魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ   作:あのさぁBOT

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第15話『慈悲たっぷりの無慈悲』

 ロズワール邸の一室にて。

 僕はふかふかのベッドに身体を沈めながら、スバルの行動について思考を巡らせていた。

 初めて会った時、鬼気迫った様子で「アン」――恐らく僕の偽名――を連呼し、抱き着いて来た。そして、安全な場所に連れて行くと言い出し、この僕にとっては危険だらけのロズワール邸に連れてこられた。

 このことから察するに、彼は死に戻りをした。それも、中々に悲惨な結果になったようだ。

 というか、僕に抱き着いてきたり、安全な場所に連れて行くとか言ってきたりするということは、前回の僕は酷い末路を辿ったということなのだろうか。

 僕は、ダボついた借り物の服の袖をいじりながら、冷めた思考の裏側で薄ら寒い恐怖を感じていた。

 

 思い返せば、広場で見つかった瞬間の彼の顔。あれは「再会」を喜ぶ顔ではなかった。

 まるで、一度バラバラに砕け散った宝物を、血まみれの泥の中から必死にかき集めて、奇跡的に元通りになったのを確認するような……そんな、狂気じみた安堵だった。

 

 (僕が、死んだのか……?)

 

 僕は確かに死ぬ。だがすぐに生き返る。ストックが残っていれば、の話だが。

 だけど、スバルのあの瞳。あれは生き返る人間に出会ったものではない。確実な死、あるいはそれ以上の何かが起こったような、どうしようもない喪失を味わった眼だった。

 

 (……前回の僕は、どうなった?)

 

 想像するだけで、指先が凍りつくような感覚に襲われる。

 レムに殺されたのか? ペテルギウスに殺されたのか? パックに殺されたのか? ロズワールに? ラムに? ラインハルトに? ヴィルヘルムに? ユリウスに? 他の大罪司教に?

 誰だってありうる。どうなってもおかしくない。今は何周目だ。前回のスバルはどうやって死んだんだ。何も分からない。

 僕は、一体何のために、ロズワール邸に招かれたのだろう…?

 

 (スバルは、僕を守るためだ、と。でも本当に? 騙されてる? もうバレてるかもしれない。僕を騙して、効率よく殺そうとしているかもしれない。分からない、分からない! 怖い…怖いこわい…!!)

 

 「ひっ……う、あ……」

 

 自分の口から漏れた情けない声が、静かな客室に響く。

 僕は自分の細い肩を抱きしめ、ガタガタと震えながらベッドの隅で丸まった。

 

 スバル。あの男の瞳。

 さっき廊下で僕に笑いかけてきたとき、彼の三白眼の奥には、僕を愛おしむ光と一緒に、ドロリとした「何か」が渦巻いていた。

 あれは、執念だ。

 一度失ったものを、今度は指の一本すら欠けさせないという、呪いにも似た強烈な独占欲。

 

 (前回の僕……そんなに酷い死に方をしたの……?)

 

 想像するだけで、内臓を冷たい手で掴まれるような悪寒が走る。

 『傲慢』の権能があるから、僕は完全には死なない。少なくとも、誰かの命がある限りは。

 でも、もし、その誰かを使い切ってしまうほどの……あるいは、権能すら通用しないような「何か」に、前回の僕は襲われたのだとしたら?

 

 もう、さっさと逃げてしまった方が身のためな気がする。

 でも、それは出来ない。逃げたせいで、僕は死んだのかもしれないから。

 スバルのあの態度が、僕の死に繋がる、ありとあらゆる可能性を示唆している。

 

 「……怖い。怖いよ、スバル」

 

 僕は震える手でシーツを握りしめ、闇に溶けゆく部屋の隅を見つめた。

 その時だった。

 

 「――アンちゃん!!」

 

 その呟きが、部屋の空気に溶けきるよりも早く、扉が乱暴に跳ね上がった。

 あまりの勢いに、蝶番が悲鳴を上げ、壁が震える。そこに立っていたのは、鬼気迫った様子で僕を見つめるスバルだった。

 

 「ひっ……!」

 

 僕は反射的に、シーツを頭から被り、ベッドの角へと逃げた。

 怖い。やっぱりこの男は、僕が何者であるかを知っている。そうでなければ、こんな深夜に、他人の部屋に土足で踏み込んでくるはずがない。

 シーツ越しに伝わってくる、彼の重苦しい気配。それは執念という名の毒で塗り固められた、巨大な影のように僕を覆った。

 

 「……やめて、来ないで……っ!」

 

