさ」

 

 スバルは努めて道化てみせ、震えそうになる指先を誤魔化すように鼻の頭を擦った。

 しかし、ベアトリスの反応はいつになく重い。彼女は椅子から音もなく飛び降りると、スバルの至近距離まで歩み寄り、その瞳をじろじろと凝視した。

 

 「……スバル、お前。その身体、一体どういうことかしら」

 「どういうことって、見ての通りのナイスガイだが……」

 「お前、気づいてないのよ」

 

 ベアトリスはその小さな指先でスバルの胸元を指差した。

 

 「お前、また呪われてるかしら。前回の魔獣の呪いといい、ベティの手を煩わせるのはやめるべきなのよ」

 「……は? 呪い? どんな?」

 

 ベアトリスの言葉に、スバルの心臓が跳ね上がった。

 「呪い」という単語。それは前のループで自身に刻まれていることをフェリスが告げ、村人たちが無残な死を遂げる引き金となった、あの「掌握」を連想させる。

 

 「ま、待てよベア子。呪いって……また魔獣か? それとも、さっき言った『命を掌握する』とかいう……」

 「落ち着くのよ。騒がしいかしら」

 

 ベアトリスはスバルの服を掴んで無理やり黙らせると、さらに顔を近づけて、その「眼」でスバルの魂の形を読み取るように凝視した。

 

 「……魔獣の呪印とは、性質がまるで違うのよ。あれは肉体を蝕む粗雑な毒だったけれど、これは……もっと、おぞましい。執着と、支配の臭いがするかしら」

 「……支配?」

 「お前の心臓の周りに、細い、けれど絶対に切れない鋼の糸が何重にも巻き付いているのよ。それはお前の命を吸っているわけでも、今すぐ殺そうとしているわけでもない。ただ――」

 

 ベアトリスが言い淀み、その表情に微かな「恐怖」が混じった。

 

 「――お前という存在を、誰かが『所有物』として定義しているような、最悪の刻印かしら」

 

 スバルの背筋に、氷柱を叩き込まれたような戦慄が走った。

 所有。支配。執着。

 その言葉から連想されるのは、前のループで見た、村人たちの「頭部の爆散」という結果だ。彼らは命を掌握され、まるで消費するかのように打ち捨てられた。

 もうすでに、あの時と同じものが自分の心臓に巻き付いているというのか。一体いつ?

 

 「……ベア子、それ、解けるか? それをつけたままだと、俺……多分、死ぬかもしれないんだ」

 「無茶を言うなかしら。こんな、『魂』と直結しているような呪い、無理に引き剥がせばお前の心臓が先に止まるのよ。……それに」

 

 ベアトリスはスバルの胸元から手を離し、一歩、後ずさりした。

 

 「……その呪いの糸。一本や二本じゃない。数えきれないほどの『別の命』が、その糸の先に繋がっているように見えるかしら」

 「……別の、命?」

 「まるで、お前が誰かの『身代わり』になるために、無数の人間の命が、ある一点を介して数珠繋ぎになっている。こんな、吐き気がするような術式、ベティも見たことがないのよ」

 

 スバルの頭の中で、パズルのピースが激しく回転し始める。

 自分の呪い。村人の死。アン。

 だが、スバルが導き出した結論は、やはり今回も残酷なまでに「アンを庇うもの」だった。

 

 (……分かった。分かったぞ。あの大罪司教――『命を掌握する』野郎は、アンを介して、もう俺にまで手を伸ばしてやがったんだ)

 

 スバルは拳を握りしめ、歯を食いしばった。

 前のループで、アンと抱き合った。手を繋いで歩いた。一緒に笑った。その時にはもう、潜んでいた大罪司教が、アンを「中継地点」にして、そばにいたスバルや村人たちを勝手に「ネットワーク」に組み込んでいたのではないか。

 その推測が、アンが魔女教から逃げきれた理由になっているように、スバルは思えた。

 

 (アンちゃんが狙われてるだけじゃねぇ。俺も、村の奴らも……全員、例の司教の『残機』にされてるんだ。あの子をエサにするだけじゃ飽き足らず、俺たちの命まで……!)

 

 「クソッ、人の命を何だと思ってやがる……!!」

 

 スバルが吐き捨てた言葉は、静まり返った禁書庫に虚しく反響した。

 ベアトリスは、まるで汚物を見るかのような不快感と、それ以上に深い憐憫を湛えた瞳でスバルを見つめている。

 

 「……ベア子、教えてくれ。この呪いを解く方法は、本当にないのか? 指をくわえて、あの司教が俺たちの命を消費するのを待つしかないのかよ!」

 

 スバルの必死の問いに、ベアトリスは首を横に振った。

 

 「術式そのものを解くのは不可能かしら。けれど、呪いには必ず『核』となる術者がいるのよ。その術者を殺せば、術式は崩壊し、糸は霧散するかしら。……理屈の上では、そうなるのよ」

 「……術者を、殺す」

 

