魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ 作:あのさぁBOT
ロズワール邸の一室にて。
僕はふかふかのベッドに身体を沈めながら、スバルの行動について思考を巡らせていた。
初めて会った時、鬼気迫った様子で「アン」――恐らく僕の偽名――を連呼し、抱き着いて来た。そして、安全な場所に連れて行くと言い出し、この僕にとっては危険だらけのロズワール邸に連れてこられた。
このことから察するに、彼は死に戻りをした。それも、中々に悲惨な結果になったようだ。
というか、僕に抱き着いてきたり、安全な場所に連れて行くとか言ってきたりするということは、前回の僕は酷い末路を辿ったということなのだろうか。
僕は、ダボついた借り物の服の袖をいじりながら、冷めた思考の裏側で薄ら寒い恐怖を感じていた。
思い返せば、広場で見つかった瞬間の彼の顔。あれは「再会」を喜ぶ顔ではなかった。
まるで、一度バラバラに砕け散った宝物を、血まみれの泥の中から必死にかき集めて、奇跡的に元通りになったのを確認するような……そんな、狂気じみた安堵だった。
(僕が、死んだのか……?)
僕は確かに死ぬ。だがすぐに生き返る。ストックが残っていれば、の話だが。
だけど、スバルのあの瞳。あれは生き返る人間に出会ったものではない。確実な死、あるいはそれ以上の何かが起こったような、どうしようもない喪失を味わった眼だった。
(……前回の僕は、どうなった?)
想像するだけで、指先が凍りつくような感覚に襲われる。
レムに殺されたのか? ペテルギウスに殺されたのか? パックに殺されたのか? ロズワールに? ラムに? ラインハルトに? ヴィルヘルムに? ユリウスに? 他の大罪司教に?
誰だってありうる。どうなってもおかしくない。今は何周目だ。前回のスバルはどうやって死んだんだ。何も分からない。
僕は、一体何のために、ロズワール邸に招かれたのだろう…?
(スバルは、僕を守るためだ、と。でも本当に? 騙されてる? もうバレてるかもしれない。僕を騙して、効率よく殺そうとしているかもしれない。分からない、分からない! 怖い…怖いこわい…!!)
「ひっ……う、あ……」
自分の口から漏れた情けない声が、静かな客室に響く。
僕は自分の細い肩を抱きしめ、ガタガタと震えながらベッドの隅で丸まった。
スバル。あの男の瞳。
さっき廊下で僕に笑いかけてきたとき、彼の三白眼の奥には、僕を愛おしむ光と一緒に、ドロリとした「何か」が渦巻いていた。
あれは、執念だ。
一度失ったものを、今度は指の一本すら欠けさせないという、呪いにも似た強烈な独占欲。
(前回の僕……そんなに酷い死に方をしたの……?)
想像するだけで、内臓を冷たい手で掴まれるような悪寒が走る。
『傲慢』の権能があるから、僕は完全には死なない。少なくとも、誰かの命がある限りは。
でも、もし、その誰かを使い切ってしまうほどの……あるいは、権能すら通用しないような「何か」に、前回の僕は襲われたのだとしたら?