 シーツの中で丸まり、僕は震える声で叫んだ。

 この男の瞳に宿っていた、あの「ドロリとした何か」。それが、今この暗闇で牙を剥き、僕をバラバラに解体しようとしている。そんな妄想が頭を支配して離れない。

 ガサリ、とベッドの縁に重みがかかった。彼が僕に手を伸ばしている。その手が、首筋を締め上げるのか、あるいは心臓を貫くのか。

 

 「来るなッ…! 来るなくるなぁ……ッ!!」

 「落ち着け! アンちゃん、落ち着いてくれ……っ!」

 

 シーツを掴み、狂ったように拒絶する僕の叫びを遮るように、熱い感触が僕を包み込んだ。

 スバルの腕だった。彼はシーツごと僕を抱きしめ、その場に跪くようにして、僕の震えを力ずくで押さえ込んだ。

 

 「……はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

 

 僕は酸欠の魚のように口をパクつかせ、彼の腕の中で暴れた。だが、スバルはびくともしない。

 それどころか、彼は泣きそうな声で、何度も、何度も僕の名を呼び続けた。

 

 「……ごめん。ごめんな。怖がらせるつもりじゃなかったんだ。ただ、お前の泣いてる声が聞こえて……身体が勝手に動いちまったんだよ」

 

 彼の声は、さっきまでの鬼気迫ったものとは違い、ひどく掠れて、情けないほどに震えていた。

 僕はシーツの隙間から、恐る恐る彼を伺い見た。

 月光に照らされたスバルの顔は、僕を「獲物」として狙う捕食者のものではなかった。

 そこにあるのは、自分自身の無力さに打ちひしがれ、大切なものを壊すことを何より恐れている、一人の臆病な人間の貌だった。

 

 「僕を……殺しに来たんじゃないの…?」

 「はぁ、殺す? ……バカ言え。そんなこと、天地がひっくり返ってもあるもんか」

 

 スバルはシーツの上から、壊れ物に触れるような手つきで僕の背中をさすった。その掌からは、痛いほどの熱と、隠しきれない震えが伝わってくる。

 

 「俺は……俺はお前を守りに来たんだ。お前を泣かせる全てから、お前を奪い去ろうとするクソったれな連中から、全力で引き剥がしてやりたいだけなんだよ」

 

 僕はシーツを少しだけ下げて、彼の顔を凝視した。

 スバルの三白眼は、相変わらず鋭く、昏い決意に満ちている。けれど、そこから向けられる視線は、僕を射抜くためのものではなく、僕の代わりに何か恐ろしいものを見据えているようだった。

 

 「……嘘だ。スバルくん、さっき、怖い顔してた。今でも、ちょっと怖い顔してる」

 

 僕が絞り出すように告げると、スバルは一瞬だけ表情を歪め、それから自嘲気味に息を吐いた。

 

 「……バレてたか。かっこつかねぇな。……そうだよな。お前みたいな子供にまで、そんな風に思わせちまうんだ。今の俺は、相当ヤベぇ顔してるんだろうよ」

 

 スバルは僕を抱きしめたまま、ゆっくりとベッドに腰を下ろした。僕を膝の上に乗せるような格好になり、彼は僕の小さな後頭部を、自分の肩口に預けさせた。

 

 「俺、さっきまで調べてたんだ。お前を、そして俺たちを呪ってる奴の正体を。……そいつが、あまりにも非道で、救いようのないクズだって分かって……怒りで、頭がおかしくなりそうだったんだ」

 

 呪ってる奴。……僕のことだ。

 この男は、僕が『傲慢』の権能で彼を縛っていることを、別の「誰か」の仕業だと思い込んでいる。

 

 「あいつらは……魔女教って連中は、お前の心を壊して、お前の命を盾にして笑ってやがる。お前はただの被害者なのに、魔女の臭いをさせてるってだけで、レム……屋敷の奴らにも疑われて……。そんなの、あんまりだろ」

 

 スバルの腕に、ぐっと力がこもる。

 それは僕を束縛する力ではなく、僕がどこかへ消えてしまわないように、必死に繋ぎ止めている祈りの力だった。

 

 「……僕は、魔女教じゃないよ?」

 「分かってる。分かってるさ。お前がそんな連中なわけないだろ。……あいつらは、お前を道具としてしか見てない怪物だ。でも、俺は違う」

 

 スバルは顔を上げ、僕の瞳を真っ直ぐに射抜いた。その瞳の奥にある「ドロリとした何か」は、今や純粋な『守護』への執着へと昇華されている。

 