 スバルの脳裏に、漆黒のローブを纏った狂信者の姿が浮かぶ。

 そうだ。魔獣の時と同じだ。そいつを、その「未知の司教」を見つけ出して、この手で叩き潰せば――。

 しかし、スバルの微かな希望を、ベアトリスの次の一言が残酷に打ち砕いた。

 

 「けれど、それはお勧めしないかしら。……というか、絶対にやってはならないのよ」

 「……なんでだよ。そいつを倒さなきゃ、俺の、俺たちの命は……!」

 「聞くのよ、スバル。この呪いの性質は『身代わり』だとベティは言ったかしら。それはつまり、術者が傷を負った時、その負荷は糸で繋がった『誰か』に転嫁されるということなのよ。……お前が術者の喉元を切り裂けば、その瞬間に、お前が、あるいはその糸の先にいる誰かが、代わりに死ぬことになるかしら」

 「――なっ」

 

 スバルの思考が、白く凍りついた。

 術者を倒せば、呪いは解ける。だが、術者を攻撃すれば、そのダメージで守りたいはずの連中が死ぬ。

 それはあまりにも完成された、悪意の詰まった仕組みだった。

 

 「……じゃあ、なんだよ。そいつを殺そうとすれば、俺が、アンちゃんが、村の奴らが身代わりになって死ぬ……? 誰も死なせずにそいつを倒す方法は……」

 「ないかしら。一人、また一人と『身代わり』を消費させ続け、備蓄が尽きた最後の一瞬だけが、術者を殺せる唯一の隙なのよ。……けれど、この呪いの規模を見る限り、その『最後の一人』に辿り着くまでに、一体どれだけの人間が死ぬことになるかしら」

 

 スバルはよろよろと後退りし、書棚に背中を預けた。

 膝が笑い、視界がぐにゃりと歪む。

 

 (理不尽……すぎるだろ、こんなの……)

 

 敵を倒せば味方が死ぬ。

 敵を守れば、いずれ味方が「消費」されて死ぬ。

 どちらを選んでも、待っているのは凄惨な結末だけだ。

 前のループで、村人の頭がいきなり弾け飛んだ理由。それはきっと、誰かが――あるいはレムが――森の中でその術者に手を出したからではないか。

 レムが司教を追い詰め、攻撃を繰り出すたびに、村人の命が「盾」として削られていった。

 そして最後には、レム自身も――。

 

 「あ、ああ……っ、はは……」

 

 スバルは顔を覆い、狂ったように笑った。

 王都へ行って助っ人を呼んでくる? ラインハルトを連れてくる?

 そんなことをすれば、騎士たちがその圧倒的な武力で司教を「瞬殺」した瞬間に、アンを核とした命のネットワークが爆発し、取り返しがつかない事態になる。

 「最強の助っ人」すら、この呪いの前では「最悪の引き金」に成り下がる。

 もうすでに、スバルは詰んでいたのだ。

 

 「……スバル、もう諦めるのよ。その術者は、最初から勝負なんてしてないかしら。ただ、お前たちの命を『詰み』の状態に置いて、楽しんでいるだけなのよ」

 

 ベアトリスの声が、遠くで聞こえる。

 だが、スバルの内側で燃える「怒り」だけは、その絶望を拒絶していた。

 

 (……ふざけるな。誰が諦めるか。そんな理不尽、認めてたまるかよ……!)

 

 ああ、そうだろう。俺の死は確定したのだろう。

 だが、それがどうした。泣き寝入りする気は毛頭ない。

 

 脳内で忌々しい台詞が反響する。

 

 『君は無力で、救いがたい』

 違う。無力なんかじゃない。俺には誰にも出来ない「死に戻り」が出来る。その気になれば、誰だって救える。救ってみせる。

 

 『私のために…? 自分のためでしょ?』

 違う。君のためだ。君たちのためだ。だから地獄の中でも頑張り続けた。正解を求めてあがき続けた。全部俺が、君たちのために頑張りたいと思ったからやったんだ。

 

 『スバルきゅんが行ったって状況は変わったりしない。行くだけ無駄』

 違う。俺が行かなきゃ状況は変わらない。それで何が起きたか知って、次のループで対策を立てられるのは自分しかいない。だから、自分は無駄な存在なんかじゃない。 

 

 スバルは顔を上げ、血の滲むほど奥歯を噛み締めた。

 アンという可哀想な少女を人質に取り、村人全員を「盾」にして笑っている大罪司教。

 その顔も知らない怪物に対して、スバルはかつてないほどの、どす黒い殺意を抱いた。

 

 (必ず見つけてやる…。そのために俺のやることは変わらない。戦力を集めて、数でそいつを探し出して、追い詰める…!!)

 (そして、どうにかして身代わりを一人も出さずに、その司教を殺してやる……!!)

 

 スバルのその誓いこそが、己をさらなる地獄へと誘う片道切符であることに、まだ彼は気づいていない。

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