もう、さっさと逃げてしまった方が身のためな気がする。
でも、それは出来ない。逃げたせいで、僕は死んだのかもしれないから。
スバルのあの態度が、僕の死に繋がる、ありとあらゆる可能性を示唆している。
「……怖い。怖いよ、スバル」
僕は震える手でシーツを握りしめ、闇に溶けゆく部屋の隅を見つめた。
その時だった。
「――アンちゃん!!」
その呟きが、部屋の空気に溶けきるよりも早く、扉が乱暴に跳ね上がった。
あまりの勢いに、蝶番が悲鳴を上げ、壁が震える。そこに立っていたのは、鬼気迫った様子で僕を見つめるスバルだった。
「ひっ……!」
僕は反射的に、シーツを頭から被り、ベッドの角へと逃げた。
怖い。やっぱりこの男は、僕が何者であるかを知っている。そうでなければ、こんな深夜に、他人の部屋に土足で踏み込んでくるはずがない。
シーツ越しに伝わってくる、彼の重苦しい気配。それは執念という名の毒で塗り固められた、巨大な影のように僕を覆った。
「……やめて、来ないで……っ!」
シーツの中で丸まり、僕は震える声で叫んだ。
この男の瞳に宿っていた、あの「ドロリとした何か」。それが、今この暗闇で牙を剥き、僕をバラバラに解体しようとしている。そんな妄想が頭を支配して離れない。
ガサリ、とベッドの縁に重みがかかった。彼が僕に手を伸ばしている。その手が、首筋を締め上げるのか、あるいは心臓を貫くのか。
「来るなッ…! 来るなくるなぁ……ッ!!」
「落ち着け! アンちゃん、落ち着いてくれ……っ!」
シーツを掴み、狂ったように拒絶する僕の叫びを遮るように、熱い感触が僕を包み込んだ。
スバルの腕だった。彼はシーツごと僕を抱きしめ、その場に跪くようにして、僕の震えを力ずくで押さえ込んだ。
「……はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
僕は酸欠の魚のように口をパクつかせ、彼の腕の中で暴れた。だが、スバルはびくともしない。
それどころか、彼は泣きそうな声で、何度も、何度も僕の名を呼び続けた。
「……ごめん。ごめんな。怖がらせるつもりじゃなかったんだ。ただ、お前の泣いてる声が聞こえて……身体が勝手に動いちまったんだよ」
彼の声は、さっきまでの鬼気迫ったものとは違い、ひどく掠れて、情けないほどに震えていた。
僕はシーツの隙間から、恐る恐る彼を伺い見た。
月光に照らされたスバルの顔は、僕を「獲物」として狙う捕食者のものではなかった。
そこにあるのは、自分自身の無力さに打ちひしがれ、大切なものを壊すことを何より恐れている、一人の臆病な人間の貌だった。
「僕を……殺しに来たんじゃないの…?」
「はぁ、殺す? ……バカ言え。そんなこと、天地がひっくり返ってもあるもんか」
スバルはシーツの上から、壊れ物に触れるような手つきで僕の背中をさすった。その掌からは、痛いほどの熱と、隠しきれない震えが伝わってくる。
「俺は……俺はお前を守りに来たんだ。お前を泣かせる全てから、お前を奪い去ろうとするクソったれな連中から、全力で引き剥がしてやりたいだけなんだよ」
僕はシーツを少しだけ下げて、彼の顔を凝視した。
スバルの三白眼は、相変わらず鋭く、昏い決意に満ちている。けれど、そこから向けられる視線は、僕を射抜くためのものではなく、僕の代わりに何か恐ろしいものを見据えているようだった。
「……嘘だ。スバルくん、さっき、怖い顔してた。今でも、ちょっと怖い顔してる」
僕が絞り出すように告げると、スバルは一瞬だけ表情を歪め、それから自嘲気味に息を吐いた。
「……バレてたか。かっこつかねぇな。……そうだよな。お前みたいな子供にまで、そんな風に思わせちまうんだ。今の俺は、相当ヤベぇ顔してるんだろうよ」
スバルは僕を抱きしめたまま、ゆっくりとベッドに腰を下ろした。僕を膝の上に乗せるような格好になり、彼は僕の小さな後頭部を、自分の肩口に預けさせた。
「俺、さっきまで調べてたんだ。お前を、そして俺たちを呪ってる奴の正体を。……そいつが、あまりにも非道で、救いようのないクズだって分かって……怒りで、頭がおかしくなりそうだったんだ」
呪ってる奴。……僕のことだ。
この男は、僕が『傲慢』の権能で彼を縛っていることを、別の「誰か」の仕業だと思い込んでいる。