 「俺は、ナツキ・スバルだ。お前の友達で、お前の味方だ。……お前がどれだけ怖がっても、俺は絶対に離さない。お前を一人で戦わせたりしない。たとえ世界中の奴らがお前を疑っても、俺だけは、お前の白さを信じてやる。ちょっと、キザったらしい台詞だけどよ、本気だ」

 「スバル、くん…」

 

 スバルはそう言って、僕の頭を何度も、大きな手で撫でた。

 その温もりは、僕がこれまで過ごしてきた歪な月日の中で、一度も触れたことのないほど純粋なものだった。

 

 僕を「白」だと信じる。世界が疑っても、味方でいてくれる。

 

 その言葉を聞いた瞬間、僕の胸の奥で、言いようのないドロドロとした感情が鎌首をもたげた。

 おかしい。おかしいよ、スバル。

 君が憎んでいる「救いようのないクズ」は、今、君の腕の中にいる。君が「非道」と呼んだ者は、君の膝の上で震えている。

 

 僕は、スバルの胸元に顔を埋めたまま、小さく唇を震わせた。

 聞くんだ。聞いてやるんだ。

 彼のその高潔な善意が、全くの見当違いで酷く滑稽なものだった時、何を思い、何をするのかを。

 

 「……ねえ、スバルくん」

 「ん? なんだ、アンちゃん。まだ怖いか?」

 

 僕は、スバルの服をぎゅっと握りしめた。

 暗闇の中で、僕の瞳からすっと温度が消える。

 

 「……もしも、だよ。スバルくんが『救いようのないクズ』だって断じた……その魔女教の人が」

 「……」

 「どうしても、そうするしかなかったとしたら。……そうしなきゃ、自分が死んじゃうから。……怖くて、怖くて、誰かを盾にするしか生きる方法がなかったんだとしたら、スバルくんはどうするの?」

 

 スバルの身体が、一瞬だけ硬直したのが分かった。

 僕はさらに言葉を重ねる。

 

 「その人が、本当はただの、弱くて臆病な……今の僕みたいに、震えることしかできない子供だったとしたら。それでもスバルくんは、その人を許せないの……?」

 

 沈黙が、重く部屋を支配した。

 僕の問いかけは、スバルが抱いている勧善懲悪の物語に冷水を浴びせるような、不吉な響きを孕んでいた。

 スバルはしばらくの間、何も答えなかった。

 ただ、窓の外から差し込む月光が、彼の険しい表情を青白く切り取っている。

 やがて、スバルは深く、長く、肺の底に溜まった澱を吐き出すように息をついた。

 

 「……アンちゃんは、優しいな。自分をそんな目に遭わせた奴のことにまで、そんな風に心を痛めちまうのか」

 

 スバルは僕の肩を抱く手に、さらなる力を込めた。

 その力は、僕の問いかけに対する否定ではなく、何かを必死に抑え込もうとする抵抗のように感じられた。

 

 「……正直に言うぜ。俺は、そんなに出来た人間じゃねぇ」

 

 スバルの声が、耳元で低く響く。

 

 「理由があれば、誰かの頭を弾けさせていいのか? 怖ければ、誰かを真っ二つにしたり、捻じ曲げたりしていいのか? ……そんなわけねぇだろ。どんな事情があろうと、奪われた命は戻ってこねぇ。そのクズが震える子供だろうが、泣き喚く弱者だろうが、犯した罪の重さは変わらねぇんだ」

 

 スバルの言葉は、冷たく、鋭い刃となって僕の胸を抉った。

 やっぱり、この男に真実を話してはいけない。バレた瞬間に、この温かい腕は、僕の首をへし折る万力へと変わる。

 だが、スバルはそこで言葉を止めなかった。

 

 「……でもよ」

 

 スバルは僕を引き剥がし、両手で僕の小さな頬を包み込んだ。

 無理やり顔を上げさせられ、僕は彼の瞳を正面から見据えることになった。そこには、先ほどまでの怒りとは違う、もっと深い、暗い共感の色が混じっていた。

 

 「もし、そのクズが……本当はお前みたいに、ただ生きたくて、怖くて、誰かに助けてほしかっただけの子供なんだとしたら。……俺は、そいつをぶん殴って、泣き喚くそいつを引きずり回してでも、まずは『やめろ』って言ってやる」

 「……え?」

 「罪を許すことはできねぇ。死んだ連中への落とし前もつけなきゃいけない。……でも、そいつがもし、たった一人でその地獄にいたんだとしたら。……俺がその『盾』になってやる。誰かを殺さなくても生きていける方法を、俺が死ぬ気で探してやる。……それが、俺のやり方だ」

 

 スバルは鼻をすすり、不器用に笑ってみせた。

 その笑顔は、泥にまみれてもなお輝こうとする、愚かしくも美しい「お人好し」の輝きだった。

 

 「アンちゃん。俺は、弱い奴が必死に生きようとすること自体を否定したくないんだ。方法が間違ってたなら、正してやりたい。……もし俺がもっと早くそいつに出会って、こうしてお前を抱きしめてるみたいに、『大丈夫だ』って言ってやれてたら、何かが変わってたかもしれないだろ?」

 

 心臓が、跳ねた。身体の芯が、熱を帯びたように痺れる。

 僕はスバルの胸に再び顔を埋め、彼の心音を聞いた。ドクン、ドクン、と刻まれる一定のリズム。

 この男は、僕のために、自分の命を投げ出す準備ができている。

 

 「……スバルくんは、本当にバカだね」

 「おいおい、せっかく良いこと言ったのにバカ扱いはひどくないか!? これでも一生懸命考えたんだぜ?」

 

 スバルが照れ隠しに声を荒らげる。

 その振動が心地よくて、僕は彼の胸に額を押し付けた。

 バカだ。本当に、底抜けのバカだ。僕がその「クズ」だと知れば、彼は自分の言葉を後悔するだろうか。それとも、本当に僕を引きずり回して「やめろ」と叫ぶのだろうか。

 分からない。でも、今は。

 この温かい絶望の中に、もう少しだけ浸っていたいと思った。

 

 「……なぁ、アンちゃん」

 

 スバルが不意に、真剣なトーンで僕の肩を揺らした。

 

 「数日後、エミリアたん……あ、銀髪の超絶美少女な。彼女の用事で、王都に行くことになったんだ」

 

 王都。

 その言葉を聞いた瞬間、僕の脳裏に最悪の人物が浮かび上がった。

 燃え盛るような髪と気配を持った最強の『剣聖』ラインハルト。

 あそこには奴がいる。僕のような存在を、ただ一振りで塵に変えることができる「正義の怪物」がいる場所だ。

 

 「……僕は、行きたくない。ここにいたいよ、スバルくん」

 「ダメだ。それだけは、絶対に譲れねぇ」

 

 スバルの声には迷いが無かった。

 彼は僕の目を見つめ、これ以上ないほど断固とした口調で続けた。

 

 「この屋敷は……もう安全じゃない。レムも、ラムも、エミリアたんも、みんなを守るには力が足りないんだ。前の……あー、いや、俺の予感じゃ、ここはもう狙われてる。王都にはラインハルトがいる。あいつの側なら、どんな大罪司教だって手は出せねぇ」

 

 ……逆だ。逆だよ、スバル。

 あいつの側こそが、僕にとっての処刑台なんだ。

 

 「嫌だ……怖い。行きたくない……!」

 

 僕は必死に首を振った。ラインハルトに会えば、僕の『傲慢』の因子が、一瞬で見透かされる。

 だが、スバルは僕の拒絶を「魔女教への恐怖」だと完全に履き違えていた。

 

 「怖いよな。でも、俺を信じろ。俺がずっと隣にいてやる。ラインハルトにも、お前のことは『魔女教に襲われた子で、俺の家族みたいなもんだ』って紹介してやるからさ」

 

 家族。スバルの口から出たその言葉が、僕の胸を鈍く打つ。

 この男は、僕を王都という名の「屠殺場」へ、善意百パーセントで連れて行こうとしている。

 

 (逃げられない……)

 

 スバルの腕の中は、世界で一番温かくて、世界で一番逃げ場のない檻だった。

 

 王都へ行けば、何かが変わる。その変化は、きっと悪い方角だ。

 だけど、逆に考えれば、これはチャンスでもある。

 スバルの庇いのおかげで、ラインハルトたちに「守るべき対象」と思ってくれるかもしれない。

 僕はもともと、スバルの懐に入るためにアーラム村へ足を運んだ。そしてそれは、恐らく前回のループで成功した。ならば、次のステップに入るのもアリなのではないだろうか。

 そんな打算が、僕の脳内を駆け巡る。

 いつもならリスクがありすぎると否定しただろう。今のままで十分と満足しただろう。

 だけど、今は、スバルを少し信じてみたくなった。

 

 「……分かった。スバルくんがそこまで言うなら、僕、行くよ。だから、ちゃんと守ってね?」

 「ああ。任せとけ。お前には指一本、誰にも触れさせねぇよ」

 

 スバルは満足げに笑って、僕の頭を乱暴に、けれど優しくかき回した。

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