「あいつらは……魔女教って連中は、お前の心を壊して、お前の命を盾にして笑ってやがる。お前はただの被害者なのに、魔女の臭いをさせてるってだけで、レム……屋敷の奴らにも疑われて……。そんなの、あんまりだろ」
スバルの腕に、ぐっと力がこもる。
それは僕を束縛する力ではなく、僕がどこかへ消えてしまわないように、必死に繋ぎ止めている祈りの力だった。
「……僕は、魔女教じゃないよ?」
「分かってる。分かってるさ。お前がそんな連中なわけないだろ。……あいつらは、お前を道具としてしか見てない怪物だ。でも、俺は違う」
スバルは顔を上げ、僕の瞳を真っ直ぐに射抜いた。その瞳の奥にある「ドロリとした何か」は、今や純粋な『守護』への執着へと昇華されている。
「俺は、ナツキ・スバルだ。お前の友達で、お前の味方だ。……お前がどれだけ怖がっても、俺は絶対に離さない。お前を一人で戦わせたりしない。たとえ世界中の奴らがお前を疑っても、俺だけは、お前の白さを信じてやる。ちょっと、キザったらしい台詞だけどよ、本気だ」
「スバル、くん…」
スバルはそう言って、僕の頭を何度も、大きな手で撫でた。
その温もりは、僕がこれまで過ごしてきた歪な月日の中で、一度も触れたことのないほど純粋なものだった。
僕を「白」だと信じる。世界が疑っても、味方でいてくれる。
その言葉を聞いた瞬間、僕の胸の奥で、言いようのないドロドロとした感情が鎌首をもたげた。
おかしい。おかしいよ、スバル。
君が憎んでいる「救いようのないクズ」は、今、君の腕の中にいる。君が「非道」と呼んだ者は、君の膝の上で震えている。
僕は、スバルの胸元に顔を埋めたまま、小さく唇を震わせた。
聞くんだ。聞いてやるんだ。
彼のその高潔な善意が、全くの見当違いで酷く滑稽なものだった時、何を思い、何をするのかを。
「……ねえ、スバルくん」
「ん? なんだ、アンちゃん。まだ怖いか?」
僕は、スバルの服をぎゅっと握りしめた。
暗闇の中で、僕の瞳からすっと温度が消える。
「……もしも、だよ。スバルくんが『救いようのないクズ』だって断じた……その魔女教の人が」
「……」
「どうしても、そうするしかなかったとしたら。……そうしなきゃ、自分が死んじゃうから。……怖くて、怖くて、誰かを盾にするしか生きる方法がなかったんだとしたら、スバルくんはどうするの?」
スバルの身体が、一瞬だけ硬直したのが分かった。
僕はさらに言葉を重ねる。
「その人が、本当はただの、弱くて臆病な……今の僕みたいに、震えることしかできない子供だったとしたら。それでもスバルくんは、その人を許せないの……?」
沈黙が、重く部屋を支配した。
僕の問いかけは、スバルが抱いている勧善懲悪の物語に冷水を浴びせるような、不吉な響きを孕んでいた。
スバルはしばらくの間、何も答えなかった。
ただ、窓の外から差し込む月光が、彼の険しい表情を青白く切り取っている。
やがて、スバルは深く、長く、肺の底に溜まった澱を吐き出すように息をついた。
「……アンちゃんは、優しいな。自分をそんな目に遭わせた奴のことにまで、そんな風に心を痛めちまうのか」
スバルは僕の肩を抱く手に、さらなる力を込めた。
その力は、僕の問いかけに対する否定ではなく、何かを必死に抑え込もうとする抵抗のように感じられた。
「……正直に言うぜ。俺は、そんなに出来た人間じゃねぇ」
スバルの声が、耳元で低く響く。
「理由があれば、誰かの頭を弾けさせていいのか? 怖ければ、誰かを真っ二つにしたり、捻じ曲げたりしていいのか? ……そんなわけねぇだろ。どんな事情があろうと、奪われた命は戻ってこねぇ。そのクズが震える子供だろうが、泣き喚く弱者だろうが、犯した罪の重さは変わらねぇんだ」
スバルの言葉は、冷たく、鋭い刃となって僕の胸を抉った。
やっぱり、この男に真実を話してはいけない。バレた瞬間に、この温かい腕は、僕の首をへし折る万力へと変わる。
だが、スバルはそこで言葉を止めなかった。
「……でもよ」
スバルは僕を引き剥がし、両手で僕の小さな頬を包み込んだ。
無理やり顔を上げさせられ、僕は彼の瞳を正面から見据えることになった。そこには、先ほどまでの怒りとは違う、もっと深い、暗い共感の色が混じっていた。
「もし、そのクズが……本当はお前みたいに、ただ生きたくて、怖くて、誰かに助けてほしかっただけの子供なんだとしたら。……俺は、そいつをぶん殴って、泣き喚くそいつを引きずり回してでも、まずは『やめろ』って言ってやる」
「……え?」
「罪を許すことはできねぇ。死んだ連中への落とし前もつけなきゃいけない。……でも、そいつがもし、たった一人でその地獄にいたんだとしたら。……俺がその『盾』になってやる。誰かを殺さなくても生きていける方法を、俺が死ぬ気で探してやる。……それが、俺のやり方だ」
スバルは鼻をすすり、不器用に笑ってみせた。
その笑顔は、泥にまみれてもなお輝こうとする、愚かしくも美しい「お人好し」の輝きだった。
「アンちゃん。俺は、弱い奴が必死に生きようとすること自体を否定したくないんだ。方法が間違ってたなら、正してやりたい。……もし俺がもっと早くそいつに出会って、こうしてお前を抱きしめてるみたいに、『大丈夫だ』って言ってやれてたら、何かが変わってたかもしれないだろ?」
心臓が、跳ねた。身体の芯が、熱を帯びたように痺れる。
僕はスバルの胸に再び顔を埋め、彼の心音を聞いた。ドクン、ドクン、と刻まれる一定のリズム。
この男は、僕のために、自分の命を投げ出す準備ができている。
「……スバルくんは、本当にバカだね」
「おいおい、せっかく良いこと言ったのにバカ扱いはひどくないか!? これでも一生懸命考えたんだぜ?」
スバルが照れ隠しに声を荒らげる。
その振動が心地よくて、僕は彼の胸に額を押し付けた。
バカだ。本当に、底抜けのバカだ。僕がその「クズ」だと知れば、彼は自分の言葉を後悔するだろうか。それとも、本当に僕を引きずり回して「やめろ」と叫ぶのだろうか。
分からない。でも、今は。
この温かい絶望の中に、もう少しだけ浸っていたいと思った。
「……なぁ、アンちゃん」
スバルが不意に、真剣なトーンで僕の肩を揺らした。
「数日後、エミリアたん……あ、銀髪の超絶美少女な。彼女の用事で、王都に行くことになったんだ」
王都。
その言葉を聞いた瞬間、僕の脳裏に最悪の人物が浮かび上がった。
燃え盛るような髪と気配を持った最強の『剣聖』ラインハルト。
あそこには奴がいる。僕のような存在を、ただ一振りで塵に変えることができる「正義の怪物」がいる場所だ。
「……僕は、行きたくない。ここにいたいよ、スバルくん」
「ダメだ。それだけは、絶対に譲れねぇ」
スバルの声には迷いが無かった。
彼は僕の目を見つめ、これ以上ないほど断固とした口調で続けた。
「この屋敷は……もう安全じゃない。レムも、ラムも、エミリアたんも、みんなを守るには力が足りないんだ。前の……あー、いや、俺の予感じゃ、ここはもう狙われてる。王都にはラインハルトがいる。あいつの側なら、どんな大罪司教だって手は出せねぇ」
……逆だ。逆だよ、スバル。
あいつの側こそが、僕にとっての処刑台なんだ。
「嫌だ……怖い。行きたくない……!」
僕は必死に首を振った。ラインハルトに会えば、僕の『傲慢』の因子が、一瞬で見透かされる。
だが、スバルは僕の拒絶を「魔女教への恐怖」だと完全に履き違えていた。
「怖いよな。でも、俺を信じろ。俺がずっと隣にいてやる。ラインハルトにも、お前のことは『魔女教に襲われた子で、俺の家族みたいなもんだ』って紹介してやるからさ」
家族。スバルの口から出たその言葉が、僕の胸を鈍く打つ。
この男は、僕を王都という名の「屠殺場」へ、善意百パーセントで連れて行こうとしている。
(逃げられない……)
スバルの腕の中は、世界で一番温かくて、世界で一番逃げ場のない檻だった。
王都へ行けば、何かが変わる。その変化は、きっと悪い方角だ。
だけど、逆に考えれば、これはチャンスでもある。
スバルの庇いのおかげで、ラインハルトたちに「守るべき対象」と思ってくれるかもしれない。
僕はもともと、スバルの懐に入るためにアーラム村へ足を運んだ。そしてそれは、恐らく前回のループで成功した。ならば、次のステップに入るのもアリなのではないだろうか。
そんな打算が、僕の脳内を駆け巡る。
いつもならリスクがありすぎると否定しただろう。今のままで十分と満足しただろう。
だけど、今は、スバルを少し信じてみたくなった。
「……分かった。スバルくんがそこまで言うなら、僕、行くよ。だから、ちゃんと守ってね?」
「ああ。任せとけ。お前には指一本、誰にも触れさせねぇよ」
スバルは満足げに笑って、僕の頭を乱暴に、けれど優しくかき回した。